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白い肌の君が好き

作者: 黒幕横丁

「いよいよね。私の計画の実行ね」

 重厚そうな機械が並べられた部屋。そこでは一人の少女と思しき人影がマシンを前に仁王立ちをしていた。

「大変です! 女神が実行キーを持ち出して逃げ出しました」

「なんですって! それで女神は何処に逃げ込んだの」

 男と思しき人影はマシンで地球の映像を写す。

「計画実行惑星である地球です」

「まさか、実行惑星に逃げ込むなんてね。袋のねずみだわ。キーを取り戻しに行くわよ」

 少女は長得物を持って叫ぶ。

「ベジタンス・トランスフォーメーショーン・バージョンオレンジ!」

 彼女が叫んだことによってステッキらしきものから光が発せられ、少女の衣装が変わったように見えた。

 変身後、彼女はステッキで空間に円を描き、その中へと入っていった。



白い肌の君が好き


 その白い肌に僕は目を奪われていた。

 それと同時に、僕はソレに恋をし、欲情してしまったのかもしれない。

 その魔性を秘めたモノに。

 ずっと、その肌と交わっていたかった。

 しかし、それは叶うことはない。

 だってそれは、彼女と僕は違うから。


「あー、今日も君は美しい」

 日曜の早朝五時。僕は寮内の自室で二メートルもある大根の抱き枕(自作)に抱きつきながら頬擦りをしていた。

 朝の癒しのひととき。これで何者も邪魔が入らなければ完璧なのだが。

「いい加減、朝の気色悪い儀式を辞めて起きろ」

 僕と同室の重永勇大が、見下すような視線を送りながら僕を起こす。

「なんだよ、勇大。まだ起きるって言う時間じゃないじゃないか。僕はまだ彼女と触れ合っていたいんだ」

 そう言って大根の抱き枕を抱きしめる僕に、勇大は何を思ってか、僕の抱き枕を取り上げた。

「あ、待てコラ。僕のステファニーになんて事をするんだ。まさか、人身売買ならぬ大根売買をするつもりか」

 僕は懸命にだき枕のステファニーを勇大の魔の手から救い出そうとする。

 しかし、勇大の機敏な動きによってステファニーが振り回され、なかなか取り戻すことが出来ない。

「誰がお前の萎びた大根の抱き枕なんて欲しがるか。というか早く食堂に行かないと、お前後悔することになるぞ」

 そう言って勇大がステファニーを僕に向かって投げつけた。

「後悔するって何だよ」

 投げつけられたステファニーを華麗にキャッチした僕は、それを大事そうに抱えながら、訊ねる。

「今日の朝食メニューを見てないのか? 味噌汁の具が大k……」


 ビューン。


 勇大が言い終わらないうちに、僕はマッハで身支度を整えて、自分の部屋から食堂へと駆け抜けていった。

「全く、大根になると必死になるんだよなぁ、アイツは」

 自室の方で勇大が呆れた声が聞こえたような気がした。

 しかし、そんなことよりは一刻も早く、僕の愛しの君をこの手で抱きしめてあげたかった。



 このお話は、そんな世にも珍しい大根フェチの僕が巻き込まれた、騒動の物語。



 僕は猛スピードで食堂へと到着した。

 その足で愛しのマイハニーの為に厨房へと入ろうとしていたら、厨房の中に人影が見えたので、急いで僕は身を潜めた。

 まじまじと人影を見ると、見知らぬオレンジ髪おさげの少女が立っていた。

 少女はなにやら魔法少女系のアニメに出てきそうな、髪の毛と同じオレンジ色のフリフリな衣装を身に纏っていた。その横には、ヒヨコらしき生物が少女の周りをぴょこぴょこと飛び回っている。

 女子寮は別館なのになんで、女の子があんな恰好でこんなところにいるのだろう、と僕は少し不思議に感じた。

 しかし、そんなことよりもあの少女がどけてくれないと愛しの大根の素晴らしい姿が拝めない。僕は、少女が早く退散してくれないものかと考えていた。

 僕が少女に退いてもらおうと立ち上がろうとした時、少女が喋りだす。僕は反射で再び座って様子を伺う。

「全く、女神は何処に隠れたのかしら? この私から逃れようだなんて百万年早いのよ。まぁ、例の作戦も実行に移すことだし、これで彼女も逃げられないわ。さぁ、行きましょう、ピカタカラス」

