13. 湯上がりのノーガード戦法
13. 湯上がりのノーガード戦法
夜。柚葉が風呂に入っている間、オレはリビングのソファに座り、スマホで明日の練習メニューに使うマップの画像を眺めていた。
「あー、さっぱりしたー!センセ、麦茶ちょーだい!」
カチャリ、と脱衣所のドアが開く音がして、パタパタと軽い足音がリビングに入ってくる。
オレは何気なく「冷蔵庫に入ってるぞ」と振り返り――そのまま、手に持っていたスマホを危うく床に落としそうになった。
「……おまっ、お前……!何ちゅう格好してんだ!」
「ん?なにが?」
そこに立っていたのは、風呂上がりの上気した肌から微かに湯気を立てている柚葉だった。
だが、問題なのはそこじゃない。彼女が着ているのは、どう見てもオレのサイズの、ダボダボの黒い無地Tシャツ一枚だけだったのだ。
当然、16歳の華奢な女の子にはデカすぎる。首元は大きくずり落ちて、湿った金髪の間から白い肩と鎖骨が剥き出しになり、袖からは指先がちょこんと覗いている。俗に言う『彼シャツ』という破壊力抜群の装備だ。
だが、視線を下に向けたオレの脳天を、最も強烈な落雷が直撃した。Tシャツの裾は、ギリギリ太ももの付け根あたりまでしかない。
そして何より致命的なのは……その無防備に伸びた滑らかな素足のどこにも、下着のライン(凹凸)が一切見えないことだ。
「お前、自分のパジャマはどうした!ていうかそれ、オレの服……!」
「あー、これ?脱衣所に自分の着替え持って入るの忘れちゃってさー。カゴの上に洗いたてのセンセの服が置いてあったから、とりあえず借りたw」
「とりあえずで大人の男の服を勝手に着るな!ていうかお前、下……!」
「あー、うん。下着も自分の部屋に置いたままだから、今は下、なーんにも履いてないよ」
柚葉は悪びれる様子もなく、あっけらかんと言い放った。それどころか、あざとい上目遣いでオレを見つめ、濡れた髪を指先で弄りながら、とろけるような小悪魔の笑みを浮かべてみせた。
「……ねえ、センセ。私、今……めっちゃ濡れてるよ?」
「――ッッッ!!」
オレの全身の血が、一瞬にして沸騰した。リビングの室温が急上昇したような錯覚に陥り、オレは咄嗟にソファのクッションを引っ掴み、自分の顔の前に掲げて視界を物理的に遮断(スモーク展開)した。
「髪な!!髪のことだろ!!変なこと言ってないで早く乾かせよ!風邪引くだろ!!」
「あはは!なにセンセ、クッションなんか抱えちゃって。そんなに動揺してんの?」
視界を塞いでいるオレの耳に、ペチペチと素足でフローリングを歩く音が近づいてくる。そして、柚葉のほんのりと熱を持ったシャンプーの香りが、すぐ目の前まで迫ってきた。
そのまま柚葉はクッションの横からひょっこりと顔を出し、濡れた金髪から滴る水滴を拭いもせずに、オレの顔をニヤニヤと覗き込んできた。
「だから……私からの、ちょっとしたファンサービス。センセがその気なら、このままめくっても、いいよ?」
「……!?」
柚葉が、自分の着ているオレのTシャツの裾を、指先でちょこんと摘んで持ち上げる素振りを見せた。クッション越しの視界の端に、白い太ももの絶対領域がさらに露わになるのが見え、オレの限界メーターが完全に振り切れた。
「ふざけんなぁぁぁ!!」
オレはソファにあった大きめのブランケットを全力でバサァッ!と広げ、柚葉の頭からすっぽりと被せて、その無防備すぎる全身を簀巻きにする。
「きゃあっ!? な、なにすんの!のり巻きみたいに包まないでよ!」
「うるせえ!サービスの押し売りすんな!お前がそういう自暴自棄なことする度に、オレがどんだけ胃を痛めてると思ってんだ!」
「自暴自棄じゃないもん!センセを試してるの!w」
簀巻きにされた柚葉が、ミノムシのような状態でブランケットの隙間から唇を尖らせて抗議してくる。
(……あー、なるほど。そういうことか)
オレは大きくため息をついた。
彼女は、オレをからかって遊んでいるのだ。「この人なら絶対に私を傷つけない」という絶対的な安心感を抱いているからこそ、こんな無茶苦茶な距離感の詰め方をしてきている。
ある意味で、それはオレに対する『究極の信頼の証』だった。
……だが、健康な大人の男のプライドと理性にとっては、ただの地獄の拷問でしかない。
「……いいか、柚葉。オレは確かにお前をプロにするためのコーチだが、聖人君子じゃない。大人の男の理性をあんまり舐めてると、マジで痛い目見るぞ」
オレが低い声で凄んでみせるが、簀巻きの小悪魔は全く怯まなかった。
「あははっ。なんだ、やっぱりヤりたいんじゃん。……センセならいいよ〜?」
柚葉はブランケットの隙間から器用に腕を出し、オレのパーカーの裾をちょこんと引っ張ってきた。
「私の太もも見て、ちょっとドキドキしちゃった? 私はベッドの方が広いからいいんだけど、このままソファでもいいよ?」
(……こいつ、完全にオレが手を出さないって高を括ってやがるな)
確かにオレは手を出さない。
彼女がかつての「身売り」の延長線としてではなく、純粋に「オレをからかって遊んでいる」だけだとわかっているからだ。だが、これ以上このノーガード戦法(しかも下はノーパン)を許しておくと、オレの胃壁と精神が持たない。
オレは無言で右手の指を弾き――。
「……痛っ!?」
容赦のないデコピンを柚葉の額に見舞った。
「いったぁー!なにするの!せっかく女の子が勇気出して誘ってあげたのに!」
「アホか。そういう安い挑発は、もう少し大人になってから出直してこい。ほら、湯冷めする前にさっさと部屋に戻れ」
オレがしっしっと犬を追い払うように手を振ると、柚葉は額をさすりながら不満げに頬を膨らませた。
「……ちぇっ。センセのヘタレ。ムッツリ。せっかくのサービスだったのに!」
「うるせえ。明日の朝練は一時間早めるからな。遅刻したら罰ゲームだからな!」
「ええーっ!鬼! 悪魔!センセのバカー!」
柚葉は文句を垂れながらも、簀巻きのブランケットを被ったまま、パタパタと慌ただしい足音を立てて自分の部屋へと戻っていく。
バタン! と勢いよくドアが閉まった。
「……はぁぁぁ……。マジで心臓止まるかと思った……」
一人残されたリビングで、オレはソファにどっと倒れ込んだ。天井を仰ぎ見ながら、バクバクとうるさい自分の心拍数を必死に落ち着かせる。
(……あいつ、無自覚な分、前よりタチが悪くなってるぞ)
『私のために勉強してくれた優しいファン仲間の先生』という無敵の称号を手に入れたがゆえに、柚葉のオレに対する警戒心は完全にゼロになっている。
これから先、このハチャメチャな距離感で同居生活と特訓を続けていくのかと思うと、プロチームの大会でクラッチ(逆転)を決めるよりも遥かに厳しい戦いになりそうだった。
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