002
「なんで……なんで私が報告書を…!」
そんな愚痴を零しながら背中を丸めて今報告書の製作中だ。レームス大元帥に私のペットのヨルクが魔物に喧嘩を売ったとバレてしまった為、始末書どころか報告書まで押し付けられた。これはお前の仕事だろ!サボるなジジイ!!
「ああ、リーゼ様…。私が不甲斐ないばかりにこんな仕事を押し付けられてしまって……。今すぐあの男の殺害許可をお願いいたします。」
「うん、いいよー。」
「では、行ってまいりますね。」
「いってらっしゃーい。」
直ぐに姿を消してしまったテレサを見て、直ぐにシャルが口を開く。
「リーゼ様、只今テレサさんがフーベルトゥス大元帥様を殺害しに行きましたが、よろしいのですか?」
「……えっ?だ、だめだめ!」
その声と共に城から大きな破壊音が響いた。始末書がまた増えた、と机に頭を打ち付けたのは言うまでもない。
「…と、とにかく!止めに行かないと…!」
慌てて立ち上がり、移転魔法も使えない私は足を動かして大元帥の部屋へ向かった。着いた時には既に彼の部屋は半壊していたが。
「って、なんじゃこりゃ……」
「リーゼ様〜、あの二人空中戦してますよ〜?」
「なに!?」
空中戦だと!?
アドの言葉に上を向くと、何やら早すぎて見えないが光がぶつかり合ってる。私は空なんて飛べないのに、なんてことだ…!やめてくれ!と空に向かって叫ぶが、何方も気付く様子が無い。それにしても何方も攻撃魔法がピカピカと光って綺麗だな…。まだ昼なのにお星様見てる見たいだ。
「リーゼ?やっと来たの。」
「ベル……。これって始末書私かな…」
「だろうね。」
「ウワアアァァアアア!!」
頭を抱えてしゃがみ込む私を笑いながら見ている。こいつは猫被り野郎のベルトホルト・アルベルト・オーラフ元帥だ。いつもニコニコ笑顔を浮かべているが、白い肌に反して腹の中の臓物は真っ黒だ。奴は血も黒いに違いない!
「ぐぇ!」
「今何か失礼なこと考えた?」
私の頬を両手で引き伸ばし、笑顔で上下左右に頬を引っ張る。これがもう、めちゃくちゃ痛い。
「めっしょうもありまひぇん!」
「え?何?なんて言ってるか聞こえないなぁ。」
「いひゃい!!!」
「あはは〜変な顔。」
ひぃぃ、と叫んでいると不意に彼の動きが止まった。何事かと思って見上げると剣が彼の首元に当たっているのが見えた。始末書もう一枚追加が頭を過る。
「うちの元帥様で遊ばないでくれますかねぇ〜。」
「たかだか大佐に言われる筋合いは無いけど。」
「この位置が、一番楽なんですよ〜。テレサさんと違って正式な高級副官ですしねぇ?」
「ふぅん。大元帥と大将の次は元帥と大佐?いいね、面白い。」
「ぎゃい!」
わざと私の頬を荒々しく離したかと思えば奴は腰の剣を抜く。えらいこっちゃえらいこっちゃと頬をさすりながら顔を青ざめた。
「し、ししししシャルどうしようシャル!」
「リーゼ様…私は残念ながら一番力が弱いのでテレサさんにもアドルファさんにも勝てません。」
「もう始末書なんていやだよー!」
「では、お茶でも飲みながら待ちましょう。」
「え?何の茶葉?」
「アップルです。」
「飲む!」
こうして私は空中戦と地上戦を眺めながらゆっくりとお茶を楽しんだ。シャルの入れてくれるお茶は美味しいなぁ。天使みたいに可愛いし、聞き上手な彼女は退屈しない。皆まだ独身だというのが可笑しいくらいだ。まぁ、別に結婚が強制では無いので回りからの風当たりが強いことも無いのだが……。
「何の騒ぎだ。」
「げ、殿下お勤めご苦労様です。」
「またお前か……シャル、怪我は無いか?」
「は、はい…私は平気です……。」
移転魔法で来たものだから、つい顔を歪めてしまったが、そんなことよりもシャルらしい。早い話、彼はシャルに惚れている。いや分かるよ殿下、君の気持ち。
シャルロッテ・フリードリヒ・シュタインメッツはシュタインメッツ伯爵家の次女であり、中佐位置に居る。そのため私の専属副官なのだが、私が元帥になったと同時にシャルも中佐になったので、かれこれ十年だ。アドもテレサも私が元帥になってから彼女達は何故か昇格しようとしない。テレサなんか、私が居なければ今頃元帥だろうに。
「そうだ、シャル。今度一緒に街へ行かないか?良い店を見つけたんだ。」
「えぇ!?いえ、あの、私はリーゼ様の専属副官ですので、リーゼ様が勤務の時は休むことは……」
「リーゼ……」
恨めしいといった表情で私を睨むアレク殿下に笑顔を返してやった。
「ふふふ、どうですか。これが元帥の特権で、いだだだだだだ!」
長い腕で私の頭を捉えるとそのままありったけの握力で頭を握る。この男は手のひらも大きいので本当に痛い。
「相変わらず腹の立つ奴だな!」
「で、殿下!リーゼ様の頭が潰れてしまいます!」
「シャル……殿下ではなくアレクと呼んでくれ。」
「それは、ちょっと…」
「あはは〜フられてる。ぎゃん!」
魔法の塊を顔面にくらい、犬のような声をあげた私は顔から煙を出しながら机へ頭を投げ出した。皆私への接し方が酷いよね。ほんとに。
殿下とか今はシャルを口説いているし。お前は何様だ!!
