2日目 夜
23時。
暗闇の中、時計の文字盤が煌煌と光を放つ。その光に吸い寄せられるように2人と1羽はひとところに集まった。
「必要な物資は確保したよ。エイザクも船を見つけてきてくれた」
いの一番に告げられた朗報に、クリスティナローラとイチアールはパッと顔を輝かせる。
「脱出計画を説明するね。船の形はこんな感じで、大きく4つのブロックに区分されてる」
ガルフォンは紙に楕円形とそれを区切る線を描き、文字を書き込んでいく。
先端が操縦席のある南ブロック、後方が物資や船を収容する北ブロック。兵士たちの個室や訓練室などがある西ブロック。
「僕らがいるのは東ブロックの真ん中あたり。ライオネルとハールドがいる医療部が東ブロックの北寄り。そして脱出用の船があるのがここ」
東ブロックの南端をぐるりと囲む。
「明日、僕らは午前中にここから出されて、北ブロックの船に乗せられる予定らしい。その時に逃げる」
「北側に連れていかれるのに逆らって南側に走れってことですね?」
「そう。幸い明日は木星人の第2基地を攻撃する前日だから、ほとんどの兵士は訓練のために西ブロックにいるみたいなんだ。だから逃げやすいと思う」
「物資はどうするんです?」
「逃げる途中で回収する。エイザクが、東ブロック南端の廊下に隠してくれた。新品の蛍光灯の下のプレートの下にあるって」
段々と、クリスティナローラとイチアールの顔が明るくなっていく。
「では明日、皆で脱出することができますわね!!」
「ああ、それなんだけど・・・」
ガルフォンは顔を曇らせた。
「船について、話しておかなきゃいけないことがあるんだ」
北ブロックの戦闘部隊の個機或いは大型船で脱出出来たら良かったのだが、戦闘部隊の船はどれも兵士のIDとパスワードがなければ操縦できないらしい。また、エイザク用の船は与えられていないのだとか。
そんな中彼が見つけた唯一自由に操縦できる船が、司令官専用のプライベート船。南端の司令官室に格納されており、司令官専用のゲートから出入りできるらしい。しばらく使われておらず、定期的なメンテナイスの時以外はそこに人が立ち入ることもない。
「エイザク・ブルネウが見つけてきたのはその一隻だけですのね」
「そう、しかも操縦士と司令官の2人乗りなんだ」
「脱出できるのは2人だけってことですか・・・」
考え込むイチアール。
逆にクリスティナローラはすっと背筋をただした。
「でしたら話は早いですわ」
ガルフォンは頷く。
「僕と、それからライヨルさんで脱出したいと思ってる」
「国賓お2人で」
「そう。グリーン星とフリージー星の協力関係が結ばれる前に、僕ら異邦人を戦力に加えるよう要請するつもりだ」
「アレスファリタン殿下には、明日の脱出寸前にお話することでなるでしょうけれど・・・」
「僕から話すよ」
急な提案だが、フリージー星の身勝手な要求に怒っていた彼はきっと受け入れてくれるだろう。
「イチアール、すまない。だけどここは僕ら異邦人が行かなきゃいけないんだ」
「そうですか・・・うーん」
イチアールは目を閉じて考えているようだったが、ふっと何かをひらめいたように口を開いた。
「了解です。ご武運をお祈りしますよ」
「ああ、ありがとう」
ガルフォンはクリスティナローラに向き直った。
「ライヨルさんも、ありがとう。僕の提案に乗ってくれて」
「私の働きでグリーン星に貸しを作ることができるなら悪くありませんわ。今後、カルメヂがグリーン星と同盟を結ぶかは分かりませんけれど」
「そうか」
「明日の運転はお任せください。初見の船でも全く問題ありませんわ」
「・・・ありがとう」
国賓の個々の能力は、グリーン星・フリージー星・木星の兵士を上回っている。戦闘で貢献するのは勿論、3人で力を合わせれば厄介な赤毛の木星人を討伐することも難しくない。
フリージー星にすべて持っていかれるわけにはいかない。功績をあげ、冥王星とグリーン星の取引関係も持続させてもらう。
(そして、ワクチンを作って母さんとシャルルとデジレを助けるんだ)
守れなかった。何もできなかった。
そんな不甲斐ない結果を残したくない。絶対に。
だからクリスティナローラとライオネルに力を貸してもらい戦う。
ガルフォンの、目的のために。
「・・・ロインドさん?」
無言で拳を握りしめるガルフォンに、クリスティナローラがいぶかしげに声をかける。
「どうかしたのですか? まさか私や殿下に、『付き合わせている』と後ろめたく思っておいでなのですか」
こちらを見つめる1つ年上の少女の目には、慈愛と平静が宿っていた。
