魔法理論と感情論
よもぎ・K・エルグリーンの将来の夢は、何かを教える先生になることであった。
小さな塾でもいい。給料が悪くてもいい。
それでも、先生になりたかったのだ。
よもぎという少女は、いわゆる一種の天才だった。
回復魔法、儀式魔法に関しての造詣が深く、知識もかの"知恵の塔"を網羅しているのではないかと言われるほど。
唯一の魔法剣使いであるゲンブ・マミヤのサポート役として、最後まで魔王を相手に奮闘した"七英雄"の一人である。
だからこそ魔王を封印した後も、彼女は尊敬をその身に集め、そして良く応えた。彼女の優しさがそうさせた。
回復魔法の使い手として人々を癒し、知識の担い手として様々な人間に灯明を点し、儀式魔法を使って苦しむ人々の導き手となった。
癒しの女神。
そう呼ばれることも、増え続け。彼女は顔を真っ赤にして否定しながらも、その呼び名が絶えることはなかった。
さて、なぜ彼女がそこまでするのかといえば、なにも優しさが全てではない。
魔獣の存在が、今も人類への脅威となっていたからに他ならなかった。
魔王が封印され、一時の平和は得たかのように思えた大陸社会。だが、魔獣たちの凶行は潰えることが無かったのである。
ゲンブ・マミヤによる魔王封印の知らせよりしばらく、人々の気持ちは緩み切っていた。
そこに、まだまだ潜伏していた魔獣が襲いかかったのである。
魔獣は恐るべきものだ。低級でも冒険者が二人以上相手取るのが定石というくらいに。
奴らに言語は通じない。
なれば、人々を食らう魔獣は滅ぼすまで。
油断しきっていた人類の有様は酷く、傷を負った人々を癒すことに、よもぎは余念がなかった。
ところが、彼女の長年の夢は、思わぬ形で叶うこととなる。
魔獣によって負ったすべての人をいやすには、彼女一人の力では限界がある。
よって、国はよもぎに一つの使命を与えたのだ。
冒険者養成機関"グレイプニル"の、教師として壇上にあがることを。
かくしてよもぎは、今年から新任教師である。
と、その前に彼女はすることがあった。
七英雄と呼ばれた彼らの内でのみ共有された、とある秘密。
ゲンブ・マミヤを呼び戻すことである。
ゲンブ・マミヤは魔王封印とともに散った、とされた。しかし事実は違う。魔王封印とともに、彼は自らの居場所に帰ったのである。他ならぬ、よもぎの手で。
『魔王倒したら帰る』
それが、やけにあっさりとしたゲンブとの約束だったから。
よもぎは、魔法工房も兼ねている自らの邸宅の地下に召喚魔法陣を敷き、魔力を貯蔵すること数年。
もう一度、ゲンブを呼び戻そうとしていた。
少しばかりの懸念を、孕みながらも。
再構築されていく体に違和感はない。
情報化された粒子がまた自分の元に集まってきて、光とともに"俺"をもう一度作り直していく。
ああ、本当にゲートを通ってしまったのだ。どうしようもないくらいに現実として突きつけられた以上、どうすることも出来やしない。
瞳が、視界が取り戻されて、ここはどこなのかをある程度把握する為にあたりを見回した。
暗い。
それはもう、暗い。あと湿っぽい。なんかこう灰色。
靴下越しに感じる床は石で冷たく、少しでこぼこした感触がするのは、どうやらこれは魔法陣だ。
「……で、誰だ?」
採光する場所など一切ないようなこの場所で、灰色の壁だと理解出来る理由など、光源があるからに決まっている。
で、その光源というのがまた本格的にファンタジーであった。薄く青白い光を残したままの魔法陣と、俺の背後で杖の先に灯りを点した奴が居るだけ。
杖の先である。完全に、魔法だった。ちなみに俺には使えない……はず。
さてそれはともかくとして、誰だと聞いて答えが無かった。仕方なしに振り返れば、そこに居たのは一人の少女。
抹茶色、だろうか。ダークグリーンの髪をボブカットの内巻きに丸めた、頬のふっくらした少女だ。童女か? いやぎりぎり少女と言ったところだろう。推定年齢13、14歳。
