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六人の異邦人  作者: 椎名れう
異邦人の戦い〜北大陸編〜
64/107

脱走 4 〜クリスティナローラとエイザクと夕莉〜

今回は六人分の視点で書きました!

一体何キロ走ったのだろう。


監房区から出て曲がりくねった狭い通路を走り抜け、立ちはだかる兵士や追っ手を蹴散らしつつ、どうにかここまでやってきた。

眼下には金属製の無機質な通路ではなく、だだっ広い空間が広がっている。薄暗い照明が、その空間を埋め尽くすかのように並ぶ大量のコンテナを照らしていた。

途中で追手も見失ったのか、しばらく後ろから足音が聞こえない。ほっとすると同時に右肩の痛みが舞い戻ってきた。



「…休憩、しますか?」

肩で息をするクリスティナローラに声がかけられる。彼女は振り向き、指を押さえるエイザクと真っ青な顔の夕莉を見やった。

「…では、少々」



ーー

「ここは倉庫なんですね」

「倉庫…」

「作業員用の通路が1、2、3、4本か。どれを通っても格納庫に行けますね」

クリスティナローラとエイザクは管理室の中にいた。エイザクの指がコンピュータのキーボードを叩いて、画面の拡大をしたりコンテナの中身を探ってみたりしている。中には覗けないものもあったが少しは調べることができた。

このコンピュータは普通ならロックがかかっていて開けられないのだが、運が良くも二人がここに入った時にちょうど木星人の作業員が使っていたのである。



不意にキィと音がして慌てて振り向く。だがドアを開けたのは夕莉だった。一人だけ隣のお手洗い(もちろん誰もいないことを確認して)に行っていたのだ。

「気分はどうです?」

「ん…とりあえずさっぱりした」

おそらく吐いてきたのであろう夕莉はまだ顔が青かった。元気のないままこちらに歩いてきて、木星人の死体に蹴躓きそうになる。

「倉庫は倉庫でも武器や食糧はないんですね。衣服とか機械の部品の一時管理が主な使用法のようです」

「ふうん…」

「できれば弾丸が欲しかったけど、ないなら死体から回収し続けるしかないですね。ここには使えるものはないのかな」

「じゃあさっさとここから逃げようよ」

「ですね」

「あ」

クリスティナローラの声に、エイザクの指が止まった。

「どうかしましたか?」

「ちょっとよろしいかしら」

「いいですけど、間違って電源切っても再起動はできませんから注意してくださいね」

「ええ」

エイザクが椅子から降りてクリスティナローラに席を譲る。

「なるべく早くしてね」

「ええ」

完全に生返事である。



クリスティナローラは画面の四隅を順に見やった。大型のコンテナ以外にいくつか小さな棚のようなものがある。それが妙に気になった。

棚の一つに焦点を当てる。中は見えなかったが、側面に「*ー**」(**を見るにはパスワードがいるらしい)と彫ってあるのが分かった。

「なにこれ…」

「監房の番号じゃないんですか?」

夕莉の呟きにエイザクが即答する。

「何でわかるの?」

「アルファベットと2桁の数字が入るんじゃないかとね。あの司令官が僕らを閉じ込めた時、『Dー26に入れろ』って言ってました」

「…よく覚えてるね」

あんな怖いやつのことなんか思い出したくもないと夕莉がぼやいた。

「そう考えればこの棚には、多分囚人の荷物が入ってるんでしょうね」

言われてクリスティナローラはじっと考え込んだ。例の司令官が自分で保管しているならば、おそらく取り返すのは難しいだろうと思っていた。その場合は新たなものを入手するしかないとも。だがここにもし自分の荷物があるなら…。

