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六人の異邦人  作者: 椎名れう
異邦人の戦い〜北大陸編〜
65/107

脱走 5 〜ガルフォンと◯◯◯◯◯〜

3グループそれぞれの危難!

廊下に響く足音はこんなに大きいのに僕は一人か。

ガルフォンは暗がりにうっすらと浮かぶたったひとつの影を見た。

監房区の蛍光灯を避けるようにして転がり込んだ物陰。こちらに向かってくる足音はどんどん大きくなっている。逃げなければいけないとわかっているのに、心細さと無力感で体が動かない。



弾が尽きた。つまりは丸腰だ。もう戦えない。もっとも弾があったところで、倒せた人数は限られていただろうが。

痛む足をさすりながらガルフォンは仲間たちのことを考えた。あの三叉路で別れた時、一人なのは自分だけだった。その時ほんの僅かな心細さとともに、安堵を感じたのを覚えている。だが複数で固まっているといっても、五人中三人は怪我人だ。健全な夕莉も戦闘慣れしていないし、頼りになるのはハールドだけということになる。そのハールドもまだ16で、どれだけ体力が持つか…。



休んでる暇なんてない。

ガルフォンは立ち上がった。無理をしてでも五人を見つけなければ。体に無理を強いることぐらい、慣れたものじゃないか。

「くそっ」

踵を返して痛む体を引きずりもと来た道を走る。こちらに走ってくる黒戦闘服達が見えた。彼らの目には、丸腰のガルフォンがやけになって突っ込んでくるように映ったに違いない。

「殺すな。重傷も避けろ」

先頭の男が銃を腰に戻し、代わりに軍用ナイフを抜いた。狙ってくるのは脚か肩か…。

(避けられるか…)

厳しいかもしれない。それならせめて太い血管に刺さらないようにしなければ…。

だが、ガルフォンが覚悟を決めた時だった。

前方で凄まじい音がして金属製の板が床に叩きつけられた。

「?!」

ガルフォンの目が、一部が剥がれ落ちた天井を捉える。

「なんだ?!」

振り返った木星人達が再び声を発することはなかった。

四角い穴から覗いた銃口が黒戦闘服達を一気に撃ち抜いたのだ。



◇◇

病棟最下部の一階上のフロアにて。暗闇の中で一人の木星人兵士が、大量の灰色のコイン型爆弾を手に床に横向きに寝そべっていた。

兵士は床に耳を押し付けて呟く。

「もうちょっと右かな?」



◇◇

死体を見て呆然としているガルフォンの前で、突然天井から何かが飛び降りてきた。

「よっ」

可愛いかけ声を出して実に危なげなく着地すると、その人物はガルフォンを一瞥してから木星人達の死体に手をかけた。

「何か使えるものはないかな」

我に帰ったガルフォンは驚き、そして焦った。驚いたのは、目の前の人物がどう見ても自分より年下の少女であったこと。焦ったのは、その少女が着ているのが木星人の黒戦闘服だったからだ。

腰にはやはり軍用ナイフと拳銃が取り付けてある。



「あ、あ…」

逃げなければという思いと、こんな少女がなぜという疑問が錯綜して体が動かない。その上、今起きたことが同士討ちなのかと考えている暇すらなかった。

なんとか数歩後ずさったところで少女が振り向いた。手には灰色の小さな円盤状のものがいくつか握られている。

「逃げなくて大丈夫ですよ」

「は…」

少女の口から出た言葉は、彼女の可愛らしい見た目に似合わないほど落ち着いていた。

「あなたは脱走者さんですか? それとも侵入者さん?」

警戒半分動揺半分のガルフォンを見て、孔雀色の目をした少女はああ、と言った。気軽ささえ感じられる仕草でサイドの短い髪を耳にかける。

「そりゃ言いたくないですよね。でも、どちらにせよ心配はいりません。というか、逃げたいなら私にくっついてた方が断然いいです」

「…」

「私を待ってられないなら、先に行っててくださっても構いません。すぐに追いついてみせますから」

人間さんは足が遅いですもんね。少女はそう言って笑う。

その言葉に思わずガルフォンは口を開いてしまった。

「あの、君は…」



「ああまだ名乗っていませんでしたね」

少女が立ち上がり、少し長めのポニーテールが揺れる。彼女はにっこり笑って手を差し出した。



「私、イチアールっていいます。こう見えて、グリーン星フェアーナ国の予備隊兵士なんですよ」



◇◇

本当に、どうしようもないほど絶望的な状況だった。

「どーした坊主、てめえが無双野郎じゃなかったんかい?」

薬品室に不愉快なほど下卑た声が響く。顔が見えないのが本当にありがたい。

ハールドは勢いよく突っ込んだ木箱の中で口に滲んだ血を拭った。

男はその手に握られた拳銃を足ですっ飛ばして以来、ライオネルの方には見向きもしない。確かに彼はあまり役には立たないからそこはいいのだが、代わりに面白がるようにハールドに迫ってくる。重量感のある攻撃により、疲れも溜まっていたハールドは完璧に押されていた。