蒼く美しいきょときょととした瞳を驚愕に染め、俺の存在を凝視しているようだった。
まあだいたい理由はわかる。親父を呼んだはずなのに、こんな訳の分からんガキが出てきたんじゃあ――
ぷっくりとした唇が動く。少女のソプラノの声帯に乗せて出た言葉は。
「ま……まさか本当に息子を身代わりにするとは……」
「ちょっと待ってどういうことそれ」
まて。
「え? 息子さん、だよね?」
「そうだけど待って」
……おい、親父。
アンタまさか、七年前から俺を身代わりにする気だったってことなのか。
「……俺が出てくること、予測済み?」
「あの人……息子に見込みがあったら息子を生け贄にするとか……」
「親父いいいいいいいい!!!!」
なんという。
なんというヒドい。
それでも親かあの野郎。
まあ、今に始まった理不尽ではないからため息程度しか出ないのだが、目の前の少女まで巻き込む訳には行かないか。
「俺、朱雀。間宮朱雀。よろしくな」
「……マミヤ、か。本当に、息子さんなんだね。よく見れば確かにあの人そっくり。……あ、ごめんね。わたしよもぎ。よもぎ・K・エルグリーン」
「なんという和洋折衷」
白のローブに身を包んでいるのは儀式礼装なのか、さて。
「ところで、もう一回ゲート開いて親父と俺チェンジって訳にはいかないの?」
「難しい、というか、出来ないかな今は。ここの魔法陣がゲートになってるんだけど、魔力を充填するのに一年。繋ぐ異世界を固定するのにも一年。そこから指定人物の近くにゲートを繋ぐってするだけでも一年。計三年はかかっちゃうの」
「……じゃ、あいつ殴るのは最短でも三年後か」
「あはは……三年後に、この世界があればね」
「えっ」
ふと見れば、どこか寂寥を滲ませた表情のよもぎちゃん。……そういえば。
「10年後には魔王復活、だったか」
「魔獣の動きも活発化して、ギルドも大慌てで人材を漁ってる状態。……だからこそ、英雄にもう一度来てもらう必要があったの」
「……簡単に俺を送り込んで良い案件じゃねーだろこれ親父ぃ……」
盛大なため息をぶちかます俺とは対照的に、よもぎちゃんの俺を見る目は真剣そのものだった。
居たたまれなくなって、少し視線を泳がせる。
俺に何を見ているのだろうか、しばらくの間そのまま視線を固定し、そしてふいに彼女のほうから顔をそらした。
「まあ、立ち話もなんだし……上がろうか」
「あ、ああ」
このよもぎちゃん、という少女を掴みかねている面もあったが、俺にとっちゃどうしようもないことだ。
少なくとも今は、親父をいかにしてぶん殴るかくらいのことしか考えられないのだから。
ピョコピョコと、部屋の奥にあった石の階段を上がっていく彼女の後ろで、俺はそう思っていた。
おかしい。
よもぎの心中はその一言に尽きた。
別に、英雄ゲンブの息子が召喚されたことに関しては何も文句はないのだ。息子を身代わりにする可能性があることは、七年前にゲンブから聞いていたことだったから。
だとすれば何がおかしいのか。
その答えは単純で、そのゲンブの残した言葉にあった。
『俺より才能がある場合、そしてアイツが行きたそうにしてた場合に、俺はアイツを身代わりにする可能性はある』
ゲラゲラと笑いながら、あの七英雄の仲間たちで語りあっていた時のことだ。最終決戦を間近に控えた、とある洞窟での野宿した夕食の場。
冗談だと思っていた。
しかし、確かにあの男ならそのくらいやりかねないと考えていた自分もいるから何もいえない。
問題は、その言葉の冒頭である。
スザクという少年。彼を見る限り、あのゲンブよりも強いとか、才能があるとか、そんな風には思えないのだ。
確かに魔力は多い。この世界での平均値であるCランクの16倍はあるAAAの域に達している。これは、全魔導師人口の5パーセントに満たない数値だ。
だが、ゲンブはそのAAAの4倍の保有値を誇るSSランクである。大陸に数人と居ない、正真正銘の化け物だった。
