院長室の窓の下より
俺はフィルズが院長に連れて行かれるのを見て、何となく外から院長室に向かい窓の下に座り込んだ。
何となく…というか、フィルズがフィルズだけどフィルズとは思えないから、少し確認したかったのだ。
院長と怒鳴り合っているのを聞いてようやく確信…いやむしろ安心する。
卵だらけの女を見た瞬間俺は
(また院長とフィルズのミラクルか…)
と思うと同時に記憶の中のあの口うるさかった少女が帰って来たんだと気付いてかなり驚いたのだが、久々の邂逅がこんな状況ってのがフィルズらしいなと腑に落ちて違和感無く受け入れた。
…………受け入れたつもりだった。
だけど水を浴びて食堂に入ってきたフィルズは、記憶の中の口うるさい少女とは違い何というか……女っぽかったのだ。
というか胸とかすげぇでかくなってないか?
卵だらけじゃなくなっただけで別人のように思えて顔を合わせるのが気まずくなって、その結果こうしてこそこそと盗み聞きなんかをしたのだが、……ああ、あれはフィルズだ。
院長とあんだけ怒鳴り合えるのはフィルズしかいない。
納得出来たし仕事に向かっても良かったが、俺は何となく話を聞き続ける事にした。
「取り敢えず、あたしが向こうに2年いたのは本当。 あたしが向こうで聞いた話によれば、伝承に残ってる人間ってほとんど精霊様の許可無く精霊界に入り込んだり招き入れられたけど勝手に帰ってきた人間だったらしいんだわ。 で、あたしは役目を終えて精霊様の指示にきちんと従って帰ってきたから時間差を出来る限り少なく出来た。 ここまで良い?」
「……分かった、信じるわ」
院長の声は本当にフィルズを信じたみたいで、さっきまでの探るような響きは全く無くなっていた。
にしてもさっきまであれだけ怒鳴り合ってた癖に2人とも声が普通過ぎて相変わらず怖ぇわ。
昔1度だけ2人の怒鳴り合いに参戦した事があったが、あの時はすぐに声が枯れてしばらく喉が痛かったのを今でも覚えてる。
あいつらに心配されたけどそれよりも『無謀な事しやがって…』みたいな目が強かったからそれ以来俺はどんなに気が高ぶろうと大声をあげなくなったのだ。
そのおかげで今では子どもに懐かれるようになったので結果としては良かったのかもしれないが…。
昔の事を思い出しながら遠い目になった俺の耳に院長の声が響く。
「でも向こうで2年しか経ってないのに、仕事は終えたの?」
そういえばフィルズは何で精霊界に行ったんだろうか。
あの体質が役に立つから精霊様に仕事を頼まれたとは聞いたが、具体的な内容は聞いてなかった。
聞き耳をたてなくても聞こえると分かっているが、俺はつい意識を集中させてしまう。
当時は気にして無かったが、今は無性に気になって仕方がない。
「あーっとね、それは実は役目が終わったのは向こうで2週間ぐらい前に来た女の子があたしより王子に気に入られたからで、仕事を完遂した訳じゃないんだなー…っていう」
…………はあ!?
俺は危うく大声で叫びかけたが、何とか言葉を飲み込んだ。
王子だと!?
しかも他の女が気に入られたから役目が終わったって…!?
…………いや、まさかな。
フィルズに限ってそんな事は…
「念の為に聞くけれど王子に嫌われたなんて事は…」
「無い無い。 ただ単に小うるさいあたしより優しくて甘やかしてくれる女の子が選ばれたってだけ。 周囲も王子の相手が出来る人間なら誰でも良いってなったから、役目の引き継ぎをして帰ってきたわけよ。 まあ報酬は全部貰えたから、そこは安心して。 あたしは逃げてきてないし、精霊様に嫌われても無いからさ」
王子の相手…だとぉ!?
まさかなのか!?
まさかのまさかな仕事内容だったのか!?
相手が出来る人間なら誰でもって…。
フィルズのあの体質が何の役に立つのかと疑問には思っていたがまさかそっち方面で!?
「そう、なら大丈夫ね。 お疲れ様フィルズ、おかえりなさい」
何が大丈夫なんだ院長ー!!
俺はあまりの衝撃にそれ以上話を聞いていられず、ひっそりとその場を離れた。
壁伝いに歩き、角を曲がってから俺は膝を着いて無意識に留めていた息を吐き出す。
「まさかフィルズが精霊様の王子の愛人をしていたとは…」
俺はつい、そう呟いてしまった。
まさかすぐ近くに建っている鶏小屋に誰かがいるなんて思いもせずに…。
「えっ!? なにそれどういう事!?」
「詳しく…聞かせてもらおうか」