超級魔獣と稀少技能
突然ですが、ここで謝辞を。
日間ランキングランクイン致しました。皆様の御蔭です、ありがとうございます。
まさか一話目から入るとは思っていなかったので、のんべんだらりと毎日更新して参りましたが、日間ランキングに入ってジャンル学園で未だ学園に入るどころかそぶりすらないのはまずいだろうと思いまして。
今日、三回更新します。
三回目の更新で、入学編入りますので、どうぞお付き合いください。
時間は
12:00(今回)、18:00(序章エピローグ)、21:00(入学編第一話)
となっております。
タイトルを変更したことも含め、今後ともグレイプニルをよろしくお願いいたします。
「どうなっている! 返事をしろ! おい! おい!」
通信機器に向かって怒鳴りつける、一人の青年。年の頃は25、6であろうか。
長身に似合った、金の長い髪は先端で小さく縛られている。
ここは彼の執務室だ。
冒険者ギルド、現サブマスターであるマルス・ライデイン。彼は魔導通信機から途切れ途切れに繰り返される言葉に、戦慄を覚えていた。
冒険者パーティは全滅。ラザーニア地方南部にあるエルグリーンの町近隣に"超級"魔獣出現。
「エルグリーンの町と言えば、七英雄のよもぎ・キングス・エルグリーン様の居場所……しかしあの方一人では超級など……!!」
七英雄の存在は、今も魔獣に脅かされる世界中の人々の心の支えだ。
その一人でも欠けるようなことがあれば、また人民を恐乱の渦に陥れることにもなりかねない。
大げさなと思うことなかれ。
どんな腕利きの冒険者でも、魔王にたどり着くことなく死んでいった七年前、たった七人の英雄が魔王封印にまで至ったのだ。
リーダーの死亡で、残り六人となった英雄たちの、またもう一人でも欠けてしまえば、魔王が復活した時の民の混乱は計り知れない。
「エルグリーン様を救うことが第一として、そこから一番近い冒険者駐屯場所は……!! 冒険者養成機関か!」
一人頷き、グレイプニルへの魔導通信を回す。
敢えなく散った冒険者パーティの為にも、エルグリーンの町を救わなくてはならない。
世界の損失を防ぐために。
「私だ、マルス・ライデイン冒険者ギルドサブマスターだ。グレイプニルより、四天王パーティのどれかをエルグリーンの町へ送り込め、至急だ!! 生半可な生徒に任せられる案件ではない!! 超級魔獣が相手だと伝えろ!!」
均整の取れた美貌を歪ませて、マルスは怒鳴る。
彼が呼びつけたのは、冒険者養成機関の生徒で構成されるパーティの中でも、最強の名を冠する四つのパーティを指したもの。そのどれかを動かすというのがどれほどの事態なのかを全て把握した上での判断だった。
「……間に合うと良いが」
後は、エルグリーンの町に対しての案件は祈るばかりだ。
何故あんな長閑なところに超級魔獣が発生したのか、それを考えるには自分では足りないだろう。
ギルドマスター……七英雄の一人の指示を仰ぐ為、マルスは部屋を後にした。
冒険者養成機関最強パーティの一角と、とある英雄の息子の邂逅は、近い。
土煙に包まれた、平和だった町エルグリーン。
そのメインストリートの幅員中央に降り立つ、一つの影。
「すざくくん……なんで……」
「助けて、って、言われたんだよ。子供にな」
抱きかかえていたよもぎをゆっくりと降ろして、スザクは剣を振った。握りも安定している。大丈夫、怖くはない。
スザクの念願。それは大切な人を守ること。
果たして半日も共に過ごしていない彼女のことが大切かと言われれば、どのくらい大切なのかはスザクにはわからなかった。
だが、自分のところに涙鼻水垂れ流しながら救いを乞うてきた少年は違う。少年は間違いなくよもぎのことを大切に思い、案じていた。
ならば、それに答えたい。
それが、スザクの青臭いながらの思いだった。
「でも、待って。スザクくんが勝てるような相手じゃ……」
