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六人の異邦人  作者: 椎名れう
異邦人の戦い〜北大陸編〜
63/107

脱走 3 〜ライオネルとハールド〜

ああ最悪だ。

ハールドは胸中で毒づいた。

前からも足音後ろからも足音。頭上ではサイレンがやかましい。



異邦人は?! 異邦人はどこだ?!



その角を曲がったぞ! 追え!



立ちはだかる黒軍服やこれまで見かけなかった白衣の兵士を薙ぎ払い、とにかく道を見つけて走る。その繰り返しだ。そして清潔な床は呻き声を上げる肉塊と大量の血液で彩られていく。

ああ気分が悪い…。

側から見ると、今自分はものすごく殺気立っているのだろう。自分でも感じる。ものすごい圧迫、熱情、震動、それから…。



(ちゃんとついてきてるだろうな)

ふと気になってちらりと後ろを振り返る。彼はそこにいた。ゼエゼエと息を吐きながら、灰色の長髪を乱れさせて。それでもその手にはきちんと拳銃を握りしめて。

「ハールド、そこ…に」

囲もうとする兵をまた一人撃ち、ライオネルが一点を指差す。ハールドは見た。そこにあったのは、目に優しすぎる色の壁から浮いた半開きの銀色の扉…。

「なんだよこれ!」

「いいから乗れ!」

兵士を押しのけ、二人で扉の中に転がり込む。中は部屋というには狭くがらんどうだった。

「エレベーターに乗り込んだぞ!」

間髪入れずライオネルが内部の四角いボタンをいくつか押す。扉は音を立ててしまった。



敵と完全に遮断された空間で、ハールドはほっと一息ついた。

「ひいふ…」

「これで…ひとまずは安全だ」

「これ、下降してるのか?」

慣れない浮遊感を感じながらハールドは尋ねた。

「ああそうだ、エレベーターという」

「…知らないな」

「文明の利器だ。好きに階を移動できる。大抵の星にはあるものだ」

「…」

ハールドは聞こえなかったふりをした。自分の星はそういう文明とは無縁の辺境だと言うのはどうも癪だったし、それより今はもっと重要なことを聞かなければならない。

「これって、向こうからは開けられないんだよな?」

「閉ボタンを押し続けている限りはな」

ライオネルは自分の手元の赤いボタンに顎をしゃくった。ホッとしたのもつかの間、彼は渋い顔でこう続けた。

「もっとも、このままでは外から丸見えなんだが…」

ライオネルは高位置に取り付けられた文字盤の数字を睨んだ。

ランプがついた数字は、3から2に変化したところだった。



「エレベーターがどの階を移動中かは外からでもわかるのだ」

「ちょ、それってちっとも安全じゃないぞ!」

適当に下りた階で、エレベーター前に待ち伏せされていたら終わりだ。つまりこの動く箱は外から監視された檻も同然ということになる。どこで下りたかなどすぐにわかる。ハールドは焦った。

「どうすんだよ! このままじゃあっさり捕まっちまう!」

「…」

「てか、手間を省くために各階に兵を配置してたらどうすんだ!」

ライオネルは何も言わない。口をグッと一文字にひき結んだまま文字盤を睨んでいる。完全無策ということか。

「ったく…」

何を思ってこんな場所に逃げ込ませたのか、とハールドは大きくため息をついた。

エレベーターの動きがものすごくのろく感じる。今やっと1階に差し掛かったところだ。こうしている間にも敵は包囲網を広げているのかと思うと、ハールドは気が気ではなかった。こんな檻から一刻も早く下りたかったが、今の状況ではそれは自殺行為に他ならない。



もうこうなったら、決死の突破口を切り開くことを覚悟しなければ。改めて手中のナイフを固く握り締めた時だった。


「…いや、ひょっとしてこれは…」


文字盤の一点に目をやったライオネルが、ぱん、と手を叩いた。










◇◇

木星人兵士たちは地下7階に至る階段を駆け下りていた。異邦人二人は、この棟の唯一のエレベーターに乗って逃走中だ。2階で外からボタンを押したが扉は開かなかった。中で閉ボタンを押し続けていることに気づいて、こちらは階段で追いかけ始めた。

既に、3〜地下6階のエレベーター前には兵士の一部が待機している。今から地下7階より下の階に張り込むのだ。

7階に居座る者と、それ以下の階に下る者とが階段で別れようとした時だった。遠くからガコンと音がした。兵士たちは顔を見合わせる。

小さな音だったが、確かに聞こえたあれは。

「エレベーターが止まる音だ」

誰かが呟き、その場にいたものが残らずその方向に耳をすました。



続いて聞こえたのは、ウィィーンという聞きなれた開閉音。目のいい兵士が遠くのエレベーターホールを凝視した。暗がりだったが、何とかエレベーターの銀色の扉が再びウィィーンと音を立てて閉まるのが見えた。

