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第二夜(2)

身支度を終え家を出ると二頭立ての馬車が待っていた。今まで馬車なんて高価なものに乗ったことがないのに、突然そんなものが目の前に現れた為、非日常的すぎる光景にリュカは目眩がした。周囲に住む魔女も外に出てきてジロジロと様子を伺っている。これではまた変な噂が広まってしまう。と、リュカは少ない荷物を持ち、特別な日の為の衣服が無かった為通っていた学校の制服に身を包み、母親に見送られながらいそいそと馬車に乗り込んだ。


 馬車に乗り込むとふかふかとした座席に身が沈み心地が良かった。御者の鞭を叩く音が聞こえたと共に馬車が動き出す。多少ガタガタと揺れるものの、昔ルイが操る箒に乗せてもらった時よりは乗り心地が良かった。


 興味津々にリュカは窓の外を眺める。次々と景色が移ろい、リュカの家の近くの街を過ぎ、郊外へ出て田園畑が見えてきた。薄暗い空の下、月の魔力を蓄えた作物は天を目指しスクスクと育っている。田畑を潤す水路は月の光を反射してキラキラと輝き美しかった。


 リュカは車内に灯るランプのささやかな灯りを頼りに、バルデン国から届いた手紙を取り出す。読み終えてから判ったが、この手紙はバルデン国の門番の司令官、ユリウス・イオネスクという人物からだった。そんな高貴な人物から手紙を貰うなんて想像したことも無かったため、今でも実感が湧かずリュカはもう一度手紙を読み直す。


『拝啓 リュカ・ベルナール殿

 今回の騒動により不当な扱いを受けていることに対 し酷く心が痛まれる。

 しかし、我が国では貴殿の勇敢さを賞賛している。

 貴殿さえ良ければ我が国に来て働いてはみないだろうか。

 一度我が国を訪ねて来て欲しい。

 バルデン国 門番司令官 ユリウス・イオネスク』


 リュカは手紙を読み終えるとふぅと溜め息を吐き背もたれに深く身を沈めた。


(僕が勇敢だって?嘘を吐いて人間界に行って誘拐されて助けられた僕のどこが勇敢なんだ。一体誰と勘違いしているのかな。)


 リュカはこの手紙を何度も読み返したが未だに内容を信じきれていない。


(実際に行ったところで何の力も無い僕を見て帰されるんだろうな。)


 リュカはこの先どうなるか見越して溜め息が止まらないのであった。


 数時間後、いつの間にか眠ってしまったリュカはふと目を覚まして、今どの辺りを走っているのか確認するためカーテンを開いて外を見やる。するとリュカは目を輝かせた。真っ直ぐに整備された石畳の道、美しいドレスや美味しそうな食べ物がウインドウに展示された数々の店、道ゆく魔族たちの洒落た格好。どうやらバルデン国の領土へ入り今は街の中を移動しているようだ。この国はどれもがリュカが育った国とは違う。ラビントス国は昔からの伝統を重んじる国でどこもかしこも古臭い。ここは見るもの全てが新しく美しい。リュカは先ほどまで思い詰めていたことを忘れて、窓に額を寄せて余すことなく街の様子を眺めた。


 次第に道が勾配になり、店たちが少なくなって民家が現れ出した。ラビントス国の家は昔からあるとんがり屋根に、漆喰や石の壁で蔦が生え放題の家を何世代も住み続け、整備もされず無造作に立ち並んでいるが、このあたりの家はレンガが使われており、アーチ型の窓やアイアンのフェンスがおしゃれで、蔦など一切生えていない手入れされた家々が規則正しく並んでいる。


 住宅街を抜けると何やら雰囲気のある門が見えてきた。そして馬車が門の前で停車する。どうやらユリウス邸に到着したようだ。リュカは一気に緊張が走り、握る拳にじんわり汗をかいてる。停車してしばらく待っていると外からノックされ守衛らしき二名の男に身分の確認をされた。厳重な確認作業にリュカは固唾を飲んだが、どうやら許可が降りたようで門が開き、馬車は長く続くアプローチを進む。石造りの道も、脇に生えてる木々も皆美しく整備されている。アプローチを抜け馬車が止まり、数時間の旅を終えたリュカは流石に痛くなった腰をさすり馬車を降りる。