「はい、キャロスレットお嬢様」

 少女と鳥はそう言い残してフッと消えた。

「え、消えたぞ。新手のマジックか何かか?いや、それよりも目的の物を」

 僕は急いで厨房へと入ると、食堂のおばちゃんの一人が倒れているのを見つけた。

「おばちゃん! しっかりしろよ。一体何があったんだよ」

 僕がおばちゃんの体を起こしてゆさゆさと揺らしてみるが、ピクリとも起きない。

「一体何が起こったんだ」

 大根どころではなくなった僕は急いで領内の救急室へ向かおうとした。

 すると、何処からか声がする。

「この方は魔法で眠らされているだけです。魔法を解けば目を覚ますはずですよ」

 何処からか女性の声はするのに、僕が周りを探しても声の主は出てこない。

「あ。私は此処です」

 何かが僕のズボンの裾を引っ張る。僕が下を見ると、そこには、


 手足の生えた大根が二足立ちで僕のズボンを引っ張っていた。


 その大根は純白の輝きを放っていて、まるで聖母のようだった。

「うひゃぁぁぁぁぁあああああああい!」

 ビッシャー!

 僕はあまりの事態に奇声を張り上げながら、鼻血を出していた。

「ど、ど、どうしました? 大丈夫ですか」

 あまりのショッキングな光景に聖母マリア大根(たった今命名)はオロオロしている。

 その光景がまたも可愛らしくて、僕の鼻血が再び噴出した。

「だ、大丈夫。大根が二足歩行で歩いているものだから」

 僕は必死に手で鼻血を塞き止めながら、大根に説明する。

「あぁ、この姿だとやはり変ですかね」

 彼女は自らの姿を見ながら話す。その時に揺れる葉の部分も言葉に説明できないほど愛らしい。

 彼女はどうやら、大根姿のままでは僕が困惑していると勘違いしているらしい。

「違う、違うんだ」

 僕は、下にいた彼女をそっと持ち上げる。

「え?」

 いきなり持ち上げられた彼女は困ったの声を漏らした。

「二足立ちする大根の君が、あまりにも美しすぎて僕は恋に落ちてしまったんだ」

「は?」

 僕の言葉に彼女は唖然していた。

「そんなことより、どうして君はこんな所にいるんだい? もしかして、僕に会いに来てくれたのか、マイハニー」

 僕は彼女に、毎朝抱き枕にするような頬擦りをする。

「いえ。全く違いますから、下ろしてください。この変態」

 彼女の辛うじて手を思われる部分が僕の頬をぐいぐいと押す。

 彼女が嫌がるので、僕は名残惜しくも下ろす。

 下ろされた大根は、「変身」といって両手をあげると、彼女の周りから眩い光が発せられた。

 眩しくて、咄嗟に目を覆う僕。数十秒経って覆っていた手を離すと目の前には、

 白雪姫のような白い肌で純白のドレスを着た女性が立っていて、あの美しい聖母大根様の姿は無かった。

 僕は必死であの大根を探す。

「あれ? あの大根は?」

「あれは、私です」

 女性はコホンとやや恥ずかしそうに答える。

「私の名前は、ラディラシア・メイアーン。とある者に命を狙われていたため、やむを得なく大根の姿になって、こちらの食堂に潜んでいたわけです。

 ところで、貴方のお名前は?」

「僕の名前は里町幸助。大根に恋愛感情を抱いている青春真っ只中の高校生です。好きな言葉は大根役者で、好きな大根のむき方は包丁で薄く桂剥き。あの白い肌を薄く削いでいくって想像すると、興奮が冷めないですよね。

