15品目
「・・・悪かった。」
不意に謝罪を口にしたのはダイだった。
それにシンが思わずえ、と声を上げれば、見上げた先に居たのは落ち込んだ表情を浮かべるダイで。
今でさえ人の姿をしているものの、獣の姿であったならあの大きな耳はぺたんと垂れてしまっているだろう姿を想像したシンは、堪らず笑みを溢しそうになりながらも手を伸ばしてその頭を撫でた。
「ダイさん、何にも悪くないですよ?」
「・・・泣かせた、から」
「悲しくて泣いたんじゃないんで、大丈夫です。」
優しいなあ、もう。なんて嬉しそうに笑うシンにダイの心配は薄れた様で。
そうか、と言うぶっきらぼうな言い方の中にも安堵の様子が見て取れた。
「ダイ、僕は少し席を外すので、シンさんの事をお願いしますね。」
その様子を微笑ましげに眺めていたゴードは、ゆっくりとした動作で動き出しながらダイに声を掛けた。
どこに、とダイが問い掛けないのは、行く場所が分かっていたからだろう。
「分かった。ゴードは、マオ様を頼んだ。」
「はい、勿論です。」
にっこり微笑みダイに向けて頷いたゴードは、シンにも同じ様に微笑み掛けてから部屋を出た。
その後ろ姿を見送った後で、ダイはシンの隣の床に腰を下ろすと静かにその体をシンに傾けて寄り掛かる。
「ダイさん?」
「少し、休憩。」
気を張るのは慣れていない、なんて呟きながら、甘える飼い犬の様にシンに擦り寄るダイ。
それに思わず笑みを浮かべたシンは、ふと思い出した問いを口にした。
「そういえば、私の名前よく知ってましたね?」
「ゴードは頭がいいんだ。今回ここに来たのも、ゴードがちゃんと準備してから来た。」
だから、シンの名前もちゃんと調べた。
どうだ凄いだろう、そう言わんばかりにゴードの事を自慢するダイの自慢気な表情に、シンは堪らず吹き出して笑う。
「ダイさんは、ゴードさんが大好きなんですね。」
「ん?」
「マオさんの事も大切にしてるし・・・なんかいいですね。なんだか、素敵です」
「同じ国に居て、同じ様に生きてるんだから、そうしたらもう家族だろう?大切に思うのは当然の事だ。
人間はそうじゃないのか?変わった生き物だな、人間とは。」
恐らく、深くは何も考えていないんだろう。
心底驚いたというような素振りのダイの声に、シンは思わず表情を固めた。
そしてすぐにその口許を緩めると苦笑を浮かべながら、寄りかかってきていたダイに自分の体重を預けて自らも寄り掛かる体勢を取ったシン。
その様子にダイが首を傾げれば、シンは苦笑を更に深めて言葉を続けた。
「そうですよねー。同じ人間なら、仲良くすればいいですよねー。」
「?」
「んふふ、ダイさん達の国に行ってみたいなぁ」
こんな風に、優しい人達が溢れた国なんだろうか。
こんな風に、柔らかな空気が満ちた国なんだろうか。
「あぁ、」
それはどんなに、
「素敵な国、なんでしょうね。」
目を伏せながら笑うシンの言葉は、それが嘘や上部ではない事がはっきりと伝わってきて。
それが分かったからこそ、ダイも同じ様に目を伏せながら小さく微笑んだ。
「ああ。だから、何とかしたい。だから、守りたいんだ。
国も、家族も、ゴードも、マオ様も。」
穏やかな口調には強い意思も込められていて。
ああそれほどまでの覚悟かと、ダイの想いを汲み取ったシンがこれからの事を口にしようとしたその時。
ぎぃ、とゆっくりと扉が開き、部屋に入ってくる2人乗り人影をシンとダイは同時に目に映した。
「・・・随分と、仲良しになりましたね。」
それは部屋へと入ってきた二人・・・ゴードとマオも同じだったようで、室内で寄り添って座るシンとダイを見たゴードは柔らかく微笑みながらゆっくりとシンとダイに歩み寄る。
「全く、本当にシンさんは警戒心が薄いというかなんというか・・・」
「私、ですか?」
「はい、貴方です。仮にも拐われて攻撃された後ですよ?ダイが実は凄く悪い奴だったらどうするんですか。」
「ダイさんが悪い奴・・・」
「そうですよ、すっごく悪い奴だったら・・・」
警戒心を持つよう諫める為に使った言葉ではあったが、それを聞いたシンが目を丸くして同じ事を繰り返す。
それに大きく頷きながら、ゴードは再度同じ言葉を口にしたものの、
「ふ、ふっ」
「っ・・・ッ」
きょとん、と二人を交互に見るダイのその様子を見てしまえばどれだけ可笑しな事を言っているのだろうか、と。
言った張本人であるゴードですら可笑しくなってしまって、必死に笑いを堪えるシンとゴード。
しかし堪えきれなくなったシンが思わず吹き出したのを切っ掛けに、ゴードも可笑しそうに涙さえ浮かべながら笑い出した。
「ないない、ないですよそれだけは!ダイさんが悪い奴なら世の中のほぼ全員が悪人になっちゃう」
「すみません、僕もあり得ない事を言ったって自覚しました。」
ああ、可笑しい。
そう言いながら目尻に浮いた涙を拭いたシン。
その目の前に、不意に手が伸ばされたのはその時だった。
「っ、わっ・・・」
「・・・・・」
その手は、そっとシンの手当てをされた頬に触れて。
まるで壊れ物を触るかのようなその触れかたに、シンは手を伸ばした人物の顔を微笑みながら見上げた。
「・・・マオさんの方が、怪我したみたいですよ?」
「っ・・・!!」
「ごめんなさい、マオさんの気持ち考えずに思った事を言っちゃいました。
だから、互い様って事にしちゃ駄目ですかね?」
仲直りって事で。
ね、と小首を傾げたシンに、言葉を掛けられたマオは僅かに目を見開いてから眉毛をハの字にしながら口許は笑みの形を作って言葉を返した。
「嬢ちゃんの方が損してないか?」
「そんな事ないですよ。トントン、です。」
そんな二人を見てゴードが小さく呟く。
「似てないのに、似てるなぁ・・・」
どこか悲しみを含んだその言葉は、誰に届く訳でなく静かに空間に消えて行った。




