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六人の異邦人  作者: 椎名れう
異邦人の戦い〜北大陸編〜
61/107

北大陸という土地

「失礼いたします」

ゲンネーは一声かけてから室内に入り、いつも通りに敬礼した。

「ゲンネーか」

彼の上司はやはり机に座っていた。いつも通り、立派な口髭を指で撫でながら。

「報告を」

「はい」

ゲンネーは国賓四名がまだ見つからないこと、それからつい数時間ほど前に起きたフリージー星人の逃亡事件のことを報告した。

「…分かった。つまりは成果なしということだな」

本隊隊長は机に目をやったまま言う。ゲンネーは情けなくなった。

いつも通り(・・・・・)「まだ捜索中です。今のところ手がかりはつかめていません」を繰り返すのに加えて、新たな犯罪すらも押さえられないことを報告しなければならないとは。

(ああ、やはり成果が出ないのは俺が無能なせいなんだろうなあ)

ここ数日、配下のラーシルもメイサも汗水流して懸命に頑張ってくれているというのだから。



「ああ、どうにもならんもんだ」

「え?」

落胆しかけていたゲンネーは耳を疑った。

「隊長?」

「どうにもならんと言ったんだよ」

訂正することなく隊長は繰り返した。心なしか、その声には疲労が混じっているように思われた。

「国賓は見つからん、上から的確な指示もない、成果のない日は続く…我々は低迷中にほかならんのだ」

「…」

「『攻撃にあった市街地と、避難所を徹底的に洗え』か。もう隅から隅まで探したわ」

自分の上司がこんなに弱音を吐いたことが今までにあっただろうか。というか、こんなに会話が続いたことすらない。

(上層部の愚痴まで言うとは、本隊隊長もお疲れ気味か…)

だるいのは自分一人ではなかったのだと、ゲンネーは内心ホッとしていた。

「おまけに、いつまた木星人の襲撃があるか分かったものじゃない。張り詰めたり、すり減らしたりで神経が持たんよ」

本隊隊長は、僅かに白いものが混じった頭髪のてっぺんを掻いた。自慢の口髭も心なしか威勢がない。

「我々は軍部の人間なのだ。四星への対応が忙しいのはわかるが、いい加減に『木星に乗り込んで異邦人を取り返せ』くらいな命令を出してくれれば良いのにな」



明日の明朝に国賓たちの故郷星からの支援物資が、四星の大使付きで銀河連盟本部の星から送られてくるという。フェアーナ国上層部ではその出迎えと、国賓たちの失踪について直接謝罪する件で大わらわなのだ。

「我々も出席必須だと。こんなことに時間を費やすなど、実に無駄だと思わんか?」

理解…できなくもない。

ゲンネーは口の左右に生えたひげをつまんでみた。

(白い…)

そういえば最近はろくに眠れなかった。ストレスなのかもしれない。

(こんな顔で出迎えに出席するのか…)

気持ちがげんなりしてきた。それが顔に出たのだろうか、隊長はゲンネーも不満があると思ったらしく、さらにベラベラと愚痴を聞かせ始めた。



「我が国の政府はまったく行動力に欠ける」


「異邦人が拐われたことは明々白々ではないか」


「木星人だけで手一杯なんだ。この際フリージー星と和解して欲しいぐらいだ」


適当に聞き流していたゲンネーだが、最後の一言にはハッとして隊長を見た。本隊隊長は悪びれずに肩をすくめる。

「そうではないか? 土地関係でもめているフリージー星人。一方的な侵略者である木星人。どちらが強敵かは言うまでもあるまい」

「まあそうですが…」

ついさっき忙しい中のフリージー星人の脱走被害を受けたゲンネーは、否定も肯定もできなかった。


◻︎◻︎

北大陸、という巨大な土地がある。

北大陸とはグリーン星の北端にある未管理・未開発の大陸で、グリーン星内のどの国もこの土地を領有してはいない。いわゆる、星全体の「持ち物」なわけである。

発見されて初めて派遣された科学者によると、北端といえど自然環境が厳しくなく莫大な資源が埋まっている見込みがあるとのことだった。しかし各国家の備蓄資源で十分豊かになれるグリーン星は、この大陸に注目しつつもまったく手付かずで放置していた。まったく必要としていなかったのだ。