「あ、それなんだけどさ」
なおも食い下がるよもぎを手で制し、スザクは蛇竜と相対し深呼吸を一つ。
するとどうだろう。周囲に大量の、緋色の粒子が現れた。浮かび上がってきたといってもいい。
そして、こんな現象をよもぎは知らない。
呆然と綺麗な粒を見つめる彼女に苦笑しつつ、その米粒程度の粒子にスザクが触れた。瞬間、それはスザクにとけ込むように消えていく。
「こ、れ……魔素……?」
「正解。何で赤いのかは、よく分からないけど。親父にはある例外を除き、絶対に使用を禁じられていた」
だからさっきはやらなかった、ごめんね。そう付け加えて、スザクはよもぎに振り返る。
その申し訳なさの混じった表情に思わず首を振りつつ、それでもこの可視化した魔素が何の意味があるのか分からないよもぎの、困惑した視線は変わらない。
「なんで……禁じられていたの?」
「俺以外には出来ないから、らしい。せっかく魔法が使えるのに、また禁止条例が出てるのは少し苛つくな、確かに」
「……じゃあ、今はなんで」
「例外があるっつったろ。……大切な人を守る為。その為なら、この力を使って……全力を出すことを許す、とさ。律儀に守ってるあたり、あのクソ親父のことを俺は嫌いになれないらしい」
「たいせつな……ひと……」
若干熱の籠もった視線と、おそらく魔法の連続使用で疲労がたまっていたのだろう、どこかうっすらと上気した顔のよもぎ。
そんな彼女の制止など、もはや聞くまでもなかった。
今の彼女に戦いを任せられるほど、スザクは幼くない。
「じゃ、おとなしくしてろ」
「ちょ、待って、待ちなさい……!」
先生としての義務を果たそうとした彼女には尊敬の念を覚える。だが、彼女に義務があるように自分にも一つの義務がある。
スザクの心の中で、それは決定事項だ。
「恩師を守れない生徒がどこにいる!!」
「……ぁ」
スザクの服の裾を掴んでいたよもぎの小さな手を握り返し、そう豪語してスザクは笑った。
自然に力の弱まったよもぎの手。それを了承と見なし、赤い粒子の中をスザクは駆けだした。
「ハッ! 会話を待っててくれるたぁ、良心的じゃねえの!!」
蛇竜!
悪口雑言吐き散らし、スザクは自らの右手に握られた直剣を振り被る。詠唱破棄なんてなめた真似は出来ない。
この魔獣から感じる力は、先ほど戦った二匹とは大違いだ。
「フレアベリアル!!」
地獄の火炎がのたうち周り、図太い鞭のように赤黒く熱された鉄線が蛇竜を襲う。
父親ゲンブも使った、炎系魔法剣の代表ともされる呪文。その威力は当然ゲンブのバカ魔力には劣るものの、それでも恐ろしい威力を秘めているのはよもぎにも分かった。
先ほどまで蛇竜が暴れて破壊した家や土くれが、炎に飲み込まれて跡形もなく消え去っているのだから。
「どれだけの高温が……、でも……!」
よもぎの目には見えた。あの炎では、蛇竜は倒せない。
鞭にくるまれ苦しんでいる様はよく見えるが、それ以上に魔力の消費が激しく、とてもAAA程度の魔力では持たない。
「と、思うじゃん?」
「えっ……!」
赤の粒子が魔素だと見抜いたよもぎだから、この現象の異常性に気がついた。
蛇竜から吸い取るように、濁流のごとく赤の粒子がスザクへと流れ込んでいるのだ。
蛇竜からだけではない。周囲に漂う魔素が、その全てがスザクへと吸収されていく。
「……魔力を上限まで瞬時に回復する力……!? まさか、稀少技能!」
「大正解! そんなかっこいい名前の中に入れるほど、派手なものじゃないけどな!!」
ドレインとでも呼ぶのが一番だろうか。
スザクの稀少技能は、周囲全ての可視化した魔素を自らに永続充填出来るというもの。
彼の体力の続く限り、その恩恵は尽きることがない。
上限は彼のAAAランクの魔力でしかないが、そこから減ることのない魔力版バトルヒーリング。
「SYAAA!!!」
「はは、まだまだいくぜ!!」
