音量
大変長らくお待たせしました。
今回はほぼ彼のエピソード。
エイザクがやってきた。
監禁されてから何時間もたったであろう時だった。
にやにや笑いを浮かべた顔の両側には2名のフリージー兵士。
彼らの背後でドアがガチャリと音を立ててしまった。
「・・・何しに来たんだ」
「様子を見にですよ。決まってるでしょ」
エイザクはその場に胡坐をかいて座った。
「閉じ込められて何もできなくて退屈でしょ」
「せめてご飯はもりもり食べてくださいよ。お代わりし放題なんで」
「厨房遠いんで絶対冷めますけど」
クリスティナローラが、「殺してやる」と言わんばかりの表情をしている。
きっと自分も同じだろう。
2人が怒鳴ったり手を上げたりしないのは、少しでも危険視されないようにするため、ここから逃げるときに備えて体力を消耗しないようにしているためだ。
それを見透かしたようにエイザクのマシンガントークは続く。
「どうせ逃げようって考えてるんでしょ。バレバレなんですよ」
「フリージー星のセキュリティを甘く見ないでくださいね?」
「貴方たちは尊重されてるわけじゃない。管理されてるんです」
「狭い部屋に押し込められて一挙一動が見張られてる。どうですか? 心折れました?」
「『エイザク・ブルネウ』。無礼だぞ」
今頃になって兵士の一人がたしなめる。エイザクは肩をすくめた。
「まーじゃあ帰りますか。夕莉さんもいないし。あーあ。雲人間?の姿を笑ってあげようと思ったのにな」
「ライオネル・アレスファリタンにも完治次第会いたいですね。夕莉さんみたいにならなきゃい」
「ッ!! 貴方という人間は!!」
「クリスティナローラさん、耳が痛いです。怒鳴らないでください」
ぴしゃり、と遮ったのはイチアール。
エイザクに一番近いところに座っている彼女は微動だにしない。
怒鳴って体力を無駄にするな、ということだろうか。クリスティナローラは押し黙った。
してやったりとエイザクは続ける。
「ハールドさんもね、まーもし意識が戻れば?会ってあげてもいいかな。あの人には特に用はないけど」
「じゃまた」
エイザクは立ち上がりくるりと踵を返した。
「終わった」
兵士の1人が外に呼びかけるとドアが開いた。
3人が外に出ていき、ドアが再びガチャリと音を立てて閉まった。
「ロインドさん、イチアールさん。すみません」
「いいさ。僕だって手を上げる寸前だったし」
怒りが収まらないのはガルフォンも同じだ。握った拳がぶるぶる震えている。
怒りをこらえて深呼吸し、クリスティナローラに向き合う。
「作戦会議しなきゃな」
「はい、何としても脱出しましょう」
「何か思いついたことある、イチアール?」
「・・・イチアールさん?」
イチアールからの返答はなかった。
◇◇
先ほどの訪問の目的が単なる煽りだなんてはなから思っていなかった。
(間違いない。注意して聞いておいて良かった!!)
