探し物
真空レールが攻撃されるちょっと前の、グリーン星でのお話だと思ってください。
ライオネルらがグリーン星に来て三日目の朝。
胸に金のバッジをつけ、想い想いの服装に武器の装備をした四人は、フェアーナ国の兵士数名に護衛されながら貴賓館のすぐ近くの町に足を踏み入れていた。
「この町は確か、一週間前に木星人の攻撃を受けたのだったな」
先頭を歩く天王星出身のライオネル・アレスファリタンは前を向いたまま、隣のフェアーナ国軍本隊の副隊長に尋ねた。
「左様です」
副隊長の返事は素っ気ない。
「ふむなるほど。今日はここの被害模様を銀河連盟に報告するというわけだ」
「よろしくお願い致します」
ライオネルは足を止め、後ろの集団を振り返った。
「皆の者、聞いての通りだ! 今日はここを探索することになる! しかと作業に励め!」
思い切り威厳を込めて叫ぶ。
ライオネルはこの場を取り仕切る気満々だった。なんたって自分は、木星人に抗いきれないグリーン星を助けにきた救援。右も左もわからないグリーン星人たちを指揮して任務を果たすべきなのだ。
(それにまあ、この四人の中では私が一番人を使い慣れているだろうしな)
仲良くなった冥王星出身のガルフォン・ロインドは農家の生まれ。彼の話によるとエーディス星出身のエイザク・ブルネウは学者の子。カルメヂ星出身のクリスティナローラ・ライヨルは伯爵令嬢。自分はアレスファリタン領の第六王子だ。
「あと、木星人が出るかもしれん。私たち四人は護衛の兵士から離れてはいかん! 護衛を勤める兵士たちも、くれぐれも気をつけるように!」
途端に兵士たちが嫌な顔をした。中にはぼそぼそとお互いに何かを呟く連中もいる。
「話を聞いていないとはどういうことだっ?!」
兵士が慌てて敬礼する。ライオネルは満足し胸を張った。
ここで、ライオネルは若干の期待を込めてクリスティナローラの方を見た。ひょっとしたら、彼女は自分の今の姿に見惚れてくれてはいないか…。などと思いながら。
残念ながら、彼女のブルーの瞳はライオネルのことなど見てはいなかった。相変わらず着飾り、扇子を口元に当てながら、物珍しげに辺りを見回している。
少し離れたところに立っているエイザクは相変わらず無表情。
「分かったな! では解散して良いな?!」
ガルフォンはフェアーナ国軍予備隊隊長のウサギと談笑していたが、ライオネルと目が合うと微笑んで言った。
「はい、了解しました。しっかりやろう! 兵士のみなさん、よろしくお願いします!」
「みな、しっかりお四方のお手伝いをして差し上げよ!」
ガルフォンの言葉に乗っかるように、本隊副隊長が叫んだ。
ーー
解散してすぐ、ライオネルの元に今までの被害状況を記した書類の山が送られてきた。これらはグリーン星人が書いたもので、一度国賓の一人が念入りにチェックをしてまとめ直さなければならなかった。
その役がリーダーを気取るライオネルに自然と回ってきたわけである。
文字、文字、文字、文字。
嫌気がさしたライオネルは、碌に読むことなく書類の束を地面に放り投げてしまった。
慌てて紙を拾い集める兵士たちに目を向けることなくライオネルは吠える。
「こんな長い文、読めるわけがなかろう!!」
「ちょっと」
ガルフォンも書類を拾いながらライオネルに眉を寄せる。
「大事な内容なんだ。放り投げちゃダメだろ?」
「私はこんなものを読むために来たんじゃない!」
「読んで、項目ごとに分類して図とかにまとめ直すだけじゃないか。僕が後でやるから置いといてくれ」
「好きにするが良い。私はそんな仕事はせん!」
ライオネルはプイとソッポを向いた。
数分経つと、段々と気分が落ち着いてきた。あんなことで腹を立てたのかと自分が恥ずかしくなる。全ての書類を分厚いケースに入れて保管し終えたガルフォンに深々と頭を下げる。
「すまんな」
「もう投げないでね」
「そなたは本当に良いやつだな」
しきりに頭を下げるライオネルを前に、ガルフォンはにっこりと笑った。
「それより仕事をしないか?」
「そうだな」
「ライヨルさんなら、南区に行ったよ」
「…」
「護衛の兵士たちもほっぽってね。危ないから、付いてってあげたらどうかな」
「私がか?」
「別に僕が行ってもいいけど」
「…いや、私が行く」
「そう言うと思ったよ。頑張ってな」
ガルフォンはすれ違いざまにライオネルの肩を叩いて立ち去った。その周りには兵士たちが群がっている。ガルフォンは彼らと楽しそうに作業を進めていた。
ーー
「お前たちはここで待っていてくれ」
南区の、家が壊れた跡でかがみこんでいるクリスティナローラを見つけてすぐ、ライオネルは護衛たちに命じた。彼らも特に困った顔をせずに了承する。
いくつもの瓦礫を乗り越え、物音を立てないようにしてクリスティナローラに近づく。彼女は気づかない。ずっと何かを探して這いつくばっている。自慢のドレスは引きずられて土がついていた。
(こんなところで何を探しているんだ?)