剣から伸びる獄炎の鞭が剣先から切り離され、スザクは倒壊した民家を足場に跳躍、またしても剣をふるう。
「ストームラッシュ!!」
風の魔法剣、これがまたゲンブも良く使った、大量の風刃を生み出す技。
炎の鞭に抱かれて身動きの取れない蛇竜に対し、次々に胴体へ傷をつけていく。
「浅いか」
「GYAAAAAAA!!!」
浅いとはいえ多量の傷をつけられた蛇竜は、炎の鞭によってされていた拘束を自力で暴れて打ち破る。
その怒りのまま、スザクに向けて体当たりよろしくの突撃を敢行するサーペントゴーレム。
「速っ!?」
「SYAAA!!」
一瞬目を丸くして驚くスザク。
あの巨体をして、高速機動の蛇竜だからこそよもぎも苦戦していたのだ。瓦礫の山も何のそのと弾き飛ばして襲いくる化け物に対し、スザクも負けてはいられない。
「おうおう、綺麗だなーと思ってた町をこんなに滅茶苦茶にしやがって。……スプラッシュバスタード!!」
両手持ちに持ち変えて、跳躍と同時に振りかぶる。大滝のような濁流の噴射と併せて、水属性の鋭く重い一撃が、蛇竜の脳天に直撃する。
「SYAAAAA!」
「……ぐっ!!」
ぶつかり合うは矛と矛。核弾頭と核弾頭だ。
蛇竜のあの巨体での高速突進は、10トントラックも比較にならないほどの重さを持ち合わせている。それに対し、スザクも十全なる魔力を潤沢に使っての一撃。ぶつかりあう衝撃に、周囲の空気が行き場を失ってはじけ飛ぶ。
吹きすさぶ風。
舞うは土煙。
粉塵のその向こうでは、脳天からドス黒い血を流す蛇竜と、腕が一本イカれたのか右腕を押さえて蛇竜とにらみ合うスザクの姿があった。
だから、どうした。
「は! この程度かよ蛇竜!!」
腕が折れる痛み? 結構結構。その程度で済むのならいくらでも。
周囲と、蛇竜そのものから大量の魔力を奪いつつスザクは笑う。
目に見えて疲労を露わにしている蛇竜など、もはや怖くも何ともない。
「っと!?」
「スザクくん!!」
蛇竜も余裕がなくなったらしい。いつの間にか口内にため込んでいたレーザーを、スザクめがけて放射する。
ふつうなら避ける一撃。
しかし、余裕を扱いたスザクはにやりと口元を歪めてあろうことか真っ向から立ち向かった。
「っとと! メイルシュトロム!!」
「んなむちゃくちゃな!!」
握った剣を持ち変えて逆手。加えて剣先を、まるで円周バリアでも貼るように一周させた瞬間、扇風機のように回転を開始するスザクの剣。
その中心から徐々に広がるように、竜巻が射出されるという意味不明な技が飛び出した。
レーザーとぶち当たり、竜巻はレーザーを周囲に弾き飛ばしながら直進する。
「ふは、ふはははは俺つええええ!!」
よもぎの忠告は、調子に乗りすぎないことだった。
「あ、やべ」
おもしろ半分に放った回転竜巻は、いつしか腕の筋力の弊害で力を失い、レーザーに押し返される。
このままではそのままカウンターを食らって熱線で焼かれることは間違いない。だからといって脱出するには遅すぎた。
「……炎と風が通じないなら、雷でも落とすかと思ったんだが……こりゃやべえな……!!」
負けじと旋風で押し返すも、一度切り替えされてしまった波はなかなか取り戻すことが難しい。
徐々に、迫るレーザー。
そこで初めて、調子に乗っていたスザクは冷や汗を掻く。
これは、本当に死ぬかもしれない戦いだと思い出す。
さんざんカッコつけておいてこれは恥ずかしい、などと思う余裕すら、一瞬で終わりを迎えた。
「……とと、一歩間違えれば命取りってのはマジだったな。……どうすっか」
表情にも余裕がなくなってきた。
死の恐怖が間近に迫っても発狂しない精神力は大したものだが、だからといってそれが打開策につながるかといえばそうではない。
そうこう考える間にも押し返される波動は強く、蛇竜も必死なのだと伝わってくる。
魔力を奪い、自らの攻撃に変えるスザクの力のおかげで蛇竜もかなり弱体化はしているのだ。