馬車を降りると、レンガ造りでシンメトリーが美しい二階建ての洋館が目の前に聳え立っていた。魔界の薄暗い空の中でもそれは存在感があり、美しくも妖しくもあった。こんなに大きな建物は魔法学校以外で見たことがなく思わずほぅ、と息を飲んだ。


屋敷を見つめていると、守衛から連絡を受けただろう人物がリュカの迎えにやってきた。その人物は白銀の長い髪をしており、瞳は燃えるように赤くそれを和らげるかのような、柔らかなアーモンド型の目をしている。服装は胸元が緩く結ばれたレースアップシャツに細身のパンツに編み上げのショートブーツといった、かなりカジュアルなスタイルだ。


「やぁ、ようこそ我が国へ。私は門番司令官のユリウス・イオネスク。君がリュカ・ベルナールくんだよね。さぁ入って。」


 迎えに来た人物は、リュカを呼んだ門番司令官のユリウスだった。ユリウスは目を細めて笑い、リュカを屋敷の中へ案内した。なぜだろうリュカはユリウスを初めて目にした途端から動悸が止まらない。絹のような髪の毛はつい目で追ってしまうし、口元のほくろが妙に色っぽく見える。緩く編まれたレースアップシャツから覗く白い皮膚に目が釘つけになってしまう。初対面でしかも男性を如何わしい目で見るなんていけない、とブンブン頭を振り煩悩を消してからユリウスに付いて行った。


 中へ入るとタイルが敷かれた広々としたホールが出迎えた。ホールの奥には2階へ続く階段があり、途中で二股に分かれている。階段の頭上は吹き抜け構造となっており開放感がある。階段のすぐ下からカーペットの縁に沿ってこの屋敷の使用人がずらりと並び、ユリウスとリュカに会釈している。


「仕事用の屋敷だから狭い場所で恥ずかしいんだけどね。どうぞ入って。」


 こんなに広いのに狭いだなんて、お金持ちの感覚は少しわからないなと思っている間にも、メイドにされるがまま上着を脱がされ手荷物を預け、辺りを見渡しながらユリウスに手招かれた部屋に入った。


 入った部屋はホールの左側に隣接している部屋で、中心に丸いテーブルとそれを囲むように座り心地の良さそうなソファが置かれている。どうやらここは応接間のようだ。部屋の中は高価そうな絵画や花瓶が飾られており、リュカはこの部屋だけでいくら掛かっているのだろうと不躾なことを考えながらキョロキョロと部屋を見渡した。


「さぁ座って。」


 ユリウスに促さるとメイドに誘導され上座に座らされた。ユリウスも目の前に座りニコニコとリュカを見つめてくる。その笑顔に鼓動が早くなるのを感じていると、メイドがお茶を運んできてくれた。運ばれたものは紅茶だった。ラビントス国ではあまり飲まれていないためリュカは珍しそうにカップを覗く。


「砂糖とミルクはいるかい。」


 見るもの全てに珍しがっているリュカを見てユリウスはクスッと笑いながら勧めた。リュカはこういう時どう答えるのが正解かわからず、取り敢えず角砂糖を一つ頼んだ。


 飲み物も出揃い、早速手紙の内容に入るかと思いきや、ユリウスは興味深くリュカのおい立ちや家族のこと、学校での生活について質問してきた。ユリウスは話が上手く、また聞き上手でもありリュカの緊張はいつの間にかほぐれた。


 しばらく談笑を続けていたが、だんだん手紙の内容が気になりだしたリュカは思い切ってユリウスに質問することに決めた。


「あの、ユリウスさん。手紙のことなんですけど。」


 リュカは話が途切れた瞬間を狙って問いかけると、

ユリウスは思い出したように指を鳴らす。


「あぁ!そうだ。君との話が楽しくてつい本質を忘れてしまうところだったよ。手紙の内容は外に出なくてはならないんだけど大丈夫かい?」

「はい。大丈夫です。」

 外に一体何があるのだろうかと疑問に思いつつ、ユリウスに連れられるまま応接間を出た。すると階段の方からカツカツと駆け降りてくる靴音が聞こえてきた。


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