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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

首吊りの樹

作者: 黒漆
掲載日:2012/11/25

 親の趣味が影響したのかアウトドア好きで、登山やウォーキングが趣味な和葉かずはがキャンプサークルに入ったのは、気まぐれからなるものだった。散策中、一人行動の若い登山者をみるにつけ、自分と同じ趣味を持つ人達がどんな考えをもっているのか興味が湧いたからだ。アウトドアは基本一人でも楽しめるものだし、団体行動があまり好きではない和葉にとって、大人数で行動する事自体は煩わしいものでしかない。

 けれども、誘われたからには一度くらいは行ってもいいかと考えを変え、付き合いを始めたらいつの間にやらサークルのメンバに正式に入れられてしまっていた。しかし、当サークルには取り分け大学内でも変わり者ばかりが集まってしまったせいか、妙に連帯感が発生せず、返ってそれがサークル内に居心地の良さを作り上げていた。そう言った経緯の上で和葉は未だサークルから抜け出せずにいる。そんなある日の活動中、メンバから耳にしたのが首吊りの樹の話だった。


 首吊りの樹、その木はそう呼ばれていた。いつからそう呼ばれていたのかはわからない。この森が自殺の名所として欲しくもない名声を得てからずっとそうだったのか、それとも幹が半ばで折れてからそう呼ばれるようになったのか、和葉は知らない。けれど、サークルでその名を知り、初めて姿を目にした時から、和葉は悲しいと、そう感じるようになっていた。幼い頃父の気まぐれで訪れたきり何年も足を向けず、地名を耳にするまで忘れていた場所、かつてはこんな土地では無かった。幼い頃父と歩いた森にこんな禍々しさは無かった。朽ちかけた服の切れ端や、葉腐土に埋もれかけたレジ袋や錠剤のパッケージが何人かの末路を伝える生々しさがあり、その一つ一つが彼等の遺品に思えてしまう。足元から沸き上がるような湿気と、妙な寒々しさが体にふれ続けるにつれ、体温が下がり、ここにいてはいけない、早く離れろと本能が警告していた。和葉はなぜこんな場所に成り変わってしまったのか、その理由を調べるために全力を尽くすと決めた。


 一軒家の玄関で荒々しい声があげられている。「なぜそんな事、今更聞きたがるの? もう彼は帰ってこないのに」偶然バス停内でどの町にでもいる話好きのお節介から、亡くなった人についての情報を聞き出すと即行動に移し、突然訪ね、率直に聞きたい内容を切り出した和葉に対して、その女性は批難の視線を向けた。和葉はこう言った事に慣れていない、だからこそ無駄を省いて初めから冷たい言葉で切り出せた。何故弟さんが自殺に踏み切ったのか教えていただけませんか、と。

 「ごめんなさい、非礼をどうかお許しください。私はあそこで死んでしまった人たちのその理由を調べまわっているんです」全く取り繕ろうとしない和葉に女性は信じられないという表情を浮かべた。

 「あなたって変わってるね、そんなじゃ人に好かれないでしょう。でも、変に同情されたり、哀れみを向けられるより全然良い。今更話してどうにかなるものじゃないけど、気が変わらないうちに教えてあげる。兄はね、事業で失敗したの。今では珍しくないでしょう、借金も何もかも一人で抱えて、誰にも言わないで。私はね、なんで気がついてあげられなかったんだって今でもそんな事思っているの。馬鹿でしょう、でも止められないの。知ってどうするのあなた、慰めに兄の遺影でも拝む?」

 「違うんです、私、弟さんがどうして死に場所をあそこに選んだのかって」

 「ああ、首吊りの樹。もう随分前になるけど、そこで兄の同級生が首を吊ったの、二人くらいだったかしら。それ以前にも何人か亡くなっているみたいだけれど」

 「昔から自殺、そこであったんですか」

 「変な事知りたがるのね。どうだったか、そう、確か弟がどこかで教えられたって話を聞いた記憶がある。その頃はそんな樹、知られていなかったし、誰も信じていなかったけれど、さあもういいでしょう、知りたいことは教えたんだから、帰って」和葉は追い立てられた扉の前で、ふと考え込む素振りを見せたまま立ち尽くし、少ししてその場を離れた。足は首吊りの樹へと向かっていた。


