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六人の異邦人  作者: 椎名れう
異邦人の戦い〜北大陸編〜
62/107

脱走 2

「撃て」

司令官の一声を合図に、一斉に発砲音が響いた。すかさず異邦人たちも撃ち返してくる。監房区の廊下は銃撃戦の場と化した。

一人また一人とこちら側の兵士が倒れていく。向こうには今の所弾がかすりもしていない。距離が遠すぎるのだろうが、それは相手にしても同じことだ。

司令官はフードの下で舌打ちし、そのまま向こう側の異邦人たちをじっと観察した。

銃は看守から奪ったのだろうか。ひたすら手を休めずに撃ち続けているのが拳銃を持った男二人と銃剣の女一人。獲物が合わないのか、撃ってはいるがさっぱり当たらないのが二人。全く引き金を引かないのが一人。そいつは青くなってガタガタ震えている。



こちらが撃たれてばかりといっても、戦況は明らかに異邦人側が不利だった。こちらは一人が撃たれても、すぐに後ろから別の兵士が前に詰めてくる。廊下の端から端までを、兵士で塞いで銃を撃ち続けているので軍を突破するのはまず無理であり、白兵戦に持ち込もうにも満遍なく発射される銃弾をかわすことはできないだろう。

「撃て! 撃て!」

兵士たちは撃ち続けながら少しずつ前進する。異邦人側もじりじりと後退し始めた。ゆっくりとした後ろ歩きが、次第に早足になっていく。それを兵士たちはひたすら追いかける。

(こちらと違ってあいつらの弾には限界があるはず。そろそろ背を向けて逃げるかな…)

撃ち続ける異邦人たちの気力も体力も限界に見えた時だった。



「ーッ!」

こちらの弾が一人の異邦人に当たった。

(致命傷ではない…か)

