救いの手
長らくお待たせしました。やっと暇になったので久しぶりすぎる投稿を。
夕莉は黙って首を振った。
「ふん…まあいい。では、二人が何を企んでいるか知っているか?」
これにも彼女は首を振るのみだった。
「…問答は終わりだ」
司令官が注射器の針を夕莉に向ける。緑色に光るそれ、がなんであるのかクリスティナローラは想像したくもなかった。
「「…夕莉さん!」」
声が被ったことに気がつくと、隣のエイザクと目があった。エイザクがどうぞ、というように小さく頷く。
「そ、その人が国賓でないことくらい…!」
精一杯絞り出した声は肩を捻られる痛みでかき消されそうになる。
「殺してもなんの利益にもなりませんよ!」
司令官は微動だにしない。
◇◇
基地の野外エリアにある大きな森。訓練用のそこから生えた木の一つに人影が潜んでいた。木星人兵士の服装にライフルを装備した成人男性である。
基地の倉庫から抜け出してすぐ、彼は煌々と輝く階上のバルコニーには目もくれず、まっすぐに黒ぐろと茂った森に向かった。お目当は、なるべく枝が多い丈夫な木である。
植生の育ちが良いのか、ここでは十メートルを超える木が普通に見つけられた。そのことは彼を非常に喜ばせた。元々木登りが得意なので、登り降りには不自由しない。それに彼は高所恐怖症でもない。
バルコニーから近くもないが遠くもない木を選んで登った彼は、太めの枝の上で片膝を立てて座った。
空は暗いが、蛍光灯に照らされたバルコニーの様子は非常によく見える。引きつった顔の少女も、取り押さえられた後の二人も。双眼鏡には、兵士に紛れて動き回る小さなロボットの姿も映った。
ロボットは小柄な少女の腰回りのベルトをウロウロしている。取り外そうとしているようだが、どうも上手くいかないらしい。
「もう時間がないのにな」
人ごとのように呟き、彼は目線ほどの高さにある木の枝の上に銃身を設置した。軽く体重をかけて枝の強度を確認してみる。
特に問題なし。ここからならば安定した状態でバルコニーに撃てる。
スコープを覗きながら標的を確認する。
スコープの十字線の中心が合わさったのは、注射器を持った男の真後ろに控える長身の兵士だった。
「…もう少しずれてくれないか?」
これではターゲットに弾は当たらない。当たったとしても致命傷は与えられない。
「…」
ならば待つまでだとそのままの姿勢で待機する。もう後少しで司令官は斜め前に屈んでくれるだろう。
捕らわれた異邦人の腕に注射器を刺すために。
「…」
ミーナドもうすうす察しはついているだろうが、自分は単に異邦人救出のためだけにこの基地に潜入したわけではない。フリージー星がそんな勿体ないことをするわけがない。自分にはちゃんと別の任務がある。
司令官の頭部の動きを追う。
「…」
そもそも自分のような、コソコソ隠れて銃を構える職の人間が敵地に送られるというのはそういうことなのだ。
ちなみに、緑色の液体が単なる麻酔でないことは察しがついていた。あれが体内に注入されれば、おそらく永遠の眠りにつくことになる。
「…」
異邦人という意味では自分と同類だ。だが、所詮は他人に過ぎない。しかもフリージー星にとって何の利益にもならない人間だ。耳長はああ言っていたが、わざわざ危険を冒して助ける義理なんてない。
全ては正しく行動できずに捕まった彼女の自己責任なのだ。
「…」
司令官が彼女の腕を掴む。針を刺すまであと数秒。
「…」
つまらないことを考え過ぎた。ひょっとしたら、自分はこの仕事に向いていないのかもしれないな。
そう思いながら彼は引き金を引いた。
◇◇
確かに、音が、した。
そう思った瞬間、耳の横を鋭い風が切り裂くような音を立てて通り過ぎる。
その兵士の目の前で、緑色の液体が花弁のごとく宙に飛び散る。
「あっ…」
そして注射器を破壊した銃弾は、そのまま拘束椅子の鉄製ベルトを粉砕した。
◇◇
当たった。
それを確認すると、すぐに狙いを元のターゲットに戻す。
