許されざる道理
人間は醜い。
それは容姿の話ではなく心、精神の話だ。
僕はどんなに容姿の悪い人であろうと心が綺麗、すなわち正しい精神を持っていると言うのなら、その人のそれを無視してその人のことを綺麗だと思った。
今の世ではそんな人も珍しくなってしまったが、けれど、僕は人の心には必ず。
それがどんなに悪い人であろうとも人の心の底には必ず正しさ(この場合は優しさのほうが伝わるだろうか)を持っているものだと思っていた。
僕は、思っていた。
思っていた。
親は自らの子を愛し、嘘をついたものは泣きながらに反省しながら謝罪し、人を傷つけた者は然るべき罰を受けるべきものだと。
僕は、思っていた。
でも、いつからだろうか。
僕はそんな風に思う事が出来なくなってしまった。
昔の僕はどうやら考えが甘かったらしい。
言うなれば青二才と言う言葉が最もふさわしかったのかも知れない。
いや、18になったくらいでは今も青二才なのか。
とにかく僕の考えは甘い、子供の戯言。誇大な妄想だった。
家に帰れば母がいて、お帰りなさいといってくれて、父が帰ってきたら皆でご飯を食べながら僕のたわいも無い話を聞いてくれる両親の姿。
ごく普通の家族、家庭、お決まりの流れ、パターン。
その当たり前がいつまでも続くと思っていた僕は本物の甘ちゃんだった。
現実を知らなさ過ぎた。
やがて時が経ち、僕が少し大きくなって自分の意思を持ち始めた。
その時には僕が家に帰っても、母からのお帰りなさいは無かったように思う。
父も家に帰ってくる時間は遅くなり、帰ってこないこともあった。
当然、家族の会話は減って行った。
父と母の言い争いが続いている現状に気付いたのはいつだったろう。
はっきりとは覚えていないが、これだけははっきりしている。
このくらいの時に、僕の存在はかすみ始めていたことを。
僕が友達と喧嘩をしました。
母は何も言いませんでした。
僕がテストで満点をとりました。
父は見向きもしませんでした。
僕がスポーツの大会で優勝しました。
母は聞こえない振りをしました。
僕が学年トップの成績をとり、生徒会長になりました。
父に無視されました。
僕に恋人が出来ました。
両親は顔すら合わせてくれなくなりました。
こんな毎日の中で、生活の中で、時間の中で、僕は達成感と充足感と悲壮感を失いました、
恋人に振られました。正確には浮気をされました。
そして恋愛感情をなくしました。
僕には何が残ったのでしょう?
ただ疑問と虚無感だけが残りました。
どれだけ頑張っても誰にも喜ばれない、どんな結果を出しても周りから蔑まれる。
この冷たい世界で、大嫌いな世界で、たった一人の青二才は。
望まれなかった生命は、左の手首から赤い涙を流した。
紅い、涙を流した。
これが、僕の物語の終わりになるはずだったのに。
皮肉にも、これが僕の物語の始まりとなってしまった。