ハールドはナイフを構えて飛びかかったが、またもや激しい打撃によって地面に叩きつけられた。

「ハールド! どうして念力を使わんのだ!」

うるさいな。こっちにだって色々制限(・・)ってもんがあるんだ。後ろでキーキー喚いている王子様を無視して立ち上がる。

今度はすぐには攻撃を仕掛けなかった。

自分の方が敏捷性はあるが力ではこの男に敵わない。一発で素早く仕留めなくてはならないが、それにはどこを狙えばいい?

(やっぱり首か…)

ハールドは自分がこの男の首を切り裂くシーンを想像した。そしてすぐに嫌な気持ちになった。



「どうした? 来いよ」

男は挑発するように口角を上げたがハールドは動かない。

「けっつまんねえ。楽しめると思ったのによ」

抜け駆けした甲斐がねえ、と男が呟いたところでハールドはふと思った。

この男に見つけられてから結構時間が経つのに、いつまでたっても木星人兵士がここにやってこない。この男は完全に単独行動をしているらしい。それに黒戦闘服でない野生っぽさを感じさせる装備。



こいつは兵士ではないのだろうか。

「ひょっとして、雇われた傭兵か?」

ハールドと同じことを考えたのか、ライオネルが男に問いかける。男はちらりと目を向けてから答えた。

「だったらなんでえ」

「お前は確かフェアーナ国にも来ていたな。金欲しさに、私たちを襲ったのか」

そうだ、確かあの時夕莉がこいつに捕まってたんだった。自分が連行される直前の悲惨な光景のことをハールドは思い出した。

(こんな胸糞悪い奴のことなんか思い出したくなかったのに)

この男はあの時も、さっきみたいにニタニタと薄気味悪い笑顔を浮かべていたんだった。そんな男に取り押さえられていた夕莉の表情を思い浮かべ、ハールドはあらためて戦場から出てもまだ怯えていた彼女を不憫に感じた。



「金ね。まあそれもあるけどよ」

こいつは闘うのが楽しくて仕方がないのだろう。さしずめ野生の本能か。それが何となくわかる、というのもおぞましい気がしてハールドはゴクリと唾を飲み込んだ。

そんなハールドと対照的に、ライオネルは次の言葉を実に淡々と述べた。

「所詮は金目当てということか。では、こちらから取引を持ちかけたい」

「取引ぃ?」

「お前が約束された額の二倍の金を私が払うと言ったら?」

(ちょ、そんなのでこの人殺しを落とせると思ってんのかこいつ)

男は何も言わない。ライオネルの方を見向きもせずにナイフを光に当てている。

「足りないか? なら五倍、あるいは十倍でも良いのだぞ?」



そういえばこの王子様、金だけはあったな。財産を惜しむ様子も見せず説得しようとするライオネルに、ハールドは鬱陶しく思いながらも少々感嘆の念を抱いた。

「ここから私たち六人を無事に連れ出してくれさえすれば、のぞみの額をいくらでも…」

「てめえも上流階級か」

ライオネルの言葉を遮った男の声はさっきとまるで異なっていた。ナイフから離した目も研ぎ澄まされた殺気を放っている。ふざけた笑みなどとっくに消え去っていた。

まずい、とハールドは思った。どんな場でもどんな相手にでも、「金」が通用するわけではないのだ。



「ああそうだ。私はこう見えて一国の王族。だから金を払わないなどという卑怯な真似は断じてしないと誓う」

本人に自覚はないのだろうが、側から見ると今のライオネルはかなり偉そうな態度を取っている。胸を張るライオネルを男が目を細めてじっと見つめた。

飛びかかろうとしたが脇腹に鋭い痛みを感じ、そのままよろけて転んだ。胴の左下を見ると少しずつだが血が流れてきている。さっきの打撃で切られていたらしい。ハールドは咄嗟にそばの薬棚に瑠璃色の眼を向けた。必死に念を集中させようとする。