……王子様か。
「あ、殿下。アレとアレを止めてくださいよ。私とシャルじゃあ無理なんです。シャルに良い所を見せたいでしょう?ん?」
少し挑発すればまた頭を掴まれる。これももう日常だ。
だが残念なことにアレク殿下にテレサと大元帥は止められない。あの二人の魔力は大陸内でも桁が違うからだ。可能なのは……ヨルクぐらいだろう。あ、ヨルク!
「そうだ!ヨルクに頼めばいいんだ!」
そうだそうだ〜とだらしなく笑っていると背中が突然重くなり、バランスを崩しかけた。
「……呼んだ?」
地獄耳だなーと思いつつ、止めて欲しいと頼めば小さく頷き、まずは地上戦の二人を止める。ヨルクが出てきたことにより両者剣を納め私の方へ向き直る。ベルは殿下に気付き直様きちんと礼をするが、アドは私の方へ移動した後で軽く礼をする。この国の殿下の扱いは結構酷いと思ったりしているのだが、他国はどうなのだろう。
そして次は空中戦だ。軽く飛び上がっただけで二人の居る所へ飛んで行ってしまう。凄いなーと思いながら見ていると直ぐに光が止まる。私には速すぎてよく見えないので分からないが、ベルが隣で流石だねと呟いている。
軈て三人が降りてきてヨルクは直ぐに私の首に腕を回す。ありがとうと返せば小さく頷く。
「リーゼ様、申し訳ございません。仕留め損ねました。」
「リーゼ…お前はそんなに俺を殺したいらしいな。」
「ち、違いますよ……。レームス大元帥様、言いがかりは良くないです。ただ私は何かしながら話を聞くことが出来ないだけで、決してレームス様を殺したいなんて……思ってないですよ!」
「その間は何だ。」
ぐ、と詰まった私を見てテレサがまた動く気配がしたので慌てて止めた。これ以上始末書が増えたら仕事が追いつかない!
「テレサとアドは部屋を片付けて帰ってきてね。私は部屋へ帰ります。ヨルク重いぞ。」
逃げる気持ちで立ち上がり、誰とも目を合わせないように足元だけを見て立ち上がった。背中に張り付いていたヨルクは無言で離れたと思えばもう姿は見えない。恥ずかしがり屋なのは直らないんだな……。
テレサもアドも胸に手を当て仰せのままに、と礼をする前を通りながら早足で部屋から出ようとしたが、不意に左肩へ重しがかかる。はて、瓦礫ても落ちてきたのかな。
「リーゼ、始末書は今日までだ。」
「げ。……レームス様、魔物敵襲の報告書と始末書も今日までと伺いましたが…。」
「当たり前だ。」
「ぐっ…!血も涙もない悪魔を見ているようだ……」
「あ?」
「あ、あ〜!雨が降りそうですよ!早く屋根直さないと、室内が水浸しになりますよ!邪魔しては悪いので私はシャルと戻ります。シャル!」
「ふふ、はい、リーゼ様。」
そう言いながら空を指差すとレームス様以外は空を見上げて、彼は一言。
「今日は晴天だ。」
と。
しかし、私は既に背中を向けて歩いているので問題無い。勝った!と心の中でガッツポーズしている後ろでシャルは和かに笑う。
「部屋に帰ったら洗濯物を取り込まないといけませんね。」
「え?晴天じゃないっけ?」
「いいえ。今日はこれから雨ですよ。フーベルトゥス様の勘違いでしょう。」
「へぇそうなんだ。ふん、ラッキー!」
ざまあみろ〜とスキップしそうな勢いで歩きながら部屋に戻った。その時には既にテレサもアドも待っていたのだが。魔法ずるい!