だが次の瞬間、司令官は既に兵士の一人を盾にしてしまっていた。見事に体が隠れてしまい、急所を正確に狙うことができない。それでも本命が隠れた盾役に何度も撃ち込む。弾を貫通させようとしたのだが、司令官が倒れる様子はない。
気勢を削ぐべくして周りの兵士たちに銃口を向ける。向こうも暗い中当てずっぽうに撃ち返してくるが、こちらには全く届いていない。そんなこんなで急所を外して撃ちながら司令官が隙を見せるのを待ったが、敵もさる者、その手には乗ってくれない。
ふと標的から視線を外すと、集団の後方でも小さな騒動が起きているのが分かった。
阿鼻叫喚を物ともせず、美少女と眼鏡の少年が兵士の腕を振りほどいて元きた道に引き返そうとしている。美少女は銃剣を奪っており、少年の方は小柄な少女の腕を引っ張っている。二人の拘束はミーナドのロボットが外したらしい。
「流石だな、ロボットも人間も」
美少女を後ろから刺そうとした不届き者の脳天を撃ち抜く。
これはあくまでサービスだ。
◇◇
連射により目が潰れ、鼻に穴が増え、顎が砕け、見るも無残な血塗れの顔に成り果てた物言わぬ兵士。
悲鳴をあげる間も無く抜け殻となった彼の背後に潜む司令官は、生命の危機にさらされてもなお、部下たちへの闊達な指示をやめなかった。
「狙撃者は森の高位置に潜んでいる! 距離はここから200メートルは先だ!」
「暗いしこちらから撃ってもどうせ届いていない! 牽制隊以外は無駄撃ちやめ!」
「通信員は直ちに副司令に報告! 空軍を出して森を包囲し、狙撃者を追い込め!」
「敵は一人だが、くれぐれも油断は禁物だ!」
そこまで言って一息ついてから、忘れていたとばかりに続ける。
「異邦人どもも絶対に逃がすな!」
近くに伏せた兵士が連絡をつけるのを見届け、司令官はバルコニーの入り口の方を見やった。
そちらでも血みどろの戦いが起こっていることは言うまでもない。
「エイザクさん! まだですか?!」
「まだ…です」
「か、鍵穴! 鍵穴はっ!」
叫び声とともに、耳をつんざくような金属音が連発する。
上流階級の女が兵士を食い止めている間に、あとの二人が元来た道につながる扉を壊そうとしているらしい。
さっき殺しかけた少女も、後ろに大きくのけぞりながら何度も銃の引き金を引いている。さっき兵士から奪ったものを使っているようだ。
「ふん…」
司令官は足元に散らばった手術器具を、丁寧にローブにしまいながら笑った。念のために後ろに死体を三つ四つ並べて分厚いガードを作らせた上で。
扉はボタンで開ける上下開閉式。そのボタンは今ローブの中にある。普段からここの「野外処置場」を利用するのは自分しかいないからだ。
当然ながら錠はどこにもないし、おまけに扉は頑丈な鉄製だ。
「さっきのベルトのようにはいかんぞ」
いかに近距離といえど、銃ごときでは表面が凹むだけで破壊までたどり着くはずもない。
「通信員!」
足元から10センチ離れたところに銃弾がのめり込んだ。後ろから狙撃されているのを感じながら、さっきと変わらぬ調子で叫ぶ。
「副司令に、倉庫の地下に待機していた兵士たちをこちらに動かせと伝えろ!」
三人に聞こえるように言ったのは無論のこと。
「エイザクさん、夕莉さん、急いで!」
「やってますよ!」
異邦人は一人、こちらは数十人。それも疲れ切った女ごときがいちいち致命傷を与えられるわけがない。
狙撃者も彼らを後援しているようだが、あいつの本命はおそらく自分だ。一発目を外した今、こちらにおおよその位置を特定される前になんとしても仕留めたいと思っているはずだ。だから異邦人ばかり助けている余裕はないだろう。
それにもう副司令が二つの部隊をこちらに差し向けているに違いない。
所詮は多勢に無勢、そろそろ異邦人もへたばるかと司令官が思った時だった。
少女が突然打つのをやめ、ポケットに手を突っ込んだ。
「あっ…クリスティナローラさん、エイザクさん、ふっ」
◇◇
