罪悪感
スピッツ・夕莉・ゲンネー視点です。
任務は済んだ。スピッツは見事に地球人を一人誘拐することに成功した。だから喜んでいいはず。なのになんで心は晴れない?
夕莉がいなくなった部屋で、スピッツは一人ベッドにうつ伏せになって考え事に浸っていた。
夕莉を騙してグリーン星に誘拐してきた。そのことを思い出すたびに真空レールの中でも、フリージー星人の宇宙船の中でも心が重くなってしまったのだ。
(色々あってじっくり考える時間がなかったけど、もうここで整理をつけたい)
スピッツはノロノロと起き上がり、伸びをした。
確かに地球に来た当初は、スピッツは自分の任務を果たすことだけを考えていた。地球人は宇宙に関心のない、銀河連盟の恩恵を受けたいだけの無責任な連中だと思っていた。また、危機に陥っているグリーン星をなんで放っておけるのかと腹を立ててもいた。
何より、初めての星で悪戦苦闘する自分を地球人の誰もが嘲笑っているように感じられ、心が折れそうだった。
しかし夕莉に野犬から救ってもらって、しかもその後横柄な態度をとったにも関わらず彼女が全然怒らなかったことが、スピッツの考えをちょっとだけ変えた。少なくともこの人はいい人なのかもしれない、と思った。
その後いろいろ地球の事情を聞かされた時はなんだか頭が真っ白になった。
(星外便は偉い人しか使えない…それじゃあ、地球人が私を見て驚いたのも不思議はないな)
あの時、なんだか自分が恥ずかしくなったのだ。
そんな状態でスピッツは夕莉に「助っ人」としてグリーン星に来て欲しい、と頼んだ。ここで断られたらどうしよう、と不安になりながら。
驚いたことに夕莉はあっさり承諾した。あっさり騙されてくれたわけだ。
当然だが、助っ人はあくまで方便だった。
(だけど夕莉ちゃんは友達にするみたいに美味しいご飯まで作ってくれて…不安だった時いつでも手を差し伸べてくれて…)
野犬に追われて恐怖がぬぐいきれなかった時。
ここで断られたらどうしようと切羽詰まっていた時。
宇宙船に一人で潜入しようとしていた時。
そしていつのまにか彼女に縋っている自分がいた。
『一人より二人の方が安心でしょ』
スピッツの弱みに気づいた彼女。
『あたしを元の大きさにするのは後でいいから!』
強引なまでにスピッツを思いやる彼女。だが、いやだからこそ、彼女の言葉はスピッツの心の奥深くに入り込んできたのだ。
不安だったスピッツの心を溶かしてくれた。
心の助っ人といってもいいかもしれない。
(だけど、その関係は全部嘘…)
スピッツは夕莉を誘拐したのだから。理由は未だに分からないけれども何か意図あっての誘拐に違いない。宇宙船で本隊隊長と上司を見て、スピッツはそのことを思い出した。
『すごいね』
『スピッツがそんなことするわけないじゃん』
『嘘つくのも下手だしさ。性格も良さそうだし』
自分を信じていてくれた夕莉を、スピッツは裏切っていた。
完治した足の傷に手をやる。昨日までは真空レールの医務室で貼ってもらったシップがあった。
「ごめん…でも任務なんだ…」
ひどく言い訳めいた謝罪を、ひたすら壁に向かって繰り返した。
◇◇
「スピッツ〜ただいま!」
スピッツの部屋まで戻ったら、なぜかスピッツは慌てた様子で目をこすってた。昼寝でもしてて今起きたばっかりだったのかな。
「ん、何?」
「今、いいもの作って来たからねー。冷蔵庫に入れて冷やしてあるから夜食べようね!」
何を作ったかはもちろん内緒。
「うん、ありがとう…」
「それとね、今日の昼からゲンネーさんが貴賓館の近くの町に仕事しに行くんだって。あの…任務を果たしに来た人たちと一緒に。あたしも助っ人として連れてってくださいって頼んだら、オーケーしてもらえたんだよ。というわけで、付いて来てね!」
「分かった」
「よっしゃあ!」
いよいよ今日から助っ人として働けるんだなあ。ガルフォンさんに会えるのが楽しみ! ついでに貴賓館に寄って、ハールドのお見舞いもできたらいいな。
持っていくものは麻酔銃くらいかな。あ、あとついでにハールドにあたしの作ったおやつを持ってってあげようっと。
「今回のおやつはたくさん作ったし体にもいいからね」
「そうなんだ」
やっとスピッツが少し笑った。
◇◇
(まあ、いいか。夕莉ちゃんが快適に過ごせてるんだし)
そう考えると少しだけ気分が軽くなる。
これから先も、夕莉がなんの危険もなく安全にグリーン星で過ごせたらいいなとスピッツは心の底から思った。
◇◇
「隊長。ラーシルです」
「入れ」
声をかけると、腕にいっぱい書類を抱えたラーシルが真剣な顔でゲンネーの机にやってきた。
「例のチョコレートの解析が済んだのか」
「はい」
「報告を頼む」
数日前に貴賓館の近くの町を攻撃した木星人の一人が落としていった大量のチョコレート。一体どのような結果が出たのか。
「薬物班の解析によると、やはりただのチョコレートではありませんでした」
「やはりな。で何が混ざっていた? 麻薬か? 覚醒剤か?」
「大量の睡眠薬です」
「何?!」
(チョコレートに睡眠薬?!)
「チョコレートは全てグリーン星産で間違いはありません。そこに後から睡眠薬を投入した模様です」
「…なるほどな」
ゲンネーは腕を組んで考えた。
大量の睡眠薬をチョコレートに投入…。
(これが麻薬や覚醒剤だったら、持ち主が裏商売するか、個人的に楽しむものだと考えるが…)
「…ラーシル」
「なんでしょう」
「お前は普通、眠れなくて睡眠薬を飲むときにわざわざチョコレートに睡眠薬を仕込んだものを食べるか?」
「それはないですね。最近では、苦くない睡眠薬くらい薬局に売ってますし」
「だとすれば…」
急に恐ろしい考えが浮かんできた。
(まさか、チョコレートだと偽って誰かに飲ませるためのものでは…)
あまり認めたくないことだがその可能性が高い。
(だが、誰に、なんのために?)
今の時点ではわからない。
「ご苦労。とりあえず、このことは本隊に報告する」
「はい」
「それと午後から俺は夕莉さんを連れて、この間攻撃を受けた町へ行ってくる」
「…頼まれたんですか?」
「まあな」
廊下を歩いていたところでその話になって、一緒に行きたいと頼まれたのだ。
「えらく熱心でな」
「まあ、ここにいてもすることないですしね。彼女さっきはキッチンに行ってましたけど、調理もすぐに終わったんでしょうね」
ラーシルは笑った。
◻︎◻︎
「木星人が出たら大変ですよ」
「でも私、助っ人ですもの! それに二日前だってフリ…ナントカ人と戦ってますよ!」
「…お守りしますが、万一の場合は逃げてくださいね」
「はい! でも木星人が出ても出なくても、助っ人としてゲンネーさんたちの役に立てるように頑張りたいです!」
ーー
「助っ人…か」
「どうかしましたか?」
ラーシルが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「いやなんでもない」
彼女の本当の誘拐目的は、誰にも言わないよう本隊隊長に命じられている。腹心のラーシルにも秘密にしておかねば。グリーン星の未来のために。
…それでもゲンネーには、何も知らない地球少女が気の毒に思えて仕方がなかった。
次回、異邦人四人が再登場!