「……それでも貴方は、スザクくんの方が自分より優れているというの?」
もしかしたら、親バカが祟って自分より劣るとわかりながらも、この世界に来たいと願ったスザクを呼ばせたのでは……。
そこまで考えてよもぎはかぶりを振った。間違ってもそんなことをする人物ではない。ゲンブはもっと誇りにあふれた、仁義ある人物だったはずだ。……子供に関してをのぞけば。
やはり、少し心配ではあった。
もしそんな理由でゲンブがこちらに戻ってこないとなれば、この世界は滅亡の危機に追いやられる。一度の封印で力を奪ったとはいえ、今度は討滅せねば本当に世界が滅ぶ。
七英雄しか知らない、ゲンブ再召喚の儀。そもそもゲンブを異世界人だと知る者も、七英雄のみ。
だからこそ、余計な希望を人民に与えなくて済んだと考えるべきだろうか。
トポトポと、粛々とした雰囲気のティーセットに紅茶を注ぐ。自分の淹れ方が上手いとは思わないが、少なくともある程度美味しいので文句はない。
盆に乗せた、二つのティーカップを持って、くだんの彼を待たせている部屋の扉を開く。
「待たせちゃったかな?」
「ああいや、気にしないで。ありがとう」
スザクは調度品のたぐいを、物珍しそうに見渡していた。そこまで貴重なものは置いていないが、魔法具の類はいくつかある。ゲンブは向こうの世界に魔法は無い、と言っていた。そうなれば、スザクの態度も頷ける話だ。
よもぎの邸宅は、そこまで広いわけではない。ある程度の様相を保った一軒家程度のものだ。しかしながら掃除はしっかりと行き届き、結構建ててから間もないので、白を基調とした綺麗な家ではあった。
「よもぎちゃん、ここに一人で住んでるの?」
「よ、よもぎちゃん……」
「嫌だった?」
「う、ううん。ちょっと凹んだだけ」
一通り周囲を見物し終えたのか、入室したよもぎに気づいたスザクの第一声がそれだった。
確かに自分の見てくれが、13、4歳程度にしか見えないのは自覚しているが……それでも機関の教師を任せられることになった、七英雄の一人。21歳なのだ。まさかゲンブの息子からちゃん付けで呼ばれるとはと、若干のショックを受けていた。
「とりあえず、改めて。親父を喚ぼうとしたのが、よもぎちゃんってことでいいのか?」
「うん。約束通り、七年後に、ってことで。スザクくん、ようこそ、この世界へ」
にこりと笑って、よもぎはラウンドテーブルの、スザクの真向かいに座った。
正面に置かれたカップに口をつけ、スザクは驚いたように目を丸くした。
「美味しい」
「嬉しいこと言ってくれるね。わたし、あまり得意じゃないんだけどさ」
軽く、言葉を交わすのはコミュニケーションを取る為の牽制、会話をしたいというアピールと言ってもいいだろう。
とにかく、何かを話さないことには始まらないのだ。
「……さて、改めて、俺の名前は間宮朱雀。間宮玄武の息子で、突然ゲートに放り込まれた。俺も色々聞きたいし、きっとよもぎちゃんも色々聞きたいと思う。お互いの情報交換と、行きたいんだけど」
平静を装う、というのはこのことを言うのだろう。
よもぎの前に座るこの少年は、言葉こそ落ち着いているが中身はそうではない。瞳の奥から、何かしらの期待、タギるものを感じる。
まさか、単純に魔法が使えることに喜んでいるのではないだろうな。
よもぎの心中に黒いものが宿ったが、ゲンブは見込みがあると言っていたのだ。それを信じたいのが本音である。
「わたしは、よもぎ・K・エルグリーン。冒険者養成機関"グレイプニル"の新任教師になる予定で……元・魔王封印を行ったゲンブの仲間」
「……親父の英雄伝説はマジだったのか」
「あの人はスゴい人だったよ」
紅茶を一口。
やはりというべきか、英雄としての背中を息子に見せることはしなかったようだ。できなかったというべきか。親バカだったこともある。
