(4)
「相変わらず毎度いい反応してくれるわね、あなたって。」
満足気な香澄先生は口裂け女について話始めた。
塾帰りで遅くなった少年は暗い夜道を一人ぽつぽつと歩いていた。
街灯の明かりは気を抜けば夜の闇に飲み込まれそうな程頼りない。
どことなくその雰囲気に不安を感じる少年の目線に、ぽつんと何かが佇んでいるように見えた。
電柱の傍。じっとただ立ち尽くすそれが女性である事は離れた位置からでも確認出来た。
さらに距離が縮まる。
厚手のコートを羽織り、すらっとしたその立ち姿は美人を思わせたが、彼女の顔にはすっぽりと顔面を覆うように白いマスクが着けられていた為、顔はよく確認出来ない。
こんな所で何をしているのだろうか。気にはなったが、その存在はひどく不気味にも思えたので少年は極力目を合わせないように彼女の前を通り過ぎた。
「ねえ。」
少年の体がびくっと震える。
よく通ったその声は明らかに少年へ向けられたものだった。
知らない人と話してはいけない。でも、だからといって簡単に無視するのもよくはない。
そう思い少年は振り返った。
目元しか確認出来ないが、やはりその女性は美人であると確信できた。
そしてその目元も思いの外に柔らかく優しげなものであった。
「なんですか?」
そう尋ねた少年に、彼女は透き通る声でこう問いかけた。
「わたし、きれい?」
まさか唐突にそんな質問を投げかけられるとは思わなかった為、少年には一瞬質問の意味が理解出来なかった。
だが落ち着いて考えればなんてことはない。思った通りに答えればいいだけだ。
少年ははっきりと答えた。
「はい、きれいだと思います。」
少年は自信に満ちていた。誰だってそう言うはずだ。
女性の目元が先程より嬉しそうに緩んでいるように少年には見えた。
「じゃあ。」
女性は右手を自分の右耳へと掲げた。
そして耳にかけられたマスクの輪をゆっくりと引き剥がしていく。
やがて現れたその正体に少年は絶句した。
「これでも、キレイ?」
女性の口元は耳元まで大きく裂けていた。
少年には先程と同じ答えを紡ぐ事が出来ず、代わりに出たのは恐怖から自然と吐き出た大きな悲鳴だった。
次の日、新聞には少年が何者かに殺されたという記事が載せられていた。
死んだ少年の口元は鋭利な刃物で大きく切り裂かれていた。