ただいま療養中
貴賓館の北館三階。目指すは階段を上がってすぐの日一つ差さない廊下の突き当たり。
「暗いなあ」
廊下を歩きながらガルフォンはため息をついた。彼の部屋のある南館に比べて何という陰気さだろう。しかもここには滅多に人が寄りつかないと聞く。
(こんなところで軟禁なんてされてちゃ、気がめいるよなぁ)
突き当たりにある部屋の前まで来て、ガルフォンはドアに向かって一声かけた。
「ちょっと用があって来た者だけど、入るよ」
返事はない。それでも構わず中に入ろうとしたが、ガルフォンは両手に荷物を提げているため手は使えない。
そこで膝でドアを開けて中に入った時、彼の視界にいきなり木製の三脚が入ってきた。
「うわ!」
慌てて荷物の一つを放り出し、右手で飛んできた三脚を掴む。
「ひゃあ、危なかった…」
「何の用だ」
間髪入れず薄暗い部屋の隅から声がした。その方向に目をやると、二つの朱色の球がかすかに光っている。
(球ね…いや、眼かな?)
三脚を足元に置いてから尋ねる。
「今のは君が投げたのか?」
「…」
「まあいいや、ところで暗いから電気をつけさせてもらうよ」
スイッチを探そうと壁に手を当てたとたん、今度は腰に衝撃がきた。
「…!」
ぶつかったのはまたもや今の三脚だった。
(拾って投げた…んじゃないな、じゃあもしかして…)
「電気をつけるな」
「でも、つけないと落ち着いて話ができない」
「あんたと話をする気はない。出てってくれ」
抑揚がない…ように見せかけた、イライラした感情以外のものを押し隠したような少年の声。
(強がってるって感じか? 本当に抑揚がなかったら、エイザクみたいになるもんな)
実際、あんな声は滅多に出せない。そう考えると、彼は一種の才能を持っているのかもしれない。ガルフォンは思わずクスリと笑った。
「何がおかしいんだ?」
「いやなんでもない。ちょっとした思い出し笑いだよ」
「…」
「ところで話を進めてもいいかな? その調子じゃ結構元気そうだからね」
「…なんでそうなる?」
「話というか、まずは君に渡すものがあるんだ」
ガルフォンは、今までずっと左手で大事に持っていた紙袋を朱色の光の方に向けた。
「お見舞いの品」
「あんたから?」
「違う。渡してくれって頼まれたんだ」
「はっなるほど」
暗闇の中で少年が肩をすくめたのが分かった。
「それじゃあどうせ、あのお偉いさんどもからの慰謝料だな。今頃になって俺が被害者だって判明して慌ててるんだろ。そんなものいらんいらん。そんなことより俺の船を返してくれ」
言葉と同時に、ガルフォンの体がひとりでに、後ろに引っ張られるようにしてズルズルと移動し始めた。
「君の船? じゃあやっぱり君はあの二人にスペースジャックされたんだな?」
「そう。で、あいつらが勝手に真空レールとやらに攻撃を仕掛けたってわけさ」
「君はなんで宇宙船に乗っていたんだ?」
「家出」
あっさり返ってきた答えに驚く。
「家出?!」
「そ。どっか知らない未開拓の星に行こうって思ったんだがな」
「そ、そのことはここの人に説明したのかい?」
部屋から出されまいと足を踏ん張りながら、ガルフォンは聞き返した。
「したぜ。それにあったことをなにもかも。だけどお偉いさんどもは、決定的な証拠がないとか言って話半分に聞く程度」
「証拠がない…?」
「たとえば、あいつらが俺たちの宇宙船にスペースジャックする前に乗ってた船がどこにあるのか、とかな。多分なんかの弾みで爆発して俺たちの船を乗っ取ったんだろうけど、証拠がないからなんとも言えないのさ」
朱色の球が少し揺れた。
(“俺たちの船”…)
そういえば、あの船からは四人の少年の死体が見つかったという。目の前の少年の仲間だという可能性について検討されているらしいが…。
(多分彼の仲間なんだろうな…)
とすれば、彼は自分の仲間を殺した連中と共犯だという疑いをかけられていることになる。
(不憫だな…)
まだガルフォンの前で一度も『仲間』のことを話さない彼の心情を慮りつつ、そんなことを思った。
「…くそっ、あんたなかなかしぶといな」
不意に聞こえてきた舌打ちの音で我に返る。見ると体はもう部屋から半分ほど出かかっていた。
「わ、ちょっと待ってくれ!」
「待ってどうなる。俺はそんなもの絶対に受け取らねえからな」
そこで要件を思い出した。ドアの枠に必死にしがみつく。
「…ううん、浮かした方が早いか。だけど重そうだな」
「直接手で押したらいいじゃないか」
ガルフォンの一言に、体を押す力が少し緩んだ。
「…あんたこれが何か知ってんの?」
「知ってるよ。実際に使える人に会ったのは初めてだけど」
そう言ってガルフォンは左手の小さな紙袋を手のひらに乗せて前に差し出した。
「これを受け取ってくれ。頼まれてるんだ。決して慰謝料なんかじゃない」
「…」
朱色の球がこちらを凝視してくる。
「本当だよ」
「金類じゃないのか?」
「そんなもんじゃない。もっと可愛いものじゃないかな」
「…」
少し間をおいてから、紙袋はふっと浮き上がった。そしてそのまま朱色の球の方へと近づいていく。
「プレゼントなんだ。直接手で受け取ったらいいじゃないか」
少年は黙殺した。
ガサゴソ紙袋を開ける音。そして…。
「これは…なんだ?」
「『なんだ』って、なにが?」
「このガラスのカップ入りの物体だよ。大部分がクリーム色で底の方だけ…黒?」
(食べたことないのかな?)
