宿場町とパツキンサムライツインテール
第一章スタートです。どうぞよろしくお願いいたします。
アイザック、シェルフィードというグレイプニル最強格との邂逅を終え、一夜経った。
彼らはよもぎの頼みを承諾し、「よもぎ達と共闘して魔獣を倒した」という報告書を携えて冒険者ギルドに寄ってから機関に戻るようだ。
さて、残されたよもぎとスザクはと言えば、今は四頭立ての馬車に乗り、一路、冒険者養成機関へと向かっているところであった。
さすがは七英雄と言うべきか、きちんと町に護衛付きの送迎馬車がたどり着き、町の惨状に唖然としながらも御者はしっかりと手綱を握っていた。
スザクも乗せてもらえることとなり、二人はエルグリーンの町をあとにしたのだが……。
「うぇえ……ひっく……」
「はいはい、別れはつらいね~」
後部座席に二人で乗り込み、よもぎはスザクのわき腹に抱きついて泣きじゃくっていた。
町人たちの言った通り、別れ際に歓送会が行われ、よもぎは感無量で一時間以上泣き続けているのだった。
かれこれ馬車に乗ってからもしばらく経つが、よくも涙腺が枯れないものだとスザクは感心してすらいた。
「もはや年上の威厳とか0な」
「そ……れは言っちゃだめだよぉ……」
「おおおい! 鼻水でてんじゃねえか俺の服に何つけてやがる!!」
顔をあげた彼女の具合は推して知るべし、と言ったところ。目の周りは真っ赤に腫れ、頬も紅潮させたまま涙と鼻水で大変なことになっている。
御者の男は、本当にこれが七英雄の一人なのかと首を傾げながらも、律儀に馬を御していた。
「それにしてもよ。機関って要は学園だろ? なんでそんなとこに行かなきゃならんのだ」
「……え?」
そういえば、とよもぎは思い出す。彼をグレイプニルに連れていく、と言ってからやたらと不機嫌だったことを。
「ガッコーって何が面白いのか分かんねえから嫌いなんだよな。それもあってずっと魔法理論いじくってたんだけど、つまらなくてかなわん」
盛大なため息とともに、スザクは肩を竦めた。
実際のところ、元の世界の心配をスザクが一切していない理由はそれである。学校というものにいまいち価値を見いだせず、三年は戻れないと聞いても大したリアクションはする必要すらなかった。
魔法、という異端に触れてしまったスザクにとって、それの無い日常を過ごす彼らがひどく色あせて見えていたのもある。
だがそれ以上に、同年代といまいち反りがあわず、俗に言うぼっちだったのだ。
「たかがテストくらいでぎゃーぎゃー騒ぎやがって。何が昨日のテレビみた? だ。そんな受動的なもんでしか会話の共有もできないようなコミュニケーションそのものが腐ってるとなぜ気付かない」
「……ようは友達いなかったんだね」
「ほっぺつまむぞよもぎちゃん」
「……別に、いいよ?」
「何だその返し」
ハンカチで涙を拭い、ようやく収まってきたらしい感情の波に見切りをつけてスザクはよもぎを睨んだ。
とはいえ、円らな瞳で首を傾げられては毒気も抜けてしまうと言うもの。
若干のやるせなさと行き場の無い感情を持て余して、思わず二度目のため息を吐いていた。
「う~ん、それならスザクくんの要望には答えられると思うけどな、機関」
「新任教師に何が分かるんだよ」
「お生憎だけど、わたし卒業生だからね?」
「ああ、そうだったよもぎちゃん(21)」
「なんかスゴく不快だからやめようよ名前の後ろに年齢つけるの」
ふん、とご立腹らしく腰に手を当てる仕草に、全く迫力はない。
「で、その要望に答えられるっていうのはどういうことだ?」
「まず、みんな"冒険者"を目指してるわけだから、そういう意味ではスザクくんと話も合う」
「……なるほど」
