木星人の攻撃
クリスティナローラの戦闘炸裂!
大きな爆発音。同時に町の中心部で大きな火の手が上がった。
「木星人だあ!」
誰かが叫んだ。ライオネルはすぐに空を見上げる。そこに浮かんでいたのは黒い円盤。町のあちこちから悲鳴が上がった。
「来たか」
臆することなく、胸元のポケットから銀色に光るホイッスルを取り出し、吹いた。『調査やめ、一旦集合』の合図だ。ライオネルの護衛たちもすぐに常備していたライフル銃を構える。
「アレスファリタン様。ここは私に任せ、別の場所で集合してください」
指揮棒を手にした本隊副隊長に言われ、ライオネルは頷いた。ホイッスルを鳴らしながら町の南区に走る。
「市民の皆さん、家の中に避難してください!」
慌てふためく市民に大声で呼びかけ、副隊長は次に味方の兵士たちに呼びかけた。
「聞こえるか! みな、広場に集合! 敵は広場の真上にいるぞ!」
次にわらわらと集まって来た兵士たちに指令を出す。
「本当は、別の場所にあの円盤をおびき寄せたいが仕方ない! ここを戦場と心得ろ! 直ちに横一列に散開! 私の合図でエンジンを狙って一気に撃て!」
兵士たちは迅速に動く。
「撃て!」
ダダーン!
円盤はかすかに傾いた。
◇◇
「木星人が出たようですね。なら、一旦話はお預けということで。ライオネルさんのところに行きますか」
笛の音を聞いてエイザクは瓦礫から飛び降り、ズボンのポケットからデリンジャー(小型の銃)を取り出した。クリスティナローラは首を傾げた。彼の護衛は何処にいるのだろう。
「僕の護衛ならいませんよ。ここに来る前に南区の入り口に残してきました。おそらく今頃は副隊長に召集をかけられて、広場に行ってるんでしょうが」
「そうですか」
「貴女の護衛もいないようですね。ちょっとだけ一人で歩きたいとか言って置いてきたんですか?」
図星だった。ここに来るのは一人の方が良かった。探し物をしているところを誰にも見られたくなかったから。だからなるべく目立たないように行動したつもりだった。
だがライオネルやエイザクには南区に入ったところを見られていたのか。
「機嫌の悪そうなライオネルさんが南区から出て来たので、貴女もここにいると思ったんですよ」
エイザクは若干得意げに言った。彼はどうやら自分に用があって来たらしい。
「ま、ほんの気まぐれと言っちゃ気まぐれですけど」
(気まぐれ?)
それは一体どういうことなのか。
考えている暇はなかった。不意に背後に殺気を感じ、クリスティナローラは地面に伏せて転がった。転がりながらドレスの隠しポケットからデリンジャーを取り出す。エイザクの方も素早く瓦礫の壁を盾にして立った。
二人の目線の先には武装した男たちが立っていた。黒い戦闘服。黒いヘルメットに黒い編上靴。この星のユニフォームではない。
(…木星人?!)
「勘のいいやつだ」
先頭に立っていた男は舌打ちした。その手に握られているのは銃剣。
(なら…)
エイザクに撃つなと目で合図し、クリスティナローラはドレスの腰から下の部分に手をかけた。
「A班やれ!」
男の合図とともに兵士たちが二手に分かれ、一方は別の場所に行き、もう一方が銃剣を構えてこちらに突入して来る。銃剣の先がギラリと光った。
飛び起きざまドレスの腰から下の部分を引っ張り、剥がす。それを数名の兵士たちにの顔に投げつけた。下にはズボンを履いている。
ドレスの内側には皮膚に粘着するシートが貼ってあるため、すぐには剥がせない。混乱する兵士たちの足元に走り、ズボンに装備していた銃剣で片っ端からその足を傷つけていく。
「トドメは頼みます!」
エイザクに呼びかけ、クリスティナローラは残る兵士たちめがけて突っ込んだ。
右に左に、敵の攻撃を避けながら一人ずつトドメを刺す。銃剣は大振りしない。砕けるかもしれないからだ。
エイザクが援護射撃をしてくれたおかげで、敵はすぐに片付いた。兵士たちが一人も動かなくなったのを見届けてから、クリスティナローラは彼の方に向き直った。死体が目の前に転がっているにもかかわらず、エイザクは平然としている。
「助かりましたわ」
「いえいえ。こちらこそ」
「クリスティナローラ!」
二人してデリンジャーを構えながら振り向くと、ホイッスルを首から下げたライオネルがこちらに走って来るのが見えた。