だが、それでも生に対する執着が、単純にスザクより強いのだ。
「SYAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
「必死かよ……きっついな……!! マジ……」
魔法剣のリスクは、魔力だけが燃料ではないことだ。
全身の持つ体力と、精神が持つ魔力の両方を同時に使用する。魔力を奪えるスザクの強みも、体力を奪えないことには競り合いにも負ける可能性はあるのだ。
そして、現在負けそうになっている。
「っち。死にたくはねえな……!!! ああああ!!!」
気づくのが遅く、まだまだ発展途上。初めて見る相手を嘗めてかかり、結果余裕を扱いて隙を見せるからこうなるのである。
「……へへ、まっず」
考えろ、考えろ、と頭で念じるも、この状況を打破する得策は思いつかず。
気づけば目の前までレーザーに浸食され、あと一歩でスザクは体が蒸発する。
「……ちっくしょおがあああああ!!!」
結局、敗因は嘗めた真似。その辺の気を引き締めないことには、
これからの戦いに勝つことは出来ないでしょう。
「どうすっかじゃないでしょ。先生を頼りなさい先生を」
下から、声。魔力を回復させたのか、よもぎがスザクの後ろに跳躍し、そのままレーザーに対して一睨み。
スザクに会話をする余裕はないというのに、そんなことは気にする様子もなく説教が始まる。
「……よもぎちゃん」
「あ、先生って呼んでくれなくなった!!」
頬を膨らませて怒るよもぎに、今はそんな状況じゃないだろうと嘆息しかけて、気づく。
自らの力が、格段に増していることに。
「エルフ魔法なめんな! わたしを無視して一人で超級と戦おうなんていい度胸してるね!」
「それ、よもぎちゃんが言っちゃう?」
「う、うるさいな。ほら、行くよ!!」
彼女の手のひらが背に触れた瞬間、まるで今まで自分は20パーセントの力しか使えていなかったのではないかというほど、枷から解き放たれたかのように溢れ出す力を実感出来る。
これがエルフ魔法。仲間に対して使うことで、その真価を発揮するのだ。
これなら、やれる。
「っしゃあ!!」
メイルシュトロムでレーザーを一瞬で打ち返し、顔面に旋風の直撃を食らった蛇竜に向けて、直剣を振り被る。
「油断せず全力でいきなさい!!」
「くたばれ駄蛇!! フレアドライブ!!」
まるで大車輪。炎の推進力を使って、まるで戦車の車輪のように、火炎車が蛇竜の脳天にぶち当たる。
切れ味抜群のフレアドライブが通過した蛇竜の胴体は、ぱっくりと二つに割れた。
まるで先ほどのサイクロプスの焼き回しであるかのような、そんな光景。
「……ふぅ」
「気を抜き過ぎ。以後気をつけるように」
「お互い様じゃねーかよもぎ先生」
「あー! 嫌みっぽく言ったな! 嫌みっぽく言ったな!?」
ずしん、と倒れ伏した蛇竜に対して、スザクがなにかしらの感慨を覚えることはなかったが。
よもぎはどこか空元気でも見せているかのような、そんな空っぽの笑顔でスザクに食ってかかっていた。
倒したのだ。
超級と呼ばれるような、冒険者たちですら恐れる魔獣を、たった二人で。
「……よもぎちゃん」
「ん?」
「……町、残念だったな」
「……言わないでよ……気づきたく……なかったんだから」
野暮だったか、と頭を掻く姿は本当にゲンブに似ている。そんなことを思いながら彼を見上げるよもぎの視界は、ぼやけてもはや殆どなにも見えなくなっていた。
危機が去って、初めて覚える感情というものがある。
町を失った悲しみと、そして必死に戦った時の痛み、そして恐怖。それが、終わってからまとめてどっと押し寄せる。
「こわかった……こわかったよぉ……」
「あ~はいはい。お疲れさま……」
だから、抱きつかれて泣かれてもスザクには何も出来ないし、元々そういうことに慣れていないから慰めることも出来ない。
