よもぎちゃんとポテンシャル
よもぎの邸宅があるのは、とある小さな町の、風車がある丘の上だった。
野山の頂上のような、緑の芝が美味い空気を届けてくれる。風車の回る、木の軋んだような音も妙に心地良い。
「すっげえ綺麗だな」
「えへへ、自慢の故郷だよ」
丘の上から見る牧歌的な町の景色は美しく、人々と動物の営みが、暖かな風とともに朝日に映る。
町へと降りる階段の幅員は広くない。よもぎとスザクが並んで歩くので、十分道は塞がれているようなものだった。
もっともなだらかな丘なので、坂道と思えば別の場所から登って、階段を使わないのも悪くない。
「ところでこれから何をするんだ?」
「ん~……ちょっと考えてる。スザクくんがどこまで戦えるかによっても変わるし、ゲンブの息子だっていうのなら、わたしがしっかりと面倒みるよ!」
「なんというかこう……やるせないな。いや仕方ないのかもしれないが」
頬を掻くスザクを隣に、よもぎは階段をピョコピョコと降りていく。
スザクを召喚した場合のプランも、彼女の脳内にあったといえばあったのだ。
そのいくつかのプランは、スザクの能力によって変えるつもりでいた。
尤も、これは全部スザクがゲンブ以上のポテンシャルを秘めている前提の話であったが。
魔王復活まで残り三年。この猶予を、どう使うかと考えた時点で、よもぎはゲンブの意思を看破していた。
(絶対、スザクくんを冒険者養成機関に入学させる気満々だったんだあの人……)
よもぎが、新任として赴任する予定であった一つの学園。学園というには少々殺伐とした養成機関ではあるが、次代の対魔獣戦闘を担う少年少女を育てる場所には違いない。
彼にどの程度の実力があるのかはわからないが、確かにあの場所で三年鍛えれば、どんな人間でもそれなりに戦えるようにはなる。……その間に、逃げ出したり死んだりしない限りは、だが。
「わたしが教師になるのも……見透かしてたのかなぁ。あの人のことだし」
「ん?」
「いや、なんでもないよ」
周囲を好奇心むき出しの目で見て回るスザクに、小さく笑みがこぼれた。笑みをこぼす余裕ができたことに安堵しつつ、彼がどの程度立ち回れるのかを計るのが最初かと自己完結した。
「げっ」
馬車にひかれたカエルのような声を出して、スザクは立ち止まった。何事かと思って彼の視線の先を見て、ああと納得する。
「お……おやじ……まじでえいゆうだったんだな……」
「声がふるえてるよ」
「いやだってそりゃ……ねえ?」
「息子としては複雑なのもわかるけど」
二人の見上げた先。彼らの目の前には、オールバックにキメたクールガイが、オーラを纏った剣を構えている姿の、銅像があった。
「こんなの、この国のどこにでもあるよ?」
「うへ、すげえやだ」
「気持ちは分かるけどさ」
口元を緩ませて、よもぎは優しくスザクの肩を叩いた。
自分だって、親の銅像が大量にあったら嫌だ。
町の雰囲気は牧歌的といえども、田舎らしく整った区画の町並みだ。
中心通りである馬車道を歩きながら、スザクとよもぎはいつしかくだらない雑談に興じていた。
「じゃあ、四大元素を使う精霊魔法のカテゴリーと、魔法剣に宿す四大元素は違うってこと?」
「俺の調べた限りはな。どうにも、魔法剣に使う炎や水は、精霊魔法で使うものとは違って空気中から無理矢理発生させているみたいだ。……だからもしかしたら、魔法剣ってのは俺と親父の二人にしか、異世界人にしか使えないのかもしれない」
「それは有益な情報だね」
魔法剣の使い手は、歴史を漁ってもゲンブしか居なかったという。魔法の属性は遺伝によるものが強いと考えられているこの世界だから、スザクが使えるのも遺伝的な理由がすべてだと思っていたが、スザク自身の見解は違った。
現代知識。
主に理系における炎の成り立ちや水の構成などをどのように把握しているか。それがイメージとして伝達出来るか。
それが魔法剣使用の大きなファクターになっているのではないだろうかと考える。
「それにしても魔法についてはわたしから教えることは何もなさそうだね」
「そんなことねーよ。親父から聞いた限りの情報と、実戦に至っては魔法剣しか知らないんだ。ご教授願うぜ先生」
「こんな頭でっかちの生徒ばかりだったらどうしよう」
「頭でっかち!?」
先生。
よもぎがこれから新任教師として壇上にあがるという話は、道すがらスザクに話していた。
その後様々なこの世界のことを教えるうち、茶化し半分でスザクがそう呼んだのだ。
そうだと分かっていても、よもぎは嬉しかった。
先生、と。そう呼ばれることが、夢であったから。
「でも、飛び級なんてスゴいなあ」
幸福に浮かべていた笑顔が、ぴしりと固まった。
「……あのさ、スザクくん」
「ん?」
「わたし、ゲンブと旅してるんだよ?」
「………………そういや、え、でも、え?」
さて、スザクはよもぎを何歳だと思っていたのか。
頬を膨らませて怒るあたり、自分から外見年齢を下げにかかっていることに気づかないよもぎもよもぎだが。
「え、13かそこらだと思ってたんだけど」
「初めて見る人はいつもそうなんだよ!! そんなに幼いかな!? そんなに幼く見えるかなわたし!」
「うん」
「むきゃあああ!! 21です! 21歳なんです! スザクくんより6歳も年上なんだからぁ!」
「その見た目で21!?」
「そーだよ!!」
むっ、とむくれた表情のまま、よもぎは横を向いて、耳にかかっていたボブカットの緑髪を払う。
