4. 不合格の通知と、軍師の再就職
4. 不合格の通知と、軍師の再就職
タワーマンションから駅までの帰り道。冷たい夜風に吹かれながら、オレは自分の右手をじっと見つめていた。後悔なのか妙に熱を帯びている。
「……あんな言い方、なかったよな」
脳内には、泣きじゃくりながら『Architect』への憧れを叫んでいた柚葉の姿が、焼き付いて離れない。
結局、オレは彼女を「論理的に説得して諦めさせる」ことなんてできなかった。ただ一方的に傷つけ、怒らせ、追い出されただけだ。金で雇われた悪役としても失敗だし、何より、自分の過去をあそこまで純粋に信じてくれているファンを泣かせた。人間として、最低だ。
手元のスマホには、小鳥遊社長からの着信履歴が一件。報告しなきゃならないが、なんて言えばいい。「お宅の姪っ子さんを泣かせて追い出されました、報酬はいりません」か。
「……ハァ、最悪だ」
駅のホームに入ってきた電車の轟音が、オレの情けない溜め息をかき消した。
六畳一間の薄暗いボロアパートに帰り着いたオレは、重い指を動かして小鳥遊社長にメッセージを送信した。
『依頼は失敗しました。姪っ子さんを泣かせてしまい、追い出されました。申し訳ありません』
包み隠さず、事実だけを簡潔に打つ。すぐに「役立たず」と罵倒されるか、最悪の場合は精神的苦痛による損害賠償でも請求されるんじゃないか。そう思ってスマホを握りしめて震えていたオレの元に、ものの数分で返信が届いた。
『明日、うちの会社に来てもらえるかしら?』
たったそれだけの、感情の読めない短いメッセージ。
「……終わった。これ絶対、裏で屈強な弁護士とかスタンバイしてるやつだろ……」
オレは絶望のあまり、頭を抱えた。無職の男が、巨大IT企業の社長の愛する姪を泣かせてタワマンを追い出されたのだ。社会的な抹殺どころか、物理的に東京湾に沈められても文句は言えない。
ただでさえ口座残高が3万ちょいしかないのに、慰謝料なんて払えるわけがない。どうなるんだ、オレの人生。ブラック企業をバックれた直後に、まさか本当のブラックな展開が待っているなんて。
結局、その夜は一睡もできず、オレはただひたすらに胃薬を噛み砕きながら恐怖の夜明けを待つことしかできなかった。
【翌日:株式会社アークリヴ 社長室】
翌朝。オレはクローゼットの奥から引っ張り出した着慣れない安物のスーツに身を包み、重い足取りで小鳥遊社長のオフィスを訪ねていた。
都心を一望できる最上階の社長室。広大なマホガニーのデスクの向こう側で、社長は相変わらず余裕たっぷりの笑みを浮かべて、ゆったりと革張りの椅子に腰掛けている。その後ろに屈強な男たちが立っていないことだけが唯一の救いだった。
「おはよう、鳴海くん。……ずいぶん酷い顔ね。昨日はあの子と、かなり激しい『対話』をしたみたいじゃない」
「……その件ですが。すいませんでした」
オレは昨夜からずっと考えていた結論を口にし、深く頭を下げた。
「もうオレには、彼女を辞めさせることはできません。……というか、あの子にプロを諦めろなんて、もう口が裂けても言えません。あの子の思いは『本物』でした。それを踏みにじるような真似、今のオレには無理です」
たとえこのまま無職で路頭に迷おうとも、慰謝料を請求されようとも、あの真っ直ぐな涙をこれ以上汚す片棒は担ぎたくない。社長は面白そうに目を細め、「あら、そうなの?」と短く返した。
「……ええ。ご期待に応えられなくて申し訳ありませんでした。失礼します」
オレが踵を返し、ドアノブに手をかけた、その時だった。
「……昨日の夜、あなたより前にあの子から連絡が来たわ」
「え?」
振り返ると、社長が自分のスマホの画面をこちらに向けていた。そこには、深夜に届いたと思われる柚葉からのメッセージが表示されている。
『叔母さん、今日の人……今までで一番いいかも。なんかさ、熱いっていうか、私のプレイ、めちゃくちゃちゃんと見てくれてた!今まで来た家庭教師?に、良いところなんて何一つない、なんて真正面から言われたの初めてだったんだよね。事実なんだけどさw悔しい!昨日、ヒドイこと言っちゃったけど……あの人に教えて貰えるなら、私、強くなれそう。また、来てほしいかなって……ワガママかなw』
