捕獲
「クリスティナローラさん!」
その声が背後から聞こえた時、シャンテルは目の前の獲物を放棄して声のした方を見た。
こちらに向かって人影が走ってくる。
(二人…か)
よく見えないが、そのうち一人は右手に武器のようなものを持っている。
(…発砲されたら面倒だ)
地を蹴り、一気に二人の前に躍り出た。驚く彼らを尻目に、左側の人物の右手を力一杯蹴り上げる。
「痛い!」
悲鳴すら無視してそのまま二人の腹に鉄拳を打ち込み、怯んだところを襟首を押さえて地面に引き倒す。
同時に遠くでカンと音がした。
「痛たた…」
「だから言わんこっちゃない」
右側の少年が左側の少女に小さくこぼした。
筒型戦車がこちらに下降しているのを見届けてから、シャンテルは何とは無しに、首を押さえつけて馬乗りになった二人を見た。
(!)
体の構造がグリーン星人とは異なっている。彼らは異邦人だ。
(んんー、俺が上から見てた三人の中にはいなかったと思うが…)
まあいいか、とにんまり笑う。とりあえず捕まえておけば、金が貰えるからだ。
そんなシャンテルを、小柄な体格の少女が黒い目で睨みつけてくる。もう一人の感情のない藍色の目をした少年の方は諦めたのか大人しくしているが、少女はシャンテルの手から逃れようと身をよじったり首から手を引き抜こうとしたりしてしている。全くの力の無駄使いだというのに。
「重い…下りてよ…」
挙げ句の果てには懇願ときた。シャンテルは半ば呆れて笑いながら返事を返す。
「飛びかかってきたのはそっちじゃねえんかい?」
「…」
「第一な、あそこで声をあげるなんて論外だぜ嬢ちゃん? まああんたごときの気配なら、無言でも感じ取れただろうけど」
「ーッ!」
少女の幼い顔が悔しそうに歪んだ。なんとも新鮮な表情ではないか。
(こんな挑発に簡単に乗るなんてな)
「戦闘を基礎から学びな」
馬鹿にしたように言うシャンテルを、少女はよけい強く睨みつけた。
「クリスティナローラさんによくも…」
「勝者が全て。そんなことも分からんのかい?」
「…」
少女は怒りの籠った顔を向けてきたが、数秒後には冷静な瞳がこちらを見つめていた。
「ライヨル家って知ってる?」
「あ?」
「超名家。あんたがクリスティナローラさんにしたことを知ったら、全総力を上げて報復しようとするだろうね。悪いことは言わない。あたし達を解放した方がいい」
脅しのつもりだろうか。名家なら自分にとって尚更都合がいい。
「離してやる理由なんてねえなあ。貴族なら身代金もたんまりだろうしなあ」
「…!」
貴族から金をむしり取る。それは自分の当然の権利ではないか。
「報復されて死んでしまったら、その身代金も使えなくなるかもですけど」
藍色の目は真っ直ぐにこちらを見つめていた。少女のように睨むのではなく、平静な色をたたえて。
シャンテルは目をそらした。
(面白くねえな)
華奢な体の少女は言うに及ばず、少年もおそらくシャンテルより年下だろう。だが彼は怯えたあるいは怒った様子を見せないため、全然嗜虐心を煽られないのだ。
「分かったから下りてよ、下りてったら!」
その言葉でシャンテルは気を取り直し、二人の喉首を押さえる力を強めた。
そして少女の方をもっとからかってやろうとした時、戦車が着陸して中から兵士が降りてきた。物足りないが、どうやらタイムリミットのようだ。
「そこの女を積んどけ」
指示してから少女の方に振り返ると、その目はシャンテルの背後に気がかりそうに向けられていた。
(木星人が怖いんだな)
特に気にせずに手の空いている木星人に呼びかける。
「あとこいつらも頼む」
そうして首を押さえつけていた手を緩めた、その瞬間だった。
「!」
左手を噛まれた。怯んだその隙に、少女が戦車の方向へと駆け出す。間髪入れずに追いかけて羽交い締めにした。
「諦めが悪い上に頭も悪いねえ。第一どっちに駆け出してるんだ。逃げるんなら逆だ…」
「クリスティナローラさん! クリスティナローラさん!」
シャンテルのことなどまるで気にせず、少女は暴れながら呼び続ける。その視線の先には、二人の兵士に引きずられていく上流階級の女の姿。怪我だらけで動けない彼女の右肩が地面に擦れてズズズと音を立てるたびに、少女の口からは悲鳴が上がった。
「やめて! そこを引きずらないで! 傷が開いちゃうから!」
