3. 神様の理解者
3. 神様の理解者
『TwelveOrder』の観戦画面(オブザーバー視点)に目を向ける。
――さあ、仕事の時間だ。
さっさとこの世間知らずな小悪魔お嬢様のプレイの粗を論理的にボコボコにして、引導を渡して帰ろう。
そう思って、オレは柚葉のプレイ画面を眺め始めた。
だが。
「……は?」
試合開始からわずか数分後。
オレは、マウスを操作する柚葉の横顔と、モニターの盤面を信じられない思いで見比べていた。彼女がピックしたキャラクターは、コントローラーの『Owl』。
そしてその動きは、派手なエイムや反射神経に頼るものではなく、明らかに『情報』と『罠』で盤面をコントロールしようとする、不器用だが執念じみたものだった。
それは、かつてオレが構築し、そして捨てたプレイスタイルそのもの。
――だが、致命的なまでに「下手くそ」だった。
「ああっ、もう!なんでそこから来るの!?」
画面の中で、柚葉の操るキャラクターがあっけなく撃ち抜かれ、視界がモノクロのデス画面に染まる。
「……」
オレは無言でため息をついた。
やりたい事は分かる。彼女は相手の動きを「予測」して罠を張り、見えない壁越しに高貫通ライフルで撃ち抜こうとしているのだろう。
だが、その予測には何の根拠もない。ただ「ここに来るだろう」という希望的観測で罠を置き、足音の確認もせずに壁を撃っているだけだ。当然、敵にはその隙を突かれ、あっさりと背後を取られて死ぬ。
そんな無惨なデスを繰り返し、結局彼女のチームは惨敗で試合を終えた。
「……あーあ、負けちゃった。味方のカバーが遅いんだよね、ホント」
柚葉は不機嫌そうに唇を尖らせ、いかにも「味方運が悪かっただけ」というように肩をすくめた。そして、オレの方をチラリと見て、小悪魔のような笑みを浮かべる。
「で?どうだった?新しい先生からのありがたーいアドバイスは……」
「アドバイス?それ以前の問題だな、良いところが1つもない」
オレの声は、自分でも驚くほど低く、冷たかった。
柚葉がビクッと肩を揺らす。
「先ほどの第3ラウンド、残り時間1分20秒。君はA側の通路に罠を張ったが、敵のアタッカーはその15秒前に逆サイドで固有スキルを使っている。あの時間でA側に回り込むのはシステム上不可能だ。盤面の情報を一切見ていない」
「えっ、あ、それは……」
「おまけにあの壁抜きだ。敵の足音という確定情報がないのに、君は勘だけで壁を撃った。その銃声で自分の位置を敵に教え、結果的に味方の背後まで危険に晒した。……君のプレイは予測じゃない。ただの『当てずっぽう』だ」
オレの口から、かつての『Architect』としての冷徹なロジックがスラスラとこぼれ落ちる。
「さらに第5ラウンド。味方が崩されて1対3になった絶望的な状況で、君は一番高コストのアルティメット(必殺技)を吐いた。あそこは潔く引いて、次のラウンドにリソースを温存するのが定石だ。目先の1キルに目が眩んで、試合全体の勝敗を捨てている」
「うっ……」
「極めつけは第7ラウンドだ。君は味方のスナイパーと全く同じ射線を見ていた。情報と死角を管理すべきロケーターやコントローラーが味方と視界を被らせてどうする。君がそこにいる意味がない」
「社長の姪っ子」だとか、「手取り3ヶ月分の報酬」だとか、そんな現実にオレを縛り付けるノイズは、ゲームの盤面を前にした途端に消え去っていた。
「君は『Owl』というキャラを全く理解していない。盤面が見えていないのに策士ぶっている、ただのカモだ」
「っ……!」
「悪いことは言わない。プロなんて夢見るのはやめて、大人しく友達と遊ぶか勉強でもしてた方がいい。君には、このキャラを使いこなす才能がない」
言い切った瞬間、オレはハッと我に返った。
――やりすぎた。いくらなんでも、16歳の女の子に言うセリフじゃない。泣き出してしまうか、あるいは「何よ偉そうに!」とヒステリックに怒鳴られるか。オレは慌てて謝罪の言葉を口にしようとした。
だが。
「……分かってるわよ、そんなこと」
俯いた柚葉の声は、震えていた。ギュッと強く、マウスが軋むほどに手を握りしめている。
「私が下手くそなことくらい、自分が一番分かってる……! 私に才能がないことだって、毎日毎日、嫌ってほど思い知らされてる!」
「え……」
「でも……!私は、ただエイムが良くて撃ち勝つだけの、ミーハーなプロになりたいんじゃないの!」
バッと顔を上げた柚葉の瞳には、大粒の涙が溜まっていた。
先ほどまでの、大人を小馬鹿にするような小悪魔の仮面は完全にひび割れ、そこにはただ、ゲームに対する痛々しいほどの熱と渇望を持った、一人の少女の顔があった。
「私は……『Architect』のロジックで、『円卓』まで上り詰めたいの!」
「……っ!?」
「あの人のプレイは、魔法じゃない。全部『理屈』なの! 私みたいに反射神経が鈍くたって、エイムがガバガバだって、頭さえあれば、誰よりも盤面を支配できる……! あの人の戦い方だけが、凡人がバケモノたちを倒して、あの頂点に座るための唯一の答え。どんな絶望的な状況でも、絶対に感情に流されないで、完璧なロジックだけで盤面を支配する ……私はあの人のプレイを見て、このゲームを本気でやろうって決めたの!」
柚葉は叫びながら、机に置かれた何冊ものノートを叩きつけるように広げた。そこには、かつてのプレイ動画のマップの定点、スキルの角度が、狂気を感じるほどの密度で書き込まれていた。
「……これ、は……」
「だから……どれだけ下手くそだって言われても、絶対にこのスタイルは曲げない……!私は、あの人みたいになりたいの……っ!」
柚葉の目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。オレは、完全に言葉を失っていた。
ミーハーな気持ちで流行りのゲームをやっている、世間知らずなお嬢様。
それが数分前までの、オレの彼女に対する評価だった。
だが現実は違った。
彼女は、オレの過去のプレイスタイルを、狂信的なまでに崇拝し、才能がないと分かっていても泥臭くそれに追いつこうとしている、本物のガチゲーマー……いや、それに賭けている――世界でたった一人の、オレの「理解者」。
自分の過去をここまで真っ直ぐに肯定され、ボロボロ泣いている少女を前にして、オレはどうすればいい。「そのArchitect、オレです」なんて、この情けない無職の口から言えるわけがない。
固まっているオレを前に、柚葉は袖口で乱暴に涙を拭い、真っ赤な目でオレを強く睨みつけた。
「……もういい!あんたみたいな、人の気持ちも分からない偉そうな奴に教わることなんて何もない!」
バンッ、とデスクを叩き、彼女は部屋のドアを指差した。
「もう帰って!叔母さんには適当に報告しといてよ、この……バカ無職!」
そう叫んで、柚葉は完全に背を向けてしまった。
残されたオレは、手取り3ヶ月分の報酬への未練と、かつてないほどの巨大な罪悪感を抱えたまま、すごすごとタワマンから追い出される羽目になったのだった。
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