「それと、学園だからと言って甘くみちゃいけないよ。機関ギルドっていう、冒険者ギルドの簡易バージョンみたいなものがあって、魔獣狩りには必ず駆り出される」
「……ほほう」
「次にイベント。夏に年一で行われる学年トーナメントと、年度末にある機関リーグ。対人戦にも事欠かないね」
「……面白そうだけど……レベルはどうなのよ?」
「そこ!」
にやり、と頬を緩めてよもぎはスザクの前に人差し指を突き出した。ぱくりと噛みついてやろうかとも考えたが、さすがにどうかと自重するスザク。
「聞いた話だけでも、今年はやっぱり強者揃いらしいよ。三年後に魔王復活。ならばその前に上級冒険者資格を取ってしまおう、と考える猛者がこぞって入学するみたい」
「……へぇ」
「シェルフィードくんレベルまではいかないかもだけど、そのくらいのがごろごろ来ると予想」
「あのジャンキーメガネ先輩そんな強いのか」
「見た限りではね」
機関に対する考え方が少し変わり、日本での学校とは違うことに一安心したスザク。このねじ曲がり歪に出来上がった根性が、やはり日本とは合わなかったのかもしれない。だからゲンブがスザクを放り込んだ、と考えるのも間違ってはいないのでは、とよもぎは思う。
「じゃ、少し期待するとしましょうか。アレ使わなくても、強くならねーとな」
「うん、そうだね。ああそうだ。アレと、ゲンブの息子だというのは口外しないこと」
「ん? そういやよもぎちゃん頑なに伏せてたな」
「ゲンブはいろんな意味で希望の象徴。だから逆に面倒な連中も結構いるの。ゲンブ信者みたいな奴もね」
「うわ見たくねえ……」
自分の父親に信者がいる。
そんな状況をみたい息子はなかなかいないだろう。
微妙にひきつった表情のスザクに対し、よもぎは笑う。
「だから、マミヤを名乗るのもよくないので……わたしと血縁関係にしちゃいましょう!」
「え、俺兄貴?」
「殴るよ?」
「……弟ってのは無理がねえ? 俺人間で、よもぎちゃんエルフだし」
「兄でも無理があるよねそれ。まあ関係は考えなくていいから、エルグリーン姓にしておいて」
「スザク・エルグリーン?」
「……悪くないよ。うん、悪くない!」
「なんでそんな楽しそうなんだよ」
「ううん、なんでもないっ」
音符が付きそうな勢いでよもぎはスザクから目を逸らし、そっぽを向いた。
釈然としないが、スザクに彼女の感情を読みとるような機微はない。
「そろそろ、つきますよ~」
御者の声。
反応したのはスザクの方が先だった。
「お、冒険者養成機関とやら、拝んでやろうじゃねえか!」
意気込むスザクに、振り返った御者の男は苦笑いだ。優しそうな雰囲気の御仁。彼は申し訳なさそうに言葉を続けた。
「残念ながら、今日は宿場町で一泊です。機関には、また明日。夜の走行は危険ですから」
「それは、残念ですが分かりました。明日に向けて鋭気を養います」
「そうしてください」
にこりと微笑む御者に会釈をして、未だ頬を赤くしたままのよもぎを担いでスザクは外に出た。
「わたしの扱いひどすぎるよ!!」
煉瓦でできた大通りは、エルグリーンの町との雰囲気の違いを如実に表す。
牧歌的だったあの町と違い、この宿場町は活気に溢れているように思えた。
「入学前のこの時期だから、尚更ね」
「ほ~ん」
今度はよもぎが不機嫌だが、それに気付く様子もないスザク。時折彼らの横を通りすぎていく馬車の速度に、スザクは気を取られていた。
「賑やかだなあ。でもなんかこう、日本の繁華街とは違って暖かい感じがする」
「どういうこと?」
「客と店員の心が通じ合ってるっていうのか? ただ金を交わすだけの間柄じゃなく、世間話とかできるあたりにちょっと憧れた」