 ここに来るのは何度目だろうと和葉は考えていた。一度目と二度目の変わり様は信じられないほど激しかったが、それからは何度訪れても変わらない。しかし、この風景には一向に慣れなかった。かさつく枯葉の絨毯を踏みしめると、埋もれていたのか足の下で乾いた枝が折れ、軽い悲鳴を上げた。見上げると葉のない木々が空に枝を伸ばしていて、やがて訪れる厳しい季節を憂いているように見える。今年はいつになく雨不足で水気の感じられない年だった。朽ちかけた巨木が黒々とした傷を覗かせていた。根元付近に辛うじて残る枝が、生に執着しているかのように青い葉を茂らせ、苔で化粧した太い根がかつての風格を思い起こさせる。折れた先の幹には鈴なりに白いきのこがカサを咲かせ、その存在を主張していた。太陽がまだ高い位置にあるというのに地形の高低差が作用してか光はあまり届かず、薄気味が悪く、湿ついた場所に変わってしまっていた。

 「これが、そうなんだ」

耀司ようじがそう呟くのに合せ、和葉は頷いた。

 「これが首吊りの樹、結構有名なのに、不思議と他の人と顔を合わせないんだよ。聞いたことがあるかな、首吊りの樹って表と裏があるらしい」

 「表と裏? 裏側と表側で見た目が変わるとか、そういうことなの?」

 「違う、実はさ、首吊りの樹ってこの森に二本あるんだよ。枯れ樹じゃない方が表、こっちの方が裏」

耀司は首をかしげ、少し考えると自分の考えを口にした。

 「それってでもおかしいよ。だってこれじゃ首、吊れないじゃないか。肝心の結ぶ場所が無いんだから」

 そう言って耀司は顔をしかめた。どこからか、生ゴミのような臭いが風に乗せられてやってくる。

 「そうなんだ、不思議だろ。私も不思議に思ってね、調べてみると圧倒的に表の樹で首を吊ってる人の方が多い、だから近いうち切り倒されるなんて計画までされている。こちらの樹にはそんな話自体起こらない、もう切り落とされているからね。けれど、こちらでも自殺者が出るらしい。例えば服毒や医薬のオーバードーズなどによってね」

 「なんだ、首吊りの樹、切り倒されるの。でも、首も吊られないのに同じ名前なんておかしいだろ」

 「実はさ、面白い話があって、調べてみたらここ何十年で定期的に樹が切られてるらしい。地元の自治体があまり大きな話にしたくないらしく、マスメディアにフィルタをかけるているから、広がらなかった情報なんだけど、やはり自殺が原因らしいんだ」

 「それじゃ、首吊りの樹が何本もあったって事か」

 「切られる度に新しい首吊りの樹が出来るってことじゃあないかな。これって凄く怖い事だよね」

 顔色を変えようとして、全く怖がっている様子がない和葉を目の当たりにし、ばかばかしくなった耀司が言葉を投げた。

 「お前、本当にそう思ってるの? 思ってないだろ」

 和葉は苦笑いして片手を挙げた。

 「やっぱり誤魔化せないか、あはは。実は思ってない。何故なら出来る理由を知っているからさ」

 「はあ? 誰か呪いでもかけてるのか。お前にそんなヤバイ知り合い居るの」

 「耀司は短絡的すぎるんだよ。そうそう呪いなんてかけられるものでもないし、私が佐野君から話を聞いた時、お前も隣に居たじゃないか」

 「ん、ああ、あいつね。確か田野中教授にその話聞かされたって」

 「こんな話を耳にした事がお有りでしょうか? 自殺者は同じ思いを持つ者を求めて自殺の名所へ訪れるそうです。実際に既に何人もの方がその場で亡くなられているわけですから怖くない、大勢の先人が行なったことをなぞれば良いんだ、そう言った心理が働くのでしょう。私の地元にも首吊りの樹というものが有るのです。根元から一本目の枝までに漢字で七の傷が有る樹なのですが、明るい未来を目指せた、何人もの方が亡くなられている。何か辛い事があったとしても独りで悩まず決して諦めないで下さい。諦めなければ必ず未来は掴めるものなのですから」