手首にかすったらしく、血が出ている。異邦人は痛さのあまりに銃を手放した。

「つうっ…」

「エイザク! 大丈夫か?!」

リーダー格の青年が撃つ手を止めて少年に駆け寄った。他の異邦人にも動揺の色がチラホラ見えだす。

「いいぞ、撃て! 撃て!」

ここぞとばかりに部隊長が叫ぶ。司令官は声を立てずに笑った。これで向こうより勢いが勝る。やつらが押し殺したであろう恐怖もきっと出てくる。



案の定、1分も経たないうちに青年が「逃げろ」と叫ぶや否や、異邦人たちは尻尾を巻いて逃げ出した。これで勝敗は決した。

「前列、追いながら撃て!」

逃げる異邦人を、銃を持った木星兵士がぞろぞろと追いかけていく。すぐに追いつけるかと思ったが、彼らの逃げ足は意外と早かった。

それに、こちらは銃を撃ちっぱなしなのでなかなか差が縮まらない。狙いもいまいち定まらない。

やっと少し追いつけたと思ったら、先に三叉路が見えた。

「逃すな! 撃て!」

だがその角で危なっかしく右・真ん中・左に飛んで弾丸を避けた異邦人たちは、そのまま三手に分かれて奥に逃げ込んでしまった。



「追え!」

「いや待て」

司令官は血気に逸る部隊長を制した。奥はまだ電気設備が取り付けられていない。無闇に追いかければ、明るい側のこちらが不利だ。

「一旦停止だ。それよりこの三本の道はそれぞれどこに繋がっている」

「はっ…」

部隊長はパネルを操作し、司令官の方に基地内のホログラムを照らして見せた。薄暗い照明の下で、深海色の光が浮かび上がる。

「この三叉路を右に曲がると倉庫が、左に曲がると医療棟が、真っ直ぐ行けば別の監房区があります」

「そこで行き止まりか?」

「はい。それぞれに控えている守備兵に連絡を取れば良いかと」

「なるほどな」

司令官は腕組みし、それからホログラムを閉じた部隊長に命じた。



「まずは先方に連絡。異邦人どもを挟み撃ちだ」

「ははっ」

「それと私とお前の分担だが…」

言いかけ、気配を感じて振り向く。不意に現れた影が走っていき、三叉路の左側に消えていった。

「誰だっ…」

「構わん。あれは同志だ」

司令官は苦笑いを浮かべた。あいつはこんな時に限って殺し癖が出てきたらしい。あるいは金のためか。

「今いる兵は二分。私は倉庫に行くとしよう。お前は監房区だ」

「ははっ」

「無傷でなくともいい。だが決して殺すな!」

最後の部分は部隊長だけでなく、殺し癖のある影に向かって叫んだ。だが返事がないので続けて呼びかける。

「くれぐれも生かして捕らえるのだぞ! 分かったかシャンテル!」

…。



数秒後、しゃあねえな、とかすかに声が届いた。



◇◇

円盤の床の赤いボタンを押すと、20分程で目的地に着いた。

検閲を潜り抜け格納庫に向かった三名は、見張りを気絶させてその服を身につけた。そして念のために物陰に身を隠す。

「こんなに簡単に潜入できるとはな。奥の方で何かお取り込み中かな」

ミーナドの言葉にスピッツも頷いた。ウサギである自分にしか聞こえないだろうが、格納庫の先の廊下からかすかに騒音が聞こえてくる。怒声と足音が入り混じり、混乱しているのが見ずとも明らかだ。何が起こっているのかはまるで分からないが。

「これで脱出用のシップが奪える。今のところ順調だな」

「それで、どうするんです?」

「どうするって…決まってるじゃないか。君たち二人で行って異邦人を救出するんだ。私は他にすることがある」

あっさり言われてスピッツは化けたての顔をしかめた。隣のフリージー星人も同様だ。なんとなく予感はしていたものの、まさか敵星同士の二人だけで行動しなければならないとは。見合わせた互いの顔には露骨な嫌悪が浮かんでいる。



だが、ミーナドは難色の二人を物ともしない。

「この戦闘服にはちゃんと装備が付いているな。ほっほう、コイン型爆弾もあるのか。私はここらへんの扱いが素人だから、君らに預けておくとしよう」

一方的に、武器を二つに分けて押し付けてくる。異議は認めないといった態度だ。ほぼあきらめた顔でフリージー星人が問うた。

「…どうしても僕ら二人でなければならないんですね?」

「君たちの相性は案外良いんじゃないか? 先ほどの木星人相手にナイスコンビだったじゃないか」

「コンビって…あれは協力というほどのものではないと思うんですが」

「つべこべ言うな。君たちは一種の公僕だろ? 年寄りをこき使って平気なのか?」

(その公僕をあんたは今、犯罪計画に加担させているんでしょうが)

スピッツは心の中で歯ぎしりした。今更になって引き返す気はないが、どうもこの科学者は癇にさわる。苛立ちを隠すかのように、彼女はせかせかと装備の点検を始めた。

装備は刃物ももちろんあるが、一番主流なのはやはり銃だと思われた。

銃を取るとひんやりと冷たく、全く手に馴染まない感触があった。

(…)

ただでさえ銃が苦手なのに、初めて扱うもので上手く戦えるかどうか…。

敵と遭遇した場面を想像してみて、スピッツの額にかすかに冷や汗がにじんだ。今は夕莉がそばにいない。あの時とは違うのだ。



「いいかね君たち」

ミーナドの言葉でハッと我に帰る。彼は壁に取り付けられたパネルを指差していた。ここの基地の見取り図らしい。

「今いるのが第2格納庫。ここをまっすぐ行くと監房区がある。言うまでもないが、監房数は3桁を超える」

引き伸ばされたパネルにはおびただしい数の長方形が映っている。

(これが監房…)