「閉まった…」

「ここで降りたのか」

考えたものだと誰もが思った。ここ地下7階は他の階より若干拡張されて広く、それにエレベーターホールの奥にはたくさんの資料室があるから一時間や二時間は隠れていられる。まさに追いかけっこには最適の階だ。

「奴らは気配を殺している。くれぐれも油断するな」

兵士たちは銃を構え直した。異邦人の凄まじい実力を知る彼らは、皆揃って地下7階に足を踏み入れた。










◇◇

棟の最下部、地下10階。

人っ子ひとりいない、照明一つないこの階のエレベーターホールにて、ウィィーンと小さな音が響いた。エレベーターの扉が開くが中の人間が出てくる様子はない。

数秒してからやっと頭だけを出した。警戒しているのか二度三度左右を見、それからやっと二人揃って埃っぽい床をそろそろと歩き始めた。





ーー

「上手くいったみたいだな」

「少々ひやっとしたがな」

ハールドに続いて薄暗い部屋に入ったライオネルは、部屋の片隅にあったソファーにどかりと座り込んだ。

「そこの棚から痛み止めと清潔な包帯を頼む」

「俺が取るのかよ」

「先ほど走り過ぎて動くのが辛いのだ。早く出たければ取ってくれ」

物慣れた命令口調にハールドはぶすっとした顔をしたが、ライオネルの傷を一瞥すると素直に棚に向かった。



◻︎◻︎

地下7階で降りるふりをして最下部まで降り、隙を見て階段を使って適当な階まで上がる。これがライオネルがとっさに立てた計画だった。

「7階で一旦扉を開ける。もちろん降りはしないが」

「って、外で待ち伏せされてたら意味ないぞ!」

「それは多分問題ない」

この会話中、文字盤の数字のうちランプがついていたのは「B1」だった。

「今地下1階。3階からここまで降りる間に、階段を使う奴らが地下最下部に至るまで降りているとは思えない」

「連絡してて、元からその階にいた兵士が待ち伏せていたら?」

「それもないのではないか? 見よ」

ライオネルはB5の文字盤の下を指差した。小さな文字が書いてある。あまり読み書きは得意でないハールドだが、辛うじて次のように読むことができた。

「旧…病棟…」

「地下5階だけではない。6、8、9、10もだ。地上1〜3階は『病棟』と書かれているのみ。つまり、『旧病棟』というのは今は使われていないのかもしれない」

「…7階で開けても、そのあと下降して大丈夫なのか?」

「エレベーターというのはな、一旦降ればどこで降りようと必ず最下部までは行くものなのだ」



推測だらけの上、抜け穴も多い作戦だったが、ひとまずはそれで行くしかなかった。



ーー

応急処置してあった脚の傷が気になるとライオネルが言って、階段に向かう前に入ったのがここ「第三薬品室」である。

「まあ、作戦が上手くいってよかった」

ハールドが汲んだ水道水で足の傷を洗いながら、ライオネルはほうっと息をついた。ハールドは壁にもたれて相槌を打つ。

「俺もぶっちゃけ、失敗するかもってヒヤヒヤしてた」

「はははは。まあそうであろうな。何度かやったことがあるとはいえ、ここでも成功したのはやはり運がいいというべきか」

「何度も?」

訝しげに聞き返したハールドに、ライオネルは得意げな笑みを浮かべて説明する。



「エレベーターがらみではないが、使われていない部屋に逃げ込む程度のことは何度かな。あと、追ってきたものをうまいこと巻くのも成功例がある」

「ふうん…」

幼い頃から付き人がいつも一緒にいるのが嫌で、彼らを巻いてかくれんぼをしたことをライオネルは思い出して笑った。

「毎日殿下殿下言われれば嫌になるものだ」

「…」

「私ぐらいの立場になると、いくら他の人間より尊ばれるとはいえ色々うるさいことが多くて困る。グリーン星でもそうだった」

何の気なしに放ったその言葉が、一瞬にしてハールドの顔を曇らせたことにライオネルは気づいていなかった。



「その点クリスティナローラは良い。ああいう、高貴ながらもどこか『異端』っぽさを感じさせる女がかつて一人だけいたな…」

そのクリスティナローラはいまどこを逃げているのだろうか。不安がよぎったが、三叉路で彼女が一人ではなかったことを思い出してライオネルは少し安心した。

「ここを出たらまず他の皆を探そう。そういえばエイザクとクリスティナローラは手負いだったな…ここの薬でも持っていくか」

足を消毒しながらライオネルは一人でしゃべり続けていたが、ふとハールドが押し黙っていることに気づいた。

「ハールド? 聞いているのか?」

「さっさと手当済ませろよ」

尋ねただけなのに、返ってきたのは実にぶっきらぼうな返事だった。おまけに、彼はこちらを見ようともしない。



