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私立一之宮学園〈特科〉  作者: ヲトオ シゲル
これは14日間のおはなし。
22/83

お姫様抱っこじゃなくて、たて抱っこ。







エレベーターの動く音が聞こえたと、応接間でサボっていた都は書斎に入って来る。榊の手伝いをしていたよつばを引っ張って、入ってきた時の倍の速さで部屋から出て行った。



ちょうど上手い具合に到着した史隆達を見て、都とよつばは顔を見合わせた。


「おい、ちょっと待て!何からツッコんだら良いんだ!!」


大声を出すと都は走り出す。とりあえず手ぶらの史隆にタックルしていった。過激なツッコミではあっても、した方もされた方もずいぶんと嬉しそうな顔をする。


よつばはリュカの腕の中にいた少女を見た瞬間に、無意識に単語を口にする。

大事そうに彼女を抱えなおすと、絵画で見る天使の笑みを浮かべる。


「……やっぱり。ーーー絶対そうだと思ったんだ」


攻撃と攻防をしているはずなのに、仲良く抱き合って見える都と史隆は、口を揃えて驚きの声を発する。


「なんだよーーー!!貞子って言ったくせ……」


殺気のこもった目で見られた史隆は、危険を感じて早急に遠く離れる。

遠くからまたさらにリュカに向かって叫んだ。


「ムチでシバかれたくせにーーー!!!!」

「……何の話?」


都に聞かれて、リュカは平然と知らない振りを貫いた。


「ふーん……良いけど、史隆。そっちは何かいるって琴野さんがすんげー怖がっ……止めろ!!」


前のめりになるほど早く歩いて戻って来ると、史隆はそのままの勢いで都に抱き付いた。引き剥がされそうになっても、抱きしめた力を緩めない。

むぎゅむぎゅ揉まれながら都は聞いた。


「ーーー……まぁ。その人がよつばのお母さんなのは、分かった。……分からないのは、何でお前らが風呂上がりかって事だよ。……なんか着替えてるし」

「んー。だって、あの廊下で転んじゃったし☆……ルカが。俺はまぁ、ついでに?」


言われて都は赤色に染まる通路を思い出していた。

うげ、とひとことつぶやいて、あの通路をまた通るのかと思うと気分が沈んでくる。


「……その。大丈夫なんでしょうか、何があったんですか?どうしてここに……」


お母さんが、そう言いかけて、もう遅いと分かっていてもよつばは言葉を飲み込んだ。




頭をリュカの肩に乗せて、気持ち良さそうに静かに寝息を立てる女の子の顔を、覗き込むように近付いた。

頬に髪がかかってきちんと顔が見えないのが、何だか少し惜しい気がする。


右腕だけにそっと抱えなおすと、空いた左手で彼女の頬にある長い髪を、耳にかけて少し指で梳く。

親子して同じ事を考えていたのかと、よつばは何だか少し恥ずかしくなって、同時に嬉しくもなった。


「えっとね……能力を使い過ぎて眠くなったんだと思うよーーーよつばはこの子が能力者だって知ってるんだ?」

「……はい。ーーーあの……ごめんなさい。つい、しやべってしまって」


別に謝らなくてもいいと笑って、リュカは自分より少しだけ背の高い、年上の息子の頭をよしよしと撫でた。








両腕にあった十冊以上のファイルを、榊は床に盛大にばら撒いた。



その場にへたっと座り込み、両手で顔を覆うと、泣いて笑って、怒って。

その全部を短時間でこなす荒技を披露した。



榊が研究所を去った、ただひとつの理由が、リュカ腕の中で眠っている。


数人の研究者を巻き添えにして、その子どもは死んだと聞かされた。自分の不在時に起きた事故だった。

実際に何が起こったのか、記録も残っていない。

榊が自身の目で確かめようにも、死んで肉片になったと話だけ聞かされ、それももうほぼ片付けられていた。その上に、残ったものは数人分が混ざってしまっていて個人を判別するだけで相当の時間を費やした。

他人が言う事が、嘘か本当か、ほんの僅かに残ったものからは解らなかった。


時間をかけて彼女を探したけれど、最後まで生きていると証明が出来なかった。




彼女が可愛くて、好きで仕様がなかったし、彼女も自分を好いてくれた。


研究者と研究対象の関係ではなくなっていたけど、そんな事はもう、どうでもよかった。


彼女を「人間」の「子ども」だと認識した時から、榊以外の研究者がそれを良しとしていないのは解っていたし、そのうち引き離されるだろうと予測もしていた。それでもどうしようもなかった。




まんまと、そいつらの目論見通りに動いてしまった自分自身に、はらわたが煮えくり返る。







生きていてくれたこと。

生きて成長してくれたこと。


また会えたこと。


それがどんなに嬉しいか。

今眠っているこの子に伝わるだろうか。





榊はふらつきながらなんとか立ち上がると、少女まで歩み寄り、顔を撫でて額を寄せる。


女の子はくすぐったそうにリュカの肩で顔をこする。体をもぞもぞさせて落ち着くと、気分良さそうにすうすうと寝息を立てた。



「……ちょっと待て、ルカ。なんで私のかわい子ちゃんに気安く触ってんのよ」

「ーーー……俺以外に人を抱えて運べる奴が?」

「アラヤダイヤラシイ。そんなにベタベタ触らないで頂戴?」

「……別に。ーーー良いじゃないか、俺の妻になる人なんだし」




驚いたのは、榊だけではなかった。うっかりよつばが口を滑らせた事を知らない人たちが、持っていたものを床に落とした。

書斎に乾いた音が響く。





「はあぁぁああ?!!ふざけたこと抜かしてんじゃないわよ、この金髪が!!!!」

「せんせー、金髪は関係な……」

「うっせ、黙ってろ、このチビすけ!!」

「ぅおい!チビはさらに関係ねーだろ!!」




リュカの笑顔は勝ち誇り、王のように堂々と余裕が溢れ出ている。優しく唇をその子の額に落とし、ついに想いを遂げることができたと言わんばかりに、うっとりと恍惚の笑みを浮かべる。


「俺のただひとりだ……」


言った本人と、寝ている人と、人形以外の顔が赤くなる。





もう帰ろうと都が仕切るまで、榊だけがひとり、しばらく興奮して荒れ狂ったままだった。










全員が何かしら重たいものを抱え、ガラス張りの研究室のフロアを通過する。史隆の案内で酷い有様の場所は避けて、もちろん、アレが居るところは通らないように通路は選んで足早に歩いた。



それでも来た時には目に入らないように努力していたものが目に入る。


赤く濡れた部屋、部屋の中に見えている手や足。

少し前まで、生きていた人だったもの。


考えないように努力していた事に思いが至る。


その人達は少し前まで生きていた。

働いて、寝て、起きて、何かを食べて。

泣いて、笑って、その誰にもきっと大切な人が居た。

その大切な人達は皆、今も帰りを待っている。




心にかかる負荷に、胃の中身がせり出しそうで、体に感じる湿度や温度、朽ちていく臭いがさらに追い討ちをかける。


不快だと思うのは人として許されないのかも知れない。でも、見たくないし考えたくない。少しも残さず頭の中から消し去って無かった事にしたい。


でも絶対にふとした時に思い出す。

忘れる事なんて出来はしないし、無かった事にはならない。



忘れてはいけない事だとは思いたくない。ここから何かを学ぶなんて難題もいいとこだ。

本当に見たくない。

一生、こんなもの、もう二度と。


誰も何も言わない。

いつものゆるい空気すらどうやって作っていたのか。








自分の心を保つのが、精一杯だった。


















鬱展開防止装置作動中。






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