18品目
クツクツと抑えきれない笑い声を溢れさせるシライトに、シンは腹の底がゾワリと戦慄くような今まで感じたことのない感情が沸き起こるのを感じて。
それはそう、まるで恐怖とも畏怖とも云える程の戦慄だった。
「シライト、さん・・・?」
なんとか絞り出した声でシンがシライトを呼べば、急にピタリと笑い声を止めたシライトの目がシンを映す。
そして何かを言おうと、すぅ、と息を吸い込んだのが分かった。
その時間を計るとするならば、それは刹那程の僅かな瞬間だ。
けれどそのたった数秒もない時間が、シンの隣で神経を研ぎ澄ませていたダイにとっては耐え難い時間だったのだろう。
人の姿をしているにも関わらずグルルと喉を唸らせ、力加減する事も忘れてシンの腕を自らの手で強く掴むダイ。
その目は正に猛獣のソレで、不穏な空気を感じたシンが思わずダイの名を呼ぶ。
「っ・・・!ダ、ダイさ、・・・ッ?」
強く掴まれた事による痛みも相成って、全神経を集中させ向けていた視線すらも言葉と共にダイへと移動させたシン。
ダイはシンのその声を聞き、しまったとばかりに力を込めて掴んでしまったシンの腕から僅かに力を抜く。
けれど、その手をシンから離す事だけは決してしようとはしなかった。
「シン、アイツに、近付くな。」
「え・・・?」
「アイツ、気持ちが悪い。」
言葉が、視線が、一挙一動、その全てが。
全く理解出来ない存在そのものが。
今までに出逢った事のない得体のしれない生き物、そんな異形にすら感じる様なシライトという男が。
「俺は、その男が、嫌だ。」
はっきりとした嫌悪の言葉を浴びせられたシライトは、一度は止めた笑い声をまた滲ませる。
自分に対してはっきりと拒絶を示す相手に対して、シライトはそれすらも面白いとばかりに笑い続けるのだ。
それは正に常軌を逸していると言われても否定はできないであろう異常な姿だった。
「随分と嫌われてるみたいですねぇ」
「シライトさん、あの・・・っ」
「あぁ、いいんですよシンさん。警戒心の強い子に嫌われるのは慣れてますから。ほら、スイヒ君とかからもあんまり好かれてないしねぇ。」
「いや、その」
「どっちかっていうと、そういう子の方が扱いやすいんですよねぇ。あ、これナイショですけど。言うとスイヒ君、すごーく嫌な顔するから。」
間延びした口調は相変わらずで、凡そ“子”と呼ぶにはあまりにも似つかわしくない人物の名前を呼ぶシライトの顔に浮かぶのは“楽しい”が滲み出る笑顔。
そんな、シライトから繰り出されるまるで掴み所の無い会話にシンの表情には困惑の色が伺える。
シライトという男の雲の如き掴みにくさを知ったシンは、その時ようやく気が付いたのだ。
相談ならまだしも、“駆け引き”をする相手としてシライトという人物を選んだ事がどれだけ無謀であったかという事を。
そんなシンの困惑を感じ取ったのだろう。
変わらず口元を緩めたままのシライトは、脱線した話をもとの軌道に戻す為に再び言葉を紡ぎ出した。
「っと、話が反れちゃいましたね。そろそろ本題に戻りましょうか。シンさん達は“コバクの枯れる原因”を聞きに来た、これは間違いないとう事でいいんですね?」
「あ、は、はい!!」
「コバクはとても強い生命力を持つ植物だとも理解している、そうですね?」
「それも、聞いて理解したつもりです。」
シンとシライトのそんな問答を、ダイは警戒心を解くことなくシンの腕を掴んだままで黙って聞いていた。
その体勢はシンとシライトの間を遮る事はしないものの、シンよりも僅かに前に出ていて。
それはシライトの一挙手一投足から視線を外さない為だった。
僅かでも気を抜けばどこに付け込まれるか分からない。
そんな雰囲気を、ダイは本能で感じていた。
シンはそんなダイの様子を伺いつつも、答えを導き出そうとするかの様なシライトの問いに一つ一つと言葉を返す事に集中する。
それは、返す言葉を間違えれば取り返しの付かない事になるような一抹の不安をシライトの様子から感じたからだろう。
「もう一度聞きます。コバク程の生命力持った植物が、枯れた、と?」
「枯れたと、聞きました。」
「聞いた、という事は実際には見ていない、そういう事ですかねぇ?」
「知り合いから、コバクが枯れて困っていると聞いたんです。」
「・・・その言葉は、どれだけ信頼できるものでしょうか?シンさんをただ誂おうとしているだけという可能性は?」
「誂う?」
「えぇ。自信過剰ですが僕はそれなりに知識があると自負しています。それでも“コバクが枯れた”なんて話は覚えている限りで耳にした事はありません。ただ悪戯にシンさんを騙しているという事はありませんか?」
「騙す・・・?」
シライトの説得するような物言いに、ふとシンの返答が止まった。
その様子にダイはシンが自分たちの言葉を疑っているのではと、少し慌てた様子でシンの顔を覗き込んで。
けれどそれは、
そんな、心配は、
シンの目を見て、見事に吹き飛ばされた。
そしてダイがシンの顔を覗いたままで硬直する様を見ていたシライトもまた、シンの浮かべた表情に、そしてその視線に、流暢に続けられていた言葉を思わず止めた。
「マオさん達が、私を?」
あの大粒の涙が、血を吐く様な叫びが、悲鳴にさえ聞こえた願いが、
「アレが、嘘?」
絶望を飲み込む程の、覚悟が。
あの全てが、人を欺く為だなんて、
「それだけは、有り得ないです。」
息を呑んだのはダイかシライトか。
先程までシライトの雰囲気に圧倒されていたシンが急に見せた射抜くような強い視線に、大の男は二人揃って気圧された。
シンという人間は、稀にこういった強さを発揮する時がある。
それはつい先刻知り合ったばかりのダイですら知っているものであり、それよりも更に長い付き合いになるシライトも勿論知っていて。
その事を思い出したシライトは、驚きに染まった顔を一瞬で笑顔に戻すと肩を竦めて深く息を吐き出した。
「そういえば、シンさんは見た目によらず気が強かったんでしたねぇ。」
「へ?」
「いい意味で、ですよ?」
突然のシライトの言葉にぽかんとした表情を浮かべるシンに、シライトの笑みが深まる。
少し揺さぶりをかけて揺らぐ程度の覚悟ではない事を、シンの言葉や視線から感じ取ったからだ。
「シンさんがそこまで言うなら手伝いましょう。といってもどこの文献から見ますかねぇ?僕の記憶の中には“コバクが枯れた”なんて書かれた歴史書や文献はないので、その手の書物を読み漁ってもむだでしょうし・・・」
うーむ、と少し眉間に皺を寄せながら顎に手を当てて考え出したシライトは、恐らく本当に協力してくれようとしているのだろう。
それが分かったシンは、躊躇いながらもシライトに声をかけた。
「あの!それなら、」
植物図鑑とかは駄目ですか?
シンからすればコバクという植物をまずは知ろうと思って口に出した言葉だ。
しかしその言葉に、シライトの目が珍しくカッと見開かれた。