「…………は?」
固まるオレをよそに、社長はクスクスと楽しそうに笑った。
「今まで何人も『プロのコーチ』をあの子に引き合わせたわ。でもね、みんな私の顔色やあの子の機嫌を伺って、甘やかすばかり。あの子、ああ見えてそういう嘘にはすごく敏感なの。……でも、あなただけは違った。一切の忖度なしに、本気であの子を否定してくれた。柚葉、こんなに喜んでるわよ?」
「喜んで……?いや、めちゃくちゃ泣いて怒ってましたけど」
「悔しくて泣くのは、本気の証拠よ。鳴海くん、あなたは『諦めさせるためのテスト』に、見事に不合格になってくれたわ」
社長は立ち上がり、ゆっくりとオレに近づいてきた。その瞳には、経営者としての鋭さと、叔母としての切実な熱が混ざり合っていた。
「……あの子、以前はかなり自暴自棄になっていたのよ」
「自暴自棄……?」
「ええ。1年前に私の兄……つまり柚葉の父親、母親が事故で亡くなってね。何もかもが嫌になって、パパ活や援助交際……一歩間違えれば変な男に捕まって妊娠したり、取り返しのつかない事件に巻き込まれていたかもしれない……それくらい自分を大切にしない危ういバランスで生きていた。でも、あの子は『TwelveOrder』と出会って……そして『Architect』と出会って……昨日、あなたと出会った……運命かのようにね?」
社長はオレの肩にそっと手を置いた。
「あの子が望んでいるのは、表面的な慰めじゃないわ。自分を容赦なく導いてくれる『本物の軍師』よ。……鳴海くん、あなたが過去の正体を隠したままでもいい。コーチとして、あの子の隣に立って、共にプロを目指してあげてほしいの」
「オレがですか?」
社長は、ふっと表情を和らげて「お願い」するように言った。だが、続く言葉には経営者としての、そして保護者としての厳しい現実が混じる。
「もちろん、片手間じゃ困るわ。昨日、あの部屋の惨状を見たでしょう? プロを目指すなら、まずはあの破綻した生活習慣から徹底的に叩き直してちょうだい。私は仕事柄、あの子と一緒にいる時間が作れない。また以前のように自暴自棄になって、何か変な事件に巻き込まれても困るの。……今日からあのマンションに住み込んで、24時間体制で生活管理をしてほしいのよ。期限はプロになれるなれないに関わらず、あの子が卒業するまで。どう?」
「……同居、ですか? いや、いくらなんでも高校生の女の子の部屋に、オレみたいな無職の男が住み込むなんて……」
「あら、あなたの理性については信用してるし、部屋なら余っているわ。それに、専属コーチとしての報酬は、毎月、前の会社の手取りの5倍出すわよ。それとは別に、柚葉の生活費も全額こちらで持つわ。どうせあなた、明日の家賃にも困ってるんでしょ?」
「…………っ!」
五倍の報酬。家賃・食費ゼロ。
それはあまりにも破格で、あまりにも重い責任を伴う条件だった。
オレは、柚葉が一生懸命に書き込んだ『Architect』の解析ノートを思い出した。あの歪な努力を、オレなら本物の『勝利のロジック』に変えられる。
「……分かりました。あの子が本気なら、オレも本気でやらせてもらいます」
「ふふっ、交渉成立ね。……よろしく頼むわよ、新しい『軍師』殿」
「まぁ、プロは厳しいと思いますけどねw」
「それでもいいわ。あの子が立派な大人になるなら」
社長は満足そうに頷き、オレが部屋を出ようとしたその時、いたずらっぽく声を潜めて付け加えた。
「ああ、鳴海くん」
「はい?」
「一応だけど……もし将来的に責任を取れるっていうなら、柚葉を嫁にしてもいいわよ?あんな性格だけど、普通に可愛いでしょあの子?私もね、兄の代わりに孫の顔を見る夢があるのよ。そっちもお願いしようかしらw」
「……っ!?な、何を言ってるんですか!?失礼します!」
オレは顔を真っ赤にして、逃げるように社長室を後にした。背後で聞こえる小鳥遊社長の楽しげな高笑いが、これから始まる波乱の生活を予感させていた。
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