怒りで紅潮した耳は、通常とは違いちょこんと尖っていた。
「……エルフって奴か? ひょっとして」
「そうですぅ。エルフだから成長が遅いの!」
「……あれ? でもエルフって若者の姿で何十年も保つだけとか……」
「うるさいうるさいうるさい! い、いつか成長するもん! いつか見た目も相応になるもん!」
「何となく察した」
「変な察ししないでよね!」
つーん、と不機嫌になってしまったよもぎと共に、町を出た。門番には不審な目で見られたが、よもぎの存在は大きいらしく、入った形跡もないのに町から出てきたスザクには何も言わなかった。
「エルグリーン様。魔獣の発生反応が幾つか出ているそうですのでお気をつけて」
「あ、うんありがとね。ほら行くよスザクくん」
皮の鎧に身を包んだ、体格の良い男。スザクはちらりと横目で見てから、よもぎに付いて外へと出ていった。
「町の人たちにあまり魔力って感じなかったな」
「魔力、感じられるようになったんだ? 成長も早くて良いことです」
「いやまあ、その辺は向こうでも出来たからさ」
「じゃ、今から向こうじゃ出来なかったことをやろう」
しん、と静まった森の中。木々に囲まれたそこは、開けた原っぱになっていた。大きさにして、ちょうど野球のダイヤモンド程度だろうかとスザクは考える。
よもぎに貸し与えられたのは何の変哲もない直剣一本。
しかし握った限りでは魔力の通りも良さそうで、彼としては文句もない。
「まあ、町に居るってことは、ほぼイコールで冒険者じゃないってことだから仕方ないね」
「冒険者には魔力があるのか?」
「ある人が多いってだけ。純粋な武術派は、魔力0のこともあるし」
「なるほど」
「……それじゃあ、準備はいい?」
抜き身状態の剣を振り、スザクは呼応した。
今から何が始まるのかと言えば、魔獣との戦闘だ。
先の門番が言った通り、この辺にも魔獣は存在する。
だが、当然最初からそんなものと戦わせるつもりはよもぎには無かった。
よって、今からよもぎがダミーの魔獣を召喚し、それを倒すのがスザクの初実戦メニューとなる。
「まずは、最弱級魔獣。これを一対一で倒さないと、冒険者養成機関に入る資格はーー「待った待った」……何よ?」
背後で腕を組みながら呪文詠唱を開始しようとしたよもぎに、横槍。よもぎの前方十数メートルのところに立っていたスザクが、振り向いてこちらを見ていた。
「一撃で倒せないくらいの奴にしてくれ。力は強いが、俺に手加減は出来ん」
「調子に乗ってると痛い目みるよ? スザクくんは魔力こそあるけど、最弱級に避けられて負ける可能性だってあるんだから」
「……いや、まあ態度で示した方がいいか」
「そうだね。そうして」
徐々にスザクの性格も見えてきたよもぎは、教師らしく彼の衝動を抑える。
冷静を装って、その実熱くなりやすくせっかち。
魔獣相手の初戦闘で、恐怖より先に興奮が出ているあたり、非常に危険だ。
数秒後、スザクの眼前に魔法陣が現れた。スザクを呼び出した時のものとはスケールからして違う乏しいものだが、召喚陣には変わりない。光と共にスパークする球体が現れ、数瞬後に弾けて何かが飛び出してきた。
レトリーバーのような、黒い犬だった。
しかし、目は血走り、牙を剥くその姿は、紛れもなくただの動物などではない。
「さ、倒してみて」
「……親父から、アレ(・・)は使うな、って言われてるしな。ま、いっか」
「くるよ!!」
魔獣の眼前だと言うのに、余裕ぶって動かないスザク。
びびらない度胸は誉めたいと思う反面、そのすかした印象が死の恐怖をしらなすぎて減点。
それが、よもぎの下した評価。
そして……
魔獣が飛びかかった瞬間のこと。
スザクが行ったのは、バックステップをして、単純に剣を横振り……それだけ。
たったそれだけで巻き起こる暴風と、灼熱の脈打つ火炎のブレード。まるでかまいたちのように炎は飛来する刃と化し、魔獣を一瞬で分断した後もそのまま森の木々にまで直進し、衝撃と共に掻き消えた。
ぱちくり。ぱちくりぱちくり。
瞬きを何回か繰り返し、ひきつった笑顔で一言。
「…………無詠唱でそれか」
「無詠唱でこれだな」
呆然としつつ、口角だけは上げてよもぎは言った。
剣を一振りしたスザクも、応じて楽しそうに答える。
無詠唱。
言わずもがな、詠唱をしない魔法発動のことを言う。別名詠唱破棄。魔法にもよるが、ほとんどの場合威力は十分の一にまで下がるという。
理屈としては、詠唱時に響く音波・魔力と、同調した空中に漂う魔素とが"その魔法の発動条件に適した波紋"を呼び起こすので、発動する魔法の補助になる、というもの。
つまり、無詠唱はただただ空中の魔素を無理矢理自分の魔力と結合させてぶっ放す為に、コツをつかみにくい上に威力は乏しいはずなのだ。
「魔獣に対しての危機感ない姿勢はいただけないけど、豪語するだけのことはあると分かったからいいよ。じゃあ、本番行くね。C級魔獣……本物の冒険者が一対一以上になったら逃げ出すことを薦められるような相手だよ」
「よしきた。来い」
C級魔獣。
よもぎの言う通り、"冒険者養成機関"を卒業した者ですら、一対二以上になったら逃げろと言われているような相手だ。
しかし、逆にこれを倒せないようではゲンブの後窯など笑い話も良いところ。
ゲンブであれば、三秒もあれば消し炭にするような相手だ。
詠唱の途中に、若干の違和感を覚える。
(超級魔獣の気配? それも……近く? ……いや、今わたしが呼ぼうとしてる奴のことだよね……?)