「夕莉さん、ブルネウさん」

先に出て行こうとする二人の名前を呼ぶ。

「荷物を探しましょう」



「荷物って…もしかして身体検査で取り上げられた…」

夕莉がおそるおそる聞いてくる。隣のエイザクは黙ったままだ。

「クリスティナローラさんたちの武器のこと…だよね?」

「以外に何か?」

「今、あれを探そうって言うの?」

「ええ」

「本気で言ってるの? この棚の数が見える?」

(くどい)

いちいち聞き返してくる夕莉に苛立ちを覚える。

同時に、眼鏡越しにこちらを探るような藍色の瞳から目をそらし、居丈高に言い放つ。

「武器を取り上げられ、そのままおめおめ逃げ帰れとおっしゃるの?」

「そりゃ武器が大切なのは分かるよ。あたしだってできれば探したい」

夕莉が泣きそうな声で言う。



「でも木星人とまた遭遇したらどうするの! あたし、もう戦えないよ…」

こうしている間にも、棚の三つや四つは調べられる。食い下がる夕莉をきつい眼差しで押さえつけきっぱりと言った。

「私は貴女を戦力とみなしたことなどありませんわ。仮に遭遇しても戦うのは私でしょう?」

「ん…」

「宇宙船を奪うにしても、そこまでの道のりは険しいでしょう。そうなると、私としては自分の武器の方が戦いやすいのです」

「…」

目論見通り夕莉は黙った。言い返す言葉が見つからないのだろう。

「きっと他の皆様もそうでしょう。せっかくここに来たのですから探さなくてどうします。ですから、見つけられた場合、そこにあるものすべて(・・・・・・・・・・)をお持ちくださいまし」

たとえ、一見無価値なものだったとしても見逃されては困るのだ。

「お二人で一緒にお探しに。私は一人で充分ですわ」

「あ、ちょっと!」

返事も聞かずに踵を返す。クリスティナローラはさっさと管理室から出て、コンテナが置かれた階に降りる階段を下り始めた。作業員が数人見えたので注意しなければと思いながら。



◇◇

「あっ」

「やっと映ったか」

司令官は、少々薄暗い画像を見て目を細めた。倉庫の一階にレンズを向けた監視カメラが捉えているのは、そろそろと歩くワンピース姿の異邦人が一名。例の上流階級の女だ。

作業員に見つからないように身を隠しながら進んでいる。

「なぜ一人なのだ。確か三人いたはずだが」

「倉庫に至る前に力尽きて置いていかれたのでは?」

「…いや待て」

まもなくカメラの視界に残りの二人が現れた。やはりそろそろと、だがさっきの女とは別の方向に進んでいく。

「二手に分かれたか」

「別々に脱出する気でしょうか?」

「確か三人のうち二人は怪我人だ。そんなことはできんさ」

もっとも残りの一人は使い物にならない。とんだ欠陥集団だと思う。



あのまま三人を追い続けても良かったが、思ったより奮戦されて被害が甚大だった。こうなったら三人を監視し包囲網を張り、疲れたところを一気に叩くという作戦が有効だと思われた。

そんなわけで司令官は一旦異邦人追跡を中断し、倉庫の一階下の監視室にて体を休めていた。隣に立つのは監視室の責任者だ。



やはり三人とも通路の方には行かなかった。倉庫の片隅に向かっている。

「探し物か」

ならばこの広い倉庫から出ようとするまでには、まだ少し時間がかかるだろう。



司令官は立ち上がった。

「倉庫の外に待機させていた部隊を大至急移動させよう。…私も着替えるとするか」

それともう一つ、と手短に述べた。

「大至急、用意してもらいたいものがある」



◇◇

病棟の地下7階にて、異邦人探索は黙々と続けられていた。資料室の周りを黒軍服の兵士が取り囲んでいる。

その時誰も注意を払わなかったが、資料室からやや離れた階段を一人の木星人兵士が降りていた。兵士は皆が集まっている場所には行かず、さらなる階下に自分の耳を向け何か頷いた。