これのどこかに夕莉たちが閉じ込められている。おそらく、無傷でない状態で…。



スピッツは食い入るようにパネルを見つめたが、フリージー星人はあからさまに嫌そうな顔をした。

「これを全部回るんですか…」

「そうだが」

真剣に監房の位置を覚えるスピッツを尻目に、彼はお手上げのポーズを取った。

「彼らを見つける前に、僕らが捕まってしまいますよ。だいたい彼らが全員同じ場所に収監されているとは限らないでしょう?」

この男はこの後に及んで何を言うのか。嫌な予感がしてスピッツは睨みつけたが、彼はその視線を無視して続けた。

「そこで提案なんですが」

「ほう?」

「僕らの計画を実行するのに、何も異邦人六人全員が必要なわけじゃないでしょう? 一人見つけたらすぐに引き返してきます。そうしたらすぐ出発しま…アイテッッ」



今度はスピッツが睨まれる番だった。彼女がフリージー星人の足をうんと強く踏んづけたのだ。

「お前何するんだ! ミーナドさんがいるからって調子に乗るんじゃないぞ!」

「聞きたいことあるんですけど」

こんな男のクレームに付き合っている暇はないと、スピッツはミーナドの顔を凝視した。

「…ミット」

「は?」

「タイムリミットを聞いてるんですよ! 手持ちの時間はどれくらいあるんです?!」

「あ、ああ…」

ミーナドは少々慌てた様子で、腕のデジタル時計を見た。

「できれば一時間…いや、45分以内に異邦人たちをここに連れてきてくれ。私がそれまでにあのシップのプログラムを書き換えておくからな」

ミーナドが指差したのは、家1軒分くらいの大きさの円盤だった。窓が上下についているところを見ると、どうやら二階建てらしい。これなら楽々10人以上は入るだろう。


(でもな…)

「そんな短時間でハッキングできるんですか?」

「正直ギリギリだと思う。だがやってみるしかあるまい。とにかくあまり長居はできない。侵入者がここで不審な動きをしていることがいつバレないとも限らないからな」

ミーナドはすでに、ポーチから工具を取り出している。スピッツも気を引き締めた。

「分かりました。それまでに必ず全員(・・)連れてきますから、待っててくださいね!!」

監房の数なんて関係ない。自分には自慢の脚がある。それで隅々まで調べ尽くしてやる。

「お前いい加減に…」

「でなけりゃ来た意味がない」



よほど必死の形相だったのだろう。フリージー星人は押し黙り、ミーナドは目を見張ったまま、それでも力強く頷いた。

「分かった。だが無理はするなよ」

「約束できません」

「じゃあせめて怪我はしてくれるな」

いつになく優しい笑顔で注意するや否や、ミーナドは二人の肩をぐいと押した。

「さあ行ってきてくれ。あまり時間を無駄にはできないぞ」

「でも、ミーナドさん…」

「スピッツ君を信用する。帰ってくるときは8人で頼むよ」

議論はここまでだとミーナドはくるりと背を向けた。



ーー

スピッツは監房区に向かって走り出した。後ろからフリージー星人の若者がついてくる。二人とも何も言わない。

足を踏み入れた監房区は、広めの通路の両脇にずらりと金属製の扉が並んでいるだけの殺風景な場所だった。

この監房のどこかに夕莉たちがいる。

「さっさと調べるぞ」

深呼吸をするスピッツを無視し、フリージー星人が一つ目の扉の角を切り取り始めた。これで中が覗けるからと、ミーナドに渡されたグラインダーを使っている。

幸いなことに、ここまで誰にも会わずにすんだしこの場にも看守はいない。

そう、ここには誰もいない。けれど…。



スピッツは一歩も動かない。それをフリージー星人が訝しげに眺める。

「どうした」

「静かに」

一瞬、またいい加減にしろとか言われるのかと思ったが、彼は手を止め真剣な顔で質問を繰り返した。

「奥で何か聞こえるのか?」

スピッツはすぐには返事をしなかった。何を言っているのか聞き取ろうとしたのだ。

だが具体的な言葉は何も聞こえなかった。

「…分からない。けど、奥の方で大騒ぎしてるって感じ」

「大騒ぎ?」

「それと足音がこっちに近づいて…」

バッと顔を上げると、30メートルほど先に人影が見えた。そこそこ遠いうえに照明が暗いのでよく見えないが、おそらく木星人兵士だろう。

「ッ!」

「落ち着け」

咄嗟に銃に手をやりかけたスピッツを、フリージー星人が押しとどめる。

「今僕たちは変装しているんだぞ。見た目はどう見たって木星人なんだ」

(…そうだった)

