墜落
久しぶりに彼女の視点で。
「すぐには楽にさせねえぞ」
木星人が持っている爆弾は一つだけじゃなかった。一つを右手に持ったまま、もう一つを持った左手を身動きの取れないライオネルさんに近づけていく。
え…まさか…。
目の前で起きていることが信じられずあたしは息を呑んだ。自爆覚悟でライオネルさんを殺すつもりなの?
カチャカチャと音がしたのでハッとして右斜め前を見る。ソファーの裏の席にいたガルフォンさんがシートベルトを外して立ち上がっていた。
「ライオネルから離れろ!」
「ガルフォン、座れ」
ライオネルさんは怯えている様子はない。むしろ…堂々としている?
ピリピリした空気をよそに、ライオネルさんは紐の下で右手をもぞもぞと動かし始めた。そしてそれを胸の前に当てて謎のポーズをとる。
「私を誰だと思っている。天王星の王子だぞ?」
だから?
「そのような爆弾で私の体を破壊できると思うなよ?」
え…何言ってるのあの人。正直ライオネルさんの発言の意味が分からない。ガルフォンさんはというと、ぽかんと口を開けてその場に立ち尽くしている。
ここからだとライオネルさんの顔も丸見えなんだけど、爆弾を向けられているとは思えないほど落ち着きはらっているし自信たっぷりな表情だ。普通に怪我しているし戦えなさそうだし今は動けない。なのに何故笑っているの?
困惑していると、ガルフォンさんの向かい側のエイザクさんがボソリと呟いた。
「何か根拠があるのか、それとも馬鹿なんですかね」
「はっ…きょ、虚勢張りやがって」
虚勢じゃないのはあたしの目にも明らかなこと。木星人の方が明らかに落ち着きをなくしている。ライオネルさんのペースに呑まれて目が3つとも不安定に揺れている。随分となりふり構わない脅しをかけると思ったらやっぱり小者だったのか。
「くっくそ! ええい!こうなったら!」
突如、木星人がライオネルさんから離れこちらに向かって大股で歩いてきた。…まずい!
「てめえの仲間どもを先にやったるぜ!」
「なんだと!」
ライオネルさんの顔から余裕が消えた。
「夕莉、お前銃持ってんだろ!」
「そうだ! ガルフォンもエイザクも撃って構わん、私が許す!」
ハールドとライオネルさんが必死の形相で叫ぶ。
銃と聞いて木星人は爆弾をかざしたまま二、三歩後ずさった。
「いや、船内で撃ったら回線壊すかもしれないんで」
エイザクさんが冷静に二人を遮った。そしてそのままハールドを見た。
「そこのドアを開けてください」
「て、てめえら何をしよう…として…え?」
木星人はいつのまにか、クリスティナローラさん以外の私たち全員が見える位置まで後退して壁にピッタリと背中をつけていた。その金色の目があたしたちの中の一人を捉えている。その口から漏れた言葉は聞き逃しそうなほど微かなものだったけど近くにいるあたしには聞こえてしまった。
「え…なんで…アイツと同じ体…」
バタンという音で木星人、そしてその視線の先の人物から目を離した。ハールドが操縦席に繋がるドアを開いたんだ。エイザクさんが大声で叫ぶ。
「クリスティナローラさん、曲者はシートベルトしてませんよ!」
一瞬戸惑ったけどすぐに発言の意図を理解した。ああ、そういうことね。
開いたドアを見たけどしばらくは無言が続いた。そのあとやっと返事が返ってくる。
「だからどうだというのです?」
若干の苛立ちが混ざった声だった。エイザクさんの言いたいことは伝わっていないっぽい。
「はー、察しの悪い」
エイザクさんがため息をつく。代わりにあたしが口を開いた。
「クリスティナローラさん、急カーブとかで木星人のバランスを崩して欲しいの!」
「! 了解致しましたわ!」
しれっとイチアールとハールドにウインクすると二人も素早く座席に移動した。
「ああ…んだとてめえ…」
一人だけ立ったままの状態に焦ったのか、木星人がこちらに早足で近づいてくる。相変わらず爆弾を前にかざして。両手が塞がってるからシーベルトできないんじゃないかな。
「おい、命が惜しけりゃ俺と代わりやが…」
皆まで言うことはできなかった。地面が大きく揺れ木星人の体勢が崩れる。機体が右回りに大きくカーブするのが分かった。座席にピッタリ背中をつけているあたしも、身体をまっすぐの姿勢に保てない。
