13品目
カチという大陸は、元々から恵まれてはいない土地だった。
大地は大きな岩だらけで、植物が根を張る隙間など僅かしかない。
空を覆う雲も厚く、日の光が差し込むのは一日の内のほんの僅かだ。
食べる物といえば自然の中から食べられるものを見つけるか、その厳しい環境下にあって唯一安定して収穫する事が出来るコバクという穀物が殆どで。
飢える訳ではないが、決して満足のいく量を毎日口に出来るという事もない。
「それでも、まあなんとかやってきたんだが、」
最近になって、事は起きた。
「コバクが、枯れたんだ。」
病気か、それ以外の原因か。
それは未だに分かっておらず、けれど今までどんな環境でも枯れる事のなかった食料が、一斉に枯れた。
「そんな状況になって、もう一年だ。未だに対処法も分からねえ。だが食料は尽きる、仲間は飢えるばかりだ。」
だから、
そう続けたマオは、顔を床に向けて俯いた。
膝に置いた手は拳を作り、それが小刻みに震えている事にシンは目を見開く。
「英雄様を嫁に迎えれば、この国と交流が出来る。この恵まれた大陸の大国と繋がれば飢えはなくなる。
それに、噂に聞く英雄様は国民達に大層好かれているっていうじゃねえか。ならば、例え相容れないとしてもカチの王である私の嫁になれば、同胞達が迫害される事もないだろ。」
そう思い、この行動に至ったんだ。
吐き出すように言うのは、それが苦渋の選択だったのだろうと察する事が出来て。
シンは、強く握りしめているマオの拳に触れると、出来るだけ落ち着いた声で、出来る限りの優しさを込めて声を掛けた。
「でも、ヒトが、嫌いなんですよね?」
「ああ、嫌いだ」
「それでも、我慢するんですか?」
「王って奴は、仲間を守るために上に立つ生き物だ。今、何もしなかったら私は王を名乗れねえよ。」
聞き流していた言葉に、シンは気付く。
この目の前の美女は、自分の事を"王"と名乗った。
つまりは、カチの王様だ、というのだ。
信じられるか否かでいえば、普通であれば信じられる訳がない。
目に見えている限りならたった二人だけの従者を連れて、遥か遠い別の種族ばかりが住む土地に、飢饉を解消する為だといえども王が自らの足を運ぶなど、どこをどう信じればいいというのか。
けれど、シンはそうではなかった。
自らを"王"と言ったマオの言葉が、すとん、と胸に落ちたのだ。
ああ、王様か。
そうか、これが王様か。
マオの纏う空気がそう思わせるのか。
言葉の端々に在る威厳がそう思わせるのか。
そんな事はシンには分かる術もないのだが、マオがカチの王である事を、シンは疑うことをしなかった。
「・・・例えばミユキちゃんが貴方と結婚する事を決めたとしても、貴方の国の人達が人間を受け入れられるんですか?」
「は、?」
「人間だって貴方達を受け入れるかっていったら、どれだけミユキちゃんが好かれてるって言ったって全員大丈夫、なんて事は多分言えないですよ。」
きっとそれは、小さな文句から始まる。
小さな悪口、小さな拒絶。
一人一人の小さな言葉、小さな態度が悪意を持てば、その悪意は一斉に広がる。
見た目が違う、虐げられた歴史がある、そんなはっきりとした溝がある中で、小さな悪意はたちまち芽吹く。
その芽吹いた悪意は、恐怖に変わる。
恐怖は、簡単に暴力になる。
「それを止める事が出来たら、きっと世界はもっと生きやすいけど、」
それが出来ないから、皆、傷付く。
静かな言葉は、まるでそれが現実だと確信させるような説得力があった。
思わず顔を上げたマオの目には、困ったように笑うシンの顔。
「貴方がカチの王様でも、ミユキちゃんが国の英雄様でも、そんなのは関係ないんですよ。
だって一番強いのは、大多数っていう、一人じゃない大勢の力だから。大勢の、言葉だから。
だから、やめません?わざわざ嫌な思いまでしてミユキちゃんと結婚するとか。
それよりも何か他の手を、」
考えませんか、と言い掛けたシンの言葉が続く事はなかった。
