敗北
「はっはっ…」
煙と血の匂いが充満する中、クリスティナローラは短めの息継ぎをした。しんどいが膝はつかない。敵は今はこちらの様子を伺っているだけだが、いつまた飛びかかってくるか分かったものではないからだ。
金髪が汗に濡れて頰にべたりとはつく。身体はもうとっくに悲鳴を上げていた。腕は言うまでもなく、脚・胴のところどころから血が滲んでいる。
「!」
不意に右肩に鈍い痛みが走った。以前木星人と戦った時に斬られた場所だ。激しい戦闘で、再び傷が開いたか。
(…今はそんなの関係ないわ)
敵ー赤毛の青年ーが挑発するようにナイフを一閃させるのを見て、身体が熱くなっていく。
(ライヨル家の血が、こんなところで負けてたまるものですか!)
クリスティナローラは地を蹴って、再び傷だらけの身体を跳躍させた。
◇◇
バババン!
「あっ…いけない!」
目の前に現れた三人の木星人を倒した後、あたしは弾の入ったケースを見て愕然とした。
「どうしたんです?」
「やばいよエイザクさん、弾が切れちゃった」
「そうですか…まあそれは僕も同じです」
なんでもないことのように言うエイザクさん。ちょっと待った。それじゃあ、今木星人と遭遇したら大変なことになるんじゃないの?
「ど、どうしよう…あたしたち完全に丸腰じゃんか。これじゃ、戦えないよ…」
「あいにく僕も、格闘技等はしたことがないですね」
「ううう…」
「でもまあ」
と、エイザクさんはコンクリートの壁にもたれつつ目の前を指差した。
「とりあえず、廃墟は抜けました。あとは木星人と会わないようにして、ライヨルさんを探せばいいんじゃないですか?」
「…」
なるほど、確かにここは市街地だ。それも、ちゃんと人が住んでいる場所。
建物という建物が炎に包まれ、沢山の人が叫び声を上げながら、皆我先にと街から出ようと逃げ惑っている。
そしてそんな人々に御構い無しで、上空に浮いた筒型の物体から出た光が建物を爆破し続けている。
その場の風景は、まるで地獄絵のようだった。
「中に戦闘員が乗っているんでしょうね」
「あそこから住宅とかを狙って撃ってるってこと…?」
「ええ多分」
「そんな…」
ドカーン!
ものすごく大きい爆音が響いたと思うと、急にあたしたちの体が吹っ飛び、次の瞬間には地面に叩きつけられていた。
コンクリートのかけらにぶつけた脚が痛い。
「うう…一体何が…」
「夕莉さん」
エイザクさんが指差す先を見ると、さっきまであたしたちのそばにあったコンクリートの壁が跡形もなく破壊されていた。
「え…まさか」
「…あれのそばに立ってて、命が助かっただけでもありがたいですよ」
まだ街の上空に陣取っている筒型兵器。あれが…あの壁を撃ったんだ…。
あたしたちはもうちょっとで死んでたんだ…。
あたしはブルブルと頭を振って、恐ろしい想像を追い出した。
「うううう…は、早くクリスティナローラさんを見つけよう…ででででで、早く逃げよう…」
「ですね」
あたしたちは燃え盛る市街地の中に飛び込んだ。
ーー
「夕莉ですよー! クリスティナローラさーん! 無事ですかー!」
エイザクさんと離れないようにしながら人混みをかき分け、必死で叫ぶ。
「クリスティナローラさーん! 夕莉ですー! 返事して下さーい!」
無我夢中で走っているうちに、人混みを抜けて今や瓦礫の山だらけとなった住宅街までたどり着いた。
「クリスティナローラさー」
「無駄ですよ、これだけ呼びかけても返事がないんですから」
なんで遮るわけ?!
「なにさ、自分は全然叫んでないくせに」
「僕は耳を澄ましているんですよ」
「耳を澄ます?」
「ええ。例えば…」
シャキン、シャキン!
かすかに刃物のぶつかり合う音。
「あれって…」
エイザクさんは無言で近くの瓦礫の山を指差した。
「あれの向こうにいるの?」
「恐らくは」
あたしたちは山に向かって駆け出した。
◇◇
キン!と音がしてクリスティナローラの銃剣が虚空に飛んだ。
「!」
続いて身を交わす余裕もなく、ナイフが彼女の右肩を切り裂いた。
「う…」
肩を押さえて後ずさるクリスティナローラを余裕の目で眺めた男は、ナイフを腰につけた鞘に収めた。
「さあて、そろそろいいだろ?」
彼女に余裕の笑みを向ける木星人の若者。
「大人しく来たほうが身のためだぜ?」
(私は…負けたんだ)
身体だけでなく心までもがズキズキと痛む。それでも悔し涙を引っ込め、必死で相手を見返した。
はあ、と若者はため息をついた。赤毛で童顔、垂れ目の筋肉質な若者だった。
「別にあんたを殺せって言われたわけじゃねえ。生かして捕らえろって命じられたんさ。だから、大人しくしていれば悪いようにはしねえって」
「…」
「いい加減に、覚悟を決めなって。俺だって早く金もらいてえんだよ」
金。その言葉に、彼女の耳は素早く反応した。
金。
この場合はおそらく報奨金。
(この男は金と引き換えに私たちを襲ったということ?!)
クリスティナローラの目は大きく見開かれた。
(それも臨時的な職ではないわ。恐らくは定職でこんなことをしているのね…)
この男は強かった。クリスティナローラでもまるで敵わなかった。
「…」
そうだ。自分はこの男に負けた。そしてこの若者は、金をもらって人を襲う職についた男は今、下卑た笑みを浮かべて自分の前に立っている。そう考えると胸がむかむかしてきた。
(ライヨル家であんなに訓練を積んだ私が、こんな下品な生業の男に負けるなんて…)
怒りと屈辱のあまり、身体がだんだん熱くなっていく。
気がついたら若者の手を払いのけ、いつになく声を張りあげていた。
「この下賤! 私が簡単に言いなりになると思って?! おまえなどには絶対屈しないわ!」
それを聞いた若者の口元から笑みが消えた。
バシッ!
振り上げられた手は、クリスティナローラの頰を強く打った。続いて胸ぐらを掴まれる。
ぐっと近づいた若者の目は怒りに燃えていた。
「さてはてめえ、貴族だな?」
「名家ライヨル家。しかと胸に刻みなさい」
胸を張り、誇り高き家名を口にする。若者は地面に唾を吐いた。
「あの副司令のおっさんと同じ上流階級ってわけかい。てめえらはいつだって、俺たち下層のことを汚ねえものとみなしやがる」
「…」
「銃剣を使えるてめえだってどうせ、俺と同じような商売をしているんだろうが…」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、若者はクリスティナローラを押し倒しその上に馬乗りになった。
「な…何を」
「言わなくても分かるだろ。てめえは中身と違って外見はべっぴんだからな」
若者は歪んだ笑みを浮かべた。
「ここでは勝ったものの勝ちだってことを分からせてやらあ」
抵抗も虚しく、若者の汚れた手袋がワンピースにかかる。
だがその時だった。
「クリスティナローラさん!」
近くで、聞き覚えのある大声が響いた。




