神様と、狛犬
神様と狛犬の低レベルな口げんか。
神様甘える。
目の前に居るのは狛犬だ。もう一度言う、狛犬だ。神社で銅像となっているはずの狛犬だ。
それが私の目の前に座っている、二匹。
春様は私を見てニコニコ笑っているし、狛犬達は訝しむ目で春様を見て私に御礼を言っている。見た目は石なのにい、石なのに、石なのに。どこから喋っているのだろうか…。
「すみません、うちの神様はちゃんと指名は果たしているのですが、自分にはだらしない人なんですよねぇ、なのですぐに神社は荒れ放題になってしまってですねぇ、源さんにもお世話になって、ええもう、本当に春様は本当にだらしない人であなた様が綺麗にしてくれなかったらもっと荒れていたかもしれません。本当にありがとうございます。」
「ちょっと、私がだらしない事ばかり言っているじゃないか。」
「本当のことですよ、春様。」
「阿、吽。いい加減にしなさい。……それより美空ちゃんがまだ固まっているじゃないか、君たちのせいで。」
「春様がちゃんと私たちの事を紹介しないのがいけないのです。」
「なんだって?私のせいにするのかい?ご主人様のせいにするのかい?君たちは、」
「私たちの事をちゃんと説明するのもご主人様の役目ですよ。」
「嫌だよ、大体私は美空ちゃんと気持ちよくお話していたのに、」
「何を言ってるんですか、春様。意味もなく引き留めて会話もせず、ずっと彼女の事を見ていたくせに。」
「うるさいですよ、」
「あ、図星ですか?春様?」
私は黙ってその口げんかを見ていた。勿論内容なんて聞いていない。ただ狛犬がどこから話しているのが気になって仕方がない。狛犬は春様の方を見ていたが私の視線に気付いて私の見る。何か?、というように石の首が少しかたむいた。
なんだか、これはこれで可愛い。
「は、春様。狛犬って可愛いのですね…。」
「は?」
小さい頃は神社などに行ったときは狛犬が少し怖かった思い出があるが、こうやってみると犬みたいでなんだか可愛い。狛犬達はゆっくりと私に近づいてくる。私は狛犬の頭に手を乗せる。触り心地は石だが、少し温かい気がする。撫でてみると狛犬の目が細まった。
「春様。」
狛犬が頭を撫でられながら春様のほうを見ていう。
「美空様はいい人です。」
「当たり前だろう、神社を徹底に綺麗にして一服堂のお饅頭お供えしてくれたんだから。」
春様がふん、っと鼻を鳴らす。私はもう一匹の狛犬の頭に手を乗せて撫でてみる。こちらも目を細めた。やっぱり可愛い。縁側から降りてしゃがみながら狛犬達を撫でていると、首に白くて長い腕が回った。背中に重みを感じる。目の端に映ったのは黒くて長い髪。春様だ。
「美空ちゃん。私にもかまってよ。」
「春様とお話ししても応えてくれないじゃないですか、」
「今なら応える。さぁ、なんでもどうぞ。」
なんでもどうぞ、って。
あ、
「狛犬達の名前は何ですか?」
「うーん、彼らには名前がないからね、口が開いているのが阿、閉じているのが吽と呼んでいるよ。」
「そうですか、」
狛犬は私の手にすり寄ってくる。石なので少し痛いが可愛いので撫でてやる。
すると、狛犬を撫でていた手をするりと掴まれる。背中の重みが無くなったかと思うと隣で微笑むその大きな手は春様の手で私の手は春様の頭の上にのせられる。黒い艶やかな髪が私の手の下にある。
「私にも撫でてよ。美空ちゃん。」
「春様やきもちですかー?」
「そろそろ、美空様も帰らなければ遅くなりますねぇ」
狛犬達は伸びをしながらいう。春様はそれを鼻でふん、と返した。狛犬達は呆れる素振りをして空を眺めた。私を空を眺めるともう夕日が沈みかけていた。夏は日が沈むのは遅いはずなのだが、どうやらここに長いし過ぎたようである。
私は春様に掴まれた手を抜けば、強く掴まれていなかったようでするりと抜ける。春様は唇を尖らせたが何も言わなかった。
美空ちゃんにとってかなり濃い一日である。