自分の道に他の人は関係ない。北大陸でガルフォンはそう言った。自分のやるべきことに人を巻き込まない。これがガルフォン・ロインドの生き方だからだ。
だが今、自分はライオネルとクリスティナローラに共に戦ってほしいと懇願している。そして彼女は当たり前のようにそれを受け入れてくれた。
(こんなの・・・僕にとっては初めてのことだ)
じわじわと胸に温かいものが広がっていく。
(僕はずっと、巨大なものに抑圧された人生を歩んできた)
閉鎖的な村、社会的地位、そして「まだらの死」。自力で抗うことができないものに諦観的にならざるを得ず、何一つ成し遂げられない自分を無力だと責め続けてきた。
(もう何も失いたくない。母さんとシャルルとデジレを守りたい。3人には笑顔でいてほしい)
そのためにも。
灰色の髪の青年を思い浮かべ、目の前の少女を真っ向から見つめ返す。
「提案を受けてくれてありがとう。また、僕と戦ってほしい」
力を貸してくれる友を頼ろう。なんとしても強大な力に抗ってみせる。
□□
◇◇
「顔色悪いな。大丈夫か?」
「薬湯作るけど飲む?」
「そこのデッキに飯並べとくわ。好きなの食っていいから」
得体の知れない3人の漂流者は、2人の少年に対して驚くほど好意的だった。
ハールドがラクープと共に宇宙へ家出して数日が経過した頃だろうか。
運転中、宇宙船の前方に1つの小型船が現れた。
衝突事故でも起こしたのか機体の損壊が激しく、ハールドが注視しなければ船と認識できなかった。またふらふらと浮遊しており、稼働していないのも明らかだった。
危険だから回避するつもりだったが、「もしも人が乗っていたら助けないと」とラクープに懇願され渋々小型船に近づき収容した。
無人と思われた小型船にはハールドより少し年上くらいの3人の漂流者がいた。「命の恩人」だと感謝の言葉を述べる少年達とラクープはすぐに打ち解け、その日から5人で航海することとなった。
最初の数日間、ハールドは3人を警戒しており一睡もしなかった。3人がラクープに危害を加えたりしないか、良からぬ企みを抱いていないか、ひそかに監視することによって探ろうともした。
だが予想外のことに、3人はただの一度もそのような素振りを見せなかった。それどころか病身のラクープを気遣い、かいがいしく世話を焼いた。ラクープを寝かせ、代わりにハールドに船の操縦について教えてくれる者もいた。また、手持ちの資材を消費して船を細かいところまで補修してくれた。
そう、無条件の善意に懐疑的なハールドでも信じざるを得ないほどの献身っぷりだったのだ。
害のない相手だと確信できたその瞬間、ハールドは安心してその場に倒れこみ爆睡した。
目が覚めた時は個室に運ばれており、食事を運んできた少年と目が合い苦笑いされたものだ。
ハールドはそこまで馴れ合わなかったが、ラクープは彼らととても親しくなっていった。
雑談に始まり、生い立ち、出身星について、現在の状況と将来の夢・・・。3人とも出身星が違うらしく、ラクープの質問攻めは絶えなかった。そんな風に彼が中心となって4人で朝から晩まで楽しそうに語らっていた。
遠目に見るラクープは目をキラキラと輝かせていて、「神話を探したい。お嫁さんが欲しい」と語っていた頃を思い出しハールドは心から安堵した。余命僅かな彼だが、そんなことを感じさせないほど生き生きと船旅を送っていたのだ。
だから、ラクープが彼らについて行きたいと言った時もハールドはそこまで驚かなかった。
「天王星では移民を積極的に受け入れてるんだって。大きい神殿とか図書館もあって・・・」
「おう」
「だから僕、3人と一緒に行きたいんだけど・・・」
段々と声が小さくなっていく。ハールドの顔色を伺うような上目遣いに対し、彼は肩をすくめて答えた。
「行けばいいじゃないか。俺に許可を取る必要はない」
ラクープの顔に安堵と戸惑いが浮かぶ。
「ありがと・・・。え、ハールドは来ないの?」
「ああ」
3人の話を聞いていても、天王星に特に関心を持ったわけではないから。
「お前らを降ろして、俺はこのまま旅を続けるさ」
「そんな、1人でなんて」
「別に1人でも平気だし」
「・・・定住したいって思わないの?」
「特には?」
「そっか」
ラクープは寂しそうに目を伏せた。
「じゃあ天王星で僕らの道は分かれるんだね」
「そうだな。元気でやれよ」
「ハールドもね」
ラクープは涙をこらえるように笑っていた。
「連れてきてくれて、本当にありがとう。ハールドは僕にとってずっと一番の親友だよ」
固い握手を交わした翌日。フリージー星人のスペースジャックに遭い、ラクープと3人の少年は死んだ。
以上で一旦、溜め終了。
次回からはアクションと伏線回収のオンパレードになりそうです。