クリスティナローラさんはカーブだけでなく、機体を上下に回転させたりスピードを上げて急にブレーキをかけたりして木星人を揺すぶりにかかる。正直何度も頭が吹っ飛びそうになってしんどかった。
どうにか両足をつけて踏ん張っていた木星人も、ついに膝から崩れその手から爆弾が零れ落ちた。
2つの爆弾は傾いた船体の隅っこに転がってゆく。
イチアールがシーベルトを外しているのが見えた。追いかけようとしていたけれど、その耳がピクリと震えて彼女の体は停止した。…嫌な予感がする。
「やばい! カチッていった! 爆弾のボタンが角に当たった!」
◇◇
不可解。その一言に尽きる。
機体のスピンを繰り返しながら、クリスティナローラは目の前の星図パネルとパネル脇のホログラフィーを睨んでいた。
最初に見た星図によると今いるのは木星付近。木星から太陽系外の星までの距離は非常に遠いはずなのだ。数週間かけてグリーン星にたどり着くしかないと思っていた。
だがさっき見つけた謎のデータを開くと、「現在地」からペルミネまでかかる時間は1日かそこらだとわかった。航路データはホログラフィーで、赤く点滅する現在地が浮かび上がりそこから青い線が出てペルミネまでの航路を示している。その距離は思っていたよりもずっと短い。
ペルミネとグリーン星はそう離れていないはずなので矛盾が生じるわけである。
(木星人は情報管理がいい加減なのでしょうか)
クリスティナローラとしてはそう考えるしかなかった。
「まあ最初は、こちらのホログラフィーの方のルートで行きましょうか」
ホログラフィーのナビを正面のパネルにも設定することに成功した。ホログラフィーの情報がパネルにも映っている状態だ。
そしてもうスピンをやめて良いかと叫ぼうとした時。
突如、ボンッと爆音が響き渡り操縦席がガタガタと絶え間なく揺れた。ホログラフィーの画像が砂嵐で不鮮明になる。そしてパネルの星図が消え、「緊急事態発生」の文字が浮かび上がった。
「なっ何事です?!」
座席の方に向かって叫ぶも返事はなく、皆の悲鳴・怒号・金切り声が響くのみ。振り返るとそこはもくもくと煙に包まれていた。操縦室に繋がるドアは開けっぱなしなので、当然クリスティナローラの身辺にも煙が行き渡る。
「!」
咄嗟に操縦席下を手探りで弄り、取手を見つけて引っ張るとそこにはマスクがあった。
なんとかマスクをつけ、パネルに目を向けたが無情にもその文字はすでに「エンジン破損 墜落不可避」に変わっていた。
エンジン破損ということなら当然火災も起きている。揺れが収まらず煙で視界も閉ざされた船内に、さらに火災報知器が不気味に鳴り響いた。
こんな時に常人ならパニックになるところだが、クリスティナローラの頭はもうすでに墜落への準備に向けて動き始めていた。
(墜落はやむを得ないとしても、まずはここが大気圏内かどうかを確かめなくては)
不鮮明なホログラフィーを正すべく、彼女は何度もホログラフィーの入り切りのスイッチを押した。なんとか無事に映った立体映像を見ると、幸か不幸か今いるのはまだ大気圏内であることが分かった。まだ基地のあった衛星から真空宇宙に逃れてはいないのだ。
(長くは飛び続けられないし、この衛星に降りるしかないのね)
そうは言っても基地からは遠ざかるべきだ。また捕まっては元も子もない。
クリスティナローラは不明瞭な視界の中、なんとかセレクトバーを探し出して「operation MAX」に合わせた。そして操作ボタンの中の「着陸地設定」を選び、正面のパネルを見て基地から離れた平地を探す。
これは少々骨の折れる作業だった。なぜなら驚くほどに平地が見当たらなかったから。基地のあった衛星に広がるのは殆どが大きな山岳だった。
それでもなんとか平な盆地を探し出し、クリスティナローラはそこを着陸地点に定めた。
(さあ、ここからだわ)
例の腕の傷に煙が容赦なく覆い被さる。彼女は痛みに耐えつつも汗ひとつかくことなく操縦桿を握りしめ大きくカーブを切った。運転中、機体は相変わらず大きく揺れているし、煙は濃度が上がっているし火災報知器は鳴り止まない。
そんな不安定な状態の機体を無事に着陸させるべく、クリスティナローラは一心集中の精神で運転し続けた。