「黙れ!!!」
己の拳に触れていたシンの手を振りほどくと、その拳をそのままシンの右頬に向けて振り下ろすマオ。
「ッマオ様!!!」
振りかぶった時にはゴードが声を上げたものの止めるには遠く及ばず、力を目一杯込めた拳はシンの右頬にしかと打ち込まれ、余りの衝撃でシンの体は一瞬浮いてからシンの背中側に居たダイの体に深く沈んだ。
例え見た目が女性であってもシンより遥かに高い身長と鍛えられたその腕から繰り出された一撃はかなりの威力で、シンは意識を飛ばしかける。
「マオ様!!何て事を・・・ッ!!」
「煩え!!こっちがどんな思いで来てるかも分からねえ温室育ちの小娘に、偉そうに説教される覚えはねえよ!」
「っだからといって、手を上げるなんて・・・!」
怒鳴るマオに、同じく怒鳴り返すゴード。
その傍らでシンの体を受け止めたダイは、慌てた様子でシンの顔を覗き込んでいた。
「大丈夫、か?」
「ッ、っぃ・・・・っぅ、っ」
声をかければ呻き声に近いながらも還ってきた返答に、ダイは少しの安堵を見せる。
そんなダイの顔を見返すように、痛みに顔を歪めながらも笑みを漏らしたシン。
そして、小さく口を開いて声を発した。
「わた、し、」
喋る度に痛みが響いて、口の中は切れたのだろう血の味がする。
けれどシンは喋る事を止めはしなかった。
「私、この国で一番、頭の良い人と知り 合いなんです
私、この国で一番、悪巧みが上手な人と、知り合いなんです
私・・・この国で一番顔が広い人と、知り合い、なんです。」
まずは、そこに相談してみませんか。
そう言われたその言葉に、マオどころかゴードまで表情を固まらせた。
今、起きた事を、理解していないのか。
唖然とゴードがそう思った事を表情で察したのか、シンはにこりと微笑むと、支えてくれたお礼とばかりにダイの頬をふわりと撫でるとふらつきながらも立ち上がり、ゆっくりとマオに近付いた。
「すみません、酷い事、言いました。」
私には貴方の覚悟なんて分からないし、気持ちなんて汲みようがありません。
「だけど、間違ってないと思ったから、言いました。
受け入れなきゃいけないけど受け入れたくない理不尽な状況も、何をしたって上手くいかない事も、
それが、どれだけ辛いかも
私だって少しは分かるから。」
だから、考えましょう。より良い方法がないか。
「・・・なん、で、」
「何でって、さっきの話を聞いて何もしません知りませんって言える程、冷酷な人間じゃないですもん。」
食べ物が満足に食べられないなんて、それはどれだけ辛い事か。
「私は食事を出す側の人間なんで、そんな辛い話聞いて放っておいて食べ物屋なんて続けられないじゃないですか。」
あっけらかんと言うのは、どこからどう見ても決して突出した所があるようには見えない普通の人間だというのに。
まるで殴られた事などどうでもいいように話すシンに、マオの動きは完全に止まる。
そして、次の瞬間だった。
幾つもの水滴が、床にパタパタっと音を立てて振りだしたのは。
「っ、どうし、たら、・・・ッ」
痙攣しそうになる喉から必死に言葉を出しているのだろう、 しゃくりあげながら言うのは先程まで凛としていたマオだった。
「どう、したら・・・ッ」
どうしたら、私の大切な国を、仲間を助けられるんだ。
「餓えに、倒れていく皆を、」
それでも私に生きてくれと食べ物を差し出し死に絶えて逝く者達を、
「助けたい、んだ
守り、たいんだ
大好きな、私の、家族を、」
やめろ、だなんて言ってくれるな。
嫌な事を我慢するなど、どうって事ない。
「助けて、くれ・・・ッ」
それだけ、なんだ。
言葉の度に辺りに散らばる涙の滴は、シンの顔にも数滴飛んで来て。
それを見たシンは、困った笑みを浮かべながら、マオの後ろで立って神妙な顔をしていたゴードに視線を移す。
「泣かせ、ちゃいました。」
どうしましょう、と言ったシンの頭を、ゴードは泣きそうな笑みを浮かべながら優しく撫でた。