内心のため息を隠しつつ、よもぎは瞳をスザクに向けた。
「スザクくんは、この世界で何が起こってるか知らなかったよね?」
「さっき、よもぎちゃんから聞いただけ、だな」
「……魔王が封印されたとはいえ、魔獣の脅威は計り知れない。それ以上に、魔王の復活も三年後に迫ってる。だから、冒険者のみんなも、国の軍も、魔王を相手にする為に準備を重ねながら、魔獣の猛攻に耐えている」
「……俺に、何が出来る?」
「魔獣を倒す一助になってくれれば、それが一番いいと思うな」
なるほど、と一つ頷いたスザクの瞳に、変化は見られない。少しばかり誇張を強めて脅しもしたつもりだ。魔法で遊んでいられる暇はない、と。
それでも変わらぬ瞳の意志。ということは、彼の目的は魔法を使いたい、ということではないのか? とよもぎは疑念を胸に紅茶を取る。
「魔獣の怖さを知らないとはいえ、一切臆さないっていうのも凄いね」
「あー……まあ、な」
まさか、「親父に出来て自分に出来ないことはない」などと妄言を吐くつもりだろうか。どこか、ゲンブ自身が来なかったことに苛立ちを覚えているのは確かだが、よもぎは眉根をよせてスザクの答えを待つ。
でてきた言葉は、予想の範囲外のことだった。
「親父が消えた後、お袋がパニクってさ。自殺寸前まで追い込まれたんだよ」
「……それは」
……自分の召喚陣が、幸福だけを呼び込むものではないと分かってはいた。だが、ゲンブにもかなりの迷惑をかけてしまっていたことに、小さく自責の念が芽生える。
「んでまあ、俺がどうにか代わりになってやれないか。お袋の助けになってやれないか、と考えたが、まあ無理だったな」
全てにおいて、力不足だった。そう、肩を竦めるスザク。しかし、怨恨や寂寥というような感情は、不思議とこの少年の目には現れていない。
最初に少年の瞳の奥にあったタギるような何かは、そんな負の感情に裏打ちされたものでは無かったように思う。
「で、帰ってきた親父が、俺を見るなり猛突進してきてな。『お前も魔法剣使えるぞ!』あれにはびっくりしたよ」
「魔法剣……!? す、スザクくんも魔法剣の使い手なの!?」
「なんだ唐突に」
思わず立ち上がったよもぎに、目を丸くするのはスザクの方だ。ふ、と考えたような表情を見せてから、よもぎは一度座った。
「ううん、後で話すから続けてくれる?」
「あ、ああ」
豹変したような彼女の顔つきに若干動揺しながらも、スザクは言葉を続けた。
「んでまあ、力ってものが手に入ったあの時は嬉しかったな。これで、親父が居なくても大丈夫だ。お袋を、自分の仲間を守れるって。まあ、子供ながらに思ってたよ」
「あれ? でもそっちの世界じゃ魔法は……」
「使えた。使えたが、俺だけだ。だから必然的に隠す必要があってな。それでも魔法が楽しかったから、詠唱破棄やら簡略化、魔法理論の再構成とかして遊んで「ちょちょちょちょちょ待って待って!!」……何だよ。話の途中で遮るなら順番に教えるぞ?」
今度こそイスを転がせて猛然と立ち上がったよもぎ。その瞳には狂気とも言うべき何かが備わっており、テーブルを挟んだスザクに顔を至近距離まで近づけるほどの前のめり。
さすがに、スザクも一歩引いた。
「詠唱破棄はまだ良いとして……いや使える時点でおかしいけど、まあいいよ!! 何簡略化とか魔法理論の再構成って!! わけわかんないよ!!」
「親父も驚いてたけど、そう難しいもんでもねーよ? むしろ数学式にしたら、余計な演算ばかりだったから省略したり再演算かけたり、別の術式に当てはめることでのダミーも作れた。周囲の魔力を取り込んで補い、収束拡散することで術自体の強化も可能。おもしろいくらいにイジれたから、良い暇つぶしにはなったな」
「…………」
「アホ面近いんだが」
「はっ!」
……半分以上、何を言っているのか分からなかったが。
なるほど、ゲンブがスザクを『自分以上の才』と呼ぶだけのことはある、と今分かった。