ーー
数分後。宇宙船は煙を上げ続けながらも暴走することなく墜落した。盆地は木々の生い茂る山地に囲まれていたが、機体は無事山地を避けて盆地に降りることができた。
ただ、着陸してからの制動距離は長かった。減速スピードは遅く、機体は地面の土を抉りながら進み続け湖に突っ込んでやっと止まれたのだった。
お陰でクリスティナローラのいる操縦室は若干浸水した。だが、無事着陸できたことを考えればそれは些細な問題だ。操縦機器やエンジンそのものには防水機能が付いているはずなのだから。
火災報知器が鳴り止む。クリスティナローラはふうとため息をついてセレクトバーを「parking」に戻した。そして操縦室の窓を開けて換気を始める。マスクを外気導入モードに合わせ、外の新鮮な空気を吸って彼女はやって気を緩めることができた。
そこまでしてから乗客のことを思い出し、クリスティナローラはハッとして後ろに向かって叫ぶ。
「皆さま、ご無事でいらっしゃいますか?!」
数分待ったが返事はない。
(え…まさか…)
不安を胸に抱きつつも、煙が外に出切ったのを確認してから彼女はマスクを外し操縦室を出た。
そこで真っ先に目にしたものは。
「私たちは無事だったぞ」
ソファーに結ばれたままおかしなポーズをとるライオネル。マスクでその表情は見えないがどうせまたあの大きな笑みを浮かべているのだろう。
「あ、皆様マスクを…」
「うん、僕らはまごまごしてたけど、イチアールがね」
「そう、適切な指示を出してくれたんだよ」
ガルフォンと夕莉がにっこりと笑い、シーベルトを外してライオネルの紐を解きにかかる。ハールドは寝ているのか座席に座ったまま膝に顔を埋めており、エイザクは窓から身を乗り出して外を見ていた。
イチアールというらしい女兵士は、すでに立ち上がって木星人を捕縛しにかかっていた。
その木星人はというと、抵抗する元気もないのかグッタリと壁にもたれかかったまま微動だにしない。よく見ると右腕がおかしな方向に曲がっている。シーベルトをしていなかったようなので、墜落する機体の中で体のあちこちをぶつけ続けたのだろう。
「まあ、私が皆さんにちゃんと指示を出したってのは事実ですよ。ええ、紛れもない事実ですとも」
木星人を捕縛し終えたイチアールはふんすと鼻息を出した。
「でもね、この方…クリスティナローラさんでいいのかな? 彼女がこの宇宙船を無事に着陸させて下さったってのも大きいと思うんですよね」
「そうだとも!」
即時に肯定したのはライオネルだ。夕莉に支えられながら起き上がり、クリスティナローラの方に手を差し伸べた。握手というよりかは舞台の踊り子のような手つきだった。
「そなたの働きあってこそ、だな!」
「そう、ライヨルさんもすごいよね!」
「あれだけ戦った後なのに。ホント尊敬するよ」
「火が出続けている中で運転するなど並のものにできる技ではない!」
3人が口々に褒め称える中、クリスティナローラは返事をしなかった。その頬が紅潮しつつあることに必死に気づくまいと頑張っていた。
◇◇
気づくと、リモコンの緊急ランプが点滅していた。緊急信号を受け取ったらしい。
スクリーンをつけると、そこには通信室にいた兵士の顔が浮かび上がった。
「要件を言え」
「司令官、異邦人を乗せた船が墜落しました!」
司令官はガタリと音を立てて椅子から立ち上がった。
「18002が起爆したのか」
「会話を聞いていたところ、18002が落とした爆弾が船内の壁に当たりエンジンが破損したものと思われます」
司令官は左手の指で机を忙しなく叩き続けた。本当にあいつは碌な働きをしない。
「追跡装置は無事なのだな?」
「いえそれが…」
火災により装置の導線が焼き切れてしまったのだという。それで途中から追跡不能になった。
盗聴機能だけはなんとか無事で、不時着するまでの会話を捉えていたのだがしかし…。
「今は盗聴も不能です」
「壊れたか?」
「いえ…これは…」
兵士は自分の意見を述べるのに躊躇いがあるようだった。具体的な根拠に欠けるのか、自信なさげに破損説を否定するので、司令官は盗聴内容の録音データをこちらに回すように告げた。
ーー
1時間ほどしてデータが出来上がり、司令官のスクリーンで映像なしの音声が響き渡る。
