第三の目
「押えろ」
その言葉とともに、六人の後ろについている兵士達がいきなり左右から腕を掴んできた。動けない。
「DNA鑑定でもするのか?」
ライオネルが言ったが、司令官はそれらしい機器を出す様子はない。
「私たち木星人にはあなた方とは違う体の特徴があってな」
「見かけは同じだが」
「それがあるのとないのとではえらい違いだ」
何を言いたいのか理解できない。
「通称『第三の目』。聞いたことは?」
「「「ない」」」
「「ありません」」
「そうか。まあ我ら独特の特徴だからな。私がそれを使えば特定は一発だ」
「ちょ、ちょ待った!」
一番端から震え声が上がった。見ると小柄な少女ー夕莉ーが手をあげるかわりか、首をブンブン振っている。その顔は今までよりももっと青かった。
「ああの…第三の目ってまさか…」
「ほう」
「あの…首筋とか額の金色のやつですか?」
首筋とかひたいの金色…一体何の話だろう。
司令官は少し首を傾げた。
「首筋ね…別にそこだとは限らないが」
「ななななんでもいいです! 要するにあの目玉がそれなんでしょ?!」
「そうだ。見たのか」
「やっぱり…見たくなかったのに…」
夕莉は俯いた。
エイザクは、首筋にある眼球がギロリとこちらを睨む様を想像してみた。
「気色悪いな」
同じことを考えたのか、ケープを着た少年ーハールドーがぼそりと呟く。それを聞いた司令官は小さな笑い声を漏らした。
「気色悪いか。まあそうだろうな。だが安心しろ、私はそれを見せない。私のは雑魚どもとはレベルが違うからな」
抑揚のある声はそこでプツンと途切れた。
「さあ、始めるぞ」
◇◇
「ふん…」
司令官は一番端のライオネルさんから「特定」を開始した。特定といってもただ服の上から身体中を眺め回すだけだけど、機械を使うより気持ち悪そうだった。なにせ、体の内部を透視されているようなのだから。そのくせ結果は口には出さない。
「ふん…ふん…ふん」
クリスティナローラさん、エイザクさん、ガルフォンさん、ときて次はハールドの番になった。あたしは最後だけれどもう次だ。
あたしは拳を握りしめた。
どうして。漠然とそう思った。無理やり誘拐されて、銃で脅されて、あんな風に体を眺め回されるなんて。なんでこんな目に合わなくちゃいけないんだろう。
あの戦車の環境だって最悪だった。ユニットバスはあったけれど、ほかには何もない無機質な部屋。食事を持ってきた兵士達に、着替えとか怪我人用の包帯が欲しいって言ったけど無視された。
物が足りないだけじゃなかった。起きてる時は蒸し暑くて、眠るときは冷たい空間。喋れる雰囲気じゃなかったし、お風呂に入っても血のにおいが消えなかった。それになんだかものすごく殺気が立ち込めていた。あんな中に、何日かわからないけど長時間もいたら気がおかしくなる。そんなことがなんで木星人は分からないんだろう。
そもそも、なんであたしはあの戦車に監禁されてたんだろう。
思い出せる最後の記憶…確か、誰かに腹部を殴られたんだっけ…。
「な…」
その声でハッと我に帰る。左斜め前に目を向けると、まだハールドの前にいる司令官が見えた。
「おま…」
「なんだよ? あんた達のくれたまっずい食事が消化されてるのが見えるのか?」
この場でなんでこんな軽口が叩けるのかわけがわからない。殺されるかもしれないっていうのに。でも、司令官はハールドの言うことには構ってはいないようだった。
「そんな…馬鹿な…」
何か信じられないものを見てしまったというような口ぶり。フードで見えないけれど、かなり驚いた顔をしているんだと思う。一体どうしたんだろう。
二人を見ているのはあたしだけじゃなかった。ライオネルさんたちも反対側から様子を伺っている。
司令官はハールドの前から目を離した。
「まあいい…」
全然納得していないみたいだったけれど、やっとハールドの「特定」は終わった。ハールドはふうと息をついた。ホッとしているんだと思う。
今度はあたしの番だ。
司令官はまずじっと顔を覗き込んでくる。顔を背けたくなったけれど、後ろの兵士に殴られるかもしれないから我慢した。せいぜい体を硬ばらせるだけだ。
「ふん…ほお…」
顔を眺め終わったら、次は体の番だった。よく声を出さなかったと思う。首筋から足のつま先まで舐めるように眺められて…。
やっと終わったらしい。ホッとして体の力を抜いたとき、またしてもこのセリフが聞こえてきた。
「馬鹿な…お前もか」
ギョッとして前を見ると、司令官はあたしを見ている。今度はハールドではなくてあたしを。
「あ…え…」
何か言おうとして口を開いたけれど、怖くてまるで言葉が出てこない。目をつぶろうとしたけれど、ハールドたちに注目されているのが気になってできない。
何か…問題があった?
