テープレコーダー
やっと投稿できましたバンザイ!
「え…あなたが?」
ピンクの毛並みのウサギ兵士は恐る恐る尋ねてくる。ミーナド氏は頷いた。
「そうだよ。あの時の不審な男は私だ。ちょっと星外旅行をしていたんだ」
「…」
ウサギは考え込み、それからミーナド氏の白衣をチラリと見た。
「でも、あの時は真っ黒な格好してましたよね…」
「白衣の科学者とはイメージが合わないと?」
「まあ…っていうか、そこは重要じゃないんですよ!」
ウサギは苛立ったように何度も足を踏みならした。
「なんであんなこと聞いてきたんですかっ!」
「割と普通の質問じゃないのか?」
気を高ぶらせたウサギに比べ、ミーナド氏はあくまで冷静である。
「人の気も知らないで…こっちがどんなに動揺したか…」
「ふうん」
「ちょ、ミーナドさん!」
詳細不明な二人の会話に痺れを切らした青年は、大声をあげて無理矢理会話をやめさせた。
「なんのお話をなさっているのか知りませんが、今はそれどころではないでしょう!」
過去に二人があったことがあろうとなかろうと、今はそんなことどうだっていい。青年がひたすら危惧しているのは、目の前の予備隊兵士に自分たちの会話を聞かれたことだった。
「こいつが!」
気を取り直したウサギを指差して叫ぶ。
「僕らの隠れ家に侵入したんだ! ここが予備隊兵士にばれちゃったんですよ!」
「そう、だから今すぐ予備隊訓練所に連行してやる!」
「させるかっ!」
青年は身構えた。さっきまでは子供の姿をしていたとはいえ、兵士は兵士だ。殺しやすくなって良かった。
「ミーナドさん、さっきの電気棒貸してください! ミーナドさんったら!」
「電気棒…」
ウサギの顔が歪んだ。
「さっき隊長を痛めつけたアレだな!」
「だったらなんだ!」
「よくも…よくも隊長を!」
ウサギがそばにあったホウキを手に取る。青年も座っていた椅子を掴んだ。
あわや、血の雨が降るかと思われた時…。
突然、室内に音声が響き渡った。
『落し物しちまった。取りに戻るから先行っとけって、ライオネルとかに言っといてくれ』
「ハールドさん?!」
ウサギは声に反応し、ギョッとしたように左右を見渡した。
『大丈夫? みんなで探し…』
「夕莉ちゃん?!」
声はそれっきりで途切れた。青年がウサギの後ろに目をやると、そこに旧式のテープレコーダーを抱え、微かに笑みを浮かべたミーナド氏が立っている。彼がそこから声を流したらしい。
(なんでこんな時に限って意味不明なことばっかりするんだこの人は)
青年は半ば呆れ半ば苛立ちながら、いやいや聞くべき質問をした。
「ミーナドさん、何やってるんです?!」
「声を流したのさ」
「なんなんですか今のは?」
「それは…」
ミーナド氏は動揺の収まらないウサギを指差した。
「彼女の方がよく知ってるんじゃないかな?」
「私?」
「これは、数日前に送られてきたデータをテープの方に録画させてもらったんだがね」
「…?」
「苦労したよ。何しろあそこは一般人立ち入り禁止だって聞いたもんでね」
「ちょ…それって」
ウサギの顔色が変わった。
◇◇
「まさか臨時軍用地の様子を録画してたんですかっ!」
「録音ね。少々途切れ途切れだが、まだ続きがあるよ」
「続き?」
不安げなスピッツに、ミーナド氏は意味ありげな笑みを浮かべた。
「この後、対木星人戦があったようだね。と言ってもすぐじゃない。少々時間が空いていたわけだが、その間に一体何があったのか…」
何を言われているのかわからず、スピッツはただ黙り込んだ。
「画像がないから当時は誰か分からなかったんだが…これは君の声によく似ていたよ」
自分の声に? きき返そうとした瞬間、スピッツの頭にあるやりとりが蘇ってきた。あれが対木星人戦前最後のものだったであろう会話が。できれば思い出したくなかった、重い重い会話が。
「…聞いてみようか」
「じょっ、冗談じゃない! 勘弁してください!」
宙を飛び、テープのスイッチを入れようとしたミーナド氏の手を掴む。
あれをこんなところで暴露されたくない。内容が機密…機密だからだけではなく、もっと何か違う理由で。
「私はすでに一度聞いているんだがね」
ミーナド氏のため息をスピッツは負けじと遮った。