(動け…頼む)

薬棚はピクリともしない。下腹部から流れる血も相まって非常に痛々しい。それでも諦めず、今度はライオネルの拳銃を探す。



「決めた」

ハールドが動けないのを確認し、男はライオネルにナイフを向けた。

「てめえから先に殺ってやる」

「金が欲しいのだろう? ならば私たちを助ければいい。ここで私を殺してみろ、お前に一切得はないぞ?!」

「知らねえな。とにかく俺は、てめえみたいなすかした野郎が一番気に食わねえんだよ」

ライオネルに一歩近づき、ああそういえばと男は続けた。

「ここが終わりゃあ、次はあの時殺しそびれたあの上流階級の女だな」

「?!」

「多少手こずったけど、大したこたあねえ」

あった。拳銃は部屋の隅に転がっている。

「…クリスティナローラか?」

「安心しろよな、あいつもてめえもすぐには逝かせてやらねえからな」

男はナイフを持った手をゴキッと鳴らした。

ハールドは拳銃に念を送ろうとした。だがやはりうまくいかない。制限(・・)により念力が途絶えてしまう。



◇◇

「ここだっ」

木星人兵士は床から耳を離し、手元のコイン型爆弾を半径1メートルの円の形にして並べる。そして一つ一つの側面の調節装置でタイマーをかけた。



これで準備が整った。起動は三十秒後だ。



◇◇

「お前か、彼女の傷を拡げたのは」

遂にライオネルの目にも怒りが宿った。

「今言っただろうがよ」

男はせせら笑った。同族のことで腹をたてるライオネルの怒りを誘っているように見える。

「私のみならず、彼女にまでふざけた真似を…!」

ライオネルは足元に落ちていた木箱を掴み、走って男に叩きつけようとした。男は素早くナイフを構える。

ハールドの瑠璃色の瞳が、突っ込んでいくライオネルの胸を狙ったナイフの切っ先を捉えた。

「ダメだ! ライオネルやめろ!」

もう少し、もう少しで俺が回復するから!



だがその瞬間頭上でボンっと爆発音が響いた。そして三人が驚く間も無く天井が大きく欠けて、ナイフを構えたままの男の顔と背中に大きな影を作った。



◇◇

「私ね、通風孔を通ってここまで来たんですよ」

イチアールは死体から武器を奪いながら小声でしゃべった。

「そしたら下から不穏な音がしたんで咄嗟に撃ったんです」

「お、お陰で助かったよ」

ガルフォンは礼を言って、目の前の少女の背中をじっと眺める。自分は勿論、ライオネルやクリスティナローラよりも小さな身体。そのくせ手つきはどこか洗練されたもののそれ。予備隊所属ということは、彼女もまた人に化けるウサギだ。あのスピッツらと同じく。そう思うと不思議な気がした。



