私の可愛い××
それにしても、だ。
この4人はどこぞに弟子入りしたり顔も悪くないんだから養子の勧誘は無かったのかね?
面倒な時期を越えた十代半ば頃にはきっと引く手数多だったろうに。
体格だって立派だし町に行けばいくらでも貰い手がいたと思うんだが。
「まあ、積もる話もあるだろうけど取り敢えずフィルズあんた水浴びしといで。 着替えは持ってるかい?」
早朝とはいえ夏の日差し。
頭と手は最早どろどろではなくカピカピである。
積もる話の前に院長先生には謝罪を求めたいが無駄だと分かっているので素直に井戸に向かった。
井戸の傍らでさっさと服を脱いで近くにあった洗濯桶に放り込み浸け置いて、頭から盛大に水を被るとカピカピがヌルヌルになって非常に不愉快だ!!
これで肌と髪が綺麗になると言われてもこんな気分にさせられるならオムレツなり目玉焼きなりにして食べた方が気分も健康にも良いだろうに…。
ヌルヌルが無くなるまで水で洗いようやくすっきりした頃…。
「フィルズ、タオルを…」
アグリストが堂々と覗きに現れた。
「……きゃー?」
丁度最後のひと浴びを被ったところで両手は頭上でひっくり返した桶を持ち、下半身はワンピースの下に着ていた薄手のパンツを穿いたままだが濡れて下着が透けているのでなんというかセーフではあるが人に見せられる状態でないのは確かだ。
「いやそんな等閑な悲鳴あげるぐらいなら隠して下さい」
「ならあんたも目を逸らすなり立ち去るなりしなさいよ」
こちとら上半身すっぽんぽんで胸丸出しだっつーの。
「っていうか本気の悲鳴だったら困るんじゃないの?」
それで余計に人が集まったら私も困るが恐らく社会的にはアグリストの方が困る筈だ。
「そりゃ困りますけどね…」
桶を置いて髪を絞る私を見ながらアグリストは溜め息を吐いた。
私が気にしてないからといってもいい加減タオル置いて去れよ!
と突っ込みかけたがそれより先にアグリストは私の体をタオルですっぽり覆うともう一枚のタオルで頭をもさもさと拭き始める。
「フィルズあなた変態ですか?」
「いやいやいやその言葉そっくりそのまま返すよ?」
「いや私フィルズじゃないんで」
こんにゃろうめ…。
「普通隠すでしょう。 何で男の前で堂々と胸を晒して立ってられるんですか」
「普通目を背けるでしょ。 何堂々と見てんのさ」
…………沈黙。
いやわかっているとも。
お互いに動揺し過ぎて淡々と見せかけて結構内心が混乱していたのは。
そんで引っ込みがつかないまま現状になっちゃったのよね?
アグリストも多分今私と同じような思考をしているだろう。
にしてもこの状況で全く色欲が垣間見えないなんて私もアグリストもちょっとなんというかうんまぁきっと互いを信頼してるんだわきっと。
「アグリスト、23歳?」
「そうですよ。 フィルズは今何歳なんです?」
「聞いて驚け19歳だ」
「…………うわあ…」
うわあ…。
驚きより引いてるだろお前。
頭を拭いてるタオルのせいでさっきからずっと顔を合わせずに会話してたけど、今の表情が安易に想像できるぐらいあからさまな声だったぞ。
あーあー、あの可愛くなかったのがそのまま大人になってまぁ。
…………じゃあ別に良いのか。
「つまりフィルズにとってはたったの2年ですか…」
「いやー、あんた達が私より年上になるなんてねぇ…。 取り敢えず院長先生が死ぬ前に帰ってきたいとは思ってたけど、そうよね…子どもって成長するのよねー…」
年老いた院長先生に会う覚悟はあったけど、何年経っててもアグリスト達は私より子どものままだと思ってた。
そんな訳無いわな。
院長先生が47歳になってりゃ全員私より年上になってる。
……なのに子ども達の中に4人を探しちゃってたんだから、馬鹿みたいだわ。
「アグリスト」
「何ですか?」
頭を拭いてるでっかい手。
聞き慣れない低い声。
身長だって全然違う。
気付くきっかけになった髪の色も今の状態じゃ全く見えない。
ねぇ、あんたを最初に見つけたの私なのよ。
朝外に出たらあんたの泣き声が聞こえて、孤児院の門の方を見たらそこにいたの。
雪の上に置かれた赤ん坊。
私がびっくりして門を開けてあんたを拾ったら少し離れた所にいた男が馬に乗って走り去るのが見えた。
声をかける暇も無くて、あっという間に見えなくなったのを今でも覚えてる。
6歳だった私が抱っこできるぐらい小さくて、あんたが泣くから私も悲しくなって、泣きながら当時の院長先生の所に連れてった。
そんであんたはアグリストって名前になったの。
可愛げ無く育ったけど、弟って無条件で可愛いもんなのよね。
私、あんたが初めての弟だったわ。
「…………アーリー」
「なに? ……フィー姉さん」
「………ただいま」
「……うん、おかえりなさい」
たったの2年しか離れてないけど、男の子って凄く早く成長するもんだから。
だから全然知らない人に見えるけど、あんたは私の可愛い弟なのよね。
私より年上になってるなんて生意気だけど、許してあげる。
だって私、あんたの姉さんなんだから。