ぐずぐずしていると、こちらの位置が特定されてしまう。幾度も司令官を狙って撃ったが、頑丈な装備をつけた死体の山に阻まれまるで上手くいかない。
「異邦人を優先したのが間違いだったか…?」
その異邦人も、勢いがさっきより落ちている。
「大丈夫かよ、おい…」
だが双眼鏡から目を離した時、一風変わった情景が彼の裸眼に飛び込んできた。
「あ…やる気か!」
「伏せて!」
小柄な少女が身体を大きくひねり、右手に握っていたものを扉に投げつけた。
顔を真っ赤にして、目を大きく見開き、声にならない叫びを上げながら。
次の瞬間、バルコニーの後方の景色が一変した。
凄まじいほどの轟音と幾多の悲鳴と赤く黒い煙。
双眼鏡を再び目に当てる。バルコニーは煙に包まれ何も見えない。
青年は眉ひとつ動かさず銃を木の枝から下ろした。
「…アレじゃ、司令官は五分五分かな」
そして、そのまま俊敏な動きで木から降りていった。
そろそろ自分の心配もしたほうがいい。
◇◇
床が開けた円形の穴からスピッツは飛び降りる。
「な、なんだあんた?!」
「黙って!」
警戒する瑠璃色の眼の少年の方を見ることなく、スピッツは罠にかかった獲物の元へ向かった。
(ううん…)
コンクリートの下から微かな呼吸音が聞こえてくる。どうやら失敗らしい。
男の体はコンクリートの重みで地面にのめり込み、体の中心を含めた全身が隠れてしまっている。コイン型爆弾も使い切ってしまったし、これでは容易にとどめをさせない。
同時にスピッツの耳は、今の爆発音を聞いて騒ぐ上階の兵士たちの声も捉えていた。無人のはずの階で異変が起きたのだ。あと十分もしないうちに一個小隊が駆けつけて来るだろう。
今はすぐにここを離れることが先決だ。
「その方一体…」
「いいですか、」
スピッツは、すんでのところでコンクリートの被害を被らずにすんだライオネルをキッと睨んだ。
「私がそこの階段を上がって敵を引きつけときます。あなた方は裏階段をこっそり上がって逃げてください」
「う、裏階段?」
「この部屋を出て右の突き当たりに扉、そこを開けたら古い螺旋階段があるんです。そこは唯一セキュリティの管轄外らしいで…管轄外ですから!」
数分前にミーナドから無線で受け取った情報を思い出しながら言う。
「裏階段を一番上まで上ったら、まっすぐ第2格納庫に向かって下さい。ハイこれ地図」
予備のタブレットをハールドにポイと投げ、スピッツはすぐさま階段に向かおうとした。まだ助けなければならない人たちがいる。急いで行かなければ。
が。
「ちょ、ちょっと待った!」
慌てふためくハールドの声に、不本意ながらも足を止めざるを得なくなる。
「なんでしょうか」
木星人のくせになんで助けたのか、なんて質問なら無視しよう。そう決めスピッツは振り向いた。
「私のことならお気に…」
「この地図、裏階段なんて載ってないぞ!」
「…」
この異邦人、人の話をちゃんと聞いていなかったのか。
「セキュリティ外だと言っていたではないか、ハールド」
さすが、ライオネルは年長者なだけのことはある。呆れた口調に、少年の顔が固まった。
「あ」
目を見開き、口を中途半端に開けたまま。
「階段を上った先はちゃんと載っているだろう。裏階段が抜けているだけでな。とにかくこの者の働きに感謝しよう」
ライオネルは頭を下げた。続いて硬い動作だがハールドも。
「じゃ」
また何か言われる前に、スピッツは薬品室を飛び出した。
耳に入るのは階段を下ってくる兵士たちの靴音。相当な人数だが、途中で小さいものにでも化ければ混乱させられるだろうか。薬の残量はどれだけだった? あの二人が螺旋階段を上って追っ手の手の届かないところまで行くのに、十分あれば間に合うか?
頭ではそんなことを考えつつも、スピッツの顔には微かな笑みが浮かんでいた。
一瞬固まったあのポカンとした間抜け面。本当は、自分を投げ飛ばしたあの異邦人に「ざまあみなさい」とでも言ってやりたかった。




