16品目
少し時間を空けて、皆が一息ついてソファや椅子に腰を掛けた。
その中央に置かれた小さめのテーブルにコト、と小さく音を立てて人数分のカップを置いたゴードは、そこに紅茶を注ぎながら皆の顔を見渡す。
「さて、これからどうしますかね。」
当初の目的は英雄様であるミユキとマオの計略的な婚姻の申し出。
しかしそれは一旦白紙に戻し、これからどうすべきかを相談すべく4人は顔を付き合わせていた。
「あの、コバクってカチにしかない植物なんですか?」
「え?いえ、そんな事はないですよ。カチの土地でさえ成長する植物ですから、余りに酷すぎる環境でない限りは恐らくはどこの土地にもある筈です。」
「じゃあ、イストにもあるんですか?」
「イストの大陸は恵まれていますからね。勿論、あると思いますよ。
ただ、お世辞にも美味しい物と言えるものではないので、食材が豊富過ぎるイストではほぼ食べられる事はないと思いますけど」
「だから私、聞いたことなかったんですね・・・」
「ですが、言った通りとても強い植物ですからいざと言うとき・・・例えば、飢饉や災害の時には重宝されるので、ある程度の知識のある者達は名前を知っているでしょうし研究もされているとは思います。」
そのゴードの言葉に、シンの目がきらりと光る。
「あの、私に少しだけ時間をくれませんか?」
「時間を?」
「何か知ってるかもしれない人に、聞いてみます。」
「聞く、って、一体誰に・・・」
「"国で一番頭のいい人"と知り合いって、言ったじゃないですか。」
シンの言葉に、呆気に取られるゴード。
それはダイやマオも同様で、すっと立ち上がったシンを呆然と眺めていた。
「何か分かるって保障はないし、行って空振りしたらただの時間の無駄遣いになるかもしれません。
それでも、少しだけ時間を下さい。」
何も出来ないなら、何か一つでも思い付いた事をやるしかない。
何もしなければ、カチという国のタイムリミットは恐らくそう遠くないだろう。
いてもたってもいられないとはこの事を言うんだろうか、シンは留まる事さえも勿体ないと矢継ぎ早に言葉を続ける。
「無駄だったらごめんなさい。そうしたらまた考えます。
だから、少しだけ。少しだけ待ってて下さい。」
「っ、嬢ちゃん・・・!!!」
今にも飛び出そうと戸の取っ手を掴んだシンの手を、慌てて押さえたのはマオだった。
「待て待て待て、何をする気だ」
「話をしてきます。」
「交友もないカチの国の王が困ってるから手ぇ貸せとでも言う気かよ!?」
「まあ、大体はそんな事をもうちょっと誤魔化しながら言おうかと・・・」
戸惑ったように言うシンに、そのシンの戸の取っ手に掛けられていた手を握ったままのマオの手に力が籠った。
「誰がそんな事に協力するってんだよ!?仮にも、嬢ちゃんを無理やり拐ったんだぞ!!
それに協力する奴なんざ、とんだお人好しだけだろうが!!!!」
何に対して怒っているのか。
一瞬、それが分からなかったシンだったが、マオの目を真っ直ぐ見ればその答えに辿り着く事ができた。
「あぁ、もう。」
必死なマオの目に映っているのは、シンだった。
「どっちがお人好しですか。」
その目に微笑んだ自分が映ったのを確認したシンは、空いていたもう片方の手でマオの頭を優しく撫でた。
「どうせ初めから変人扱いです、他人が聞いたらどれだけ可笑しい事を言ったって、これから先ずっと扱いが変わる事なんてないですよ。」
「お、まえ、っ」
「それに、どういう訳でしょうかね。」
誰も彼も、私に関わってくれてる人達は、
「どうにも、お人好しばっかりなんですよ。」
その言葉に、嘘はなかった。
だからこそマオはシンの手から自分の手を離し、そして呆然と呟いた。
「・・・どうして、会ったばかりの私たちにそこまでしてくれる。」
マオの問いに、心底驚いた表情を浮かべたシンは、一拍置いてからその問いに答えを返した。
「助けたいと思った人を、助けない理屈があるんですか?」
それにもう言葉は帰ってこず、シンはそのまま扉を開けた。
入ってきた日差しをみれば、今は恐らく昼過ぎだろう事が分かって。
辺りを見渡せば見た事のある景色が広がっていて、今いる場所がグラン=グリフ国内の城下町の外れだと理解したシンは、振り返り固まるマオ達に向けて頭を下げた。
「私を、私として見てくれてありがとうございます。」
此方に来てから、理不尽な目に散々合ってきた。
必要とはされていなかったようにさえ思う。
「だけどあなた達は、私を"使える"と思って拐ったんでしょう?」
それはつまり、自分の存在の証明に他ならない。
その事が、堪らなく嬉しかった。
「一つだけ言葉にできる理由をあげるとしたら、そんなトコです。
あとはまぁ、気分的に手助けしたいってだけなんで大した理由とかつけれないですけど、ただ、」
私、嬉しかったんです。
ぐ、と。
目頭に熱いものが込み上げたのは誰であったか。
そのたった一言が、堪らなく胸を締め付けた。
「じゃあ、行ってきます。少しだけ待っていて下さい。」
駆け出した背中は、年相応の大きくはない少女のものだった。
その背中で、どれだけの辛さを隠しているのか。
マオもゴードも、言葉なく見送るしかできなかった、その時。
「俺、付いて行く。」
ふと立ち上がり、言葉を発したのはダイ。
え、とゴードが視線を送れば、そこには袖で目元をごしごしと擦るダイの姿があった。
その隙間から覗く目は赤くなっていて、ああ泣いたのかと分かる程。
「付いて行くって、ダイ、どうして・・・」
「アイツを、独りで頑張らせたくない。」
ずず、と鼻を啜りながら言ったダイは、マオに視線を向ける。
行っていいと許可を出される事を望むその視線に、マオは一度目を閉じて深呼吸をした。
ずっと嫌っていた人間という存在。
自分達を虐げる、悪意の塊。
そう思い続け憎んできた、そのはずだった。
けれど実際に関わったシンという人間ときたら、どういうつもりなんだろうか。
拐われたにも関わらず恐れない。
殴られたにも関わらず怒らない。
更には、あろう事か自分の立場を省みず自分達の手助けさえしようとする。
あの子の前では、憎悪など持っているのも可笑しく思えてしまう。
「行け。」
マオの言葉にダイの目が輝く。
その背中を更に押すかの様に、マオは言葉を続ける。
「嬢ちゃんを・・・シンを、追え。
あの子を傷付けようとする輩がいたら、」
その牙で喰い千切れ。
命令という言い方が合うそのマオの言葉に、ダイの瞳はより一層の鋭い光を帯びる。
そして次の瞬間にはダイの足は勢い良く地面を蹴り上げて、シンの後を追って駆け出した。
「・・・マオ様、行かせて良かったんですか?ダイが獣人だと人間にバレたら騒動になりますよ。」
「アイツもそこら辺は弁えてんだろ。そもそも、人間にやられる様な弱い奴じゃねぇ。・・・それに、」
「それに?」
「お前も、アイツの気持ちが分からん訳じゃねえだろ?ダイがついてりゃ、そうはシンが危ねえ目には合わねぇだろうよ。」
放っておけない、というのが一番しっくりくる言い方になるだろうか。
苦笑を浮かべるマオに、コードも同じく苦笑を返した。