「笛を鳴らしたのに、私の方から来ることになるとは…」
「殿下」
なぜか少し安心して答える。
ライオネルは地面に転がった死体とを見てギョッとしたようだが、直後にクリスティナローラとエイザクを交互に見て嫌な顔をした。
「二人で何をしていた?」
「敵と戦っていただけです」
クリスティナローラは素っ気なく答えた。エイザクの方も黙って頷く。ライオネルはそこでクリスティナローラがドレス姿ではないのに驚いた。
「戦ったのか…敵はこの死体どもか?」
「おそらく、木星人かと」
「なっ、やつらは広場の真上の円盤の中ではないのか?」
◇◇
数秒前 、グリーン星の兵士たちは墜落した円盤を見て呆然とした。
「無人機だ…」
◇◇
「なぜここに兵士がいるのだ?!」
「あちらは囮なんですよ多分」
エイザクがこともなげに言う。クリスティナローラも納得した。住宅地からは悲鳴が聞こえてきた。
「火器を放って終わり、だったんでしょうね」
「では、直ちに避難しなくてはな」
その時、数名の兵士たちがこちらに走って来た。緑色の戦闘服。グリーン星の兵士だった。
「皆さま、すぐに貴賓館に避難してください!」
「どうした」
「町の中から木星人たちが現れました! 先ほどの円盤は無人機だったのです!」
「存じております。先程戦いましたわ」
「やつらは今、町の住宅を大型トラックでひき潰しています! 巻き込まれると危険です!」
クリスティナローラはさっきの木星人の言葉を思い出した。二手に分かれていたから、彼女が戦っていないもう一方が破壊活動をしているに違いない。ライオネルは首を傾げた。
「お前たちは…確かガルフォンの護衛だな? そう言えば彼はどうしたんだ」
「途中まではご一緒していたのですが、ひき潰されていく家々を見て『先に行って他の三人を逃がして下さい』と言われ…」
「それで置いてきたのか!」
ライオネルが大声を上げて兵士たちに詰め寄った。
「何度も断りましたが、とうとうご自分から住宅の方に行かれたのです。それで兵士数名を残してひとまずは皆さまを貴賓館にお連れしに…」
「ふざけるな!」
ライオネルは兵士の胸ぐらを掴んだ。彼は怒っている。クリスティナローラが一度も見たことのない表情だった。
「彼を一人残して避難しろ?! 冗談ではない! 私は皆の統率役だ。三人を連れて、避難しなくてはならんのだ! その住宅地とやらはどこだ、案内せよ!」
兵士は首を振った。
「それは危険です。もしものことがあっては大変です」
「その危険な目に、彼一人を晒すわけにはいかん! さあ、私を案内せよ!」
有無を言わせぬ口調だった。王族の威厳が出ている。だが、年かさの兵士の方も負けてはいなかった。
「それはできません!」
「お前たちはこの二人を避難させろ。私は行く!」
「ですからもしものことがあっては…」
「もしものことがあっては大変? それはガルフォンの場合も同じだ!!」
「あの」
クリスティナローラはさりげなく手を上げた。
「私から見て、ロインドさんの戦闘力が不安なのですが」
「それは…」
「さあ、私を彼の元へ連れて行け」
このまま三人を貴賓館に連行してそのあとガルフォンを助けに行っても、後をつけられてはどうにもならないと悟ったらしく兵士はそこでやっと頷いた。
「よくぞ決意した。では二手に分かれ、一方はこの二人の護衛を頼むぞ」
ライオネルはそう命じるなり、兵士を急かしながら走って行った。
「では、参りましょうか」
「ええ…」
クリスティナローラは歩きつつ、時々後ろを振り返った。
(殿下は大丈夫かしら)
「大丈夫でしょうね」
クリスティナローラの心を見透かしたのか、エイザクは肩をすくめて言った。
「歓迎会で言ったことが伊達でなければ、の話ですが」
「…」
「しかし、自ら危険地に飛び込んで行くなんて貴族らしい無鉄砲さですね。とても常識の判断とは思えない。馬鹿らしいことですよ。貴女もなんでさっき彼に口添えしたんです?」
クリスティナローラは答えなかった。なぜかは自分でもわからない。
(?!)
そこで彼女は不意に右肩に痛みを感じた。恐る恐る見ると、さっきの実戦でやられたのか、血の飛び散ったドレスの肩の部分から血が出ていた。