第2話
カーテンから差し込む日の光で徐々に夢の世界から現実に引き戻される。
俺が布団を頭から被り、もう一度夢の世界へとダイブし直そうとした時。
「こら!何時まで寝てるんだ。アホくぅ!」
無理矢理に俺から布団を剥ぎ取り、現実世界へと完全に引き戻そうとされた。
「今日から新学期でしょ!みっともないから初日からいきなり遅刻なんて真似しないでよね!」
朝から大声を出して、俺を楽しい夢の世界から現実に引きずり戻したこの女は俺の幼馴染みの「神崎ありす」だ。
初めて会った奴にはよく「神崎さん?」と間違われるが、正しくは神崎である。
「ほら、目が覚めたなら早く着替えて下に来な!もう龍もちぃも朝ご飯食べてるよ!」
「ダルい。休む」
そう言い、もう一度ダイブを試みようとすると「あっそ、ならいいわ」と言って、すたすたと歩いていく。
‐よし、今日は簡単に諦めてくれたか‐
そして、もう一度頭から布団を被り二度寝をしようとしたとき……。
ダダダダダッ
ドスンッ
「グホォ」
「どぉ?これでちゃんと目ぇ覚めた?」
俺の腹の上に思い切りダイブしてきやがった!
ものすごい事を平気な面してやりやがる。
しかも苦しがる俺を見て、めちゃくちゃ良い笑顔だ。
「てめぇ、朝から何しやがる!俺じゃなかったら死んでるぞ!」
思わずベッドから飛び出し怒鳴り付けると「はいはい、良いからさっさと着替えて顔洗ってきな」
そう言ってありすは部屋から出て、下のリビングへ行った。
「くそぉ、あのクソ女め」
毒付きながらながらも仕方なく制服に着替え下へ降りていく。
リビングの六人掛けの食卓テーブルには、ありすがさっき言っていた通り龍斗と千尋が既に朝ご飯を食べていた。
「お~す。あれ?おっちゃん達は?」
「あっ、兄さん起きた?おはよう。おじさんとおばさんは、何だか用事があるみたいで出掛けてるよ」
「ふぅん」
こいつは俺の双子の弟で、龍斗だ。
「お兄ちゃんおはよう!」
「おう、おはよう。ちぃ」
こっちが六歳下の可愛い妹で、茶宮千尋だ。
「あぁ、そこの性悪鬼女に朝から必殺技をくらったよ」
俺がありすを指さして言うと「あら、私の必殺技はあんなもんじゃないわよ」ニヤニヤとしながら、ありすは俺の分の朝ご飯をテーブルに置いた。
「うるせぇ、この凶悪女!そんなんだから彼氏の一つも出来ねぇんだよ!」
「なっ!あ、あんただって彼女なんかいないでしょ!毎日毎日馬鹿なヤンキー供と一緒んなって馬鹿な事ばっかりやって。だからあんたは馬鹿なのよ」
「朝から馬鹿馬鹿連呼してんじゃねぇ!」
「うるさい馬鹿!シスコンヤンキーオタクヤロー!」
「あぁ?俺よりテストの順位低い奴に言われたかねぇよ!」
痛いところを付かれたのか、ありすは真っ赤になって反論してくる。
「そんなのたまたま山勘が当たっただけでしょ!私が本気出せばあんたなんかに負ける訳ないんだからねっ!」
「はいはい、中二病乙。」
「だっ、誰が中二病よっ!!」
「本気出せば~とか、中二病くらいしか言わねぇだろ。大体、俺はシスコンじゃねぇ!兄が妹を可愛がって何が悪い!!」
「兄さん、それを世間ではシスコンと言うのでは……?」
俺達の口喧嘩に、龍斗が割り込んできた。
「なんだと!?だったら龍!千尋より可愛くて愛らしい女がこの世にいると言うのか?」
俺達が言い合っている様子をニコニコ楽しそうに聞きながら「私お兄ちゃん大好き♡」と、千尋が言う。
「おう!兄ちゃんも千尋が大好きだ!」
「キモッ!マジであんたヤバイんじゃない?」
「うるせぇ、それよりどぉなんだ龍!千尋より可愛い女が居ると言うのか! 」
ビシッと俺は千尋を指差して龍斗に聞くと「いや、そりゃ妹だから千尋は可愛いけどさぁ。他にも綺麗な人や可愛い人は居ると思うよ」
「はぁ?だったら言ってみろ!この世界一可愛い千尋の他に誰が可愛いと言うんだ!」
「あんたマジでヤバイんじゃないの?さすがにそこまで力説されると怖いわ……」
