再会
突然こっちを振り向いた少年。焦げ茶色の髪に瑠璃色の眼。まあまあ男らしいその顔の口から、絞り出すように言葉が出た。
「ゆう…り?」
数日ぶりに見た顔。宇宙船以来の顔。
ハールドだった。
「夕莉?」
「ハールド!? ええっ?! ハールドなの?!」
思わず両手のスポーツドリンクを放り投げ、あたしは彼のそばに駆け寄った。向こうもクリアファイルを投げ捨ててこちらに大股で歩いてくる。
「「なんでここに?!」」
思いっきり叫び声が被った。
その後は二人して見つめ合ったまま、どちらも先に答えようとしない。
どっちから答えたらいいんだろ…。うううん。
「え、だってあたしは助っ人だから…」
なんとなく決まり悪くて、とりあえず先に口を開くとハールドは意外そうな顔をした。
「助っ人ってあんたのことか…」
「そうだけど」
「そういや確かにそんなこと言ってたな」
あれ? あたしってハールドに助っ人のこと言ったっけ?
思い出せないな…。やばい、記憶喪失かな?
「どこで言ってた?」
真剣な気持ちで聞くと、ハールドは一瞬固まり、そのあとすぐ
「あっいやいや言ってない言ってない」
と打ち消した。マズイこと言っちゃった…みたいな顔をしてるのは気のせいかな?
「言って…なかったよね?」
「おう。俺の勘違いだ」
ふう、よかった。
「ところでハールドはなんでここに…」
いるの、と続けようとしたら、急にガルフォンさんに声をかけられた。
「夕莉、ハールド。ここじゃなんだから、二人で少し離れたところで話してきたらどうかな?」
言いながら、ガルフォンさんはタオルで頭を拭いていた。隣のエイザクさんも頭をブンブン振って水気を飛ばしている。
「水溜りで転んだの?」
そう思ったから聞いただけなのに、何故かエイザクさんに物凄く冷たい目で睨まれる。
なんで?
「…まあそんなところかな? 早く行っといで。十分経ったら戻ってくるんだぞ」
彼を目で抑えたガルフォンさんは頭を拭く手を止めて、今度は地面に屈みこんで散らばっている書類を集め始めた。
その横ではすでに、ライオネルさんとクリスティナローラさんが黙々と書類をクリアファイルに綴じている。
あー本当ごめんね。怒らないばかりか、気を遣ってくれてるんだね。
ーー
「そっか…まだ容疑は晴れてないんだね」
「ああ、残念ながらな」
広場を抜けたところにある廃材置き場で、あたしとハールドはおしゃべり中。
「だからまだあいつらが俺のこと見張ってんだよ」
タイヤに座り込んでいるハールドの眼が、忌々しげに廃材置き場の外に向けられる。そこに立ってこっちをじっと見てるのは、グリーン星人の兵隊さんたち。
「鬱陶しい奴らだぜ、まったく」
「それでも、外出できて良かったじゃん」
「ガルフォンとライオネルがお偉いさんどもを説得したんだと。監視付きっていう条件でな」
「監視ねえ…」
それは確かに落ち着かない。
「あの人たちのことは、護衛だと思えば苦痛じゃないんじゃない?」
あたしの意見は鼻で笑われた。
「はっ、それは無理だな。向こうは看守並みに見張ってくるもんな」
「…」
「いっそのこと、倒して逃げたいくらいだ」
「本当にしないよね?」
「ま、今はな」
低い声で呟いた。
うううううん…。穏やかじゃないなあ。
まあハールドの気持ちは分かる。あたしには詳しい情報は入ってないけど、彼があの迷彩服男と仲間なわけがない。あんなやつと一緒にされるハールドがなんだかとても気の毒に思えた。
あっと、それより伝えなきゃいけないことがあったんだ!
「ハールド!」
「お、おう」
ビビらないでよ。
「体調はどう? 治ったの?」
直接お見舞いに行けなかったから、再会したら必ず聞こうって思ってたんだ。
「体調…ああ、肩の傷な」
確か、犬に噛まれたとか言ってたアレ。肩に深い咬み傷があったのを宇宙船で見た。どこまで回復したんだろう。
「今はもう、痛くは…ない」
曖昧な言葉と曖昧な顔。
「なんかはっきりしないなあ」
「完治したなんて、すぐに分かるわけないだろうが」
「ううん、まあそうだね…」
「普通に動けるんだから、ある程度は治ってるんだろうけどな」
「んでも、無理しない方がいいよ。何かあったらすぐに誰かに頼りなよ?」
万が一倒れられたら困るから注意したのに、なぜかハールドは瑠璃色の眼であたしを睨んできた。
「な、なに?」
「『誰か』って誰だよ」
はい?