「なんか、ニホンって寂しいね」
「全部じゃねえと思うけど、わりかし俺のところは都会だったからな」
会話をしながら、二人の向かう先は指定の宿屋だ。宿屋と言っても、そこはよもぎを迎える場所。かなりの好待遇だ。元々は領主の館でという話だったが、よもぎが断ったらしい。
「結局、わたしって一介の冒険者でしかないんだよ」
「先生になるけどな」
「先生だって、特別待遇されるのはおかしいの。それに、なんか色々しがらみとかありそうで嫌だ」
軽口とは打って変わった、真剣な表情。
彼女なりに譲れないところがあるのだろうとは察することができても、いまいち理解はできないスザク。
七英雄と言う名前が持つネームバリューがどの程度なのか分からない以上、どうと言うこともできない。
国賓レベルのVIPであれば、よもぎの言葉は単なるわがままにすらなってしまうのではないだろうか。
「まあとりあえず、結構な良い宿屋に泊まれるってことね。俺はどうすればいい?」
「お金はあるから同じ場所に泊めてもらおうと思ってるよ」
「申し訳ねえ」
などと会話を続けるうち、ちらほらと同年代らしき人間の姿が目に入るようになってきた。
「お、猫耳!」
「ゲンブもそうやって珍しがってたけど、亜人が居ないんだってね、そっち」
「初めて見たことには間違いないな」
エルフを見たのも初めてだ、と続けてから、若者の多くなってきた町を歩く。
相変わらず煉瓦が多いせいか、赤や黒で彩られた雰囲気が連なっていた。
「教科書とか、そういうのは買わなくていいの?」
「教科書? ああそういうものはないから大丈夫。座学はだいたいメモがあれば事足りるし、ほぼ、実技よ」
「ガッコーらしくなくて素敵だ。ほれぼれするぜ」
どれだけ日本の学校が嫌だったのだろうか。
ジト目を向けつつ、よもぎは嘆息し、ハタと立ち止まった。
彼女の視線の先には、金髪を長く伸ばした、王宮守護のような騎士の服を着た男の姿。
どうしたのかと思いきや、「ちょっと待ってて!」と駆けだして通りの向こうへと行ってしまうよもぎ。制止する間もなかったが、とりあえず追いかけようとして、スザクも後ろから声をかけられた。
「ちょっといいかな?」
「ん?」
振り返れば、そこに居たのは先ほど気を取られた獣耳の青年。何やら白黒を基調にしたブレザーの制服のようなものを着ているが……さて。何の用だと首を傾げれば、青年は高らかに告げる。自分よりも年上っぽいななどと考えつつ、スザクは言葉を待った。
「君は機関の新入生だね?」
「……らしい、ですけど」
「じゃあ、日没と同時に広場に集合だ。場所は分かるかい?」
「……分かりますけど、何で行かなきゃいけないんですか?」
おそらく先ほど通ってきた、やけにだだっ広いだけの公園もどきのことだろうとあたりをつける。
青年は質問で返されたことに若干不満げな表情で続けた。
「今日居る新入生は全員集合だ。俺は三年生、君は一年生。言うことを聞いた方が、機関でも波風は立たないよ?」
「……まあ、分かりました」
満足げに消えていった、金髪の、どこか平凡な青年を見送ってから、スザクは舌打ちした。
「年功序列とか大嫌いなんだよな。そういやそういうのもあるじゃんガッコー。うわだる、めんどくさ」
それにしても、何で三年生がこんなところで新入生をかき集めているのか。
疑問は尽きず、よもぎもどこかに行ってしまった。
こんなところで待ってて、と言われてもなあと途方にくれていたスザクに、もう一度声がかかった。
いつの間にか、少し歩いていたらしい。
果物屋らしきおっちゃんが、手招きして「そこの少年!」とスザクを呼んでいた。
「ん? 先に言っておくと金ねえっすよ俺」