ガルフォンの家ではこれが大人気のお菓子である。
「あ、まだなんか入ってる…カード?」
「メッセージが書いてあるんじゃないかい?」
「…なになに、『ハールドへ あたしの作ったプリンを食べて、早く良くなってね……夕莉』…夕莉?!」
「ほうら見ろ、やっぱり念力じゃなしに手で受け取った方が良かっただろ?」
メッセージに瑠璃色の眼がくぎ付けのハールドを見ながら、ガルフォンはにんまりと笑った。
◇◇
「やはり怪我をしていたか」
ドレスの右肩を少しずらしてクリスティナローラが巻いておいた古い包帯を剥がしながら、ライオネルは呆れたように言った。肩には銃剣で切られた跡。
「いつやった」
「…」
「いつやったかと聞いている」
「二日前…です」
忘れもしない、木星人の襲撃があった日。
◻︎◻︎
あの日怪我に気づいたクリスティナローラは、誰にもそのことを言わずに荷物の中の応急処置グッズで簡単な処置をしておいた。だがあくまでも水で傷口を洗って包帯を巻いただけの簡単な処置だったので、痛みはなかなか引かなかった。
ーー
(薬があったらもっと早く治ったのだろうけど…)
家から薬を持っていくことは、許されなかった。持ち出せたのは僅かな包帯のみ。
(“いつでもどこでも完全な装備でいられるわけがない”もの…)
幼い頃から自分を鍛えてきた兄の言葉を思い出す。
「クリスティナローラ?」
名前を呼ばれて慌てて顔をあげると、ベッドの横に腰かけたライオネルがこちらを見ていた。
「何を考えていた?」
「別に…」
「ふん。まあ良い、それよりなぜこの傷のことを黙っていた」
されると思っていた質問。
(…答えたくない)
「なぜ黙る、答えよ」
怪我をしていない方の左腕を掴まれ、迫られる。仕方なく、思いついたことを言った。
「言う必要がないと思ったからです」
「どういうことだ?」
「そのままの意味です」
本当は違う。そんなのが答えではない。
他人に、特にライオネルに心を許すことがあってはならないから。
怪我をしたと明かすことは自分の弱みを曝け出すこと。そうすれば任務に支障が出る。
(カルメヂ星のために私は目的を完遂せねばならない)
横目で、ベッドの下のグリーン星の地理の本の存在を確認する。襲撃と同じ日に、町の南区の廃墟で探し当てた本。
シンプルな表紙が彼女の義務感を煽り立ててくれるようだ。
(私は、任務が第一)
「話してほしかったがな…」
不意に右肩に指の感触がした。それと薬の匂い。見ると、ライオネルが軟膏のようなものを肩に塗ってくれていた。
「殿下?!」
「まったく…ガルフォンといい、その方といい、どうして私に迷惑ばかりかけるのか…」
「…」
「仲間内でちゃんとしているのは、エイザクだけということになってしまうな。…ああそれと夕莉も」
(夕莉…)
思えば、怪我がバレたのは彼女のせいだった。
(恨みたい…はずだけど、何故かそんな気になれない)
手当が終わり、体の力を抜いてリラックスした状態のクリスティナローラに、ライオネルは出て行きがてら静かに言った。
「私もお前のことはなるべく気をつける。だからお前ももう、滅多なことで傷ついてくれるなよ?」
ガルフォンさん、いい人…。