「どうしたんだハールド。私はただ、クリスティナローラの安否について…」

「あんな女の話なんて聞きたくもない」

その一言に、ライオネルの眉がピクリと動いた。

「今何と言った」

「あの女の話は嫌だって言ったんだ。それよりまだかよ足」

ライオネルは包帯を巻こうとしていた手を止めた。不快感が胸に込み上げてくる。何なのだこいつは。

「言いたいことがあるならはっきり言え」

「早くしろって! 薬がいるんなら持ってやるからよこせよ」

すぐ話を逸らそうとする。思えば、この態度はこれが初めてではない。



「一体、何が不満なのだ」

怒りを押し殺した声で訊くと、ハールドはプイと横を向いた。

「答えよ」

「何で言わなきゃいけないんだ」

ライオネルは立ち上がった。人を焦らせるところはクリスティナローラそっくりだが、この少年にはかなりのむかつきを覚える。自分より5歳も年下のくせに、こんなにも偉そうな口を聞くとは。

「これまでも何度かあったな、すぐに話を打ち切ろうとすることが」

「で?」

「ちょうど良い、ここではっきりさせてしまおう」

一刻も早く階段に向かわなければならないと理性が告げるが、本能はこの少年を問い詰めたがっている。ライオネルは感情に突き動かされやすい人間だった。


「答えよ」

夕莉やガルフォンにはあれほどはっきり喋るのに、なぜ最年長である自分には包み隠すのか。なんだか自分が彼らより劣っていると言われているようで面白くなかった。










◇◇

地下7階にて、兵士たちがエレベーターホール奥の資料室を探索・包囲していた。そこへドカドカと音を立てて一人の若者がやってきた。

「異邦人は見つかったんかい?」

その能天気とも取れる声に、兵士のうちの一人が鬱陶しげに振り向いた。そしてそのまま表情が硬直する。

「あ、どうも…」

「どした? 見つかったかって聞いてるんだぜ?」

若者は、兵士を見もせずに手中のナイフを一閃させた。兵士の表情に怯えが走る。

「んで? どうなんでえ?」

「その…まだです」

「まだ…ね」

若者は面白くもなさそうに資料室に目を向ける。

「異邦人どもはあそこなわけか?」

「はい。エレベーターが開くのを確かに見ました。実際、やつらにとってこの階は身をひそめるのに絶好で…」

「姿は確認してない?」

「ええ」

「ふうん…」

若者はナイフをしまってじっと考え込んだ。

そして何を思ったか、急に質問を切り上げて一人階段の方へ向かった。三十路の兵士は、明らかに自分より年下の若者がここから去ったことにホッと安堵した。










◇◇

「ーッ俺は!」

ついにライオネルのしつこさに負けたハールドは、嫌々ながら切り出した。

「あんたの偉そうに振る舞うのが気に食わないんだ! あんたを嫌がる理由はまずそれさ!」

「は?」

「これでいいだろ!」

「…言っていることの意味がわからんが、『まず』ということはそれだけではないだろう?」










◇◇

若者は最下部の手前の階段を下っていた。

どうしても自分の目で確かめなくてはならない。そしてもしその勘が外れでなければ…。


…。

…。



「お…!」

誰もいないはずのこの階で、かすかに声が聞こえる。

大当たり(ビンゴ)だぜ…」

若者は暗闇の下で、細い目をますます細め口角を上げた。





◇◇

「もういいだろ!」

「人の悪口を言っておいて何が『もういい』だ!」

ああ。ハールドは頭を抱えた。この場にガルフォンがいてくれたら。

この王子様は今の状況がわかっているのか。ここは仮初めの休息地に過ぎず、何よりあの夕莉が気にかかる。自分はこんなところでグズグズしていたくはないのに。



我慢の限界が来て、とうとう怒鳴りつけようとした時だった。

「?!」



ひたひたと足音が近づいてくる。それも、なるべく気配を殺そうとしているのが分かる。磨き上げた野生の本能が警鐘を鳴らした。

これは、獲物を狙う肉食獣の近づいている音だ。

「? ハールド?」

「黙れ!」

ハールドは焦った。一刻も早くこの狭い部屋から出なくてはならない。

問答無用でライオネルの腕をひっ掴む。ライオネルも危険を察知したのか何も言わない。それでいいのだ。とにかく今は自分の速さに合わせて逃げてもらわなくては。




だがドアに手をかけようとする寸前、ドアがばんっと音を立てて開いた。






「みぃつけた!」

正面に、笑顔でナイフを構えた赤毛の男が立っていた。

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