あと三歩、あと二歩、あと一歩…。
「おい」
「ハッ」
いつになく緊張した彼女の声。可愛らしい。
「何を…している?」
なるべく上ずらないようにして声をかける。さらにその肩を掴むと彼女の身体がビクンと震えた。
(おおおおお…)
「答えて欲しいんだが」
「何を…でございますか?」
振り向いた彼女の顔は真っ青だった。声も震えている。今までに見たことがないほどオドオドした態度。何か見られたくないものを見られてしまったかのような。
初めて見たときから気になっていた美少女。何気に強気でクールなクリスティナローラが、自分に怯えた表情を向けている。ライオネルは妙な興奮を覚えながらも、追求をやめようとはしなかった。
「護衛たちを放ってこんなところに一人でいるのはどういうわけだ」
「…」
「耳が聞こえなくなったわけじゃあるまい。何を探している」
「…」
「答えよ」
「なぜ言わなくてはならないのですか?」
「気になるからだ。それに、心配だからな」
「…」
押し黙るクリスティナローラ。ここぞとばかりに押しをかける。
「木星人たちがいつ、どれだけ現れるか分からんのだ。一人になっては駄目だと言っただろう」
「今貴方もお一人では?」
「…近くに、護衛が待機している」
「それなら私も、近くに護衛が待機しているということにいたしましょう。ご心配は無用です」
「…」
「私はここで仕事もしますから。貴方は仕事をしなくていいのですか」
きっぱり言うと、クリスティナローラは再び背を向けて探し物を再開した。もう、ライオネルの方など見向きもしない。
(やられたっ)
ライオネルは唇を噛みつつ退散した。
(痛いところを突かれた。いやいや待て、あそこで『一人ではない。ここに二人でいるではないか』と言えば良かったのでは?!)
後悔は尽きない。
再び護衛たちを引き連れ人気の多い町の中心部に戻りながら、ライオネルはさっきのことをガルフォンにどう話したものかと思案した。
◇◇
「あったわ」
クリスティナローラはついに、瓦礫の中からお目当てのものを見つけた。腕に抱えられるくらいの分厚い本だ。表紙は土で汚れていたけれど、中は普通に読める。
「探した甲斐があったわ。さあ、仕事に戻らなくては」
「随分ご執心の様子でしたね」
冷静な声が正面から聞こえた。慌てて顔を上げると、正面の廃墟の壁の上に黒髪で藍色の目の少年が腰掛けていた。
「ブルネウさん…?」
「随分とご執心の様子でしたね、と言っただけですが何か?」
ご執心、と言われてライオネルの顔が頭に浮かんだのを慌てて追い出す。とにかく、こちらも冷静にならなくては。
「どういうことでしょう」
「熱心に本を探しておられたではないですか。その…地理の本を」
「!」
見られていたのか。慌てるクリスティナローラを一瞥して、エイザクは淡々と続けた。
「ここは元々本屋だったんですね。木星人の攻撃で潰れてしまいましたが。貴女は本が欲しかったんですか?」
「いけないかしら」
「新品を頼んでもいいのに、こんなところでわざわざ掘り出すとは…。余程その本を欲しがっていることを誰にも知られたくなかったんですね」
真綿で首を絞めるように問い詰めるエイザク。元々陰気な少年だと思っていたのだが、今の彼はそれとは違う。まずよく喋る。口をきいたのはこれが初めてだというのに。
(まるで、獣を追い詰める肉食獣みたい)
おそらく年下であろうエイザクのことを、クリスティナローラは不気味に感じた。
「まあ、僕は別に貴女の目的とかはどうでもいいんですがね」
エイザクがそう言った瞬間、北のほうで派手な爆発音がした。
星の周期の違いだとかは特に考えていません。
ややこしくなりますので。