21だ何だって言われても、後衛でしかない彼女が、たった一人で勝ち目のない戦いを挑まねばならないことなど、今までなかったのだろう。
七英雄と呼ばれてはいても、やはりまだまだ人生経験は多くなく、そして感情を持つ人類なのだ。
「……お袋に、慰め方とか聞いておくんだったな」
「……頭に手おいといて」
「……これでいいの?」
「……うん」
これでいいのか。
と首を傾げながらスザクは言われるがままに従った。
なんだこれ。とは思っても言わなかった。そしてそれが正解であった。
一頻り、よもぎの感情の波が収まってから。
ふと周りをみれば、やはり町並は惨憺たるものだった。
これからどうしようにも、難しい。
どうすっかなーと、特に何が浮かぶわけでもない思考をぐるぐる巡らせていたスザクの足を、ふと何かが引っ張った。
「ん? っておまえさっきの」
「ありがとうございました!!」
ぺこり、綺麗な礼を見せるこの少年は、よもぎを助けてほしいと懇願してきたあの時の子供だった。
何故ここにいるのか。
隣のよもぎも、目を丸くして何もいえない様子だが。
それは、彼が黙って指を差し示す方向に二人が向くことによって、解消されたのだった。
「……あれ? 逃げさせたんじゃなかったの?」
「逃げさせたよ……?」
ただ単純に疑問符を浮かべるスザクと違い、よもぎの表情は呆然だ。
必死になって逃がしたはずの町人が、全て町の入り口に勢ぞろいしていたのだから。
「エルグリーン様、ご無事で!!」
「魔獣は倒された!! 万歳!!」
「さすがエルグリーン様だ!!」
口々に賞賛し、肩をたたきあって喜ぶ町人に邪気はない。それどころか、信じていたとばかりの瞳をよもぎに向けて、本当に喜んでいるようだった。
「どう……して……?」
「エルグリーン様をもし見殺しにしてしまったら、我ら命を救われた人間は結局死んでいるも同然じゃないかと……恥ずかしながら町はずれの畑にまで武器を取りにいき、こうして戻って参りましたのです。……その意味は、無かったみたいですが」
説明と同時に、男衆がふりあげるちんけな槍や、粗末な盾。そして、鋤や鍬といった農工具。
その光景に、よもぎは無表情のまま滴をこぼした。
「……ぁ……」
「いやまあ、良かったじゃねえの」
「ところで貴方様は?」
「俺? 俺は、なんか有名らしいゲン「わああああ!! 内緒!! 内緒なのそれ!!」……あ、そうなの?」
瞬間的に涙を引っ込めたよもぎの妨害によって、自己紹介失敗に終わったスザクは微妙な顔だ。
町の人々は、いつの間にか自分たちの家や丘、風車や魔獣の周りに繰り出して、せかせかと何かをやっている。
「えっと、これはどういう……?」
「どういうって復興ですよ。エルグリーン様が機関に赴任なさるとはいえ、エルグリーンの町はずっと続きます。ですから、復興です。明日、発たれる予定だったのでしょう? サプライズの歓送会は出来なくなってしまいましたが、明日はささやかなお見送りをさせていただきたく思います」
ほろりと涙を流し、止まらなくなってまたスザクに抱きついてきたよもぎを置いて。スザク自身も、このよもぎの愛されている暖かさを感じて自然に笑顔になっていた。
「よーっし! お兄さんも復興手伝っちゃうぞー!!」
「おお! ありがとうございます見知らぬ方!」
「見知らぬぅ!? 俺の名前はまみ「だからだめええええ!!!」……なんだよ。スザクだよよろしくな」
ふてくされたスザクに、よもぎも小さく笑い、壮年の男も笑う。
突然の出来事だったが、かえってよもぎは町の温かさを実感する機会となった。
と、その時。
慌てて風車の方から駆けてきた青年が、息も絶え絶えによもぎに言う。
「エルグリーン様の邸宅が、何者かに滅茶苦茶に破壊されています!!」
村の騒動は、終わってはいなかった。
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