14. 世界で一番恥ずかしい名言
14. 世界で一番恥ずかしい名言
「あああああ!もう止めて!私のポンコツエイムを大画面で流さないでぇぇ!」
「自分の死体から目を逸らすな。ここに、お前が勝つための答えが全部詰まってんだよ」
翌日の午後。
オレはリビングの大型モニターに柚葉のPC画面をミラーリングし、昨日彼女がランクマッチで敗北した試合のリプレイを再生していた。
いわゆる『VODレビュー』と呼ばれる特訓だ。
ただ漠然とプレイ回数を重ねるのではなく、自分の負けた理由を客観的に分析し、言語化して脳に刻み込む。プロチームでは日常茶飯事の光景だが、自分の不様なミスを他人の前でまじまじと見せつけられるのは、初心者にとって精神的ブラクラに近い。
画面の中の『Owl』が、敵の罠に引っかかってあっけなく撃ち倒される。
「はい、ストップ。……さて、柚葉先生。今、お前がここで撃ち負けた理由はなんだ?」
オレが動画を一時停止し、ソファの隣でクッションに顔を埋めている柚葉に問いかける。
「うう……敵がいきなり飛び出してきて、私が焦って、エイムがガバガバにブレちゃったから……?」
「――0点」
オレは容赦なく切り捨てた。
「いいか、FPSで『エイムのせい』にしていいのは、お互いが完璧な立ち回りをした上で、純粋な反射神経の勝負になった時だけだ。……もう一回、死ぬ10秒前から再生するぞ。敵のスキルの音に耳をすませろ」
動画を少し巻き戻し、再生する。柚葉は渋々といった様子でクッションから顔を出し、画面を凝視した。
「……あっ」
「気づいたか」
「私が右の通路に出る前に、敵の索敵スキルの音が左から聞こえてる……。ってことは、敵は私が右にいるって、撃ち合う前からわかってた……?」
「その通りだ。お前は『敵がいるかもしれない』と手探りで角を曲がったが、敵は『右から来る』と確信して銃口を置いていた。この時点で、お前がどれだけ神エイムを持っていようが勝率は1割以下だ」
オレが事実を突きつけると、柚葉は「あー……」と悔しそうに唸りながら、自分の頭をポカポカと叩いた。
「そっか……。エイムじゃなくて、盤面の情報量で最初から負けてたんだ。私、全然音聞いてなかった」
「そうだ。だから次の試合からは、あの音が聞こえたら絶対に顔を出さずに引くか、逆にスキルを返して盤面をリセットしろ。……いいか柚葉。自分の負けを『エイムのせい』にして逃げるな。必ずそこに論理的な敗因がある。それを一つずつ潰していくのが、凡人が天才に勝つ唯一の方法だ」
オレが説明を終えると、柚葉は真剣な表情で、膝の上のノートにカリカリとメモを取った。
(……よし。飲み込みが早いな)
初日の頃の彼女なら、「どうせ私下手だし」と耳を塞いでいただろう。だが今の彼女は、自分の弱さと真正面から向き合い、オレの教えるロジックを乾いたスポンジのようにどんどん吸収している。
「……うん。わかった。次!どんとこい!」
「よし、じゃあ次のデスシーンだ。……ここはなんで死んだ?」
「えっと、味方のカバーを待たずに私が孤立して出ちゃったから」
「正解。じゃあ、このラウンドを落とした決定的な要因は?」
「スモークの隙間から撃たれた。……定点が甘くて、1ミリだけ隙間が空いてたからだ」
「その通り。よくわかってきたじゃないか」
オレが短く褒めると、柚葉はペンを回しながら、えへへと得意げに笑った。
「でしょ?自分がプレイしてる時はパニックだけど、こうやってセンセの隣で落ち着いて見ると、結構盤面が見えてくるっていうか。……あっ、これってアレだよね!」
柚葉はふと思いついたように、バッとオレの方を向いた。その距離があまりに近くて、オレは思わずのけぞりそうになる。