 それと……」

 僕が大根愛に満ち溢れた自己紹介をしている途中でラディラシアに制止させられる。

「もう貴方についてはよく分かりましたから、これ以上の自己紹介は結構ですよ」

「おー。僕の大根愛について分かっていただけましたか」

 僕が彼女の手を取って目を輝かせていると、ラディラシアはニコリと笑みを零して答える。

「いいえ。貴方が治し様の無い変態ということだけは十分に理解出来ましたよ。だからこそ、お願いがあります」

「お願いとは一体?」

 僕が首を傾げると、ラディラシアは握ったままの僕の手を強く握る。

「貴方のその変態級の大根愛でこの世界を救ってはくださいませんか?」

 彼女の突然のお願いに、僕は暫しの間の後、やがて、

「えぇぇぇぇぇぇえええええええ!」

 僕は、早朝の寮内に響き渡るような声を出してしまった。

 しまった大きな声を出しすぎた。

 今の大声で絶対に誰か来る。こんな状況を一体どう説明したら良いんだ、と僕は怯えながら思考を巡らせていたが、一行に誰も駆けつけてくる様子が無い。

「おかしいな。こんな朝早くにアレくらいの大声を出したら、真っ先に寮母とか来るはずなんだけどなぁ」

 入り口の方をチラッと見るが、人が駆け込んで来ることは無かった。

「まさか、もう侵食が始まっているのですか。……はっ。幸助、アレを見てください!」

 ラディラシアが僕に地面の玉葱を指差した。

「玉葱がなんですか? 僕は大根しか興味ないのだけど」

 僕が仏頂面で答える。しかし、よくよく考えてみる。あそこには食堂のおばちゃんが倒れていたはずだ。

 ところが、今見るとやや大きい玉葱が一個、ごろんと床に転がっているだけなのだ。

 居たはずの人が消えて、無かったはずの玉葱がある。それが意味するものは、

「まさかっ。人が野菜に変わっている」

「きっと、ベジタン星の地球生物野菜化計画による侵食が始まってしまったのでしょう。一刻も早く侵食を止めなければ」

「止めるって一体どうやって」


 バタン。


 僕とラディラシアが話していると、食堂の入り口の方から何から倒れる音がした。

 それに気付いた僕らは、厨房から衝動の入り口付近に向かうと、そこには勇大がうつ伏せで倒れているのが見えた。

「勇大! 大丈夫か」

 僕が駆け寄ると、勇大は弱々しい力で起き上がろうとするが、腕の力が無いのか苦しそうな表情を見せる。

「……幸助、無事だったんだな。良かった。何故か寮生の皆が苦しみだして、いきなり野菜に変わっちまったんだ。急いで幸助の元へ行こうと走り出した途端、このザマだよ」

 喋る勇大の呼吸が段々と荒くなっていくのが分かる。

「勇大。おい、気をしっかり持てって。諦めるなよ、俺の大根談義まだまだ聞き足りていないだろ! 死ぬな!」

 僕は勇大の虚ろで弱々しい瞳をしっかりと見て、語りかける。

「いや、大根談義はノーセンキューだな。と言うことで、後は、たのん……」

 言い切らない内に、勇大はピーマンへと姿を変えてしまった。

「ちくしょう、勇大まで。一体どうすればいいんだ」

 ピーマンに変わった勇大をそっと食堂のテーブルに置いた僕は一つ気付いたことがあった。

 それは、僕がまだ野菜に変わっていないということだ。

 寮内の人々が野菜に変化しているのなら、僕もいずれは変化するはずなのだ。

「僕は洋画でよくあるヒーローみたいな存在だから、この後、僕も野菜に変えられるとか嫌なオチはないですよね?」

「いえ、十分有り得ます。地球生物野菜化計画はベジタン星が打ち出した地球内の生き物全てを野菜に変えてしまう恐ろしい計画ですから。たぶん、タイムラグが生じているのでしょう。そして、変化後の時間があまりにも経ち過ぎてしまうと、元に戻せなくなってしまいます」