そこで出てきたのがフリージー星である。フリージー星人というのは、大昔はグリーン星で生活していたが、新たな星ー今のフリージー星ーを見つけて移住した人々である。要はグリーン星人と先祖を同じくするわけだが、この星が急に北大陸の所有権を主張してきた。

グリーン星に比べ資源は少ないわ、天変地異は起こりやすいわのフリージー星の人々は「北大陸で資源を取ることを許可してほしい」と申し出てきた。無論グリーン星側は拒否した。無闇に多量の外星人を入れれば、侵略戦争が始まる恐れがあるからだ。


そしてこれが二星間の摩擦の始まりだった。



ーー

「私が生まれる前の話だったらしいが、所有権争いはそこで一旦終了だ。北大陸に軍を置くことを考えていたグリーン星側も、結局取りやめにしたらしい」

「しかし外交は途切れたんですね」

「それからが大変だ。フリージー星(むこう)の生活困窮者がうちの宇宙船を爆破したり襲ったりしたからな。しかもフリージー星政府は見て見ぬ振りだ」

「…やはりあいつらを銀河連盟に加盟させるわけにはいきませんね。やり方があまりにも無法すぎる」

これまでどれだけの人間が犠牲になってきたことか。ゲンネーは改めてフリージー星人に怒りを覚えた。

同意を求めて隊長を見たが、彼の顔はいつになく煮え切らないままだった。



「しかし、加盟できないとあいつらは銀河連盟から支援が受けられないぞ」

「自業自得ではないですか」

「ずっと我が星が反対し続けるのか。きりがない上にまずい事がある」

「え…」

「このままだとあいつらの海賊活動は余計激しくなるぞ」

グッと声が詰まった。確かにその通りだった。現に、被害は年々増加してきている。もはや深刻どころではない問題となっていた。

ただ、海賊活動に怯えて加盟を許すというのもいい解決策だとは思えない。

「隊長…」

「何だ」

普段なら自分から口を開くことは滅多にないが、今回ゲンネーは上司の目を見て語った。

「やはり奴らの罪は許し難いです。隊長はお忘れですか? 例の真空レールの事件…」



◇◇

「ああ」

本隊隊長は頷いた。頷いてから、自分の口の中に苦いものが広がっていくのがわかった。

ゲンネーが言っているのは、数日前にフリージー星人が起こした発砲事件だ。狙われたのは真空レールだが、殻爆弾を使ったため死者は出なかった。そこまではいい。不愉快な出来事だが、不幸な結果にはならなかった。


問題はその次だ。

軍が駆けつけた当時、攻撃した宇宙船に乗っていた者は生死を問わず計9名。指名手配中のフリージー星人「カンフラとエンデム」。ゲンネーの部下1匹。そして異邦人が二人。

異邦人のうち、一人は地球人でもう一人は名もなき小惑星の人間だった。


初めて彼らにあったときのことを思い出す。怪我をしたのか苦しむ少年と、それを心配そうに眺める少女。発見当時は少年の方をフリージー星人の仲間だと思っていた。だから彼の言い分は話半分に聞いておいて、心の中では拘束を考えていたのだ。

結局異邦人のうちの少女の方は、ゲンネーの部下によって身元が判明したが少年の方は疑わしいままだった。そのことを言うと少女は、止せばいいのにやたらと自分に反抗してきた。


グリーン星の危機を見捨てた地球人が、何も知らない実験体が、である。


おまけに国賓のライオネル・アレスファリタンやガルフォン・ロインドまで首を突っ込んできたのだ。ロインドに至っては、少年のために救急班まで使ったという。それを聞いた時は「異邦人の分際で勝手な真似を!」と怒鳴りつけてやろうかと思った。



