出発
「い、今何て…」
「地球へ行って適当なのを一人誘拐して来い」
隊長は腰に手を当て、にべもなく言い切った。
「いっいやあの…」
「あ、一応言っとくとそれなりの歳の人間をな。赤ん坊とかは扱いに困るからな」
「本当に誘拐…」
「いや、招待と言い換えても差し支えないかな。別に拘束とかする必要はないらしいし」
ガクッ。膝から崩れ落ちた。それでは全然意味が違う。
「どっちなんですか、一体」
「意味合い的にはどっちもだ。何せ、『グリーン星に招待するふりして実は誘拐する』っていうのが、宇宙会議のあと開かれたホシミッツの会議で決まったプランなんだから」
(何、今なんつった? ホシミッツの会議?)
スピッツの全身は硬直した。
ホシミッツの会議というのはグリーン星を構成する全十カいるぐ国からなる緊急会議のことである。そして出席するのは国の代表者である王族だとか大臣だったりとか、とにかく重要人物ばかりなのであった。
その会議で決まった事なのであれば、もちろんこれは公の命令ということになる。だとしたら…
(一介の予備兵の私に断る権利なんてない。やらなくっちゃいけないな。でもなんでそんなことするんだろう)
「なんでそんなプランが出されたのかは俺も知らん。ただ本隊の方から指示されただけだ」
スピッツの考えていることを読み取ったのか、隊長は腕を組んで難しい顔をして言った。
「だから理由は分からんよ、正直。詳しい話が国民に知らされることもないだろう。各国の上層部はある程度なら熟知しているんだろうがね」
たかが予備隊には詳細は知らされず、命令に従う義務だけ課せられていることを自嘲しているようだった。
「それでもな、このプランが今のグリーン星にとって救いになることは間違いない。本隊長はそうおっしゃった。俺はその言葉を信じる」
隊長の声は熱かった。
(隊長がそう言うなら本当なんだろうな)
嘘を言っているようには見えない。なぜならずっとスピッツの目を見て話しているから。
確かに、グリーン星の上層部が何を考えているのかは分からない。だが、目の前のこの隊長のことはスピッツは百パーセント信頼していた。
それで少しでもグリーン星の助けになるのなら引き受けないという手はない。三流兵士の自分だが、やってみよう。
「というわけで、任務を引き受けてもらう。いいな」
「もちろんです」
耳まで引き締めてビシッと敬礼する。隊長は笑った。
「それでなくちゃいかん。頼むぞ」
「はいっ」
「じゃあ、今すぐ出発してもらう。準備物と諸注意を言っておくぞ」
「はいっ」
隊長は椅子に深く腰掛け直した。
ーー
「んじゃ、行ってきます」
予備兵訓練所の入り口でスピッツは肩掛けカバンを一旦下ろし、見送りに来たラーシルとメイサにぺこりと頭を下げた。
「おう、行ってらっしゃい」
「何の任務だったのか、帰ったら教えてちょうだいよ」
スピッツの手を握って頼むメイサ。スピッツは苦笑した。
無事に終えるまでの任務極秘は必須だと隊長に言われたと彼女に言った時のメイサの顔と言ったら。仕事中こそ静かだが、普段は発言したがり・知りたがりの彼女は心底がっかりした様子だった。
ラーシルの方も、スピッツの急な外出の件を聞いた時には詳細を聞きたそうだったが結局何も言わず、しつこすぎるメイサの抑え役に回ってくれたのである。こんなところは実にしっかりしている。
(さすがは副隊長)
いつも以上に感心させられた。
(ほんと頼りになるよなぁ…こんだけしっかりしてるんだもんなぁ)
気がつくと、こんな言葉が口から出ていた。
「ねえラーシル、秘密でついてきてくれないかなあ?」
スピッツにとって、星外への一人旅は今回が初めてである。しっかり者の仲間が来てくれたら本当にありがたい。
だがラーシルは笑いながら首を振った。
「ダメだよ。スピッツは心配だけど、僕だって仕事があるんだから」
「だよね…メイサは?」
「あたしもラーシルのお手伝いしなくちゃいけないもん」
断られるのは予想していたが、いざ口に出して言われると少し凹む。
「ううう…でもあたし一人で大丈夫かなあ」
スピッツは、自身の兵士としての能力にもいまいち自信がないのである。
「大丈夫だって」
「そうそう。さっさと行ってさっさと帰ってらっしゃいよ。んで、みんなでお菓子パーティーしましょ!」
ラーシルが、メイサが肩をポンと叩いてくれる。
「…そうだね。頑張るよ」
「その意気よその意気」
「あっそうだ、スピッツ」
ラーシルがカバンを指差した。
「ちゃんと財布持ったんだろうね」
「あ!」
そういえば忘れていた。武器しか入れていない。
「やばい! 取りに帰らなきゃ!」
「はいこれ」
訓練所に走りかけた時、ラーシルが笑いながらピンク色の財布を差し出した。
「盗ってたの?! ひどい!」
「なわけないだろ、落ちてたんだよ」
「それも落し物入れにね。たしか『届出二日前』のシールが貼ってあったわよ」
ーー
「あ、そう言えばイチアールは?」
彼女が見送りに来ていないことに内心がっかりしていたスピッツは、歩き出そうとしていたまさにその時に尋ねた。言ってから、「いや、戦闘訓練に決まってるだろ」と思い直したのだが、
「イチアールなら、今さっき隊長の部屋に呼ばれてたよ。隊長ももう出発する慌ててたみたいだったけど」
ラーシルから返ってきたのは思わぬ返事だった。