この少年がやっていることは、古代言語を自分の中でかみ砕きその法則性を見出し、挙げ句試行錯誤することもなく新たな術式を編み出しているのと同じこと。
他言語……それも死んだ言語に関して、新たな流行語を作ってしまうようなものだ。
「そもそも俺が魔法剣しか使えないから、いまいち実践も出来ないがな」
「……いや、それでも凄いよ。ごめん疑って。本当にゲンブ以上の才があるのか、ちょっと心配だった」
「……まあそんな気はしてた。けどこんなので認められるのならさっさと言えば良かったな。……親父、バカだしなあ……」
嘆息。
スザクの父親は脳筋で、母親は理系人間、建築家だ。自分の住んでいる家の設計も彼女。ともなれば、スザクはその二人のサラブレッドとして生まれたことになる。
自宅は、予算に容赦のない設計をしたせいで、支払う父親が涙目になっていたが。
ふとスザクが目をあげれば、どこか先ほどまでこわばっていた頬を緩め、優しい目でカップを覗く少女の姿。
「何をにやついてるんだ?」
「ううん。ほっとしてるだけ」
ふぅ、と小さく息を吐いて、紅茶のカップに波紋を作る。
世界の危機にあって英雄以外を呼び出したことへの不安があったが、息子も息子で大概だ。新たな魔法理論など、ここ十数年の間発見されて居ない。それをたやすく行ってしまったこの少年に、一縷の希望が見えたのだから。
最悪、彼自身の実力が大したものでなくとも、存在だけで十二分に有用だ。
七英雄として魔王の恐ろしさを知っている彼女だからこそ、ゲンブ不在に大きな危惧があった。
しかし、それを補うまでいかなくとも、頼もしい味方になりそうである。
先ほどまでの懸念もあって、反動も大きくほっとしていた。
もっとも、それらが本当であればの話だが、スザクがこの世界に来たのは初めてなのだ。その理論が新しいかどうかの判断は恐らくゲンブだろう。そう考えれば、信憑性は高いのだ。
「……話を続けるとな?」
「あ、うんごめん」
「俺はそれで魔法と触れ合って、数年経って。まあやっと気づく訳だ。この世界で、魔法で守れるものなんかあんまりないって」
「……隠さなきゃ、異端者として色々されちゃうんだっけ?」
「そこまで余り想像もしたことはないが、平和な生活は送れないだろうな。俺はいいが、それに巻き込まれるのは、守りたいと思ったお袋だ。本末転倒じゃねえか」
「まあ、確かに」
「だから、まあ最初の質問『魔獣になぜ一切臆さないのか』に答えるとなれば……守りたいものを、自分の手にした力で守れそうだからかな」
「……なるほどねぇ」
そこまで言って、もう一口休憩とばかりに紅茶を飲み、ティーカップをテーブルに戻そうとしてふと手を止めた。何だろうと思って彼に目をやれば、指を一つ立てていた。
「あとはまあ、親父だな」
「ゲンブ?」
「そ。楽しんでこい、お前が暴れたいと思っていた諸々が許される世界があるぞ、ってのが親父の別れの言葉でな。……楽しむ前から臆してたら損だろ」
「楽しむって言葉は気に入らないけど、……ゲンブだからしょうがないか」
よし、とよもぎは一つ頷いて立ち上がった。
何だと首を傾げるスザクを見下ろして、よもぎは言う。
「じゃあ、どの程度戦えるのかだけでも、きちんと見よう。見せてもらうよ、スザクの魔法剣」
「よしきた、それを楽しみにしてたんだよ俺は」
不敵に笑うスザクに、よもぎも苦笑半分の表情で彼を連れて部屋をでた。
この時点で、よもぎはスザクの実力など知らないのである。だからこそ、楽しんでこいというゲンブの言葉も親心のように聞こえた。
だが、違う。
スザクの本質は魔法理論に通じるような数学者としての力ではなく……父親と伯仲しかねない魔法剣の実力と、もう一つ。
父親を上回る、一つの稀少技能なのだと……よもぎはまだ知ることはない。
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