「妙な真似は返って怪しまれる。自然に行け、自然に」

それだけ言って何事もない振りをするフリージー星人に習い、スピッツは胸の前で腕を組んだ。

木星人兵士はどんどん近づいてきている。あと少し…あと少しでやり過ごせる。

かと思ったが。



「銃追加、それと一階下の一個小隊求む!」

その兵士は二人の前に倒れこむや否や、ハアハアと荒い息を吐きながら叫んだ。もしやと身構えていて予想もしなかった言葉をかけられ、スピッツは少々面食らったがすぐに事情を理解した。どうやら彼は伝令か通信員で、物資の追加を求めてここまでかなり本気で走ってきたらしい。

「俺の隊の無線がぶっ壊れちまったんだ。そんで倉庫から走ってきた」

「倉庫?」

なぜそんな所から?

質問しようとしたが、兵士はそのまま体を起こし疲れ切った顔を向けてきた。

「もう限界だぜ、あとはたの…」

言葉が途切れ、兵士の眼が二人を捉えた。

顔の上部にあるそれではない。

こちらを睨んでいるのは、首筋についた…金色の眼球だ。



スピッツが息を飲み込むのと、フリージー星人が銃に手をやるのと、兵士が叫ぶのと、全てが同時だった。

「い、異邦人だ! ここにも隠れてやが…」

銃声が響いた。再び木星人の体が地面に崩れ落ちる。

ただし今度は死体となって。

フリージー星人は腰に銃を戻した。苦い表情をしている。

「咄嗟に撃っちまったがまずいな。銃声を聞かれたかもしれない」

「今のところ、こっちに向かってくる足音はないけど…」


スピッツは足元の死体に目をやった。この場から離れたほうがよさそうだが、幾つか気になることがある。なぜ自分たちがよそ者だと見抜かれたかは脇に置いて…。

「『ここにも』って言ってた」

「…だな」

「てことは他にも異邦人が隠れてるってこと?」

「…だな」

「じゃあ、あの騒ぎは」

奥の大騒動は、脱獄した人間を捕まえるためのものだとしたら。

「相当な獲物なんだろうな、木星人にとって」

監房から脱獄して隠れている重要な異邦人。それが誰なのか。考えるまでもない。



ライオネル、クリスティナローラ、エイザク、ガルフォン、ハールド、そして夕莉…。

「異邦人六人が…」

彼らが逃げ出した? 自力で?

信じられないとともに、心の中に安堵が広がるのをスピッツは抑えられなかった。その脇でフリージー星人が頬を掻きながら言う。

「もしそれが本当なら、いちいち監房を見て回らなくていいわけだ。助かるな」

「けど、みんながどこにいるかは…」

分からない、と続けようとしてスピッツの動きが止まった。その目に映るのは一枚の小さなパネル。

スピッツはそれを死んだ兵士の手から取り外した。

「これ見て」

「ああ」

見てすぐ二人で納得する。

スピッツはパネルを握りしめて立ち上がった。

「すぐに行かなきゃ」

フリージー星人はもちろんだと頷いた。

「この死体はどうする?」

「一個小隊追加と言ってたな。相当手こずってるんだろう。先が死屍累々になっているなら、そこに捨てておけばいい」

それにしてもなかなかやるなと呟き、フリージー星人が死体を背負う。そしてそのまま走り出した。



さっきミーナドと見たのと、ほとんど同じ見取り図パネル。違うところがあるとすれば、倉庫・医療棟・監房区奥の三箇所が赤く点滅していたことぐらいだ。

『異邦人潜伏・厳重注意』の文字とともに。

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