偽エイザクの発した言葉のところどころに音量の差があったのだ。自然な抑揚ではない。明らかに意図して大きな声で伝えている部分がある。
それでも人間の耳には滑らかなマシンガントークとして入ってきただろう。それくらいの不自然でない程度の音量差。
だがイチアールの耳はきっちりとらえていた。
(音量が大きかったのは確か・・・)
以下のワードだ。
『厨房遠い』
『セキュリティ』
『管理』
『一挙一動が見張られてる』
『夕莉さんもいない』
『ライオネル・アレスファリタンにも完治次第』
『ハールドさんもね、まーもし意識が戻れば』
間違いなく偽エイザクは自分たちに情報を与えに来ていたのだ。
『セキュリティ』
『管理』
『一挙一動が見張られてる』
この空間は監視されている。
カメラ、盗聴器、AIセンサー。見られ、聞かれることは勿論、体の末端の指の動きまで探られている。そこまで考えておいた方がよさそうだ。
(トイレとか浴室で作戦会議するってのも駄目そうだな)
最低限のプライバシーを侵害しない方法で監視しているだろう。
『厨房遠い』
船内の所要室の配置を教えてくれていると考えていい。
『ライオネル・アレスファリタンにも完治次第』
『ハールドさんもね、まーもし意識が戻れば』
ライオネルの治療は終盤ということだろうか。
逆にハールドは未だ意識不明なのか。
(助かるといいな)
特にハールドは、グリーン星にも木星にも無関係なのにこんなことになってしまったのだ。一刻も早く自由になってほしい。
『夕莉さんもいない』
夕莉は機転の面ではガルフォンやクリスティンローラを大きく上回っている。エイザクは彼女にもヒントを与えるつもりかもしれない。
(ここに押し込められている限り、この情報を2人に話すことはできないな。けど偽エイザクと夕莉さんの協力があればみんなで情報を共有して脱出できるかもしれない)
偽エイザクの目的は分からないが、一応自分たちに協力してくれているようだ。それならこのまま彼に乗っかってみた方がいい。
「イチアール?」
ガルフォンに肩を叩かれる。
「黙っちゃってどうしたの?」
「どう考えてもグリーン星のご飯の方が美味しかったなって。フリージー食は味が薄すぎていけません」
用意していた回答をすらすらと述べる。
「戦争が終わったらグリーン星に帰れますよね」
自分たちとフリージー軍の心理戦はもう始まっているのだ。
◇◇
エイザクが用意していた3人への面会理由は、「異邦人が現時点で何か企んでいるかどうか探るため」だった。
「それでどうだった」
「脱出しようとはしてますね。でも、具体的な作戦は持っていなさそうでした」
「ふん、変わりなしか。ならとっとと子供部屋に戻れ」
バリッツ大尉はエイザクの方を見ようともせず手をシッシッと振った。エイザクは黙って部屋を出て船内の廊下を歩いていく。
バリッツ大尉は、名の知れた家に生まれた生粋の軍人だ。フリージー星には長らく足を踏み入れておらず、士官学校入学以来ずっと衛星の拠点で軍務に勤しんでいる。
「祖星を守りたい」という思いこそあるものの、軍人第一主義でありフリージー星の民衆のことは見下している節がある。
そんな男が、自分のようなフリージー星の首都育ちを雑に扱うのは当然の対応だった。たとえ子供でも、「星に抱かれてぬくぬく育った市民」としてみなしてしまう徹底っぷり。よって彼の管轄に配属されたエイザクは、軍内での権限はほとんど与えられなかった。
(まあ蔑まれても警戒されてないからいいんだけど)
エイザクが上手く立ち回りさえすれば、もしかすると異邦人を脱出させられるかもしれない。
(慎重に。目立たないように行動しなきゃな)
自然の成り行きで逃げたように見せねば。下手をすればエイザク自身が祖星を裏切った犯罪者になってしまう。その果てはよくて追放、悪くて極刑だ。バリッツ大尉はもしかすると後者を執行するかもしれない。
そんな危険を冒してまで異邦人を逃がそうとする理由の一つは、彼らへの興味だった。
「まずはライオネル・アレスファリタン」
エイザクはフリージー軍に、ライオネルが偽者かもしれないと報告していた。そこで心理検査が行われたのだが、結果は予想外の物だった。
何度検査しても、彼が本物の「天王星の第6王子 ライオネル・アレスファリタン」だという解答は覆せなかったのだ。
またそれは、言葉遣いや態度から見ても明らかだった。フリージー星は天王星とは交流がなく、ライオネルとも面識がないわけだが、兵士・将校ともに彼を高い身分の人間だと認識してしまうだけの高貴さがあった。
「あの人が本物なら病気にかからないような特異体質ってことだよな? その不思議な体を活かして今後どんな活躍をしてくれるのかな」
念力を使えるハールドや、宙に浮く夕莉同様、閉じ込めておくのはもったいない。思い切り活躍させて、その能力を研究してみたい。
「ふふふ。僕は『エーディス星の学者の子 エイザク・ブルネウ』だからね」
嘘っぱちだ。出身も肩書も名前も全部。
だが、この研究魂は本物にとって代われるくらいの代物だとエイザクは笑った。
そんなエイザクが心から困惑したのは、彼がメンテナンスルームに立ち寄った時のことだった。