「ありゃ、そいつぁ残念だ。だが俺はな、ただの果物屋じゃねえのよ」
「ハゲてるもんな」
「そうそうって小僧リンゴぶつけるぞ」
「すみませんつい」
本気で手に持っていたリンゴを振りあげる、少々頭髪の薄い果物屋。
フラストレーションがたまっていたせいかずいぶん失礼なことを言った自覚もあり、スザクも素直に謝った。
寛大な人のようで、全く、とため息を吐くと果物屋は言葉を続けた。
「新入生なんだってな。さっきのやりとり、どういうことか教えてやろう」
「……ああ、何で集まらなきゃいけないのか、知ってるんですか」
「ああ、あれはな、洗礼だ」
「は?」
洗礼。そう聞いてスザクの頭に真っ先に浮かぶのはキリスト教。はて、祝福でも受けるのかと疑問を膨らませる前に果物屋は笑う。
「つまりだ。今が何日か知ってるか?」
「いや、無知なもんで」
「冬の月最後の日だ。明日から春の月……つまり、入学式だな」
「明日入学式だったのか」
「それも知らなかったのか。……要は、お前さんみたいな人間を粛正してやろうっていうことなのよ」
「穏やかじゃないですねぇ」
何だそれは。よもぎちゃんに呼ばれたのが昨日なんだからどうしようも無いじゃないかと、理不尽に対して内心嘆く。
「こんな時期にまだ機関に来ていないお前等は、やる気も気合いも足りない。本当に魔獣を倒そうという気概があるならもう機関に来て準備をしているべきだ。その根性叩き直してやる……とまあそんな具合に、三年生が100人ほど、広場に集めた新入生をたこ殴りにする儀式だよ」
「……へぇ。何で俺にそんなこと教えたんです?」
問いかけるスザクに、果物屋は高らかに笑った。
イヤな笑みを浮かべつつ、言う。
「魔力!」
「あ?」
「ただの果物屋じゃねえっつったろ。元Aランク冒険者の俺には、人の魔力くらい見えるのよ」
俺も見えるよ、と言いかけてスザクはやめた。
「その魔力量がバカみたいに大きいお前さんは、おそらく強い。……俺も初めて機関に来たときに痛い目にあってな。この洗礼で」
「なるほど、洗礼を逆手にとって、俺に三年生をたこ殴りにしてこいと言いたいわけだ」
「そういうことだ!! 期待してるぞ! 見に行くからな!」
「見にくんのかよ」
だが、少し楽しそうだ。
スザクは笑みを浮かべて思う。三年生100人を相手に戦えるなら、どの程度の実力が自分にあるのかも良く分かるというものだ。
「ありがとうございます。じゃあ、洗礼楽しみにしててください」
「おう!」
果物屋と別れ、歩きだしてふと気づく。
いつの間にかポケットにリンゴがねじ込まれていた。
「……おいおい、何が『お前は強そう』だ。アンタのが絶対強いじゃねえかこれ」
相手に気づかれず、リンゴほどの大きさのものをポケットに入れる。
スザクが反応するよりも先に殺せるほどの実力を秘めていると思われる果物屋に戦慄を覚えつつ……リンゴを取り出して、とりあえずおいしそうなのでいただくことにして、さてここはどこだろうと思って思考停止。
いつの間にかメインストリートを外れ、変な道に入ってしまったようだった。
「……どこだここ」
しゃくしゃくとリンゴを咀嚼しながら、スザクは思う。迷った、と。
さてどうしようか、このまま道を進もうか、それとも引き返してメインストリートにでられるかどうかの賭けにでるか。
「面倒だから遠慮する、と言っている」
「先輩に対してタメ口とは良い度胸だな」
「黙って従ってりゃいいんだよ」
「おい、もう面倒だし今やっちゃわね?」
リンゴの四分の一ほどを食べ終えて、結局スザクは直進していた。奥へ奥へと進んだ先の路地裏は行き止まりで、舌打ちして引き返そうかと思った矢先のことだ。
