001
「敵襲です!」
またいつもの無駄な会議の中で突如そんな声が聞こえて、直ぐに後ろに控える二人へ合図する。
敵襲と言われたが、不躾にも正直助かったとも思った。そうでなければ私は隣の上司の小言をこの後何時間も聞く羽目になったから。そろそろ後ろに控える側近も剣を抜きそうだったので、その分でも助かった。彼はどうせまた私の躾が悪いやら吐かすのだろう。私は一度も躾けた覚えが無いのに!
それにしても南に敵襲か……。私のペットに反応したのかな?遊んでくるとか言ってたし……。やばい、そうなると責任が私に回ってきてまた隣の男に睨まれる。無意識のうちにうげぇ、とつい顔を歪めてしまった。
「位置は!」
「南191°、既に結界に触れています。」
「早く軍隊を向かわせろ!」
「警備体制が整っておりません!」
「住民の避難は、」
「それより王宮の結界をもっと…」
ガヤガヤと騒がしい室内を見渡しつつも手元にあるハーブティーを飲む。毎度の事だが美味しく無い。
「静かに。」
その一言で、部屋は直ぐに静まり返った。声を発したのは元帥の一人レームス大元帥だ。私の隣に座る大元帥は机の上で指を組み、私の方を見据えた。もう結構良い歳の彼だが、魔力が強い為、まだ三十代に見える。確かもう百は超えているんじゃなかったっけな……。そう考えると魔力って便利だなぁ、と沁沁感じていればレームス大元帥が私の名前を呼ぶ。
「リーゼ。」
「……む、ああ、なんですか。」
いかんいかん。沁沁している場合では無かったよ。危うく大元帥の言葉を流すところだった。
「なんですか……?相変わらず頭も弱い娘だな。いつまでここで座っている。早く軍隊を整えて魔物共を蹴散らして来い。」
さっき顔を歪めたの見られたかな…。この男は勘が鋭いからその可能性もある。くぅ。
「あー…じゃあ行こっか、テレサ。」
大将でありながらも何故か私に付き従うデロ甘なテレサ・デア・ニコラウス。彼女は女性史上初の通常軍隊の最高階級の大将でありながらもニコラウス侯爵家の長女でもある。平民出身の自分とは大違いだ。まぁ、女性元帥は私が初めてだが……。
どっこいしょ、と椅子を立ち上がろうとすればそのテレサに肩を掴まれ無理矢理且つ優しく再度椅子に座らされる。そしていつもの笑顔を私に向けるのだ。
「リーゼ様が動くような相手ではありません。アドとシャル、それからあの狂犬に任せておけばあんな敵襲一捻りでございます。魔物と言えども下級ばかりです。中にも人型がいるようですが、あの程度の魔力恐るるに足りません。私が少しを魔力を放出するだけで動けなくなるような輩ですからね。リーゼ様は大好きなダージリンティーを飲みながら報告を待ちましょう。」
……ハーブティーが嫌いなのばれていたか。ミント系の食べものは嫌いなんだよ!
だが、テレサの言葉も一理ある。彼女の言葉でじゃあ、と再度椅子に座り直した。しかし隣からの視線が痛い気が……。
「リーゼ。」
名前を呼ばれ、再び睨まれてしまった。そもそも私が行っても戦えないのに無駄ではないだろうか……。だが、大元帥には勝てない。再び腕に力を入れた。
「あー…仕事しないと。」
「リーゼ様。」
ニコニコと笑みを浮かべるテレサ。怖い。
「はー…」
「リーゼ。」
「あー…」
「リーゼ様。」
「うー…」
「リーゼ。」
「ぐぅ。」
「寝るな。」
唸る私を見て大元帥の反対隣に座る青年が止めに入る。見た目に騙されてはいけない。彼はこう見えてもとうに八十を超えている。次いでに言えばテレサはレームス大元帥と同じ年齢だ。
「レームス様、落ち着きましょう。」
「ベル。私とリーゼの話には入って来るなとこの前再三言ったはずだ。」
「わーこわい。」
小さな声でそう呟いた筈だが、残念ながら大元帥には聞こえていたようだ。
「……リーゼロッテ・ブロンベルク。貴様には躾が足りないようだな…。」
「お言葉ですがレームス・ヴィクトル・エドゥアルド・フォン・フーベルトゥス大元帥様。今の言葉は私の主に対しての侮辱と取って間違いありませんか?大元帥様ともあるフーベルトゥス様がそんなことを考えているとは……多くの方が幻滅しそうな事実ですね。」
「何十年も大将止まりのニコラウス嬢の出る幕では無い。それに私がリーゼを侮辱?これでも自分の身分は把握しているつもりだ。大元帥に位置する私は侮辱などしないが?」
「ふふ、貴方が侮辱をしない?貴方が他人を侮辱しないで生きていられるとは思いもしませんでした。そう思いませんか、シュヴェリーン中将?」
「そ、そうですかな……。私には何とも……。」
突然話を振られた中将のクリストフ・キリロヴィチ・シュヴェリーン中将は二人に睨まれて縮こまってしまった。テレサ、と声を掛けると彼女は出過ぎた真似でした、と直ぐに謝る。……そういう意味じゃなくてだな…。
寧ろあの大元帥にはもっと言ってくれても構わない。あの男にここまで言えるのはテレサだけなのだから!
「ああ、こうしている間に敵襲全滅のようですよ。シャルから映像が届いております。どうぞ。」
私の側近四人共通の指輪が光り、その光から放たれる映像に皆の視線が集まり、まずはアドの背中が見えた。
『ん〜こんなもんか?シャル怪我は〜?』
『私は平気です!あ、テレサさんと繋がりました。』
シャルの指輪と繋がっているからだろう。彼女の姿は見えないが、あと一人が居ない。全大陸で狂犬と呼ばれる彼が。
私の思考を読み取ったのか、テレサが直ぐに聞いてくれた。
「お疲れ様です。ヨルクはどこですか?姿が見えませんが。」
『ヨルクさんは……あれ?何処へ行ったのでしょう…。』
『ヨルク?ん〜…さっきまでは居たんだけどいない、っシャル!』
『えっ?』
体ごと振り返っただろうシャルの目の前には魔物がおり、今まさにシャルを殺そうと歪な手を振り上げていた。
「ヨルクが殺り逃すこともあるんだねぇ。」
呑気にそんなことを呟いていれば魔物の動きが止まり、体が二つに割れた。奥から現れた男は黒く、私の良く知る男。
平民出身でありながら歴史上最年少且つ史上最弱の元帥。リーゼロッテ・ブロンベルクの飼い犬。
狂犬のヨルクが、そこに居た。