「センセの推しのArchitectも、昔の何かのコラムで言ってたやつ! 『敗北はただのデータ収集に過ぎない。盤面が崩れた理由さえわかれば、それはもう敗北ではない』って!カッコいいよね!世界で一番の名言じゃない!?」
「……っ、ぶほぉっ!?」
「えっ、センセ大丈夫?むせた?」
オレは必死に咳き込みながら顔を背け、ソファの肘掛けを強く握りしめた。
数年前、若気の至りでイキり倒して答えた小っ恥ずかしいインタビュー記事のセリフを、時を経て、女子高生の教え子から至近距離で、しかもキラキラした尊敬の眼差しと共に浴びせられるこの地獄。
拷問としては最新鋭すぎる。即死コンボだ。
「な、なんでもない……。お前、よくそんな……隅っこのコラムみたいな記事のセリフまで知ってんな……」
「当たり前じゃん! センセと同じガチのオタクだもん! だから、今の私のプレイの言語化も、少しはあの人のロジックに近づけてるってことでしょ?」
「……まあ、そうだな。……方向性は、間違ってない」
オレが顔から噴き出す火を必死に抑えながら、死んだ魚のような目で頷くと、柚葉は「やったぁ!」と両手を挙げて喜んだ。そして、そのままの勢いでコテン、とオレの肩に頭を預けてきた。
「……おい」
「んー、ちょっと疲れちゃった。頭使いすぎて知恵熱出そう」
ノートを抱えたまま、柚葉はオレの肩に体重を預けて目を閉じた。ほんのりと甘いシャンプーの香りが鼻先を掠める。昨晩の『ノーパン彼シャツ事件』の記憶が脳裏をよぎり、彼女の体温が伝わってくるだけでオレの理性は無駄に警鐘を鳴らしてしまう。
「……特訓中だぞ。寝るな」
「寝てないもーん。充電中」
柚葉は目を閉じたまま、ふふっと小さく笑った。そして、オレの肩に頬を擦り寄せるようにして、ぽつりと呟く。
「……ねえ、センセ」
「なんだ」
「私ね、今まで自分の失敗とか、ダサいところ、絶対に見たくなかったの。見たら『自分は空っぽだ』って認めなきゃいけない気がして、ずっと逃げてた。……でも」
柚葉の小さな手が、オレのパーカーの袖をぎゅっと握りしめた。
「センセが隣で一緒に見てくれるなら、全然怖くないや。……私のために、私の神様(Architect)の真似をして、私がわかるまで何度も何度も、根気よく教えてくれて」
「……」
「……私を見捨てないでくれて、本当にありがとう。私、センセがくれる言葉なら、全部信じられる」
その言葉は、どこまでも無防備で、オレに対する100%の純粋な感謝と信頼に満ちていた。かつて誰も信じられず、自分を切り売りして逃げていた傷だらけの少女が、今はオレの言葉を「命綱」にして前を向こうとしている。
オレは小さくため息をつき、逃げ出したいような羞恥心と、それ以上に言葉にできない温かい感情を一緒に飲み込んだ。
「……全部吸収するまで、ゲーム辞めさせねえからな。地獄の果てまで付き合ってもらうぞ」
「えへへ、望むところだよ。センセが隣にいてくれるなら、地獄でも『円卓』でも、どこでも行ける気がする」
オレは肩に預けられた柚葉の頭を軽く小突いてから、ゆっくりと立ち上がった。
「……じゃあ、頭冷やすためにコーヒー淹れてくる」
「あ、私はお砂糖とミルクたっぷりにしてね!お子様仕様で!」
「はいはい、わかってるよ」
夕暮れ時のリビング。
モニターに映る不格好なプレイ動画と、甘ったるいコーヒーの香りと共に。オレたちの地道で濃密な『言語化の特訓』は、外が深い夜に沈むまで続いた。
『面白い!』
『続きが気になるな』
そう思ったら広告の下の⭐に評価をお願いします。面白くなければ⭐1つ、普通なら⭐3つ、面白ければ⭐5つ、正直な気持ちでいいのでご協力お願いします。
あとブックマークもよろしければお願いします(。・_・。)ノ




