不審者
(イチアールは何の用事で呼ばれたのかなあ)
考えてみても分からない。
(まさか、私と同じような任務? いやそれはないよね)
「お次の方ー」
スピッツの番になった。
「行き先はどちらでしょう?」
「えっとあの、ち、地球で…」
「太陽系第三惑星ですね。ご乗車されるのは個機にいたしますか。それとも真空レールでしょうか」
「し、真空レールでお願いします」
若い女性のグランドスタッフが出しかけた個機のメニュープレートを横目で見ながら、スピッツは呟いた。残念だが、隊長から渡された金を自分の贅沢のために使うわけにはいかない。SL型の真空レールでは、最悪は乗り合いになってしまうらしいが仕方ないだろう。
「乗り合い個室103(定員二名)」と書かれた水色のチケットを受け取り、スピッツはいそいそと星外用航空券売り場を後にした。
グリーン星から出たことのないスピッツにとって、真空レールは初めてである。フェアーナ空港の国内便・国外便は利用したことがあっても、星外便は利用したことがない。
ロビーに溜まっている人たちやすれ違う人たちはは恐らく殆どが星外人だ。グリーン星人はあまり宇宙旅行はしない。
(怖…)
見た目が普通の人もいるが、中には全身緑色だったり目が三つある人だっている。そんな人たちが家族連れで談笑していたり、ごく普通の様子でお土産を買い求めていたりするのはとても新鮮な光景だった。
「んで、と。ゲートはどこにあるんだろ」
焦りながら左右を見回す。困ったことにどこにもそれらしき文字はない。
(近くに案内係とかいないのお〜)
周りがわいわいと騒がしい中、表情だけは冷静に留めようと頑張りつつ全身に冷や汗をかきながらゲートを探し走るスピッツ。周囲は星外人だらけ。誰も頼れないやばさを肌で感じていた。
(こんな時、ラーシルだとかメイサがいたらなあ…)
ここはグリーン星のフェアーナ国だ。焦ることなんてない。いくら自分に言い聞かせても、焦燥感は消えない。
(だって、正味ここにいるグリーン星人の乗客って私だけじゃん)
まるでスピッツの方から外星に飛び入りしたようなものだ。そんなことを考えていると急に誰かにぶつかった。
ドンッ。
「ヒッ、すみません」
慌てて顔を上げて謝る。そこに立っていたのは黒のロングコートに山高帽、口元にはマスク、眼鏡をかけた大柄な男性だった。まさに不審者。全身に震えが走る。
(目…は二つか。肌も肌色…。よかった…。でもなんか怖い)
「大丈夫かね?」
罵声が飛んでくるかと思いきや、かけられた声は実に穏やかなものだった。なんだか拍子抜けした。
「え、あはい。申し訳ありません」
丁寧に頭を下げ、もう一度謝っておく。見知らぬ人にも礼儀を徹底するようにと日々隊長から教えられているからだ。
「そうか、そんならいいが。何か探しているのかね?」
「え、はい…地球行きの真空レールのゲートを」
「ゲートね…君チケット持ってるじゃないか。そこに場所書いてないのかい?」
手袋をはめた手でチケットを指差して言われ、慌てて見る。
「あっ…」
あった。ゲートの場所が描かれた地図。
(なんて慌てん坊なんだろ、私)
落ち着いて考えれば分かることだった。
「あ、ありがとうございます」
思いっきり感謝の気持ちを込めて頭を下げる。さっき、この人のことを不審者だと思った自分が情けなくなった。
男性の目は笑っていた。
「お役に立てて何よりだ」
「はい、では失礼いたしま…」
「あ、ちょっと待った」
笑顔で立ち去ろうとしたその時、腕をぐっと掴まれる。同時に男性は膝を折って顔をスピッツに近づけた。
(な、何…)
「君、地球に行くとか言ったね? 何のためにそんな遠い星に行くのかな?」
「は…」
「見たところ、君はグリーン星のどこぞの国の兵士ウサギだね。そんな君が星外に何の用があるのかね?」
穏やかな低い声には詰問するような響きがあった。目も笑ってはいない。一旦収まった冷や汗が再び吹き出した。
「ちょっと話を聞かせてもらいたいんだが」
やっぱり不審者だ。最初に感じた直感は間違ってはいなかった。
(これはやばい)
どんなに聞かれても、もちろん任務のことを話すわけにはいかない。適当に誤魔化すか? いや、この男は納得するまで詰問し続けるだろう。
スピッツは掴まれた腕を振りほどこうとした。そうはさせまいと男は力を込める。力では勝てない。だとすれば…
「誰か来てー! 変態だあ!」
男の耳元でつんざくような大声を上げる。男が怯んだその隙に腕を振りほどき一気に走り抜ける。
ざわざわとうるさい空間を走り回り、どうにかゲートを探し当てた。人は殆どいない。そして…スピッツは今にも発車しそうな真空レールに飛び乗った!
「フーヒーハーハー…」
肩で息をしながら、ドア付近にしゃがむ。
「太陽系経由、ポントワール星行き発車します。危ないですので、駆け込み乗車はおやめください」
そんなアナウンスが流れ、ドアがプシューと音を立てて閉まった。
初めて国外用の空港乗った時、ものすごく心細かったのを覚えています。