「まさかここにいるグリーン星兵士どものこと言ってんじゃないだろうな」
「え、そうだけど…」
言ってから、しまったと思った。ハールドは兵士たちが嫌なんだっけ。
「あーいや、なんならあたしか国賓四人組でもいいよ! 限定してごめん!」
「別にお前でもいいけど…国賓ってガルフォンたちのことか?」
「そうだよ」
「あいつらは無理だ」
なんで?!
「いやいやいや、それはちょっと贅沢すぎだって!」
若干呆れて叫んでも、ハールドは機嫌が悪いままだ。
「あたしよりも知識ありそうだし、あの人たちなら絶対助けてくれるって!」
そりゃ、中には無愛想な人がいるけどさあ!
「ふん。まあガルフォンについては肯定しとく。あいつは俺に色々世話を焼いてくれたしな」
「さすがあ…」
「お前も俺にとっちゃ命の恩人なんだ。ただ全体的に見ればあの四人は無理なんだ」
「なんで無理なの?」
「お前は知らんだろうけど、ここ数日で話してみて無理だなって思ったんだよ。あと…」
「あと?」
「…」
ハールドは俯いた。その顔に浮かんでいるのは、これまでにはみたこともないほど苦しげな表情。
「なんか…あの四人の中に自分も入って五人で活動してるんだって思うと…」
「思うと?」
「訳がわからんけど…不安を覚えちまう。他の奴らとは出身星が違うからとかじゃなくて、なんかその…」
彼の瑠璃色の眼はいつになく暗かった。本気で不安に感じてるんだろうか。でも…なんで?
理由を聞きたいと思った。でも、聞いちゃいけない気がした。あたしなんかが首を突っ込んでいい問題じゃないんだろうから。
いい加減な提案なんてしちゃいけなかった…かな。
「そろそろ、戻る?」
他に言葉が見つからなくてそれだけ言うと、ハールドは無言で頷いた。そのままあたしたちは立ち上がり、廃材置き場を出た。後ろからは監視の兵隊さんの軍靴が響いてくる。
暗い雰囲気。せっかくの再会がこんな形で終わるなんて…。
「じゃ…」
「ああ…」
こんな形で…。
広場まで来て二手に分かれようとしたちょうどその時、あたしの口から勝手に言葉が出てきた。
「プリン!」
「え?」
「プリン、美味しかった?!」
自分でも何を言っているのかよく分からない。ただ叫んでいる。
「プリン…ああ、お見舞いにくれたクリーム色の甘いやつな」
ハールドの硬い表情がわずかに緩んだ。
「美味しかった?!」
「おお、美味かったぜ!」
彼が見せたのは満面の笑み。
胃袋は掴めたみたいだ。良かった。
「いつかまた作ってあげる! 今度はカスタードじゃなくて、牛乳味のを!」
この前作ったやつの残りはみんな、メイサさんとスピッツに食べられたから。
「楽しみにし…」
「楽しみにしといて!」
それだけ叫んで、あたしはハールドに背を向けた。
これからハールドは無罪晴らしを頑張っていく身。なるべく背中を押してあげたい。
久々の再会。これでちょっとは後味よく終わったかな?
夕莉とハールドがおしゃべりしていた頃、広場では…。
「わわわわ、すいません!ガルフォンさん、エイザクさん!」
「いいよいいよスピッツ…ほら君もなんとか言えよ」
「…責められるべきは夕莉さんですよ」
からのビンを拾うスピッツと、頭からかぶったスポーツドリンクを拭き取るガルフォンにエイザク。
「こんなに撒き散らして…」
「拾うのは散らかした人間のはずですのに…」
「ご本人どもは呑気にデートとはな」
クリアファイルの中に、地面に散らばったシートを集めるライオネルとクリスティナローラ。
十分後。
「あ、こっちに歩いて来てる。…止まった?」
「まったく…この私に後始末をさせるとは。ああ、腹立たしい。無性に腹がたつ」
「…自分の方が進展しないからって他人を僻むなよ、ライオネル」
プリン問答をする二人を眺めるライオネルとガルフォン。