 ラディラシアは深刻そうな顔で答えた。

「そんなー、僕は大根を愛でるのは大好きだけど、野菜にはなりたくないよ。

 あ、でも大根として生きるならそれでも……。あ、やっぱ駄目だ」

 僕は眼に涙が浮かびそうになる。

「一つだけ、防ぐ方法ならあります」

 ラディラシアが懐から、これも少女向けのアニメで出てくる魔法のステッキらしきモノを取り出してきた。

「……嫌な予感しかしない。一応聞いておきますが、その方法とは一体何ですか?」

 僕は恐る恐るラディラシアに聞いてみた。

「ベジタンの女神のご加護を纏ったこのステッキで変身して、この侵食を止めることです」

「やっぱりぃぃぃぃぃいいいいい!」

 僕の脳内で思い描かれた展開のままになり、僕は崩れ落ちる。

 少しでも、その考えを裏切って欲しかったのに。チクショー。

「やっぱりやらないと駄目?」

「それしか方法がありません。時間がありませんから。

 もし、侵食が止まったらご褒美として、どんなお願いでも一つだけですが叶えてあげましょう」

 そんなラディラシアの提案に、僕はいきり立つ。

「マジで! じゃあ、頑張ってみようかなぁ。そして、大根の彼女を貰って……、ゲヘヘ」

 僕は脳内に人間サイズの大きさで、魔性の大根のイメージを浮かべて、涎を垂らしていた。

「全く、幸助。貴方と言う人は本当に病的なほど大根愛に溢れていますね。まぁ、いいでしょう。このステッキをもって脳内に浮かんだ言葉を言ってステッキを振ってください」

 そう言ってラディラシアは僕にステッキを託す。

 僕はステッキを両手で握り、頭の中で浮かんだ台詞を紡いだ。


「ベジタンス・トランスフォーメーショーン・バージョンホワイト!」


 言葉を紡いだ僕がステッキを振ると、ステッキから光が発せられ、僕はいつの間にか魔法少女モノでよくある全裸にさせられていた。

 僕が羞恥心で前を隠そうとする前に、純白のパニエとフリル付きワンピースが出現した。次に、白いタイツ、真っ白のキャスケット、最後に白いハーフブーツが出現し、変身が完了した。

「女神の子が一人、ベジタンスホワイト参上にゃん。野菜嫌いな子はホワイトにゃんが成敗しちゃうぞ☆」

 僕の口が勝手に吐き気を催すような台詞を出し、手が勝手にピースサインを目の付近へ持ってきて決めポーズをする。

「な、な、なんじゃこりゃぁぁぁあああ」

 自分自身の衝撃的な恰好を見て、絶叫と立ちくらみが起こる。

「うわぁ。仕様とは言え、流石に引きますね。男の魔法少女姿とキメポーズ」

 気付けば、ラディラシアは僕とかなりの距離を取っていた。

「じゃあ、なんでこんな恰好にさせたの。こんな仕様だなんて聞いていたら、大人しく観念して野菜になった方が良かった」

 僕はこの時ほど自身が野菜に変えられてしまうことを願ったことは無いだろう。それくらい、顔から火が出るほど恥ずかしかった。

「いやはや、持ち合わせの解決法がソレしかなくてですね。ほ、ほら。大根(嫁)の為に此処は一肌脱いでがんばって頂けると嬉しいですかね、多分」

 ラディラシアが大根の話題を持ってくると、落ち込んでいた僕の魂が一気に熱くなった。

「よっしゃ、やりましょうとも! 全てはマイハニーの為!」

「いや、地球平和の為ですからね。一応忠告しておきますが」

 ツッコまくてもいいところを、敢えてツッコむラディラシア。

「ま。そういうことにしておくとして、これから僕はこんな恥ずかしい恰好で何処へいけばいいの?」

「そのステッキに念じれば、勝手に連れてって貰える筈です。

 その道中で今回の事のあらましをお話しましょう」

 ラディラシアの言われるがまま、僕はステッキに連れて行って欲しいと念じた。

 すると、突然背景が歪み、ワープホールらしきものが出現した。

 次に、ステッキから仄かな光が放ち、同時に浮上を始める。

 僕が少し浮くと、ステッキは急発進を始め、ワープホールの中へと突入した。


 すごいスピードで。


「えっ! ちょっと、早い、早いってば!」

「あ。しっかりステッキに捕まってくださいね。手を離したら異次元に取り残されてしまうだけではなく、怪我まで負ってしまいますからね」

 ラディラシアはニコニコしながら、僕に恐ろしい一言を発した。

「ソレを早く言ってぇぇぇぇええええ。ぎゃぁぁぁああああああ!」

 僕は、まるで絶叫マシンに乗っているような心地であった。

「さて、何から話しましょうか?」

 こんな危機的状況(主に落ちそうな意味で)にも関わらず、ラディラシアは話を始めるつもりらしい。

「私、実はベジタン星を守護する女神なのです。ベジタン星の民達が打ち出した地球生物野菜化計画を阻止させるために、発動に必要な鍵を持ち去って、地球の方に降り立ちました。