「そういえば、君はどうしてここへ? ひょっとして、グリーン星から僕らを助けに来てくれたのか?!」

それなら頼みたいことがある、と続けようとしたが、イチアールはどう見ても人間にしか見えない首を振った。

「残念ながら違います。ガルフォンさんに会ったのも偶然ですし、あなたのことは今の今まで知りませんでした」

「え? じゃあなんでここに?」

「それは…」

イチアールは言い澱み、

「また後で…安全な場所に移動してからって事で」

それまでは断じて話すつもりはない、というきっぱりとした口調で言い、イチアールは死体を置いて立ち上がった。

「とにかく今はここから逃げませんと。えっと格納庫はどこかな…」

「あ、待ってくれ!」



ガルフォンは逃亡中の五人の仲間たちのことを話した。そして自分を含めた四人が国賓であることも。怪我人が三人いることも。



「じゃあすぐに助けに行きましょう」

一も二もなくそう言ってくれたイチアールに、ガルフォンは心から安堵した。ひょっとして、『知ったこっちゃありません』なんて一蹴されるのではないかと不安だったのだ。

イチアールは兵士から奪い取ったタブレットを操作した。

「病棟と倉庫っていうのが赤く点滅してますね」

「『異邦人潜伏・厳重注意』ってことは、まだ捕まっていないのかな?」

だがホッとしたのも束の間、急に倉庫の方の点滅が消えた。



「?!」

「…捕まった?!」

それっきり光らないということは最早それしかない。ガルフォンは慌てた。

「は、早く行かないと!」

「分かりました。倉庫が先ですね」

だが、ここで彼女は何となく言いづらそうにガルフォンを見た。

「近道ですし、敵と遭遇しないためにも、通風孔で行けるところまで行きたいんですが…」

「無理かな?」

腹を脇から二度叩いてイチアールを見ると、彼女は腰を折ってぷっと吹き出した。

「ごめんなさい、無理です」

震えながらの笑い顔ではっきり言い切るイチアール。ガルフォンは小さな通風孔の入り口を睨んだ。もう少し大きければ自分が入れたのに。忌々しげなガルフォンを見て、彼女は真面目な顔で付け加えた。

「でも私は行けます。だから何かあったら、さっきみたいに不意打ちの援護をしますよ」

それなら心強い。

「分かった。よろしく頼むよイチアールさん」

「こちらこそ、ガルフォンさん」

二人でガシッと手をにぎり合う。



こうして互いに道連れができた。あとはただ前に進むのみだ。



◇◇

「公開処刑、というのとは少し違うかもしれないが」

司令官は夕莉の目の前にて、気取った手つきでテーブルに置かれた銀色のトレーからメスを取り上げる。しばらくバルコニーの蛍光灯に照らして楽しんでからまたそれを元に戻した。

「まあ結果的には似たようなものになるかな」

軽い口調で続け、脇に置かれたストレッチャーに顎をしゃくる。

恐怖のあまり声が出ない夕莉は、灰色のローブを着た司令官の前で背もたれ椅子に座らされていた。逃げられないように腰にはベルトが装着されている。その左右には先程身体検査を務めた兵士二人がいて、がっちりと彼女の手首を掴んでいる。あれではたとえ拘束されていなくても、暴れて抵抗することなんて出来ないだろうとクリスティナローラは思った。実際、後ろで立ったまま押さえられている自分やエイザクでさえも、これから起こりうることが想像できてしまって唾を飲み込む余裕すらない。



「君は私たちと同じ太陽系の出身だったな。地球とかいう閉鎖的な星のね」

夕莉は何も言わなかったが、司令官は構わずに続けた。

「閉鎖的、閉鎖的もいいところだよ君。それがなんだって宇宙に飛び出そうなんて思ったんだ? 子供の分際でグリーン星を助けようというつもりか?」

司令官は今度は空の注射器を手に取った。長くて鋭い針が銀色に光る。司令官の表情は見えない。

「だとしたら笑止千万だが、それとも…」

声を顰めて夕莉の顔を覗き込む。



「良からぬことでも企んでいるとか?」

企んでいる、という言葉が聞こえた瞬間、クリスティナローラの背中を冷たい汗が流れた。

「ま、仮にそうだとしても君には特に興味はない」

司令官は注射器に緑色の液を注入し始めた。

「用があるのは偽物君たちだ」

「ニセモノ…?」

ここで初めて口を開いた夕莉に司令官は軽く頷いた。

「少々強引な手を使うだろうが、心配しなくとも君がそれを見ることはない」

「…」

「実についてるよ。太陽系繋がりかな? 君の体の造りは我々と似通っている。健康な皮膚や臓器が私の兵士を救うだろう。何より、寝ている間に全て済んでいるんだ。ニセモノに比べれば幸せすぎる死に方だね」

クリスティナローラは掴まれた腕を振りほどこうとした。だが逆に骨に食い込むほどの痛みを受け、遂には苦痛の声を漏らした。



司令官は夕莉から目を離し、側に立つ通信員に尋ねた。

「現状は?」

「まだ一人も捕まっておりません」

「灰色の髪の青年は?」

クリスティナローラは思わず耳をそば立てた。灰色の髪…ライオネルのことを聞いているのか?

「まだです」

「大柄な奴とあともう一人も?」

「はい」

「そうか…まだか」

胸騒ぎがする。なぜライオネルのことだけを先に聞いたのだろう。だがその思考も次の低い声で遮られる。

「さて、最後に念のために聞いておこうか」

司令官はひゅーうと息を吐いて注射器のピストンを押した。緑色の透明な液体がぴゅっと溢れる。



「奴らは今どこに潜んでいる? 待ち合わせしているならその場所を言え」

その声はぞっとするほど冷たく、聞くものすべての背筋を凍らせるような、そんな声だった。

あの人(?)の遅すぎる再登場です!

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