(2)
「ちゃーっす。」
小枝が勢いよく扉を横へスライドさせる。あまりの勢いに滑りきった扉はがんっと終着点で音を立て、ほとんど開ける前と変わらない位置にまでドアが戻り切ってしまう。
「あんたいつもこうだけど、わざと?」
「いや、せっかく滑るからやっぱりね。」
「せっかくもやっぱりもよく分からないけど。」
そう言いながらゆっくりと流華は自分の手で扉を開き中へと進んだ。
「失礼します。」
独特の薬品の匂い。仕切られた白いカーテンとベッド。病室のような空間の奥で机に向かってペンを動かしている人物は二人の存在を確認し、口を綺麗なO字に開いた。
「あら、もうそんな時間?ちょっと待ってね。日誌だけ書かせてちょうだい。」
そんな普通の言葉もどこか鼻にかかったような吐息感の強い口調のおかげで何とも言えない色気と艶美さを振りまく。
アップで上品にまとめられた少し茶色がかった髪は見た目だけでも絹のような繊細さと柔らかさを感じさせ、そこから見えるうなじは思わず見とれる程の美しさだ。
知的な薄めの眼鏡の下に控えるとろんとした目元に泣きぼくろ。すっと通った鼻筋に少し厚みのある口元にはこちらにもダメ押しのほくろ。
白衣の下にはこれが私のフォーマルといわんばかりに豊満な胸元をさらに強調させるがごとくボタンを緩めた白シャツとタイトなミニスカート。
世の男子高生の理想を詰め込んだ学校の女神であり、教育という現場においてある種最も凶悪な香りを振りまく彼女こそこの保健室の守護神、香澄美鈴先生だ。
「相変わらずエロイねーかすみん。どうやったらそんな色気が出せるわけさ。」
「あら、さえちゃんだってなかなかのものじゃない。でも私との差があるとした年齢と言う名の経験値ね。」
と言いながら浮かべるイタズラな笑顔が無駄にセクシーだ。
「よし、おしまい、と。」
業務に一区切りがついた香澄先生の様子を見て、小枝と流華はベッドの方へと移動した。
どすっと腰かけるベッドの感触がほどよい柔らかさで流華は結構気に入っていた。
「さてさて。」
香澄先生が向かいのベッドに腰掛け足を組む。
全く、女子生徒のスカートやら化粧には注意するのにお色気爆弾な香澄先生の存在は許していて大丈夫なのだろうか。女学校ならまだしもここは共学なのだ。この存在は男子にとってあまりに刺激が強すぎやしないか。そんな抱える必要のない思いを流華は香澄先生と出会った日からずっと抱き続けていたが、黙認されているのか放任されているのか、ともかく香澄先生は香澄先生として君臨し続けている。
「かすみん、今日は何の話する?」
ぱたぱたと無邪気な子供のように小枝が足をバタつかせる。
「そうねえ。」
うーんと口元に人差し指を添えながら少し思案してから、彼女は今回のテーマを発表した。
「じゃあ、今日は口裂け女で行ってみようかしら。」