神様を、招く
心当たりがないわけではない。お菓子の食べかすがあったりだとか、沢山ある部屋の中で一室綺麗だったりだとか。でもそれは私が来る前に近所の子が遊んでいたのかなぁ、と。
「だって、神社に近くてこの家広いし、」
「…………これからは私が家主なので、貴方はもうここに来ないで下さいね!」
「えー。」
ここに住んで"いた"と言っていたのだし、今は別の場所に住んでいるのだろう。あれ?っていうか、神様って神社でいるもんじゃないの?別なの?神様って、
がちゃがちゃ、と錆び付いた鍵にイライラしながら引き戸を開けると、当たり前のように神様も入って来た。私は広い玄関で当たり前のようにずんずん歩く春様を呆然と眺める。
「どうしたの?美空ちゃん。」
「な、なんで入ってきてるんですか!」
「だって元々私の家だったし、」
「今さっき私の家と言ったばかりじゃないですか!」
靴を脱ぎ捨てて春様の目の前に近づき、ぐいっと首元の着物を持つ。神様にこんなこと罰当たるかも知れないけれど今はきっといいはずだ。そんな私に、春様はごめんごめん、とにこにこ笑っている。謝る時の顔は笑顔ではないと思う。
「じゃあ、お客としてちゃんといまーす。」
「…………まぁ、はい。本当はさっさと帰って欲しいのですが…。ちょっとだけならいいす。」
「美空ちゃん、『つんてれ』ってやつだね。」
「ちゃんと言えてませんよ。」
ただしくは、『ツンデレ』だし。それに私はツンデレじゃないし。
私はそのままぼーっと立っている春様を居間に通す。まぁ、神様なのだし。いや、本当はさっさと帰ってもらって関わりたくないのだけれど。
この家は全部部屋が畳で、結構古い家で。居間には大きめの机がおいてある。きっと前にそんでいた住人(もちろん前の住人は神様ではなく、その前の人)が置いていったのだろう。何枚かおいてある座布団を敷きそこに春様を座ってもらう。
「美空ちゃん。」
「はい、」
私も座布団を敷いて座る。なんだか一息着けた気がした。もちろん神様が帰ってくれればもっとゆっくり出来るが、
「お茶、お茶出さないの?私神様なのに。お客様なのに、」
「勝手に上がってきておいて、お茶を要求しますか、」
「あと一服堂のお饅頭また食べたい。」
「…………お菓子までも要求しますか、」
本当にここの人たちは、こんな神様でいいのだろうか。
「一服堂のお饅頭はありませんし、お茶はお湯を沸かすのが面倒くさいし嫌です。」
「えー」
ずりずりと座布団と一緒に私に近づいてくる。なんなんだこの人。私にすり寄ってくる春様は、神様に大してとんでもなく失礼かも知れないが犬みたいで可愛かった。もちろん口には出さないが、罰が当たってしまう。
「まぁ、いいや。美空ちゃんにお家を招かれたし。」
「いや、招いてませんが、」
「また来るね。」
「もう、会いたくないです。」
「私、毎日会いに行くからね。」
「…………お願いだから、言葉のキャッチボールをしましょう。」
左腕に抱きつく春様はきょとんとした顔で、ここでキャッチボールするの?、とまったく的はずれのことを言ってくる。これはわざとなの?それとも嫌がらせなのだろうか、にこにこと笑っている春様の笑顔に有り難さなんてまったく感じず、むしろ悪魔のような笑みだ。
「春様は、お帰りにならないので?」
「なんで美空ちゃんそんな冷たいのー、みんな私が来たら喜んでくれるのに。」
それはきっと、私が地元民じゃないからでしょう。
「むむむー、美空ちゃんのその冷たさも大好きだけど。」
「大好きと言われるほど一緒に居ない気がします。」
「…………。」
「…………ってまた心読みましたね。」
春様はてへっと舌を出す。貴方がやっても全然可愛くありません。じっとりと春様を見ると春様は絡ませていた腕を解いて立ち上がった。開放された私の左腕はだらん、となっている。
「今日の美空ちゃんはご機嫌が悪いので私は帰るね、」
「今日もなにも、今日始めて貴方と会ったんですよ!」
「じゃあね、美空ちゃん。」
「この家には来ないで下さいね!」
そういって叫べば、春様はふわっと風が吹いて消えた。話を聞かない迷惑な神様だ。大きな溜め息を吐いて私は大きな机に俯せた。はたして私はここでやっていけるのだろうか、まぁうまくいかなくとも、ただ気ままに過ごせればいいのだが―――…。
思った以上に疲れていたらしい私はすぐに力が付いて眠りについた。最後に思い浮かんだのは、はた迷惑な神様だった。
―――もう、あの人に会いたくないなぁ。
今回書きたかったのは、ただ春様がお茶を要求するところ。