12. 同担(自作自演)の羞恥プレイ
12. 同担(自作自演)の羞恥プレイ
「ふふふーん、ふふーん♪」
翌日の昼下がり。
タワーマンションの広いリビングには、掃除機のモーター音と、柚葉の上機嫌な鼻歌が響いていた。
「……おい、さっきから手が止まってるぞ。レポート終わらせないと今日のランクマッチは無しだ」
「わかってるってばー。あと数学のプリント一枚で終わりだもん。余裕余裕♪」
オレがフローリングのモップ掛けをしながら注意すると、ダイニングテーブルで課題を広げている柚葉は、シャーペンをくるくると回しながら余裕の笑みを浮かべた。
いつもなら「わかんない」「やりたくない」と文句ばかり言っていたはずの高校の課題に、今日の柚葉は朝から驚くほど素直に取り組んでいる。
それどころか、時折オレの方をチラチラと見ては、思い出し笑いをするようにニヤニヤと口角を上げているのだ。
(……完全に、調子に乗ってるな)
原因は明白だった。先日の試合で、オレが『Architect』の盤面を完璧に再現して見せたこと。そしてそれを、「センセが私のために、裏で死ぬほど動画を見て研究してくれたんだ」と柚葉が盛大に勘違いしたことだ。
しかし、それのおかげか柚葉のモチベーションは高く、アイアンからブロンズにランクが上がったのも事実なんだけどな。
「ねえセンセー。床拭きながら、頭の中ではArchitectの定点の復習でもしてるの?」
「……してねえよ。黙って計算式解け」
「えー? 隠さなくていいのに。私のためとはいえ、まさかセンセがあの人が推しだったなんてな~。もっと早く教えてくれれば、毎晩一緒に動画の同時視聴とかしたのに!」
柚葉は頬杖をつき、オレをからかうように小悪魔な笑みを向けてくる。オレはモップを握る手にギリッと力を込め、感情を無にして床の汚れを擦った。
「お前なぁ……。言っとくが、オレはあんな変態的なプレイをする奴を手放しで称賛してるわけじゃないからな。ただの戦術の参考データだ」
せめてもの抵抗でそう言い返すが、柚葉のニヤニヤは止まらない。
「はいはい、素直じゃないんだから。……じゃあさ、戦術の参考として聞くけど、センセはArchitectのどの試合が一番好きなの?」
「……は?」
「私はやっぱり、2年前の企業のエキシビションマッチ! あの時のプロチーム相手の1対3クラッチ、今見ても鳥肌立つんだよね。……センセは?」
(地獄か、この時間は)
オレは顔から火が出そうになるのを必死に堪えた。目の前の少女は純粋な目をキラキラさせて「推しのどのプレイが好きか」とオレに聞いてきているのだ。……その本人が、今モップを持って床を拭いているとも知らずに。
「……オレは、そうだな。そのエキシビションの、最終ラウンド……」
「あっ!わかる!あのBサイトでの見えない壁抜きでしょ!?」
「……ああ。あれは、敵の足音じゃなくて、マップの構造と心理的な誘導だけで撃ち抜いた、かなり計算された……いや、執念深いキルだったからな」
「そうそうそう!さすがセンセ、わかってるー!あの時のArchitect、絶対に画面の向こうで『計画通り』って冷酷な顔で笑ってたよね!」
(笑ってねえよ。あの時オレ、早く帰って面接の履歴書書かなきゃって焦ってただけだよ)
内心で全力のツッコミを入れながらも、オレは「……そうだな、すごいよな」と死んだ魚のような目で相槌を打つしかなかった。
自分で自分の過去のプレイを解説し、熱狂的なファンである少女と語り合う。どんな羞恥プレイだ。いっそこのモップでオレの頭をぶん殴って気絶させてほしい。
「……でもさ」
ひとしきり語り合って満足したのか、柚葉はシャーペンを置き、両腕をぐーっと伸ばした。そして、少しだけ恥ずかしそうに、はにかむような笑顔をオレに向けた。
「なんか、嬉しいな」
「……何が」
「だって、私が本気で憧れてるものを、センセも同じように『すごい』って言ってくれて、私のために一生懸命勉強してくれたんでしょ。……私、一人じゃないんだなって思って」
窓から差し込む昼下がりの陽射しの中、柚葉のその言葉は、何の防壁も混じっていない、年相応の女の子の純粋な本音だった。
自暴自棄になって夜の街をふらついていた彼女が、今こうして、日当たりのいい部屋でちゃんと机に向かって、未来のために笑っている。
その事実が、オレの胸の奥をたまらなく温かく、そしてチクリと痛ませた。
「……バカ。オレはお前のコーチだ。一人にするわけないだろ」
オレがわざとぶっきらぼうにそう言うと、柚葉は「えへへ」と嬉しそうに笑い、突如として別の提案を口にした。
「よしっ、数学終わり!……ねえセンセ、今日のご飯オムライス食べたい!」
「……またか?お前、一昨日も食べたんだが。栄養バランスも考えろ。今日は焼き魚にでもしようと思ってたんだ」
オレが呆れたように返すと、柚葉は「えぇー!」と不満げに頬を膨らませ、椅子から立ち上がってオレの背後に回った。そして、モップを動かしているオレの腰に、背後からぴたっと抱きついてくる。
「いいじゃん、いいじゃん!センセの作るオムライス、卵がふわふわで世界一美味しいんだもん!魚は明日絶対食べるからさ、ね?」
「お、おい!離れろ、モップが動かせないだろ。……チッ、わかったよ。ケチャップのストック、あったかな……」
「やったぁ!センセ大好き!」
柚葉はオレの背中に顔を埋めてひとしきり喜ぶと、機嫌よく自分の部屋へ英語の辞書を取りにパタパタと戻っていった。
バタン、とドアが閉まる音。
「……はぁぁ……」
オレは再び、心底疲れたため息を吐いた。正体を隠し続けるのは、精神的にも、そして理性的にもかなり削られる。
だが、あの笑顔とやる気、そして「一人じゃない」という安心感を守れるなら、オレが「ただの痛いガチオタク」のピエロを演じ、毎日オムライスを作る専属シェフになるくらい、安いものだ。
「……オムライス、か。鶏肉と玉ねぎ、買い足しに行かなきゃな」
キッチンへ向かうオレの足取りは、自分でも呆れるくらい、少しだけ軽かった。奇妙な同居生活は、こうして少しずつ、確かな『家族』のような絆へと変わろうとしていた。
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