そしてさっきとは比べ物にならない速さで、でも音は立てずに軽快に階段を下っていった。



◇◇

クリスティナローラさんは一度言い出したら聞かない。本当は嫌だったけど、こうなったらさっさと荷物を見つけて逃げるしかない。涙はとっくに引っ込んでいた。

「Bー57、Uー61、Kー18」

「Oー44、Tー02、Aー39」

エイザクさんが右、あたしは左の棚を確認する。

棚はアルファベット順に並んでいないからかなり見つけにくい。焦りと苛立ちが募って指先がぶるぶる震えてくる。

「あ、見つけた」

エイザクさんの声に振り向く。その棚に刻まれた番号はDー26。あたしたちが入れられた監房の番号だ。

喜んでもいられず、急いで取っ手を引っ張ってみたけれど鍵がかかっていて開かない。

「こんなことだろうと思いました」

「ああもう!」

これでは見つけたところでどうにもならない。エイザクさんはそっぽを向き、あたしは我慢できずに棚を殴ってしまった。

するとその瞬間、



パッと棚が空いた。

「わ!」

思わず大声が出てしまった。

同時に何か小さいものが足下を走っていったような気がしたけれど、そんなものに構ってはいられなかった。

棚の中にはやはり、奪われていたあたしたちの荷物が入っていたのだ。

「ね、ねえ見てよエイザクさん!」

あたしはエイザクさんの服の袖を引っ張った。迷惑そうにエイザクさんが振り向く。

「見ろって何を…」

「ク、クリスティナローラさんの銃剣。ハールドのナイフもあるじゃない…」

全部ここにある。あたしは棚をガサガサと探った。

「急いで持って行かなきゃ!」

「それ、本気で言っているんですか? 荷物になりますよ」

「あたしもそう思うけど、クリスティナローラさんが戦いやすくなるなら…」

「くだらないな」

吐き捨てるように言ったエイザクさんにむっとしたが、いちいち反応していられない。とにかく荷物を持ってここから離れたいのだ。

「別にエイザクさんに持てなんて言ってない」

「そうじゃなくて」

「何でもいいから早くここから離れよう!」

強引にエイザクさんの腕を掴んで歩き出す。



まずはクリスティナローラさんと合流しなければならない。大声を出せたら一番いいけど、ここには木星人の作業員がいるから歩き回って探すしかない。

「あの人は武器云々が大事だったわけじゃないんですよ」

「は? じゃあなんだっていうの?」

「それです。その紙媒体」

エイザクさんは土で少々汚れた冊子を指差す。

表紙をこすってこびりついていた土を落とすと、【ガイドブック】という文字が読めた。パラパラとめくってみる。

殆どのページに緑や茶色の陸地と青い海が記載されていた。世界地図に近いような感じだ。

「ガイドブックっていうか要するに地図じゃない。あの人にとってこんなものが重要なわけ?」

「重要でしょうね。他星の地図ーとりわけ詳しいものならーを持っていれば最悪その星を侵略できますし」

「し、侵りゃ…?!」

大声を出しかけて慌てて堪える。目の前を整備士が通り過ぎて行った。



あたしは小声でエイザクさんに詰め寄る。

「何言ってるのさエイザクさん!」

「他星の地図を欲しがる理由なんてそんなもんでしょ」

「観光がしたかったんじゃなくて?」

エイザクさんは呆れたように首を振った。

「…それをあの人がどこで手に入れたか知っていますか?」

「そりゃどこかの売店で売ってるのを買…」

「作業中に掘り起こして探してたんですよ。本屋だった廃墟の下をね」

「?!」



エイザクさんは、あたしの手からガイドブックを奪って最後のページを覗き込んだ。

「ああ、この本絶版になってるんですね。しかもだいぶ前に」

「普通の本屋じゃ手に入らないってこと?」

「ですね。そういえば、最近出版されたガイドブックはここまで詳しくはなかったな」

パラパラめくって返してきた。

「ま、流石に軍の基地の詳しい情報は載ってないんで侵略のセンはなしでしょうね。でもあの人本当に何か企んでいるかもしれませんよ」

「で、でもあの人が悪いことをするなんて思えないんだけど」

「どうですかね。あなたはあの人の裏事情に通じてるんですか? 一緒に作業してからまだ数日ですけど」



なんて返していいのかわからなかった。色々な可能性がある以上、エイザクさんの言うことを全面否定できない。謎の多い人だとわかってはいたけれど、まさかここまで深刻な問題だったなんて。

