院長室にて 2
「お疲れ様フィルズ、おかえりなさい」
今更か! という言葉を飲み込んで私も言葉を返した。
「はいはいただいまー」
自分でも軽い返事だとは思うが相手が院長先生なら問題無い。
私は未だに15年という歳月を飲み込めていないが、それを積み重ねてなおこんな風に私に対応する院長先生の方がむしろ凄い。
歳月に左右されない間柄なんて聞こえは良いがこの場合は互いに気遣い0もしくは成長してないだけと思うのは気のせいか!?
別に悪い事じゃあ無いんだけども複雑な心境である。
縦に成長したあの4人と違って横に成長した院長先生。
4人とはちょっと……いやだいぶ違う理由で外見が変わってしまっているのに私がそれをすっかり受け入れられているのは、結局私も院長先生も中身は変わっていないからなんだろうなぁ…。
あ、そういや報酬の目録を渡さないと!
向こうを出た時は院長先生と2人になったらすぐに渡そうと思ってたのに、すっかり忘れてたわ。
「これ報酬の証明書ね。 無くても大丈夫だとは思うけど、内容の確認に便利でしかも不思議な力で破れないし汚れないから無かった事にしたり改竄も出来ないってさ。 紛失しても呪文を唱えたら手元に引き寄せられるらしいし保証は完璧。 これにて孤児院は安泰って事よ!」
報酬。
それはこの孤児院を精霊様の権威で守って貰うという約束なのだ。
簡単に言えば、これからこの孤児院の人間は国の人員収集に応じなくても良くなったのである!
国からすれば私が精霊様の元で働く事で精霊様の機嫌を保てるなら、辺境の小さな規模の孤児院で更に収集に経費が嵩む人員を諦める方が遥かに有益だと快諾してくれたらしい。
ちなみに快諾と書いて読み方は[渋る事無く]だったと精霊様の誰かが言っていたが、それはまあ…ね。
国相手だろうが結局は人間相手であり、精霊様と人間は対等ではないので人間側は何を頼まれても従うもしくは妥協案を出して受け入れてもらうぐらいしか無い。
もちろん頼み事には報酬、つまり土地を栄えたり結界を張って獣から守ったり等があるのだが、私の場合は精霊様の力ではなく精霊様の持つ権威でこの報酬を貰ったのである。
精霊様は私に仕事を頼み、私は精霊様を介して国に報酬を求め、国はそれを伝えに来た精霊様から代価を得る。
見事に利益しか無いではないか!
私としては疎んでいた体質のおかげで孤児院が安泰になるなんて思いも寄らなかった。
「国側に連絡は?」
「私が戻って来ると同時に連絡してくれるって言ってたから、こっちから連絡入れる必要無し! ……あと大きな声では言えないけど、もし故意に内容を反故にしようとしたら精霊様の不思議な力が働くらしいんだわ…。 具体的には聞かなかったけど取り敢えず教えてくれた精霊様の笑顔がねー…。 孤児院の子ども達には精霊様の機嫌を損ねない事はもちろん、約束をする事があれば絶対に守るように伝えていこうね!」
教えてくれたのは国が快諾してくれたと私につげた、いわば人間との交渉に携わっている精霊様だった。
その精霊様曰わく、交渉の際『不思議な力』とは非常に便利な言葉らしい。
「……不思議な力って凄いわねー」
「あはははははは」
「うふふふふふふ…」
乾いた笑いを響かせながら私達は絶対に精霊様に逆らわない事を誓ったのだった。
しかしそんな未来の危惧よりも今の私にはある意味恐ろしい問題がある。
そう、それは…
「……報酬の事、いつ伝えよっかねー。 子ども達にはまだ必要無いとしてもあの4人は……ねぇ?」
あの4人との対話だよ!
それも当時は何で精霊様の所に行くのかとか、この報酬の為とか一切合切詳しく教えずにここを出たから実は非常に気まずいのだ!
ただでさえあの子ども4人が年上になってて気まずい所ではないのに、そこに更に気まずい話題なんてあまりにも嫌過ぎる。
でもあの4人はすでに立派な働き手であり、あの時のような収集がこんな辺境にも来ると知っている。
だからこそ早く伝えてあげたいのだ。
この私達の家を自分の意志以外によって連れ出される事はもう無いのだと言って、安心して欲しい。
「あの子達、あなたが精霊様の元に行った理由も詳しくは知らないのよね…」
「あー…、話して無いんだ…」
もしかしたら院長先生が理由ぐらいは教えてないかと思ったけど残っ念だわ…。
「あなたがいなくなって2年ぐらい経った時に聞かれたんだけど、その時に本人が帰ってきたら直接聞きなさいって言っちゃって…」
ああでもやっぱり聞く事は聞いてたかー。
だけど私がいなくなって2年ってまだ12歳にもなってない。
「……ま、子どもには言い辛いよねー。 あーあーやっぱりでっかくなった4人に私から説明しないといかんのか…。 アグリスト以外にはまだ慣れないんだけどなあー…」
特にリスリーは変わり過ぎて余計にどうすれば良いのかがわからん!
そりゃ11歳と26歳じゃ変わってるのが当たり前だとは思うけど、アグリストはそのまんま成長してたし、ザナントとライドールのあの反応もあの頃とあまり変わってないように思える。
むしろ最初に言葉を交わしたのがリスリーじゃなければもっと早く気付けたんじゃなかろうか。
「アグリストは平気なの?」
「朝食前に井戸で話をしてね。 んでまあ、アグリストは外見変わったけど私の可愛い弟だって認識出来たからさー。 まあ、色々話す前に会話してみればきっとすぐに慣れるわ。 ザナントなんて中身全然変わって無さそうだったしむしろ大丈夫か心配になるぐらいだけどね」
年下の乙女に対してババァとかね!!
私はそんなふうに育てた覚えは無いけどそんなふうに育ってしまったのは覚えているぞ!!
どこで覚えてきたんだかまったく…。
犯人を見つけたら私の右足が火を噴くぜ!!
「まあ、ザナントの事には触れないけどあなたなら大丈夫よフィルズ」
「ま、ね…」
はは、院長先生もザナントを心配しているみたいですな…。
好きな娘さんでもできれば落ち着いたりしないだろうかねぇ。
「それより、今日の4人の予定は?」
時間が経つほどに相違がはっきりしてきて摺り合わせが難しくなりそうだからもうさっさと対話を済ませてしまおうそうしよう!
4人が揃う仕事の合間が分かればその時間に突撃すれば良いんだ!
悩むより突っ走る方が今回は良いはず!!
「大きな予定が無い日は4人とも指示をしなくても各自の判断で仕事をこなしているから、どこにいるか分からないわ。 連携はとれてるみたいだから1人見つければ全員の場所は分かるはずよ」
「何で把握してないの…」
ちょっと私の勢いが凄い勢いで空回ったんだけどどうしようね。
「今では私が子ども達の世話、あの子達が孤児院の維持というように役割分担がはっきりしてるの。 報告はきちんと聞いているから仕事内容は把握してるけれど、仕事の最中は分からないのよ」
「成る程…」
「多分そんなに仕事は無いから、声をかければすぐに応じてくれると思うわ。 昼食の後は子ども達が遊びたがって4人を集めるのは難しいだろうから、さっさといってらっしゃい」
うーん、探す間に勢いや気力が減るか増えるか…。
でもまあ、
「うん、行ってくるわ」
「昼食の準備を手伝って欲しいから、11時には戻ってきてね」
「分かった」
行ってこいって言われたら行くしかないよね!
出来れば最初に見つけるのがアグリストでありますように!!