「…忌々しかったよ、あれは」

「しかし、最終的に少年の無罪はほぼ証明されたのでは…」

「…」

そうなのだ、だからこそ今苦い思いをしている。後悔というワードに言い換えてもいいかもしれない。



◻︎◻︎

その後まもなく同船で四人の少年の死体が見つかった。いずれも血だらけで、殴られたり蹴られたりした跡があった。カンフラとエンデムがやったのだろうと察しがついた。あいつらは酷いことでも平気でできる輩である。この点に疑いはなかったが、ここで別の疑問が湧いてきた。

容疑者である少年はどちら側の人間なのか。

当初の見立て通り、フリージー星人なのか。しかし、逆に加害者でなく被害者だったとしたら? つまり、彼もカンフラとエンデムに殺されかけた被害者側だとしたら?


意識不明のカンフラとエンデムは、収容所と言う名の外星人用刑務所に送ったが、少年はグレーゾーンだったので貴賓館の一室に軟禁した。それから毎日尋問である。

少年の言うことはいつも同じだった。自星を出てよその星に移住するつもりだったと。

彼の星の名前は聞いたこともなかった。銀河連盟に加盟していない上に存在を認められていない相当な辺境の星らしい。そもそも、政府というものが存在するのかすらしれなかった。

つまり彼の言い分は確かめようがなかったのだ。言い分は分かっても証拠がないのでは釈放できない。

「ここは綺麗な星だけど、移ってくる気はないな。こんな目にあわされたんじゃあ」

少年は尋問が終わるたびに決まって憎まれ口を叩いた。



ーー

今から思えば、自分は彼を釈放する気は無かったのかもしれないと隊長は思った。そこに自分の矜持があって、あるいはフリージー星人でないにしても胡散臭い辺境からの移住者だと侮って。

だが少年が国賓に混じって働き出した時には彼に対する認識を変えないわけにはいかなかった。自分たちを快く思っていない少年ーハールドーは明らかに積極的では無かったが、頼まれればブツブツ言いながらも用をこなしていた。運動神経や視力がいいらしく、国賓に見えないところまで被害を確認したこともあったと監視兵が言っていた。


ハールドだけではなかった。実験体予定の少女ー夕莉ーもよく働いていた。国賓の足を引っ張ることはあったものの、動くのが好きで他人に気配りをすることも忘れなかった。兵士たちの中には彼女を賞賛するものも出てきたことを隊長は思い出した。

この二人が、あの日にあの凶悪なフリージー星人に殺されかけた側なのかもしれないと思うと、隊長は幾度もやりきれない気持ちになった。



今でも二人には複雑な感情を抱いている。この先のことを考えれば、特に夕莉は木星人に攫われて良かったのではないかと今では思ってしまう。

無策な政府への苛立ちと、二人の異邦人に対する微かな同情。自身だけでなく目の前のゲンネーも同じ思いなのではないか。

そう考えると少しだけ気が楽になれるのであった。



「そういえば」

ゲンネーの声でハッと我に返った。

「なんだ」

「ハールドさんのことなんですが」

その名前にびくりと体を震わせたが、ゲンネーは気づかない様子で少し首を傾げている。

「今気にしたところで仕方ないんですが、あの人時々へんな素振りをしていましたね」

「へんな素振り?」

「ええ。大勢でつるむことを嫌ってたんですよ。呼ばれていない時は基本一人で行動していたというか」

「誰も信用していなかったんだろう。…あの地球人以外」

見知らぬ人間の中に投げ込まれれば当たり前だと続けようとしたが、ゲンネーは首を振った。

「それはそうなんですが、嫌がるのが過剰なんですよ。自身を入れて誰かと五人で一緒にいるのを嫌っていたようです」

「五人?」

隊長は眉を寄せた。

「はい。初日にも夕莉さんにそれっぽいことを言っていました」

「五人…特定の人間か?」

「いいえ。なるべく気配を殺した監視兵を抜いて、誰であっても五人です。それ以外の人数はまあ苦手そうな程度だったのですが、五人っきりになると露骨に苦しそうな…悲痛な顔をしていたんですよ」