光がいまいち届かず暗がりになっているその最奥で、何やらもめ事が起きていた。
5人ほどの人間のいざこざだろうか。中には耳のとがっている者や、やたら毛の濃い者も居るが、総じて先ほどの青年と同じ制服に身を包んでいる。
「……なんだ? いじめか?」
スザク自身は受けたことがないが、こういうシチュエーションを知らない訳ではない。数人が、よってたかって一人を甚振るというのは見ていて気持ちの良いものではない。
一瞬、助けようかと思ったが、ふと違和感に気づいて足を止めた。
助けるのなら、相手は一人詰め寄られている方だ。しかし、渦中に居るその少女の表情にはまるで焦燥が感じられない。涼しい顔で、高みから見下ろすような目で、取り囲む連中を見据えていた。
「金髪のツインテールとか、初めて見たな」
少女の服装は、取り立てて目立つような格好でもない旅装だった。身軽で、そして少々スカートが短すぎるのではないかという程度。
「何だその態度はよぉ!!」
「遠慮する、と言っているのが聞こえないのか? わざわざ新入生などという括りにされること自体、私は不快だ」
よもぎよりも高いソプラノのはずが、どうしてか重く感じるのは彼女のカリスマ性のある雰囲気からか。それとも、満ち溢れる自信を感じるからか。
「本当に生意気だなこのアマ」
「もうやっちまうか」
「わざわざ集める必要もねえな」
「……ほう。私とやる気か、お前等」
一触即発の雰囲気に、ピリピリとした緊張が走る。
持て余したスザクは、ぼうっとそのやりとりを見送ろうとしたのだが、少女がスザクに気付いた。
彼女が声をあげる前に、とりあえずスザクは自らの直剣を振り上げ、問いかけることにした。
「助太刀は~?」
暢気な声に、慌てて振り向く制服一同。少女は一瞬ほうけたが、スザクの意図を読みとったのだろう。
「ふ……くく……助太刀か……」
こみ上げる笑いを押さえつつ、少年を見れば。全く助太刀をする気は見られない。この程度、お前は倒せるのだろう? と暗に言われているようで、胸にたぎる高揚が、彼女の感情を支配する。
すかした顔の少年に向けて、獰猛な笑みを浮かべて一言、大きな声で言い放った。
「要らん!!」
「……なめやがって!」
「やっちまえこのアマ!」
「ガキはその後だ!」
その瞬間が合図だったのだろうか。背後の調子に乗った少年よりも、先ほどからなめた態度をとり続ける少女へと制服たちの矛先が向く。
魔法を唱え始める者、剣を抜く者、斧を振りかぶる者。パターンは様々だが、そのどれもが意味をなさない。
「迅!!」
少女の高く愛らしい声とは裏腹に、彼女の抜いた長刀が風を巻き起こす。
土煙に巻かれたかと思った男たちは先ほどまで彼女が居た場所に切りかかるも、そこには当然もう誰も居ない。
「遅いな、遅すぎる」
「なっ!?」
剣を振りおろした男の背後に、陽炎のように現れた少女は一閃。柄の先を後ろ首に叩きつけて気絶させる。
「よ、よくもラッテンを!」
「私に斧で挑むとは、愚かしい」
銀が閃いた。振り上げた斧の、長柄の中心にだ。
まるで蜘蛛の糸が一瞬見えたか、というほどの速さで何が起きたのか分からない斧の男。
「長刀は、速さが命だ」
「……なっ!」
斧の長柄が切られていることに気付くより先に、腹を柄で殴られ悶絶する。
瞬時に彼女は標的を換え、近くに居た魔導師の男をにらむ。と同時にもう体は動いていた。
「魔導師というのは、詠唱する暇がなければただのゴミ」
「猛れ炎よ! ミニマムフレア!」
「初級魔法とは、恥ずかしさで涙がでるな」
男の手のひらから射出された、三発の小さい炎。その全てを、少女は絶ち切った。
身の丈ほどもあろうかというその刀を、少女は華麗に操って舞い踊る。