国賓じゃない異邦人だって特定された? 余計な異邦人だって分かったから?! あたしが国賓っぽく見えたのに予想が外れてびっくりしてるの?
いやそんなことはどうだっていい。国賓じゃないってバレた…。ひょっとして殺される?!
今この人は処刑の方法でも考えてるのか?!
斧、電気椅子、注射器が頭に浮かんだ。体温がどんどん下がっていくのがわかる。体の震えが止まらない。合わせて歯もガチガチ鳴っている。抑えようとしてもまるでうまくいかない。
「…落ち着け」
ハールドの声が聞こえたけれど、そんなことできるわけがない。
この状況でどうやって落ち着けと? 死ぬかもしれないのに?
ーー
「…こいつらを監房Dー26に入れろ」
気がついたら、部屋の外に連れ出されていた。処刑…されるわけじゃないのか。
ひとまずは、良かった。
◇◇
「なぜだ…」
司令官室に戻った彼は、机の上のパネルを睨みつけた。先端技術を駆使して作られた最高級のパネル。そこには数日前までに手に入れた情報が書き込まれている。
[異邦人四人がフェアーナ国国賓として招かれた。彼らは銀河連盟に支援を要求するための人員である。支援物資は、彼らが属する星が銀河連盟本部レオーナ星に届けるものであり、そこからグリーン星に輸送される。輸送経路は不明。…また援助を申し出た星は、我らと同じ太陽系に属する天王星・冥王星の二星、カルメヂ星、エーディス星のみである。各星の代表は…]
[現在の彼らの駐留地が判明。位置は…]
そこまで読んでから、司令官は急に立てかけてあったパネルを机に叩きつけた。パァンと小さな音が響く。さすが高級品なだけあって簡単に割れないが、それでも画面の端にかすかにヒビが入った。
司令官は手をパネルの上に置いたまま、肩を上下に揺らして机を見つめた。憤りとも焦りとも苛立ちとも言い切れないモヤモヤした気持ちが心に広がっていく。まさかこんな不快な思いをするとは予想だにしなかった。
苛立った状態のまま、司令官は机の隅に置いてある黒いボタンを押した。ついでに、最近取り付けた天井から下がっている麻の紐を引く。
「…用済みになったら消すつもりだったが、それは少し後回しになるな」
ボタンを押して一分もしないうちに、慌てた様子の副司令官が部屋に入ってきた。
「来たか」
「遅くなりまして…」
「構わん」
「なんか用か」
シャンテルがやってきた。相変わらずの飄々ぶりが今はやけに目につく。
「せっかく寝てたってのに起こしやがって。ま、報酬の件ならいくらでも聞くけどよ」
「…その報酬だが、まだしばらくお預けだ」
動揺を抑えた低い声で言うと、シャンテルの口元が歪んだ。
「あ? 金がねえと? 俺にタダ働きさせたんかい?」
「副司令」
雇われ兵を無視して、緊張した面持ちの男の方へ向き直る。
「この情報を仕入れたのはお前だったな」
ヒビの入ったパネルを眼前に突き出すと、副司令は怯えた目で画面の文字を読み始めた。
「…はい、閣下」
「どこで仕入れた?」
「フェ、フェアーナ国です。スパイから受けた報告をまとめ…」
「信憑性は? 誤報はないのだろうな?」
「ないはずです…いえ、ありません!」
いつになく尖った声音からことの重要性を悟ったらしい副司令官は、何度もパネルを見直しながら語気を強めた。嘘を言っているようには見えない。
「ふん…」
「なあ、話逸らしてんじゃねえよ」
司令官は今度は苛々した様子の若者に顔を向けた。
「お前にも聞きたいことはある」
「こっちはさっきから聞いてらあ。報酬がお預けたあどういうことだい」
「報酬は出来栄え次第といったはずだ。今の段階では任務の二分の一しか果たせていない」
「あ?」
「そ、それはどういう…」
「あの街に」
司令官は二人の言葉を遮った。
「異邦人は他にいなかったのか」
「いねえよ。小せえ街だからそんなのはすぐ分からあ」
「住宅は隅々まで破壊し、フェアーナ兵士の軍用地にも兵を派遣し、徹底的に捜索させました」
「あいつらが異邦人なのは間違いねえよ」
「…まあその方らの目では、どの星の人間までかという判別はできんだろうな。私でも少々時間がかかるくらいだ」
司令官はふっと息を吐き、自身の発見を打ち明けた。
「あの六人のうち、国賓の出身星に当てはまるのは二人しかいなかった」
「な…」
「特定中、五人目が国賓でないとわかった時には驚いた。その時点で出身星に当てはまるのは二人だったからな。まだ残りがフェアーナにいるのだろうが二度目の誘拐は不可能に近い。グリーン星側も警戒を強めるだろうからな」
ひとまずは監房入りとなった異邦人。今後、彼らの運命は…。