 和葉は突然口調を改め、そんな事を言い始め、「なんだ急に、おいおい、おかしくなったなんて言うなよ」と声を出す耀司を無視して、憮然とした表情で続け「これが大体の田野中教授のご教授談、そのままなんだよ」と言い切った。耀司は間の抜けた顔で聞き返す。

 「だから何だってんだ」

 「それに加えて教授、県名と町名まで口にしたらしい。それで気になって佐野君が詳しい場所を教授に聞いたんだ」

 「はあ、成程。それでこの場所が解ったんだ」

 「少し違うかな、それで解ったのは表の場所。裏の場所は私が一度目に訪れた時に調べてみて見つけたんだけどね」

 「それだけじゃ全然解らない。で、理由って何?」

 「解ったのは五〜七年程で一本切られている、自殺者には学生が多い事。それで耀司はウェルテル効果って知ってるかい」

 「知らない。というか、その話関係あるのか」

 「大有りだよ。ウェルテル効果は後追い自殺が増える現象の事さ。メディアで自殺報道が激化すると自殺者が増える。例えば、自殺の名所があったとして、そこで毎年何百人亡くなられているという報道を繰り返すと、翌年その名所で自殺する人達が増加する、そういった現象の事だ」

 「それで」

 「私はね、亡くなった方達のご友人に合って聞いてみたんだ」

 「人嫌いのお前が? 珍しい」

 「うるさいな、誰にでも譲れないものもあるだろう。例えば気が済むまで調べ尽くさないと落ち着かないような出来事が。それで解ったのさ」

 「何が」

 「自殺した人達、皆あの教授の話を聞いてたんだよ。始めは首吊りの樹なんてなかったのさ、あの人が造ったに過ぎないんだ、切られたら新しい首吊りの樹を自分で作り上げて。だからあの教授、やけに事細かに樹の特徴から存在する場所まで話してたいたんだね」

 「それってちょっと、あれ、待てよ、田野中教授って言えば」

 「殺人にはならない、死ねとも言っていない。でもね、あの教授、解っていてやっていたんだ。単位判定、追い込みの激しい教授で有名だろう。何というか、そう言う嫌なものの記憶ってずいぶん残るものなんだね。自殺者にはさ、教授の話を聞いてから何年も経って、社会に出てから絶望に直面する機会に立たされて、教えられた場所に行ってしまった人もいたんだ。樹が枯れていることを知っても自殺を辞められないなんてよっぽどだよ。胸糞悪かったけれど、真実が知りたいがために演技して煽てたらご丁寧にただの樹を名所にまで変えたんだ、とまで御高説を頂いたよ。私はさ、つい本音でここで亡くなった教え子に対して何も思わないのかって教授に聞いたんだ。そうしたら、勝手に死んだのは彼等の責任だ、私に非は無い、私はただ死に場所を提供しているだけだって言い返されてね。だからこの樹の欠片を教授のポケットに忍ばせて帰ってきた」

 顔面蒼白の耀司は確かめるように和葉に聞いた。「そうだ、数日前講義中、突然顔色変えて講堂から出ていったきり、行方不明だったろ」

 「そうだね。今頃表で首でも吊ってるんじゃあないかな。実はそのために今日こちらから案内したんだよ。本当のこと言って頼んでもお前来てくれなかっただろ、でもここまで来たんだ。乗りかかった船だ、ほら、さっさと確認しに行こうじゃないか」

 確認に行くまでもなく既に、和葉の脳裏には田野中教授の姿が正確に浮かんでいた。耀司は青い表情のまま、口で笑いながら暗い瞳を浮かべる和葉から目を離せずにいた。そして、もしかしたならば、教授は和葉に殺されているのではと考え始めていた。


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