 しかし、途中で追っ手の攻撃に遭ってしまって鍵を奪われてしまって、殺される危険性を回避するために、あそこの厨房で大根の姿になって身を潜めていたわけです」

 ラディラシアの説明を僕はステッキに必死に捕まりながら聴いていたので、全てが理解できた訳では無いが、何となく話の概要を理解することは出来た。

「お、追っ手ってあのオレンジ髪の少女のこと? 僕が食堂に忍び込もうとしていた時に居て、女神の事を探している様子だったけども」

「そうです。少女の名前はキャロスレット・オリビアドール。ベジタン星の第一王女で、地球生物野菜化計画の首謀者です」

 僕は、あんな少女がこんな状況を作った張本人には俄かに信じられなかった。

 僕がそんな余計な事を考えていたので、ステッキから手を離しそうになる。

「うわっ。あぶねっ!」

「気をつけてくださいね。流石に落ちたら女神の私でも助けようは有りませんから」

 ラディラシアが心配そうに僕に話しかけてきた。

「そもそも、地球生物野菜化計画が実行されることになった理由って?」

 僕は素朴な質問を女神に投げかける。

「んー。そうですね、ベジタン星の新しい開拓地として地球侵略をしたいというのもあったらしいのですが、一番の要因と言えば、地球人の野菜嫌いが多いってことでしょうか?」

 ラディラシアは少し考え、思いついた結論を述べる。

「え。野菜嫌いが居ることが問題なの? まぁ僕は、野菜が好き。延いては、大根には最大限の愛情を注いでいるけどね」

「幸助の話は論外なので黙ってもらっても結構ですよ。ベジタン星は野菜を特別な存在として崇拝しています。自分達の名前にも野菜の名前を取り入れているくらいですし、ソレを嫌うということは死罪を意味しますからね。

 だから、野菜嫌いの多い地球人を野菜に変えるというのを計画したみたいです」

 僕の大根愛を聞くのが段々とウザったくなったらしく、ラディシアが段々と黒いキャラになりつつあった。

 それにしても、野菜嫌いで死罪というのは何ともおかしい話だなぁ、と僕は考えていた。

「僕だったら、大根を愛さなければ、僕のお手製大根抱き枕のステファニーによる巻き付きの刑とかにするなぁ」

 僕の一言にラディラシアがクスリと笑った。

「それは野菜に変わってしまうよりはマシでしょうね。しかし、貴方の嗜好のお供にされるのはなんとも辛いところがあります。さて、もうすぐベジタン星のアジトに到着するはずです、こんな馬鹿げた計画壊してしまいましょう」