「そんなっ!」
「造作もないこと。……沈め」
長刀が閃く。
峰が当たったのか、わき腹がおかしなほどへこみ、次の瞬間路地裏の壁に叩きつけられた魔導師も気絶。
「ひ、ひええ!! 化け物だ!!」
「あ、貴様!」
ダガーを両手に持った男は、少女に背を向けて逃げ出した。だが、そうなると少女と代わるように目の前に現れるのは先ほどの少年だ。
しかし、さすがに、さすがに彼女ほどの化け物ではないと信じたい。
スピードには自信があるのだ、大丈夫。
そう思いつつダガーを両手に構えて突貫する。
「どけえええええ!!」
少年は、剣をただ単純に、横振りしただけだった。
「おら」
「ぎゃああああああああ!!!」
「……!」
炎の蛇が剣先から吹き出て、男を包み込む。
酸欠で気絶したところを見計らって魔力を止め、スザクは剣を納めた。炎も同時に吹き消える。
ナチュラルに対人で初めて魔法剣を使ったな、と思いつつ少女の行方を探すと、いつの間にかスザクの隣に立っていた。
納得のいかなそうな表情で、何をするのかと思えば。
「……ってい」
「ぎゃぴっ!?」
「……容赦ねえな」
「助太刀は不要と言ったろう?」
「そか」
気絶した男に一発、軽く蹴りを入れた少女。どういう意図があっての行動かと首を傾げるのもつかの間、ただ単純に全員己の手で倒したかったのだという意志表示だったらしい。
「……しかし、キミの今のは魔法剣か?」
「ああ。何で?」
「何で? そうだな、使用者が他にもう一人しか思いつかないから驚いただけだ」
「そうか」
「そうだ」
長剣を鞘に納め、肩紐で背負う少女。
少女を近くで見ると本当に綺麗な金髪を、無造作な紐でツインテールに括っていた。
身長は、スザクの胸あたりであろうか。
颯爽と立ち去ろうとする少女を、スザクは呼び止める。
一目見てスザクが覚えた違和感は正しかった。この少女は強い。そして、同い年らしい。
なら、おもしろいことになりそうだと。
「ちょっと良いか?」
「何だ?」
「メインストリートまで、案内してくれねぇ?」
頼み、と聞いて渋い顔をした少女。その幼げな顔にはずいぶんと似合わない表情だが、しばらくして真顔に戻ると頷いた。
「……ふむ、要らぬ助太刀まで貰ってしまったからな。そのくらいの頼みは聞こう」
「助かる。ところで、洗礼は結局行くのか?」
意外と話せる少女だと思いつつ、本題をぶつけて見る。
聞き慣れない言葉だったのか、首を傾げる彼女。ツインテールが連動して揺れる。
「洗礼?」
「今もめてた奴。広場に新入生集めて三年生100人がいびりに来るっていうから、俺は逆にたこ殴りにしてやろうと思ってるんだけど」
ニヤリ、と笑ってそう言った。
思い出すのは先ほど、助太刀を問いかけた時に断った、あの少女の獰猛な笑み。
もしかしたら、イイ仲間になるのではないかとの期待を込めて問いかける。
そして、スザクの推測は的中する。
先ほどと同じ悪好きのする笑顔を浮かべ、スザクを見た。
「なるほど、魔法剣使いと肩を並べて、粋がった上級生を痛めつけるのも悪くない」
「いやそこまで言ってないんだが」
どうにも、やたらと好戦的らしい少女と、二人並んで路地裏を後にする。
「俺、スザク。スザク……エルグリーン」
「私はアルトリーゼ・フォン・シルフェニア。気軽にアルトと呼ぶがいいさ」
「おう、よろしくなアルト」
見る者を震え上がらせるような、歪な笑みを浮かべた二人組がメインストリートに足を踏み入れる。
さあ、そろそろ日没だ。
機関に一つの伝説が生まれる、その数分前のことだった。
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