14
「………」
コンコン、柱を叩く音、
姉上、呼ぶ声に返事はなかったが中で身じろぐ気配がした。
もう一度、柱を叩く。
やはり、というか応えはない
青年は小さく息を吐いて、そして障子を開く。
本棚、鏡台、その他別段目立つ物はそこにはない。
その年ともすれば華やかなもの一つありそうなものの、みあたる物は古書や呪札の類い。
到底17歳の娘の部屋とは言いがたい。
「姉上、」
そっと、部屋の真ん中にある白い布団へと近寄る。
また遅くまで調べ物でもしていたのだろう。
その枕元に座り、
「朝です。起きて下さい。」
「……」
しかしやはり、その主は少し身じろぐばかりで一向に起き上がる気配はなく、何度もそのやりとりを続けたあと、折れたように起き上がった。
「……」
小さなため息、目の焦点だってあっていない。
「姉上、朝です起きてください。」
「…」
彼女にしては珍しく、未だ夢と現実の狭間をさ迷っている様で、
「あぁ、こてつ、おはよう。」
ごし、と目をこすりなが改めて体を起こす。
「おはようございます。」
ふらり、わずかにふらついた彼女を青年が支える。
「ごめんなさい、直ぐに身支度を整えるから、先に道場で待っていてくれる?」
「はい、分かりました。」
青年はすくと立ち上がり、そのまま戸のそとへ。
開いた障子から差し込む光、
小さく目を細めて残された部屋の主は緩く伸びをした。
今日は祝日。学校はない。
少し気が緩んだのだろうか
などと考えながら早々に身支度を整えて、先刻彼の出ていった障子を再び明け放ち、その後を追った。
鳥のさえずり、朝特有の清らかな空気、頬に当たる少し冷たい風。
心が、ゆるく和らいだ。
ーーガラ
鼻をくすぐる木の匂い、続いていくつもの声が己への挨拶を口にする。
一つ一つに彼女は応えて、同時に目的の人物を目の端に捉えた。
その人物は既に胴着をまとい静かに目を閉じたまま床に座していた。
ーーーそれは何者とて侵しがたい程に静謐な雰囲気でもってその一角のみ他から切放されたように青年の持つ性質を体現していた
その静けさを壊したのは、
「虎徹、待たせて悪いわね。」
「いえ、」
彼女の言葉。
「ーー」
場に居た人間は、極力にそろりと二者から十二分に距離を保ちつつ周囲に座した。
定期的な彼女達の剣合わせ、それは誰もがこぞって目にしたいもの
す、とやはり音もなく青年は立ち上がる。
手には竹刀、当然彼女の手にも。
「今日は調子がいい、加減はしなくてもいいわ。」
静かで、それでいて昂揚した様な声に
「はい、」
分かりました、青年は答えた。
……………………………
シン、と静まりかえった部屋
互いに竹刀をかまえ
先に動いたのは白髪の青年、
それはよどみのない動きで、的確に躊躇う事無くーーー人体の急所を狙った一撃。
「…」
澄んだ音が道場に響きわたる。
一撃目は難なく竹刀でいなされる。
予測済みの彼女の動きを追うように、一歩踏み出し、二、三と竹刀を交える。
澄んだ音が一定の規則でもって道場に木霊する。
「ーーー」
青年の動きはまるで清らかな清流のよう、流れるように無駄な動き一つさえ見当たらず、それでいて繰り出される剣撃は一刀一刀重々しく、衝撃と反動が容赦なく彼女に伸し掛る。
「…っ」
防戦に徹した彼女。
だが決して遅れを取ることなくあくまでも的確に一撃を受け止める。
(相変わらずスキがないな)
ならば、とわざと体勢をくずしスキを誘う。
「ーー!」
「…く!?」
読まれていた、
思った以上に体をくずされる
すぐさま、追うような二撃目
とっさに後方へ跳躍する。
二撃目では追えぬ速度でもって、彼女は一旦距離をとる
「……?」
じりっ、
距離を計るかのように二者は足をすべらせる。
そしてふと、彼女は竹刀の構えを変える。
「ーー!」
それと同時に青年も握る柄に力を込め直す。
今迄緊迫していた空気に更に拍車がかかる。
そして不意に動いたのは彼女。てそれは尋常ならぬ早さでもって、
ガッ!
「くっ」
槍のように、突き出された竹刀、光速と言える付きの一撃は
予想していた青年の体勢をくずすには至らぬものの、しかし
二撃、三撃続けざまに攻撃する度に相手の守りをすり抜ける攻勢に至る。
「っ」
それは例えるならば「風」
一陣の疾風
そこにいて
ここに至る
いくら目で追うとも
耳で探ろうとも
撫でられている事は
後に知るのみ。
ーーーそう
いくら身体が反射的に追うとも
キィン
例え僅かであろうとも、
届くには至れない。