魔獣特有の魔力波動。それが、自分の正面の方から感じ取れた。やけに強大だが、もしかしたら間違えてとんでもないものを召喚したか……!? と思うも、それは杞憂だった。
「っへ……確かに怖ぇなこりゃ」
「がんばって。ゲンブなら三秒で狩る相手だよ」
「実戦経験でまで親父と比べられたら流石に厳しいな……親父すげえな」
一筋の汗が頬筋を伝う。
相手は一つ目の巨人、サイクロプスであった。バカでかい棍棒は、一撃振りおろすだけで大地を割るのではないだろうか。
しかし、C級魔獣には変わりない。よもぎは半ば安堵しつつ、成り行きを見守ることにした。
「GYAAAAAA!!」
「ハッ! うるっせえな怪物!!」
駆け出す。真っ正面に。
剣を握る手に籠もる力は恐怖を握りつぶすかのように数倍。緊迫に胸が痛みながらも、彼は前へと走り出した。
「へぇ」
恐怖心に、まずは打ち勝ったというところだろうか。
最初はびびっていたゲンブと違い、この少年は胆力もあると見て良いだろう。
「……死ななければ回復はしてあげるから、がんばって」
癒しの女神とまで歌われた、大陸最強クラスの"七英雄"の一人である。彼が死ななければ、どんな怪我でも回復させる自信はあった。
最弱級魔獣を軽く倒したこともあり、一種の安心感をもってよもぎは観戦に移ろうとして、目を疑った。
「っしゃあ!!」
振り降ろされる、巨人の凶槌。その速度はさながら、恐るべき轟音を風を切る音だけで演出するような猛威である。
それを、スザクは剣撃の余波で跳躍することで棍棒の上へと飛び乗った。
「GYA?」
「覚悟しろよバカデカいの。一発くれて、やる!」
呆けて、自分の得物の上に乗りかかった敵に一瞬気を取られる。その数秒が、サイクロプスにとっての命取りになった。
「ミニマムフレアアアア!!」
「それは……!!!」
吹き出る炎熱は剣を伝って迸る。焼いた鉄が太陽のような煌々しい光を放ちながら、剣の中で行き場をなくした魔力が炎へと変換されて噴出した。
さながらまさに、炎の巨剣。
振り降ろす速度は音速。先ほど巨人が振り降ろした槌がおふざけかと見紛うような、高速の剣。
焼け付くような熱さはよもぎのところにまでも伝わり、ぶすぶすと焦げた嫌な臭いが彼女の鼻を突く。
「GYA?」
「……お前はもう、死んでいる……ってな」
自分を縦に分断するような黒く焦げた跡に気づいた、その瞬間。唐竹割りのようにぱっくりと割れて、巨人は二度音を立てて地面に倒れ伏した。もっとグロテスクかと思われた切断面は、きれいに真っ黒でなにも見えない。
「……」
よもぎの目は点だった。
ミニマムフレア。簡単に言えば、火の初級魔法だ。
決して、魔法剣に転用してあのような威力が出る技ではない。
これが、彼の言っていた魔法理論の再構築によるものなのか。見れば彼の魔力はほとんど減っていないではないか。
「……すごい」
まだ、ゲンブには遠く及ばない実力でしかないが。
それでも、よもぎは思った。
認めよう。確かに、この状況で既にここまで強いのならば、ゲンブ以上のポテンシャルを秘めている可能性がある、と。
やったぞー!! と楽しそうに手を振るスザクにぎこちない返事をしつつ、ふとよもぎは気付いて顔を青くした。
(強大な魔獣の気配……消えてない!)
エルフだからこそ出来る広域探知。
方角は、自分の町がある方だ。
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