「ん?」

黙っていたエイザクさんが不意に顔を上げた。次の瞬間、頭を思い切り叩かれた。

「走れ夕莉さん!」

「え? え?」

「火事だ!」

珍しく慌てるエイザクさんの背後に、もくもくと昇り立つ煙の柱が見えた。



◇◇

「ああここもか!」

通路に行くまでの道が煙で覆われている。エイザクは即踵を返した。

「この通路も使えないとすると…」

「もういいでしょ、ここ通って抜けようよ!」

夕莉が周囲を見渡して焦った。火事は一箇所で発生したと思っていたが、この倉庫の所々から煙が上がっている。ぐずぐずしてたら火に囲まれるかもしれない。

目の前の煙は割と薄く見える。ここならさっと通り抜けられるかもしれない。彼女はそう思っているのだろう。

けれど。



火事はこの通路の先で起こっていることは明白だ。

「火事ってのは火より煙の方が危険なのは常識でしょう?!」

そう、濃度によっては数分で死に至る。

「火事ですか!」

クリスティナローラがこちらに走ってくる。荷物を持った夕莉を見て安堵したように息をついた。

「あったのですね」

「いいから銃剣持って!」

クリスティナローラは手早く銃剣を掴み、それから例の冊子をポケットに押し込んだ。



「あっちの通路はどうでした?」

「煙に覆われていましたわ」

「四つ目もダメか!」

エイザクは頭を抱えた。煙はどんどん広がっていく。肺に入ってくる空気が徐々に苦いものになり、煙の濃度が上がっているのがわかる。このままでは一酸化炭素中毒で三人ともお陀仏だ。

サイレンが鳴り響く。随分不吉な音だ。

これは単なる事故なのか、それともここで自分たちを窒息死させるつもりなのか。

焦りとともに、一時薄れていた痛みがじんじんと熱く疼く。だがここで死んでたまるかと指を口に突っ込んだ。



さっき管理室で見た倉庫の図面を思い出す。通路の他に何があった? コンテナに棚、他に何か…。

「ひ、非常口だ!」

左右を見回す。遠くに見える小さな緑色の扉。幸いなことに、そこはまだ煙がさほど充満していない。

「走って!」



◇◇

少し前に三人がいた管理室の脇に人影があった。人影はここにくるまでに手に入れた武器を床に並べて座り込んでいた。



ここからはコンテナが積まれた階が非常によく見える。慌てふためきながら非常口に向かう三人。申し合わせたように倉庫の隅に移動する作業員たち。そして煙に隠れて三人を追うマスクを装着した黒軍服達。

三人は迫りくる危険にまるで気づいていない。

「しょうがないな」

その兵士達の中に司令官がいないことを確認して、人影はそっと管理室から離れた。今や死体となった整備士がつけていたマスクをもう一度つけ直しながら。そしてその手には、スコープのついたライフルが握られていた。



◇◇

非常口を出た先に何が待っているか。そんなことは三人のうち誰も考えていなかった。そんなことを考える余裕もなかったのだ。

新鮮な空気が吸えた。安堵したその瞬間に、再び絶望を味わう。



「待ちかねたぞ」



クリスティナローラ達が辿り着いたのは野外に突き出た金属製のバルコニー。そしてその上に佇むのは、灰色のローブに着替えた司令官率いる木星人の一個小隊だった。

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