「そうだね。僕の嫁ゲットの為に」

 ラディシアに一瞬睨まれたような気がしたけど、僕は気にせずに前を向き、ワープホールの出口を見ていた。


 ワープホールを抜けると、ステッキの発光が収まり、僕はゆっくりと地面に着陸した。

 周りを見渡すと、様々な機器が複雑に陳列されている部屋だった。此処がどうやら、計画の心臓部らしい。

「さて、首謀者の王女を探さないとね」

「多分、あそこの扉を開けた先に彼女はいると思われます」

 ラディシアが指差した先は、なんとも頑丈そうな鋼鉄の扉だった。僕の力で開くかどうか何とも心配であった。

「大丈夫です。変身した姿の貴方なら開く事が出来るはずです。さぁ、中に入りましょう」

 ラディラシアに促されるままに、僕は扉を押す。すると、彼女の言うとおり、いとも簡単に扉が開く。

 扉を開けた先には、朝に食堂で目撃したオレンジ髪の少女が玉座に座っていた。

「よくノコノコとやってきたわね、裏切り者の女神さん。やっと、ベジタンの民の恐ろしさが分かって降参しに来たのかしら?」

 少女はドヤ顔でラディラシアを見る。女神も負けず劣らず少女を睨みつけた。

「いいえ、私は降参を申し入れに来たわけではありません。こんな計画は即時中止しなさい。要求に応じなければ、こちらにも切り札があるんですよ」

「へぇ、あくまで大人しく降参する気なんて無いわけね。いいでしょう。ベジタンの女神を失うのは私たちには痛手だけども、致し方ないわ。

 で、聞こうじゃないの。その切り札とやらを」

 王女に言われて、ラディラシアは背中に隠れていた僕を前に突き出す。

「ど、どうも」

 僕は若干眼を泳がせながらも、王女に軽く挨拶をする。

「な、なんなのよー。この女装をした変態は!」

 王女の一言に僕はかなりのダメージを受け、再び女神様の背中に隠れた。

「彼こそ私の切り札です。ベジタンスホワイトの力で王女の貴方なんて一握りで倒せますよ」

 ラディラシアの言葉を胡散臭そうに耳を傾ける王女。

「地球生物の危機に女装で乗り込むなんて頭大丈夫なの?」

「ゲフン」

 王女のトドメの一言に、僕は胃が痛み始めた。

「恰好は関係ないんです。大事なのは中身なのであって……。そういえばこの人変態でしたね、そういえば」

 女神にまで酷い言われ様をされる僕。

「皆、酷くありませんか?」

「御託はいいから、さっさと倒されちゃいなさい。ピカタカラス」

 王女がアノ鳥の名前を読んだ。するといきなり鳥が彼女の横に出現した。

「はい、キャロスレットお嬢様。御用でしょうか?」

 恭しくお辞儀する鳥に、彼女が命令する。

「女神を倒しなさい。ついでにそこに居る女装癖持ちの変態もね」

「はい、畏まりました」

 そういった鳥は見る見るうちに体が大きくなって、二メートルくらいのマッチョ鳥人に変身した。

 正直勝てる気がしない。僕はうろたえることしか出来ない。

「貴方達には恨みはございませんが、コレもお嬢様の野望のため、死んでいただきます。

 必殺、白刃乱舞!」

 そう言ってマッチョ鳥は何かを僕らに投げつけた。

 僕は投げつけられた何かを瞬時に理解することが出来た。

 だってそれは、僕の好きな大根だったのだから。

「うっひゃぁい。大根の乱舞だぁー」

 気付けば、鳥から放たれた無数の大根を一つも地面に落とすことなく、僕は拾い上げていた。

「どれもコレも磨き抜かれた美しさの大根さんだぁ。いやぁ、どれも良い仕事していますねぇ。

 もう、全部お持ち帰りしたいくらい君たち美しいよぅ」

 僕は緊急事態というのにも関わらず、顔が自然と緩んでしまう。そんな、至福の一時。

「な、何アレ。あの大根への異常なまでの愛情は……」

「お嬢様。私たちは野菜様を崇拝しては居ますが、あんなにニヤケ顔で大根と見詰め合っている光景は見たことが有りません。否、ベジタン星の民でもあんなにはしないでしょう」

 王女と従者の鳥は困惑モードに陥っていた。女神が一応忠告をする。

「彼はどうやら大根フェチらしいのです。大根を見せ付けられたら、あんな感じになってしまうのです」

「「あー、なるほど」」

 女神の言葉に妙に納得してしまう王女と従者。

 そんな光景なんぞ眼にもくれず、僕は大根を満面の笑みで見ていた。

「しかし、困りましたね。最終奥義である必殺技が効いていないようですし、もうこれは降参するしかなさそうですね。恐るべし、大根フェチ」

 流石の従者もお手上げの様子で、再び体を縮小させて、元サイズのひよこに戻ってしまった。

「ぐぬぬ……。もういいわ、私が戦ってあげようじゃないの。そこの変態、覚悟しなさい!」

 従者が降参して使い物にならなくなった為、王女は仕方なく僕と戦うハメになった。

「大根なんかより、人参の方が美しいっていうのを解らせてあげるわ」

 王女が戦闘の構えをして、僕にそう告げたのだ。

 それが、僕の本気モードのスイッチが入ってしまうことなど、誰も知る由もなかった。

「へぇ……。大根を愛する僕に向かってそんなことを言っちゃうんだね」

 許せないひところを聞いてしまった僕は、美しいハニー達をゆっくりと床に寝かせて、俯いたまま立ち上がる。

「僕のハニー達を怪我すことなんか、言語道断。

 なんなら、大根の素晴らしさを体で解らせてあげようか?」

 今までの僕とは全く違う雰囲気で笑うと、二人と一匹が徐々に表情が青ざめていくのが分かった。

 そして、理解しただろう。


 大根フェチがキレた、と。


 怒りのメーターが振り切れた僕は、ステッキを大根型の剣に変えて、王女に向かって駆け出す。

 大根ソードを王女に向かって振りかざすと、王女は瞬時の判断で避ける。

「ちょっと、やめなさいよ」

「大根はねぇ、素晴らしい野菜なんだよ。なんせ、煮ても焼いても生で食べても当らない万能野菜だし」

 そう言いながらブンブンと武器を振り回す僕に王女はやや涙目で必死に避ける。

「何なのよ、コイツ。話を聞きなさいって」

「食べるのも最高だけど、やはり一番はアノ白い肌だよね。皮をむけば出てくる、みずみずしいボディ、思わず舐めたくなるよね。舐めたら刺激的なフレーバーが味わえる。実に堪らない」