「そうでしょうよ、そうでしょうよ! でもそんなことじゃないんですよ! ただ私が聞きたくないんですよ!」
「自分の声じゃないか」
「でも!」
「おーい君」
ミーナド氏はスピッツを無視し、不法入星者のフリージー星人に呼びかけた。
「彼女が邪魔するんだ。ちょっと押さえててくれ。…あっと、始末はしなくていい」
「来るな!」
「ミーナドさん」
青年は不承不承ながら、それでも彼の指示に従ってしっかりとスピッツの体を引き剥がし、腕に収めてしまった。
「離せ!」
「ミーナドさん、これ本当に意味のあることなんですか?」
「ないってば! ミーナドさんとやらやめろって!」
「あるんだよ。まあ一度聞いてみればわかる」
「やめてってば!」
スピッツは懸命にもがいた。力には自信がある。青年も、抑え込んでいるのがやっとのようだ。
だがそうこうしている間にテープが再生されてしまった。
ザッザッザッザ。しばらく続く走っているような音。やがてそれは途切れ、沈黙を小さなつぶやきが横切った。
『…いないか』
低い押し殺すような少年の声。
(これって…)
正体不明の異邦人、ハールドのものだ。次に聞こえたのは小さな舌打ち。
『くそっあのウサギ野郎どこだよ』
(うっウサギ野郎?! 誰のこと言ってるんだよ!)
…言うまでもない。おそらくスピッツのことだ。
(こいつほんとムカつくな…)
頭の中で何度もハールドを殴りながらも、スピッツはやや安堵していた。今の台詞の後しばらく声の音声が途切れ、再び地面を走る音が聞こえてきたからだ。
(私が予想してた場面じゃないってことかな?)
ザッザッザッザ…ザッザッザッザ…。長い。いったいどこを走っているというのか。
(ん…ザッザッザ…砂? 砂地?!)
嫌な予感がしてミーナドを見ると、彼は額にあぶら汗を浮かべていた。
ーー
『お前は、この星がどうなってもいいというのか』
『そんなことは…』
『第一あの地球人だって、元々はお前が誘拐するよう命じられてその通りにしたのであろうが?』
テープレコーダーから流れてくる物騒なやりとり。あの時の切迫した雰囲気はまるで伝わってこない。聞く側にとってはなんと淡々としたものであろうか。
(ああ…)
スピッツは頭を抱えた。聞きたくなかった。ここからすぐにも逃げ出したかった。
『誘拐を命じられた時点で、あの者に明るい未来など待っているわけがないと思うのが普通だ』
ここまで聞いてから、スピッツはそばにしゃがむミーナド氏をちらりと見た。何か嫌味でも言ってくるのではないかと思ったのだ。
だがミーナド氏は耳をレコーダーに近づけたまま、こちらを見ようともしなかった。さっきまでの余裕の表情は何処へやら、真剣な目でレコーダーを睨んでいるのだ。
後ろのフリージー星人の口からも言葉はなく、代わりに時々荒い息が漏れていた。
無言がかえってスピッツを苦しめた。
ーー
『今から俺がすることを邪魔されたら困るからな』
ここでテープは終わっていた。ミーナド氏は硬い表情でテープレコーダーを机の上に置いた。誰も何も言わない。スピッツはいまだに放心状態だった。
「あの…」
やっと口を聞けるようになってから、続きも録ってるんですかと聞こうとしてスピッツは口をつぐんだ。
「私は50年以上生きてきて、珍しいものはたくさん見聞きしたんだがね」
向けられる冷たい目に、スピッツは思わず息を飲んだ。
「こんな珍事は初めてだよ。よその星から子供を誘拐して兵器の実験材料にしようとはね」
「そうですか?」
青年は疑問を感じたようだった。
「なあにが『立ち聞きなんか…失礼じゃないですか』だ。聞かれる方が悪いに決まってんだろ」
「うっうるさい!」
スピッツはフリージー星人の頬を前足で殴った。はずみで青年が手を離す。スピッツは地面に降りて青年を睨み上げた。
「あんたたちにとっちゃ関係のない話でしょうよ! でもね、こっちゃ、任務なんだよ! 私はグリーン星の兵士なんだから、上官の命令に従うのは当然でしょうが!」
「任務ならきっちりやりな? 聞かれてて任務とかよく言うぜ」
青年は軽蔑したように肩をすくめた。
「宇宙同盟に加盟してるくせに抜けが多いんだな。それにグリーン星も詰んでるな。窮地の策ってのが異星人の誘拐と人体実験とはね」
それを聞いてスピッツのはらわたは煮え繰り返った。こいつが一体何を知っていると?