ありすがまるで心霊影像でも見るような目で俺を見ながら、両手で体を抱き込む。
「うるせぇ!俺はただ今まで生きてきた中で千尋より可愛いと思う女を見たことがないんだよ!さぁ、言ってみろ龍!!」
困った様に龍斗は下を向き「……こさん」ボソボソと言った。
「あっ?なんだって?」
「鼓滝理子さん………が綺麗……だと思う……」
なにやら恥ずかしそうにしながら、龍斗は答えた。
「「鼓滝理子?」」俺とありすが異口同音にその名を復唱した。
「…………………って誰?」
「えぇ~~~!何?龍って鼓滝さんの事好きなの!?」
名前を聞いてもパッと来ずに困惑している俺とは別に、ありすはやたらと驚いている。
龍斗は真っ赤になりながら両手をバタバタさせながら「違うよ!別に好きとかそぉゆうんじゃなくて、ただ綺麗な人だなぁ~って……」
龍斗がやたら慌てた様子でありすに言い訳するが、その内頭から湯気を出し何も言えずに下を向いてしまった。
「なぁ、だからその何とかりんこ?って誰なんだよ」と俺が訪ねても「あんたは黙ってて」と、ありすに右手で制される。
‐なんなんだよ。龍に好きな人が出来たのか?‐
「へぇ、あんたがあの鼓滝さんをねぇ~」
「龍お兄ちゃんに好きな人が出来たの?」
「だから誰なんだよ!その何とかづみりんこって」
「「鼓滝理子!!」」
ありすと龍斗が同時につっこんでくる。
「な、なんだよ、二人して。要はあれだろ?龍がそのつづみ……りこ?とかいう女の事が好きって事だろ?」
ようやく状況が掴めかけた俺が二人に聞くと「だからそんなんじゃないんだって!」と、龍斗が真っ赤な顔のまま否定する。
「まぁ、別にどっちでもいいけどよぉ。ただ、好きなら隠す必要とかないんじゃねぇか?」
「そうよ!そりゃ確かに鼓滝さんは人気あるし高嶺の花かもしれないけど、好きな気持ちを隠す必要はないわ」
俺とありすが龍斗にそう言うと「いや、本当に好きとかそんなんじゃなくて……その、気になるというか……」
ハッキリしない態度にイライラしてきた。
「ったく、だったら俺が今日その鼓滝って女を見てきてやるよ!お前の事とは別に、本当に千尋に匹敵するほど可愛いのかも気になるしな」
面倒となったので、それで話を終わらせようとした俺に「へっ、変な事とか言わないでよ?」と、龍斗が不安そうな顔で俺の袖を掴む。
「わかってるよ、ただ見てくるだけだ」
それでも心配そうにしている龍斗に「ほら、さっさと学校行かねぇと遅刻すんぞ?俺は構わねぇけど、お前は優等生なんだからマズイだろ」
学校へ向かい三人で歩いている最中、ありすが俺に尋ねてきた。
「ところでさぁ、くぅ。あんた鼓滝さんが何組かしってんの?」
「あっ、そぉいやぁ知らねぇや。何組なんだよ」
俺が聞くと、ありすと龍斗が顔を合わせて「やっぱり」という顔をしている。
「あのねぇ、それでどうやって会いに行くつもりだったのよ」
ありすが呆れた様子で俺に言った。
「別に、その辺の奴等に聞けばわかるだろ」
俺がそう言うと「あんたや、あんたの取り巻き達には場違いな所よ」と、ありすが言った。
場違いな場とはなんだ?同じ学校内だろ?俺が納得しない表情をしていると
「いい?鼓滝さんはね、A組の学級委員でうちの生徒会長よ!」
横で龍斗が、うんうんと頷いている。
「A組って、あのエリートしか入れないとかなんとかってとこ?」
やれやれといった感じで、ありすは首を振り「そうよ!わかった?あんたが気軽に近づいちゃいけないとこなのよ!」俺を指差して言う。
「はっ!知ったこっちゃねぇな。朝一で乱入してやるぜ!」
「ちょ、ちょっと兄さん、本当に変な事とかしないでね?」
やはり心配そうに龍斗が聞いてくる。
「任せろ!」
全然任せられないといった顔でありすと龍斗は顔を合わせ、項垂れる。
「よぉし!今日は一つ楽しみが出来たな!ふはははははは!」