 僕は王女を壁にまで追い込んで、壁ドンしながら大根ソードを舌で舐めて、ニヤニヤとしていた。

 もう此処まで来たら危険人物確定である。

「あのー、幸助? そろそろ辞めにしませんか? キャロスレットも、あのように号泣していますし」

 ラディラシアに言われて、ハッと我に帰ると、僕の目の前にはポロポロと大粒の涙を零している王女の姿があった。

「うわーん。大根にそこまで異様な愛情なんて注げられるわけないじゃないの。もう、降参。大根フェチ怖いよー」

 王女は完全に戦意を喪失しており、マッチョなひよこに抱きついては、わんわんと泣いていた。

「降参なさるなら、計画で野菜に変えられた者たちを元に戻していただけませんか?」

 ラディラシアはキャスレットに近づき、頭を撫でながら、そう提案をした。

「それとこれとは話が違うんじゃない?」

「幸助? 王女がもっと大根の素晴らしさを体に刻んで欲しいらしいですわよ」

 王女が要求を断ってくると、ラディラシアは黒い笑みで僕に更に暴れろと頼む。

「やめてぇぇぇぇええ。元に戻すから、本当にこれ以上はやめて」

 王女は尋常無いくらいの冷や汗を垂らしながら、ラディラシアの要求を呑んだ。

 それほど、僕の大根愛が彼女にかなりのトラウマを植えつけてしまったと言うことだろう。

「それでいいのです。女神の言うことは素直に聞くものですよ」

 ラディラシアはニコリと笑った。

 この女神怖ぇ……。僕は直感でそう思った。多分王女も同意見だろう。

「止めるからついてきなさい」

 王女はそう言って更に奥の部屋に向かう。

 僕らもついていくと、大きなパラボラアンテナが鎮座している部屋に辿り着いた。

 王女は辿り着くなり機器のど真ん中にある大きい赤いボタンを押した。

 すると、周辺の機器から駆動音が止んだ。どうやら機能を停止したみたいだ。

「これで、野菜に変えられた者達は暫くしたら元に戻るハズよ。全く、とんでもない変態のお陰で計画が台無しだわ」

 王女はやれやれと呆れ顔で僕を見る。

「よかった。これで平和が訪れます。これも幸助、貴方のお陰です。ありがとう、これでお別れになるのが寂しくもありますが」

 ラディラシアは、僕にそう言って抱きついてくる。

「あれ? ラディラシアさん? 地球の平和も訪れたことだし、そろそろご褒美の方を下さると言うお話を始めたいんですが……」

 既に涙のお別れシーンモードになっているラディラシアに、僕はご褒美の要求をする。これは、要求しないと忘れ去られてしまうパターンだと野生の勘で感じたからだ。

 僕のご褒美要求にラディラシアが凍りついた。

 凍りついた女神を見て、王女が少し怯えながら僕に問う。

「貴方、どんなご褒美を貰うつもりだったの? 女神の目が死んでいるわ」

「どんなって、大根の彼女を貰うっていう、ただそれだけのお願いだよ」

「あはは……、さすがブレないわね」

 僕が淡々とそう告げると、王女は渇いた笑いしかしなくなった。

「ということで、早く大根の彼女を下さい。女神様」

 僕が手を合わせ、祈ると、女神はにっこりと笑う。

 お、とうとう叶える気になってもらえたのかと思ったら、

「さよーならー」

 女神はそう言って自らの右手の指を鳴らした。

 すると、僕のところだけ床が消失。その重力に吸い込まれるかのように僕は床の奥へと落下する。

「そんな馬鹿なぁぁぁああああ。約束は絶対でしょぉぉおおお」

 落下しながらもラディラシアに聞こえるであろう声量で叫ぶ。

『あの異常な偏愛を見せられると、流石にドン引きしてしまったので、ご褒美は無しです。ごめんなさいね』

 女神はそう、僕の脳内へ直接語りかける。

「卑怯者ぉぉぉぉおおおおお。ハニーをゲットできるチャンスだと思ったのにぃぃいい」

『仕方有りません、後々埋め合わせはさせていただきます。これで満足でしょう?』

 僕が放った“卑怯者”という言葉に少しカチンと来たラディラシアは妥協案を提案してきた。