「何にも知らないくせに、こっちの領分に首突っ込むな! だいたい、宇宙同盟に加盟してない星のやつからそんなこと言われたくない!」
「加盟できないのはどこのせいだ? 毎回の宇宙会議でフリージー星の加盟申し込み否決法案を提出しやがる星はどこだ?! お陰でうちは援助もなくて苦労してんだぞ」
「そんなこと知ったこっちゃない、この不法侵入者!」
「ああ、確かにお前は知らないだろうよ、この下っ端兵士」
「なっ…!」
「やめろ」
再び戦闘体制に入ろうとした二人を、ミーナド氏が静かに制した。
「君の話は問題点がずれている。今からそれじゃ、お先真っ暗だ」
ミーナド氏は白衣のポケットから、数枚のカセットテープを取り出す。スピッツは息を飲んだ。
「それ…続きですか?」
「今のの前のもある。ところで、君はユウリとかいう実験体予定の子とどういう関係かな?」
答えずに横を向いた。一番聞かれたくない問いだ。
「仲が良かったんだろ? 彼…ハールド君が言ってたじゃないか?」
ミーナド氏の言葉は穏やかだが、スピッツにはゆるゆると首を締めてくる真綿のように感じられた。
「でも…それ聞いてどうするんです?」
「答えは、はいかいいえだ。…どうなんだい?」
「…まあ…多少は」
「多少? そんなわけないだろう」
「…聞いたんならわかるでしょ」
「それでも実験体に差し出そうとしたのか。それ、裏切り行為だな」
「てか、情が移ったらどうすんだよ」
「ーッ!」
スピッツはミーナドとフリージー星人を睨みつけた。自軍の関係者でない人間に明らかにされた場合、受ける言葉だと覚悟してはいた。それでもこいつらにだけは言われたくない。
「君は少し黙っててくれ。話がややこしくなる」
「…分かりました」
「で、仲が良かったんだな?」
「…そうです」
「もしかして親友の域まで行ったのか?」
「…」
言葉は出ず、代わりにこくんと首を前に倒した。
「フーン」
「…私が勝手にそう思っているだけかもしれませんけど」
「そうでもないだろう。ハールド君の話じゃ、相当の仲のように聞こえたがね」
「…」
「だからちょっと後ろめたそうにしてたんだな」
ミーナドの小さな呟きをスピッツは聞き逃さなかった。
「後ろめたそうって誰がです?!」
「君がだよ」
「だったら何なんです!」
ムキになったスピッツを目にし、ミーナド氏は参ったなというように耳の上を掻いた。
「…それを今ここで議論しても仕方ない。私がなんて言っても君は素直に肯定しないんだろ。…あっそうそう。テープによると、君の名前はちょっと聞き取りづらかったんだがスピッツ…でいいのか? …? なんだかどこかで見た名前だな」
「…特に有名じゃないけど、名前はあってますよ」
「じゃあね、スピッツ君。物は相談なんだが…」
ミーナドが小腰をかがめてくる。見逃してくれとでも言われるのかと、我に返ったスピッツが身構えた時だった。
「あー!」
さっきまで静かにしていたフリージー星人が大声を張り上げた。その手には字がびっしり書き込まれた新聞が握られている。
「何だね騒がしい」
「ミーナドさん! そのウサギ、スピッツって言いましたか?!」
「そうだよ」
そして次に出たのは、スピッツが予想もしなかった言葉だった。
「スピッツって、あなたが探すつもりだとおっしゃったあの行方不明兵士じゃないですか!」
「え?!」
「ここに載ってますよ! 欄外で、おまけに超小文字ですけど!」
「…あーなるほどね。どうりで、かすかに覚えがあると思ったよ」
「え? ちょっと待ってください?」
スピッツは混乱した。