最初は音声ではなく足音だった。しばらくして数名の男女の会話が始まる。
『あ…ぐ…』
『しっかりするんだライオネル!』
『ラ、ライオネルさん…こ、ここに横になって!』
怪我人を固定しているらしいが、途中で座るよう促す聞き覚えのない女の声が入ってくる。これは予備隊兵士だろうと司令官は思った。
そして数分後、18002が乗降口をこじ開けて侵入してくる。爆弾で威嚇するも、伯爵令嬢の巧みな運転により体制を崩し爆弾を手放してしまった。
『やばい! カチッていった! 爆弾のボタンが角に当たった!』
『え、え…それって!』
『ガルフォンさん、もう止めるには遅いです! 座…』
続いて響き渡る爆音。座席がガタガタ揺れる音。異邦人たちの金切り声や怒号。
皆の騒ぎを止めたのは予備隊兵士の声だった。
『これは墜落ですね、そして火災発生の可能性もあります』
『か、火災?!』
『何にせよまず座席の下を見てください! そこに多分マスクがあると思いますよ!』
突如、ブッツン、と一際大きな雑音が聞こえた。これが導線の焼き切れる音に違いない。
少ししてからウーウーと不気味な電子音が鳴り響く。火災報知器だ。その音響とマスクをしたせいで異邦人たちの音声が聞き取りづらくなった。
『皆さんは着席! 投げ出されたら危ないんでシーベルト外さないでくださいね!』
『イチアールは何を?!』
『消火器見つけました! できる範囲で火を消します!』
そこからの流れはスムーズだった。機体は無事着陸。皆がそれぞれシーベルトを外し数分の団欒が始まった。その後に雑巾で床を拭く音も聞こえた。
『クリスティナローラさん、もしかして拭き方知らない感じ?』
『アハハ。じゃあ皆さん、ここいらで外に出てみますか』
ゴシュガサ。プッ。
そこで録音が切れた。
「なるほど…」
司令官は腕を組んだ。確かにこれは破損が原因ではない。何者かの手によって切られたのだと分かる。
「こちらの狙いに気づいたのかも知れんな」
いずれにせよ、追跡も盗聴もできないとあっては異邦人をこのまま放置しておくことはできない。
司令官はスクリーンをつけて兵士との会話を再開した。
「確かにあれは人為的なものだ。で、追跡は途中まではできていたようだが異邦人たちの現在地は特定可能か?」
「墜落地点は不明ですが、異邦人たちはまだこの星から出ていないものと思われます」
「理由は?」
「墜落を始めたのが大気圏内でした」
「…」
(まずいな)
1時間前には彼らはすでに船外に出ているはずだ。盗聴器に気づく奴がいるくらいなので、周囲を見渡してこの基地がどこにあるのかを悟ってしまったかもしれない。
作戦は中止せねばならない。できるものなら彼らはすぐに確保したい。本来なら兵士を派遣して捕らえに行かせるところだ。
だが司令官としては、その命令を下すわけにはいかなかった。木星人が基地を覆うシールドから出て、この地に踏み込み外気に触れればどうなるかは分かりきったことだからだ。
生身でも乗り物に乗っていても彼らはああなった。
「無人機だ」
やっとのことで声を絞り出す。
「F隊大尉に伝言。陸地に無人機を投入しろ」
しばらくしてF隊大尉がスクリーンに映った。
「小型無人機は未完成。大型の無人機は、先日グリーン星に攻撃をした際に壊され修理中であります」
「奴らが船を修理して脱出してはまずい。小型を仮完成させてすぐに投入だ。そのあとはアレを送る」
今は意識不明の重体で、病棟で手術を受けているらしい。だがアレなら回復は早いだろう。
ーー
スクリーンを切ってから司令官は作業中の机に目をやった。六人の異邦人を第3の目で見た結果が記されている表。その横には彼らの顔を写した6枚の写真が置いてある。尋問中に隠し撮りしたものだ。
司令官は写真のうち、カルメヂの伯爵令嬢と地球人を机の隅にやった。
そして残った4枚のうち長髪の青年の写真を手に取りまじまじと見た。録音データでも彼は自分を「天王星の王子」と自称していたが、彼の体の構造は過去にみた天王星人のそれとは大いに異なるものだったのだ。
「お前は誰だ? 何を企んでいる?」
物言わぬ写真に向かって司令官は声を絞り出した。
クリスティナローラが凄いのは接近戦だけじゃないよって話。