傷。今さっきシャンテルがつけたもののことを言っているのだろうか。
二人の兵士はまるで聞こえないかのように女を引きずり続ける。まあそれが当然の反応なんだろう。
(仲間がたくさんあいつに殺されてっからな)
実際シャンテルも、彼女の攻撃を防ぐために数人の兵士を盾にしたものだ。
女の後を、さっきの少年の頭と脚をそれぞれ持ち上げて運ぶ二人の兵士たちが続く。
「エ、エイザクさんみたいに持ち上げてあげなさいよ! 聞こえないの!」
「…うるせえな」
シャンテルは舌打ちした。なんて面倒くさいガキだろう。
(少し身の程ってやつを…)
暴れる少女を左手で押さえつけたまま、右手でナイフを引き抜く。
(教えてやらあ)
「おい」
どすの利いた声とともに、首にナイフをピタリと当てる。少女の表情が固まった。
「これ以上喚きゃあ…分かってんな?」
少女の怯えた目を見て、シャンテルは途中で言葉を切った。
これ以上言う必要もないと思ったのと、左右から人の気配を感じ取ったからだった。
「夕莉!」
右から聞こえてきた大声。兵士たちが一斉に身構えた。シャンテルも少女の首にナイフを当てたままその方向に体を向けると、そこにいたのは見覚えのある異邦人の二人だった。
さっき木製のハンマーを振り回していた大柄な少年が、息も絶え絶えの長髪の青年を背負って立っていた。大柄な方はシャンテルに羽交い締めにされている少女を見ているが、背中の青年は顔を上げずに背中に埋めている。さらによく見ると、彼らの足元にはポタポタと血が滴り落ちていた。
(ありゃあ怪我だな)
しめたとばかり大声を張り上げる。
「飛んで火に入る夏の虫じゃねえか。にいちゃんよう、こっちはこの人数でえ。おまけに怪我人抱えて勝てるなんて思いなさんなよ? 大人しくこっちに来るこった。生かして捕まえろって言われてるから殺しゃあしねえよ」
「な…」
笑いながら彼の背中の青年を顎でしゃくる。大柄な少年は悔しそうな表情を浮かべた。それを見て、シャンテルはさらに続けた。
「それにこっちには人質だっているんだぜえ? もうすでにお仲間二人を船に積み込んでるし、こいつだって…」
少女の顎にナイフをピタピタと当てる。
「ジタバタすりゃあ、こいつらの命はねえぜ? …なあそこのあんたも聞いてっか?」
言いながら、逆方向へと体を反転させた。そこに立っていたのは別の少年、いや、戦士だった。
返り血を浴びて悲惨なことになった衣類やケープを身につけ、兵士から奪い取ったらしい銃剣を油断なく構えている。ここに来るまでに何人斬ったのか、その瑠璃色の眼には抑えられないくらいの殺気がこもっていた。
(こいつも異邦人か…しかしこいつ、強えな)
シャンテルから見て、彼の身構えた姿は明らかに戦闘に熟練した者のそれだった。…下手したらさっきの女よりも強いかもしれない。
「ハールド! どこにいたんだ!」
大柄な少年の声で、ハッと我に帰る。
「あんたも仲間の命が惜しいよな? だったら降伏しな」
薄笑いを浮かべて言う。言ったはものの、正直手こずるだろうとは思っていた。それならそれで面白い。
だが、少年は怯えて声が出せない少女を一瞥したかと思うと、勢いよく銃剣を虚空に放り投げた。
「…どうとでもしろ」
それは、あまりにもあっさりとした返事。
「へ? あ、そう。まあ素直なのはいいことだぜ」
木星人兵士が三人の異邦人に駆け寄っていく。
「ああああ…ハールド…」
「人の心配してる場合か」
そのまま再び少女の腹を殴打する。「ぐっ」とうめき声が漏れたかと思うと、彼女の体はくの字に折れた。
だが、彼女はすぐには意識を失わなかった。
「クリスティナローラさんによくも…」
やっと聞き取れるくらいの声で呟き、そして少女は気絶して地面に倒れた。
「さてと」
シャンテルが少女を肩に担ごうとしたその時、戦車から一人の男が出てきた。
「あ、司令官…」
彼を見た兵士たちが皆慌てて列を作って敬礼をする中、司令官は黒いマントとフードに身を包んだままシャンテルの元へと歩いてきた。
「無事、異邦人どもを捕らえたようだな」
「おうよ」
「四人と言ったのがなぜか六人いるようだが、まあその話は後だ」
司令官は気絶した少女をチラリと見て、再び戦車に戻っていく。
「皆、引き上げるぞ! もうこの街に用はない!」
副司令官の大声がその場を締めくくって、襲撃は終わった。
最近、殴るシーンが多いですね…。




