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私立一之宮学園〈特科〉  作者: ヲトオ シゲル
これは14日間のおはなし。
4/83

聞いてない、聞いてない。

〈特科〉にくる少し前の話。







学園の理事長でもある一ノ宮は学校経営以外にも手広く商売している。

実際わかり易くモノを売り買いする商売ではないものの、投資と時間をかけるやり方で一ノ宮は良くも悪くも名を広めていた。



良い方のひとつに有名なのが、竜間学園研究都市。

田舎の広大な土地には一ノ宮の経営する大学、研究所、工場が様々な分野に分かれて立ち並び、一之宮学園を町だとすれば、竜間はまさに都市と言える規模がある。




よつばはその中の生化学のラボで働いている。




ラボの職員は『スポンサーにご奉公』という大人の事情で年に何度か一之宮学園で特別講習をする事になっていた。

大抵は決まった人物が『ご奉公』に行って、今までそのお役目がよつばに回ってくる事はなかった。


だからなんとなく、一生『ご奉公』する機会はないと思っていた。


今までは。




あえてよつばを学園に近付けるとも思えなかった。


きっと一生学園に行く事はない。自分は自分の研究で手一杯だったし、学校という所は部外者が簡単に入ることが難しくなっている。

それが一之宮学園ともなれば尚更だ。


だから、本気で行きたいと望む場所というよりも、いつか、一度は行ってみたい場所になっていた。

それが何の気まぐれか、研究所の所長はよつばに白羽の矢を立てて、それを理事長である一ノ宮は快諾したらしい。





歯向かう気はないと認められたという事だろうか。





組織が大きければ大きいほど、裏切りだの謀だのが複雑に折重なり、そう簡単に人を信用できない事は、世情に疎いよつばにも簡単に想像できる。


周囲は、特に理事長の周辺には、いつかそのうち、よつばは一ノ宮を裏切るだろう、復讐を果たすであろう。そうする事情が充分にある。

というのが常識のように浸透していた。





そして周囲からその様に見られている事を、よつばは自覚していた。





周囲から見れば、恨みがありながらも、それをちらとも窺わせないよつばはさぞかし不気味に見えるだろう。





確かに強いて言えば、程度に心当たりがあるが、実際よつばにとってみれば、一ノ宮を恨んだり、憎んだりといった感情は筋違いもいいところだ。


そもそも感謝こそすれ、一ノ宮に何かを企む気なんて微塵もない。




だからこのキナ臭い周囲の思惑は、どうでもいいような、別の世界の別の人間の物語だと思っている。

それでも自分自身の事だけに、迂闊な言動も取れない。

どんな些細な事で波風が立つとも知れない。





今までそれはそれは大人しく、慎ましやかに研究所の片隅に埋もれていた。

研究に専念したいよつばには好都合だった。



それがどうした事だろう。

この降って湧いたような『ご奉公』話。




誤解だと認識されたのか、それとも試されているのか。

それなら自分はそこそこの成果を上げ、無難に仕事をやり遂げなくては。




やるべき事は決まっていたはずだった。

自分の研究する生物学、その中でも専門とする遺伝子の講習。

一般教養としての講習と、化学を専攻する生徒に向けての少し高度な講習。


1日3時限、休みを差し引いて全部で30回の講義。


自分の研究がひと段落していたとはいえ、講習の準備にかなりの時間を費やした。どうすれば良い授業ができるのか、その辺りの、研究者には余計な勉強もした。




それなりに苦労したのは、まぁ、良い経験になったと前向きに考えるとしよう。


だけど〈特科〉の臨時講師とはどういう事なのか。

聞いてない。

そんな話は聞いてない。


しかも何故、地雷原に足を踏み込ませようとするのか。



理事長は嫌がらせがしたいのか。

誰に苦情を言えばいい。


よつばにこんな厄介事を押し付けてきた所長しか思い付かない。


考えるだけで面倒な周囲の思惑と、自分の微妙な立場に、心で大きなため息を吐いた。







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