◇◇

18002はツイていなかった。

「くそっ、なんで俺が偵察役なんだよ!」

彼は腹立たしげに、ここまで乗ってきた短距離移動用の小型円盤のドアを蹴った。暗闇の中でバン、という小さな音が響く。蹴ってから、音を立ててはまずいと気づき彼は慌てて周囲を見回した。灯りひとつない町外れの空き地には他に物音一つしない。不審に思って近づいてくる者はいないようだ。

彼は安堵の息をついてから、ちょうど暗闇に隠れる保護色の円盤にもたれた。外は少々寒いが、窮屈でゴミの臭いがする円盤の中に戻る気はない。かといって、すぐに偵察を開始する気もなかった。星ひとつない空を見上げてポケットから出した携帯食料をくわえる。固いうえに不味かった。



ここは、次回木星人が攻撃する予定の小規模な町である。最高司令官自らが出向いたとかいう市街地からそう離れていない。18002はこの地の偵察を任されていた、いや、押し付けられていた。

「どいつもこいつも俺のことをバカにしやがって…」

数日前に食らった、右腕の焼きごての跡を忌々しげにこする。度重なる小さな失敗が積み重なってつけられたものだ。これのせいで直属の上司や同僚にどれほどの見下されてきたか。今回小規模な町の偵察という退屈な役を押し付けられたのは、自分が下っ端扱いされているからだ。

「俺だってあいつらと同じ第三の目を持ってるってのによ…」

残りの携帯食料を地面に投げ捨てた時だった。



不意に背後から気配を感じた。それまでなにも感じなかったのに急に、だ。耳をすませばかすかな足音が聞こえる。できるだけ気配を殺そうとしているところを見ると、自分にとって望ましい相手ではないようだった。ゴクリと息を呑み、腰の拳銃に手をやる。そして構えたまま振り返った。

「誰だ。出てこい」

暗闇から返事はない。彼は一歩踏み出そうとした。だがその時、目の前に黒い影が現れたかと思うと、拳銃を持った手に凄まじい衝撃がきた。強打されたと気づいたときには拳銃が手元になく、黒い影に手首を掴まれ地べたに投げ出されていた。

「っ野郎…!」

こう見えても腕力には自信がある。再び飛びかかって来ようとする影をかわし、逆に体を引き倒そうとした。相手も負けじと拳を振るってくる。つかみ合い、殴りあいながら体術を振るう者同士の勝負は続いた。



戦いながら18002は気づいた。相手は自分と同じくらいの体格だが、ずっと殴ってくるところを見ると武器は持っていないようなのだ。さっき足元に落ちたであろう拳銃を拾えば勝てるかもしれない。

相手に再び腕を掴まれたとき、わざと抵抗せず引っ張られた方向に派手に転んだ。勢い余って敵も転んだようだが、無視して無茶苦茶に地べたを手で引っ掻き回す。固い感触があった。自分の持ち慣れた武器だ。素早くひっ掴み、体勢を立て直した。影も起き上がったようだ。掴みかかってくる影を今度は引き剝がさず、片腕を背に回し、拳銃をわきばらに突きつける。敵の動きが止まった。負けを悟ったらしい。かすかに荒い息遣いが聞こえた。18002は勝ち誇った声で囁く。

「どこのどいつだ、」

背後から襲いやがって、と付け加えようとしたができなかった。さらなる気配に気づいたときは遅かった。後頭部に激しい衝撃が走り、そのまま地面に倒れた。震える手で引き金を引こうとしたが空を切るばかりだった。拳銃はまた何処かに行ったらしい。絶望感とともに一気に目の前が暗くなる。

意識を失う直前にこんな言葉が聞こえた。



「これで船が手に入った。さあ二人とも、北大陸に出発だ」

カンフラというのが迷彩服男の名前のようです。

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