「まぁ、埋め合わせしてくれるならいいけど、絶対だよー!」

『はいはい。あ、出口に着く前に変身は解除しておきますね。出口を抜けると朝いた食堂に着くはずです』

 ラディラシアが言った後、僕の体が光り、魔法少女姿から、食堂に忍び込んだ時の部屋着に変わっていた。

『地球の現在時刻は朝七時前頃。私たちがベジタン星にアジトに向かってから三十分程度経過しただけだと思います。

 野菜に変えられた人たちは、その時の記憶を抹消されていることなので、混乱は少ないでしょう。

 それでは、またお礼に伺いますね』

 ラディラシアとの脳内通信が終わると、ワープホールの出口が現れ、僕は意気揚々と飛び込んだ。

「うわっ」


 バタン。


「痛てて……」

 出口から出る時に、あまりにも勢いよく飛び出したものだから、僕は床に腰を強打してしまった。

 その時の衝撃音で食堂のテーブルの上に寝ていた勇大が目を覚ました。

「ん……。あれ? 俺はなんで、食堂のテーブルの上で寝ているんだ?」

 勇大は少し混乱しながら辺りを見回していた。

「おはよー勇大。気がついてよかった」

 僕が勇大に駆け寄る。

「幸助か。俺、幸助を見届けてからの記憶がないんだが、お前、何かやったのか?」

 勇大が僕に疑いの目をかける。

「失礼な。僕は大根のためなら何でもするとは言っても、ルームメイトを傷つけるようなことなんてしないよ」

「それもそうか。疑って悪かったな」

 勇大は頭をポリポリ掻きながら謝罪をする。

「まぁ、勇大が元に戻って良かった」

「元に戻るって何のことだよ」

「あ、えーっと、な、内緒だよ」

 僕がそう言うと勇大が不思議そうに首をかしげた。

「さてと、もうすぐ朝ご飯の時間だけど、まだ出来てないみたいだから、部屋で僕の大根武勇伝でも聞かせてあげようじゃないか」

「いや、断固拒否したんだか」

 僕の楽しい大根武勇伝を聞くことを勇大は頑なに断った。

「そんな事言わずに、ねーねー」

 僕はそう言って、勇大の腕を掴んで強引に部屋へと連行した。



 ラディラシアが埋め合わせのお礼をしてきたのはそれから半年後のことだった。

 授業が終わって僕が部屋に戻ると、僕のベッドには、いつぞやの可愛らしい二足歩行大根が座っていた。

 しかも、二本も。

「ラディラシアと……あとは、誰?」

「さては、私のことを忘れたって言うんじゃないでしょうね!」

「そ、その声はキャスレット王女!」

 王女は大根姿に慣れていないのか、時折もじもじしながら僕のベッドに座っていた。

 その姿に僕は楽園に連れて行かれたような気分になる。

「鼻血、また出ていますよ?」

 ラディラシアに言われ、僕はすぐに鼻血を拭う。

「王女? 誰のせいでこんなご褒美まで用意しなくてはいけなくなったか、よもや忘れてはいませんよね? 半年も待った幸助の気持ちも少しは考えてくださいね」

 女神大根から発せられるドス黒いオーラに僕と王女大根は悲鳴をあげそうになる。

「わ、私の責任です、大人しく大根になっておきます」

 王女大根はそう言いながらプルプルと震えている。

「いい心がけですね。さて、幸助。埋め合せのお礼です。私たちを大根の彼女だと思ってどうぞご自由になさってください」

「……く、下さい」

 二本の大根が両手を広げる。

「……いいのかい?」

 僕は少し考えて、二人に確認を取る。

「えぇ、約束なのですからお気になさらずに」

 ラディラシアがそう言うと、僕は準備運動を始める。

「では、いくよ……」


 その出来事がベジタン星最大の事件になろうとは、一体誰が予想しただろうか?

 後に人々はこんな教訓を後世に語り継ぐのであった。


「大根フェチおそるべし」と


                【了】

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